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勇者はすべてを論破する -Argus Argues Against All-  作者: 福本サーモン
【改稿中】第2章 農業都市 ラグスノール

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第15話 論戦の行方

「……では、こちらをご覧ください。」


 アルガスは手元の紙片を掲げ、議場の商人たちを見渡しながら語り始めた。


「これは、襲撃現場で見つかった紙片です。この紙には、ジルヴァ符号という暗号技術によって日時と場所の情報が記されています。そしてその内容は、実際の襲撃現場と一致していました」


 商人たちがざわつく中、アルガスはさらに続ける。


「この紙片には、カロンド商会の紋章が刻まれています。これは、襲撃の指示に使われた命令書と見られますが……ネイヴァス殿、いかがお考えですか?」


 その言葉を受け、ネイヴァスはわずかに眉をひそめたが、すぐに冷静な笑みを浮かべて立ち上がった。


「ただの紙片ではないですか。暗号などとおっしゃいますが、それが当商会と襲撃を結びつける確固たる証拠になるのでしょうか? 偶然紛れ込んだ可能性もあるのでは?」


 ネイヴァスの言葉に商人たちの間でざわざわと囁きが広がる。


「では、なぜ襲撃とは無関係であるはずのカロンド商会の紋章が入っているのですか?」


 アルガスが鋭い声で問い返す。


「混乱の中で偶然紛れ込んだものか、あるいは誰かが意図的に置いたものかもしれません。それに仮に紋章が我々のものであったとしても、それが襲撃計画に繋がる証拠にはなり得ません」


