第13話 疑惑の魔法陣
傭兵団を制圧したアルガスたちは倉庫内へと進む。埃の舞う空間の中、薄暗い照明が怪しげな雰囲気を醸し出していた。
「警備が厳重だったけど……それだけの理由がありそうね」
エリスが慎重に周囲を見回しながら呟く。
「あれは……」
ミーアが最奥の部屋に視線を移す。そして、床に散らばった羊皮紙が目に留まった。そのいくつかには複雑な魔法陣が描かれている。
「はっはーん。なるほど、この手があったか」
エリスが1枚を手に取り、ニヤリと笑いながら呟く。
「これ、魔物を呼び寄せる術が発動するわ」
「おお、ビンゴだな!……って、そんなの触って大丈夫なのか!?」
グレオが喜んで近づこうとするが、途中で動きを止める。
「使用済みだから大丈夫よ。もう発動しないわ」
「……記述式、ですか。最近はあまり使われないですよね」
ミーアが物珍しげに羊皮紙を覗き込む。
「色々と面倒だからね。でも、確かにこれを使えば、有象無象の魔術師でも複雑な魔術を発動できるわ」
「それを、カロンド商会が使用していたのか?他に読み取れることはあるか?」
アルガスが問いかける。
「ちょっと待って、残留魔力を解析すれば……あら?」
エリスは魔法陣に手をかざしながら確認する。
「……魔力が微量すぎて、いつ・誰が使用したのかを判別するのは難しいわね」
エリスは別の羊皮紙を拾い、同じように手をかざす。
「こっちも……これ以上の解析は無理ね……魔力がまともに通っていないわ」
彼女は眉根を寄せながら呟く。
「全く、よくこんな杜撰な処理で起動したわね。アルガスくらいセンス無いわよ」
「急に流れ弾を当てるな」
ミーアも、床に落ちていた羊皮紙を拾い、そこに描かれた魔法陣をじっと見つめていた。
「でも、これで手口の証拠が手に入ったってことだな!」
拳を握りしめながら、グレオが言う。
「そうね。これを突きつければ、流石に言い逃れできないでしょ。」
「ああ、有力な証拠だ。すべて回収して戻ろう」
エリスとアルガスも頷いた。
***
ラグスノールの街は夕暮れの喧騒に包まれていた。宿の一室で、アルガスはこれまでに集めた証拠を前に思考していた。
「護衛の異常な雇用記録、他商会との資金の流れ、魔物襲撃を避ける移動ルート、そして倉庫で見つけたこの魔法陣……」
アルガスは倉庫から持ち帰った羊皮紙を見つめ、声に出して情報を整理していく。ややあって、ひとつ息をついた彼に、向かいのソファに座ったエリスが声を掛けた。
「証拠は揃ったんじゃない?これだけあれば、カロンド商会が黒幕だって突きつけられるでしょう」
アルガスは視線を羊皮紙に落としたまま静かに答える。
「いや、証拠を突きつけるだけで終わる相手じゃない。ネイヴァスは手練れの商人だ。言葉を駆使して切り返してくるだろう」
その脳裏には、昨日のカロンド商会でのやりとりが焼き付いていた。
「それと……」
手元の羊皮紙を見つめながら、アルガスは呟く。
「あのネイヴァスが、こんなあからさまな証拠を残すのかが、気になって……」
その様子に、エリスは一瞬考えを巡らせた後、口を開く。
「記述式は、詠唱式よりも複雑な魔法を簡単に扱えるのが利点だけど、欠点も多いのよ。その最たる例がこれね。使用後の魔法陣が魔法産廃指定で、簡単には捨てられないの」
「そうか……」
「ずいぶん弱気ね。いつもの自信満々な態度はどうしたの?」
アルガスは肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。
「慎重でいるだけだよ。みんなが集めてくれた証拠だ。無駄にはしない」
その時、外に出ていたグレオが部屋に戻ってきた。その手には屋台で買った紙袋が抱えられている。
「おーい、ミーアいるか?あっちの部屋、返事がなかったけど」
アルガスは顔を上げ、グレオを見た。
「いや、見ていないぞ。さっきまでここにいたが……」
エリスが立ち上がり、グレオに向き直った。
「ミーアなら、少し前に出て行ったわよ。てっきり、グレオを追いかけたんだと思ってたけど?」
「ええっ、そうなのか?なんかミーア、夕飯あんまり食べてなかったし、これを買ってきたんだけど……1人でどっか行ったってことか?」
グレオは紙袋を手に持ちながら困ったような表情を浮かべた。
「まあ……仮にも冒険者なんだし、大丈夫でしょ。帰ってきたら、渡しておくわ」
エリスはその紙袋を受け取りながら冷静に言ったが、その声には硬さが感じられた。グレオは頭をかきながら椅子に腰を下ろす。
「おう、頼むぜ。さて……俺は剣の手入れでもしておくかな」
室内に長い沈黙が落ちる。部屋の隅から、グレオが剣を手入れする音と陽気な鼻歌が響く。アルガスは羊皮紙を手に取り、じっと見つめたまま、何かを考え込んでいる様子だ。
「……エリス」
ぽつり、とアルガスが言葉を漏らす。
「この魔法陣、カロンド商会とは別に高度な術者が絡んでいるかもしれないと言ったな」
「……ええ。魔術を起動したのは、恐らくカロンド商会に雇われた一般魔術師。でも……術式をこれだけ洗練して改良できる魔術師は限られているわ」
エリスは暗い声で続ける。
「そして、それを擁する組織も自ずと絞られる。魔術師ギルドか、教会か……」
アルガスは押し黙り、窓の外を見つめた。
***
その頃、ミーアは暗い街路を息を切らしながら駆け抜けていた。街灯の灯りに照らされたその顔には、不安と決意が交錯していた。
ミーアの懐には、倉庫で回収した羊皮紙の一部があった。彼女はその紙を握りしめながら、ラグスノールの闇へと走り去っていった。




