第12話 やりすぎ
ラグスノールの街外れにある廃れた倉庫。近づくにつれ、辺りは静まり返り、時折吹き抜ける風が土と苔の湿った匂いを運んでくる。放置された外壁には苔が生え、窓の一部は板で覆われているが、入口には厳つい男たちが警戒を怠らない。廃墟というには、不釣り合いなまでの守りだった。
「ここ、本当に倉庫か?」
グレオが眉根を寄せながら低く呟く。
「どう見ても守られすぎだろ」
「ミーアが心配してた通り、カロンド商会が雇った連中でしょうね」
エリスの視線が男たちを捉える。その動きの無駄のなさから、彼らがただの見張りではないことは明らかだった。
アルガスはじっと観察し、静かに結論を下すように言った。
「正面突破は避けたいが……交渉で済むとは思えないな」
その言葉に続くようにアルガスが一歩前に出ると、見張りの一人が声を張り上げた。
「おい、何者だ!ここは立ち入り禁止だぞ!」
その鋭い声が、冷えた空気を鋭く切り裂いた。見張りたちは剣に手をかけ、視線をアルガスたちに集中させる。アルガスは懐から王の印が押された信書を取り出し、無表情で掲げた。
「この倉庫で何が行われているのか、調査させてもらう。王国の命令だ」
アルガスの冷静な声が周囲に響く。一瞬の沈黙が続いた後、リーダー格と思われる男が鼻で笑った。
「国の命令だあ?俺たちは商会に雇われてるだけだ。お前らに用はねえが、これ以上邪魔をするなら――」
男が剣をゆっくり抜き、光を反射させる。
「どうなるか、分かるよなあ?」
男たちの剣が次々と抜かれ、その鋭い金属音が空気を震わせた。一行を取り囲むようにじりじりと距離を詰める見張りたち。緊張の糸が張り詰め、空気が一層重くなる。
アルガスは短くため息をつくと、信書を懐にしまい、腰の剣に手を添えた。
「暴行……ダメなんじゃなかったの?」
エリスが呆れたように声をかける。
「正当防衛だ」
アルガスは短く応じると、剣を引き抜いた。
「全くもう……仕方ないわね」
エリスもロッドを取り出し、顔の前でぴたりと構える。その先端には、すでに魔力の揺らめきが生まれていた。
「来い!ぶっ飛ばしてやるぜ!」
グレオの豪快な声が轟いた瞬間、傭兵たちが一斉に飛びかかってきた。
グレオの大剣が宙を切り裂き、突進してきた一人を一撃で叩き飛ばす。鈍い音とともに、男の体が地面に転がった。
「<フレイム・オーブ>!」
さらに、戦場にエリスの声が響く。彼女の足元には複雑な魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間には燃え盛る火球が傭兵たちのそばで炸裂した。
「くそっ、魔法使いがいるぞ!」
怯んだ傭兵の一人が叫ぶが、その言葉が終わる前に、グレオの大剣が迫る。
「ほら、油断するんじゃねえ!」
グレオは笑みを浮かべ、続けざまに大剣を振り回し、複数の傭兵たちをまとめて叩き伏せていく。
一方、アルガスは剣を振るいながら敵の攻撃を受け止めていた。鍔迫り合いの最中、横からの激しい衝撃音に、一瞬そちらに目をやる。
「派手だな……」
暴れる2人の様子を見て呆れたように呟く。
「よそ見してる暇が、あんのかァ?」
男は握った剣にさらに力を込め、アルガスを押し込もうとした。
「ちっ……」
アルガスは、低い声で素早く詠唱を紡ぐ。
「あっ、テメェ!」
アルガスは一瞬力を込め、詠唱に動揺した男を突き放した。そしてすぐさま相手に狙いを定め、迷いなく魔術を発動する。
「<ウィンド・アロー>」
彼の指先から放たれた風が、傭兵の体を吹き飛ばした。
「ミーア、強化魔法を!」
アルガスは背後のミーア短く指示を出す。
「わ、分かりました!……<ウィルトゥス・ブレウィス>!」
ミーアが杖を掲げ、小さな魔法陣を展開する。その光がアルガスを包み込み、彼の体に力が漲る。
「……よし」