 ネイヴァスの冷静な反論が議場に響く。


「やれやれ、勇者殿が何を言い出すかと思えば……あなたの出す推論には付き合いきれませんね。これではまるで、子供の謎解きごっこです」


 ネイヴァスの嘲笑混じりの言葉に、商人たちの間から小さな笑い声が漏れる。


「それに、商人たちを襲ったのは魔物です。我々が関与していたとして、一体どうやって襲撃事件を引き起こしたというのですか?」


「……そうですね」


 ネイヴァスの言葉に、アルガスは一瞬視線を落としたが、すぐに言葉を続ける。


「先ほどの紙片の暗号には、こんな単語も含まれていたのですよ――『魔術』、と」


 アルガスが静かに語りながら羊皮紙を広げると、議場が再び静まり返った。その紙には複雑な模様で描かれた魔法陣が記されている。


「これはカロンド商会が所有する倉庫で発見されたものです。そしてここに描かれているのは……魔物を誘導するための魔法陣です」


 グレオの目が期待感で輝く。


「よし!あれを出したならいけるだろ!」


 しかし、その横でエリスは押し黙ってネイヴァスを見つめていた。


 商人たちの間に緊張が走る中、アルガスは追及を続ける。


「カロンド商会はこれを利用して襲撃事件を引き起こしていた……違いますか?」


 議場にざわめきが広がる。ネイヴァスは目を丸くして魔法陣を見つめていた。




 そして、一瞬の沈黙の後――ネイヴァスの口角が上がった。




 アルガスはその表情を目にし、心の奥底がざわつくのを感じた。


「なるほど。ずいぶんと物騒なものが、当商会の倉庫にあったのですね」


 ネイヴァスは柔らかな笑みを浮かべたまま、わざとらしく頭を下げて見せた。


「ただ、それが我々のものだと証明する術はありますか?」


 アルガスはすぐさま問い詰める。


「この倉庫は厳重に警備されていました。それも、先ほど提示した護衛雇用記録に記載されている傭兵たちによって、です。カロンド商会の関与は明白でしょう」


 ネイヴァスは余裕を崩さず、穏やかな口調で返す。


「確かに倉庫の管理は徹底していますが、傭兵たちの任務は主に外敵の排除です。内部で発生する問題までは網羅できない場合もありますので」


 ネイヴァスは軽く肩をすくめて答える。


「第三者が侵入して魔法陣を投棄した可能性も考えられますね」


「それこそ……推論ではないですか」


 アルガスは、苛立ちを隠せない様子で問い詰める。


「倉庫の管理が杜撰であった点については、私にも責任があります。ただ、それを理由に襲撃事件の犯人にされてしまっては困ります」


 そして、ネイヴァスはわざとらしく困った顔を浮かべながら、再び笑みを浮かべて付け加えた。


「しかし、その『魔物を誘き寄せる魔法陣』とやらは、一連の事件の鍵を握っていると思われますね。誰によって使われたのか、残留魔力を調べてみてはいかがですか?」


 ネイヴァスの言葉を聞き、エリスが息を呑む。


「あいつ……術者まで追えないのを分かってて、わざと……!」


 ネイヴァスはそのまま続ける。


「これ以上、我々の商会に対する議論を続ける意味はないと思いますが?」


 議場はざわめきに包まれた。そして、ネイヴァスの目が細まり、嘲笑を浮かべながら最後の追い打ちをかけるように言った。


「ところで、アルガス殿。私もお聞きしたいのですが……」


 ネイヴァスは間を置かず、さらに言葉を続ける。


「その魔法陣があったのは、街の外れの倉庫ですか?」


「……ええ、そうですが」


「ああ、やはりそうですか。実はその倉庫に先日侵入者がありましてね……なにかご存知ではないかと思いまして」


 その言葉が響いた瞬間、アルガスの机に置かれた手が僅かに震えた。商人たちの視線が一斉に彼に集中する。


(しまった……)


 アルガスは硬直する。ネイヴァスはその様子を見逃さず、さらに笑みを深めた。


「どうされましたかな?」


 アルガスはなおも答えない。


「いえ、少し強引に侵入されていましてね。勇者殿の調査に何か影響が無かったかと、心配なのですよ」


 グレオとエリスは目を逸らしながらこそこそと呟く。


「や、やべえぞ。暴れたの、バレてんじゃねえか?」


「そ、そりゃ、まあ、報告は行くわよね……ア、アルガスが適当に誤魔化してくれるでしょ……」


 だが、アルガスは自身の体温が急激に下がっていくのを感じた。


(嵌められた……!)


 ネイヴァスの冷笑が頭から離れない。自分の手元に汗が滲むのを感じたが、握る拳はそれ以上に冷たかった。


(ネイヴァスは、僕たちの倉庫襲撃を糾弾しようとしている。目撃情報以外に僕たちがやった証拠は無いから否定は容易い……)


(しかし、僕たちの侵入を否定した場合、そこには『第三者による侵入があった』事実が出来てしまう……)


 カロンド商会本部での、ネイヴァスの余裕な態度が思い起こされる。


(あの倉庫自体が罠だったんだ……)


(傭兵たちの配置、魔法陣の残し方、侵入者をあえて排除しなかった点――すべてが意図的だ。僕たちは、最初から証拠を掴んだ『つもり』にさせられていた……!)


 アルガスの瞳に絶望の色が映り込む。


(証拠集めに焦り、ネイヴァスの策を読めず、倉庫に向かう判断をした……僕の、ミスだ……!)


 彼の首筋に、冷たい汗が伝った。



 静まり返る議場。


 その時。


「……私から、お答えします」


 立ち上がり、声をあげたのはミーアだった。議場の目が彼女に集まる。


 隣に座るエリスも、グレオも、そしてアルガスでさえ、驚きと困惑の目で彼女を見つめた。


 ミーアは一歩前に進み、震えを隠しながらネイヴァスに向かって言葉を返した。


「……件の倉庫に侵入したのは私たちです。しかし、その違法性をこの場で問われるいわれはありません。アルガスには、王国と教会から捜査権限が与えられており、それに基づいた行動でした」


 ミーアの声は、初めこそか細かったが、次第にその言葉には確かな力が宿り始めた。


「もし、それについて異議があるのでしたら、中央裁定院でお話しいただくべきではないでしょうか?」


 議場にざわめきが広がる。


「……そうですか、それは失礼いたしました」


 ネイヴァスはにこやかに答えるが、その目は鋭く、どこか探るような光を宿している。


「ミーア、助かった」


 アルガスは少し安堵の声を漏らす。しかし、彼は横目でミーアを見ながら、小声で嗜める。


「だが……少し苦しいぞ。あの時は正当防衛と言ったが、僕たちは実際やりすぎている。裁定院では確実に負ける。これでは時間稼ぎにしか――」


「……いいんです、時間稼ぎで。これは……確かな証拠ですから」


 ミーアは前を向いたまま小声で答える。


「……何?」


 ミーアは、一呼吸置き、静かにネイヴァスを見つめた。心臓が嫌な音を立てているのを感じるが、表情だけは崩さない。


「ところで、ネイヴァスさん。」


 彼女の声が再び場の注目を集める。


「私からも、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 ミーアは視線を真っ直ぐネイヴァスに向けながら、心の中で呟いた。


(もう少し……あの綻びから崩せば、『これ』を使って……!)


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― 新着の感想 ―
余裕たっぷりだなと思えば、全てのやりとりは想定内だったのですね。。倉庫の襲撃を知った時はさぞ愉快だったことでしょう。 それにしても、あのアルガスさえをも凌駕する策士、ネイヴァス……正直言って、好きだ!…
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