第17話 ネイヴァスの抵抗
「くそっ!!!」
ネイヴァスは議場を飛び出した。
混乱の中、アルガスたち4人も議場を出て彼を追いかける。
「待て、ネイヴァス!」
アルガスの鋭い声が響くが、ネイヴァスは振り返らない。
「この期に及んで逃げる気かよ!」
グレオが歯を食いしばりながら駆ける。
その時――廊下の角から武装した数人の傭兵が現れた。盾と剣を構え、一行の行く手を塞ぐ。
「はっ、用意周到だな!俺がぶっとばして……あっ、あれ!?」
グレオが背の大剣を抜こうとしたが、そこに剣はなかった。
「商業連合に入る時に、武器は預けましたからね……」
「逆に、なんであいつら持ってんのよ!」
追いついてきたミーアとエリスが渋い顔をする。
「関係ねえな!ぶっ飛ばしてやるぜ!」
グレオは拳を構えるが、その間にもネイヴァスは廊下の先に消えようとしていた。
「時間がない。エリス、何かーー」
「はいはい。やりますよっと」
そう呟くと、エリスは両手を前に突き出した。
「<ダーク・ヴェイル>」
エリスが小さく呟いた瞬間、黒い霧が傭兵たちの目を奪った。
「うわっ、何だこれは!?」
「何も見えない!」
傭兵たちは視界を失い、武器を振り回しながら混乱している。
「あら、全員命中ね。今のうちに!」
エリスがニヤリと笑いながら言うと、一行は隙を突いてその場を駆け抜けた。
***
廊下を曲がった先で扉が開け放たれ、ネイヴァスが建物の裏手へと姿を消す。
「逃げ足だけは速いな……!」
アルガスたちが外に出ると、ネイヴァスは慌てた様子で建物の裏手へ走っていく。その先には、険しい顔をした術者の男が待機していた。彼こそ、カロンド商会に雇われた術者、マクレンだった。
「マクレン!例の魔術を発動させろ!街を混乱させて逃げる隙を作る!」
ネイヴァスの声は焦りと怒りに満ちていた。
マクレンは渋々ながらも頷き、懐から出した羊皮紙を広げ、杖を地面に突き立てた。羊皮紙に描かれた魔法陣が徐々に赤く染まり、周囲に広がる魔力が空気を震わせる。その様子をみたエリスが叫ぶように言う。
「あの術、改良されてる!倉庫にあった奴より、効果範囲が桁違いに広いわ!発動したら、とんでもない数の魔物が……!」
「やらせるか!」
グレオが拳を構え、突進しようとする。
「待てグレオ!危険だ!」
アルガスは鋭い声でグレオを制止する。アルガスはゆっくりとネイヴァスとマクレンに近づいた。
「そんな大規模な魔術を発動すれば、確かに街は混乱に陥るだろう」
アルガスはネイヴァスを鋭く見据える。
「だが、制御に失敗すればどうなるか、考えたことはあるか?」
「何?」
ネイヴァスの眉が吊り上がる。
マクレンも一瞬動きを止め、動揺を隠しきれない声で答えた。
「……制御に失敗?この魔法は完璧だ!そんなことはありえない!」
その言葉にエリスが呆れたような表情を浮かべ、口を挟む。
「完璧な魔法なんてあるわけないでしょ!それにその魔法陣、無理な改造して……ちゃんと扱えてないでしょう」
「な、何を根拠にそんなことを言う!」
マクレンが声を荒げるが、その声を遮るようにミーアが前に出る。
「魔法陣に残っていたあなたの魔力は、酷く歪でした。あの魔術ですら、発動が精一杯だったのではないですか?」
マクレンの顔が青ざめた。
「つまり、あなたはその魔術を完全には制御できていない」
アルガスが冷徹な声で言い放つ。
「もしその魔術が暴走すれば、街も、お前たち自身も、その魔力に飲み込まれる。それでもやるのか?」
ネイヴァスは焦った様子でマクレンを見る。
しかし、マクレンの手は震え、額には汗が浮かんでいた。
「くっ……!」
ネイヴァスは唇を噛みしめると、ついに叫んだ。
「……やめろ、マクレン!」
術者の手から力が抜け、浮かび上がっていた魔法陣が消えていった。
***
アルガスたちはネイヴァスとマクレンを拘束し、議場に戻った。動揺する商会代表たちを前に、アルガスが静かに状況を説明する。
「カロンド商会が、魔物を誘導して商業を妨害し、利益を得ようとしていたのは明白です。この件に関しては、さらに調査を行うべきですが……」
アルガスはネイヴァスを一瞥し、冷たく続けた。
「現時点でも十分に有罪と判断できるでしょう。」
議長が重々しい声で宣言する。
「この場をもって、カロンド商会を商業連合から除名する。また、ネイヴァスとマクレンについては、改めて中央裁定院へ引き渡す」
ネイヴァスは項垂れ、マクレンは視線をそらしたまま動けなかった。
***
その後、バートラム会長が一行に深く頭を下げた。
「勇者アルガス殿、そして皆さん。この度はラグスノールの危機を救っていただき、本当にありがとうございました。」
彼の声には安堵と感謝が込められていた。しかし、その顔にはまだどこか不安の影が残っていた。
「ただ……気がかりなのは、今回の件の背後に、さらに大きな黒幕がいるかもしれないということです。この事件を完全に解明するには、もう少し時間がかかるでしょう」
バートラムの言葉に、アルガスは静かに頷いた。
「確かに、これで全てが終わったとは思えません。ネイヴァスたちが利用していた魔法陣や物資の流れ……それらを突き詰めれば、もっと大きな動きが見えてくるはずです」
「その調査は私たち商業連合でも引き継ぎます」
バートラムは決意を込めた目で言った。
「ですが、アルガス殿には引き続きご協力をお願いできればと……」
アルガスは微かに微笑み、静かに返す。
「僕たちも、手を緩めるつもりはありません。しかし、次の街にも向かわなければならない事情があります。この土地を去った後も、情報は共有させていただきます」
「分かりました。その言葉だけで十分です」
バートラムは深く礼をした。