アルガスは再び切り掛かって来た相手の剣を軽くいなしつつ、相手の剣を弾き飛ばす。間髪入れずに背後から一撃を入れると、男は崩れ落ちた。
「なかなか、いい効果だ」
アルガスが剣を一振りしながら呟き、すぐに次の敵に向き直った。
***
「もう、まどろっこしいわね!グレオ、30秒ちょうだい!」
戦況にイライラしたエリスがロッドを頭上に掲げ、詠唱を始めた。その言葉に応じてグレオが敵の攻撃を引き受ける。
「いいぜ!やっちまえ!」
エリスの詠唱を紡ぐ声が高まるにつれ、空気がざわめき、周囲に火花が散り始める。
詠唱が完了すると同時に、エリスの頭上に巨大な火球が生まれた。それは音を立てて回転しながら熱量を増し、周囲を焦がしていく。
傭兵たちはその光景に目を奪われ、一瞬だけ動きを止めた。
「これで……終わりよ!<インフェルノ・ノヴァ>!」
エリスが火球を傭兵たちの中心に放つと、それは眩い光とともに炸裂した。爆発音が轟き、衝撃波が土埃を巻き上げる。
傭兵たちは次々に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
戦場に静寂が戻った。倒れ伏した傭兵たちのうめき声が微かに聞こえる中、埃が漂い、焦げた匂いが辺りに立ち込めている。
「寄せ集めの雑兵なんて、こんなもんね」
エリスがロッドを振り下ろしながら、不敵な笑みを浮かべる。その表情にはどこか誇らしげな余裕が滲んでいた。
「……エリス、やりすぎだ。冷静さはどうした」
アルガスが最後の傭兵を気絶させながら問いかける。その声には呆れが混じっていた。
「何か問題ある?ちゃんと範囲は考えて撃ったわよ」
エリスは肩をすくめて言い返すが、アルガスは静かに苦言を呈した。
「確かに周囲に被害は出していないが……爆発音で誰かが異変に気づいて駆けつけたらどうするつもりだ」
「それも倒せばいいじゃない。約束通り、私が責任持って処理するわよ?」
エリスは飄々とした態度で返しつつも、その言葉の端に小さな皮肉を滲ませた。アルガスは肩を落としながら剣を鞘に納め、それ以上は何も言わなかった。
「アルガス様、傷が……」
「ん?ああ、本当だ」
ミーアに指摘されてアルガスが右頬を擦ると、血がついていた。
「動かないでください、……<ルクス・サナ>」
淡い光の魔法が発動し、アルガスの傷は瞬時に治癒する。
「助かるよ。さっきの強化魔法も、良かった。あれなら僕もある程度戦えそうだ」
アルガスが小さく笑みを浮かべながら、ミーアに向けて頷く。彼女は戸惑ったように目を泳がせるが、アルガスの視線を受けると、小さくこくりと頷いた。
「よ、良かったです……ちゃんと役に立てて」
「いやぁ、しかし見事だったぜ!二人もよくやった!」
グレオが大剣を担ぎ直し、アルガスとミーアの肩を叩きながら豪快に笑う。
「俺が少しサボってても、こいつらが片付くなんてな!」
「えっ、サボってたんですか……?あれで……?」
困惑顔のミーアが、グレオの顔をまじまじと見て呟いた。
「それにしてもさあ、アルガス。あの<ウィンド・アロー>はさすがにちょっと微妙だったわね」
エリスがいたずらっぽい笑みを浮かべながらアルガスに声をかける。
「あの距離で傷すら付けられないのは、魔法のセンス無さすぎね。詠唱の速さは評価できるけど――」
「見てたのなら加勢しろよ」
「魔法、使えるだけでもすげえと思うけどなあ」
アルガス、エリス、グレオは倉庫に向かって歩き出した。しかし、ミーアは杖を握りしめ、その場から歩き出せずにいた。
「ミーア、どうした?」
アルガスの声に、ミーアはハッと顔を上げる。
「もし中に敵がいても、グレオが倒すから大丈夫よ」
「俺かよ!やるけどさあ!」
エリスとグレオのやり取りをよそに、アルガスはミーアに向き直る。
「ちゃんと守る。安心してくれ」
その冷静な声に、ミーアは一瞬逡巡した後、顔を上げた。
「は、はいっ!すぐ行きます!」
杖を握り直し、ミーアは駆け出した。




