第10話 カロンド商会
翌朝、カロンド商会の本部に向かう道中、エリスが口を開いた。
「で?商会本部に乗り込む『手』ってのは何なの?」
アルガスは足を止め、懐から一通の信書を取り出して見せた。
「これを使う」
「あれ?それって確か、金を貰えるやつだろ?」
グレオが興味津々で信書を覗き込む。
「正確には『勇者の信書』だ。国王と大司教の署名入りで、国と教会からの資金援助、税の免除、そして関所の通行権が含まれている。それだけじゃない……一部の越権行為も許されている」
アルガスが淡々と説明すると、ミーアは眉を寄せながら戸惑った表情を浮かべた。
「越権行為って……具体的には何をするんですか?」
「例えば……建物に侵入して資材や金品を強制的に徴収するとかだな」
アルガスが冷静に答えると、ミーアは目を丸くして声を上げた。
「そ、それって、泥棒じゃないですか!?」
「もちろん、そんなことはしない。今回は――強制捜査だ」
アルガスは淡々とそう言い切り、再び歩き出した。
「やっぱすげえな、それ!今度貸してくれよ!」
グレオが笑いながらアルガスに着いていく。
「僕しか使えないぞ。それに、あまり乱用すると信用を失う。あと、暴行や放火なんかは当然許されないから気をつけろ」
アルガスはグレオを見やりながら、軽くため息をついた。
「ずいぶん権力を振りかざすのね、勇者様」
後ろからエリスが皮肉たっぷりに声をかける。
「うるさいな……僕だって、好きでやってるわけじゃない」
アルガスが小さくため息をついた。
やがて、一行はラグスノールの街でもひときわ目を引く建物――カロンド商会の本部へと到着した。黒塗りの巨大な扉には金色の紋章が刻まれ、堂々たる石造りの外観は威圧感さえ漂わせている。周囲には静寂が広がり、気軽に立ち寄れる雰囲気ではなかった。
「ここがカロンド商会か。立派なもんだな」
グレオが感心したように建物を見上げる。
「どんな手段で稼いだのか、聞いてみたいものね」
エリスが冷ややかに言う。
「それは中に入れば分かるだろう」
アルガスが冷静に返しながら扉を叩いた。硬質な音が響く。
しばらくして扉が開くと、中から屈強な男が顔を出した。鍛えられた体格に険しい視線を持つ彼は、見るからに警備担当の男だった。
「どちら様だ? 事前の連絡がないなら、帰ってもらおう」
男の低い声が空気を切り裂く。
「王国から派遣された者です。この信書を見て頂ければ、話が早いでしょう」
アルガスは懐から『勇者の信書』を取り出し、男に見せた。
男は信書を一瞥すると、わずかに顔をしかめた。
「勇者……アルガス、だと?」
「はい。ラグスノールで頻発する魔物被害の調査のため、カロンド商会の捜査を実施します。ご協力いただけますね?」
アルガスは冷静な表情を崩さず、鋭い口調で続ける。
男は鼻で笑い、肩をすくめた。
「ここは民間の商会だ。王国の使者だろうがなんだろうが、勝手に調べられる筋合いはねえ」
その言葉に、アルガスは一瞬だけ静止した。その場の空気が重く張り詰める。
「……そうですか」
彼はゆっくりと一歩前に出て、低く抑えた声で語り始める。その声はどこか冷たい響きを帯びていた。
「私は、唯一神ルクシスに選ばれた勇者です。この信書に記された通り……王国と教会の庇護のもと、必要な行動を取る権限を持っています」
その瞬間、アルガスの目が鋭く光る。
「捜査を拒否するなら、それはフォルセリア王国及びルクシス教会に対する反逆と見なしますが、それでも構わないと?」
冷たい目で相手を睨みつけ、言い放つアルガス。
その言葉に、男の顔色が変わる。視線を泳がせ、迷うような様子を見せたが、やがて不承不承に道を開けた。
「……わ、わかりました。ただ、余計なところにはお手を触れないでいただきたい」
アルガスは軽く頷き、中に足を踏み入れる。
「やるな!さすが勇者だぜ!」
グレオが陽気に笑いながら後に続く。
「……なんか、もう逆に楽しんでない?大丈夫?」
「流石に、ちょっと怖いですね……」
エリスは呆れ、ミーアは困ったように呟いた。その声に、アルガスは立ち止まり、振り返って硬い表情で言った。
「使えるものは、何だって使うさ。さあ、調べるぞ」
踵を返して再び歩き出すアルガス。エリスとミーアは顔を見合わせた後、慌てて後を追った。
***
アルガスたちが足を踏み入れると、カロンド商会本部の中は外観に負けず劣らず豪奢な造りだった。広々としたロビーの床には大理石が敷き詰められ、足音が反響する。天井から吊るされた精巧なシャンデリアが柔らかな光を落とし、壁には風景画や歴史的な図像が整然と並んでいる。
「……まるで貴族の館だな」
グレオが感心したように見渡す。
「でも、人の気配が薄いわね。妙に静かすぎる。」
エリスが冷たい視線を周囲に巡らせる。
やがて一行は執務室や資料室が並ぶ一角に到着した。アルガスは扉の前で足を止め、仲間たちを振り返る。
「まずは、ここから調査だ。手分けしよう」
「了解。で、俺は何をやりゃいい?」
グレオが軽く肩を回しながら訊く。
「グレオは、カロンド商会が管理している倉庫や拠点の一覧、それから輸送ルートが記載された地図を探してくれ。もし不自然なルートがあれば、それが鍵になる」
「よっしゃ!分かりやすくて助かるぜ。」
グレオは拳を軽く振り上げると、目の前の扉を勢いよく開けて中に入った。
次に、アルガスはエリスに目を向ける。
「エリス、護衛の雇用記録を調べてくれ。人数や所属、特定の傭兵団との繋がりないか調べてくれ」
「わかったわ。ろくでもないデータが出てきそうね」
エリスは小さく肩をすくめながら、グレオが入っていった部屋を覗き込む。
最後にアルガスはミーアに向き直った。
「ミーア、他の商会との契約書ややり取りを記録した書簡を探してくれ。特に、魔物被害がほとんどない商会との関係を確認するんだ」
ミーアは少し緊張した面持ちで杖を握りしめたが、すぐに気を取り直し、小さく頷いた。
「はい、分かりました」
「僕は資金の流れを調べる。不審な点を見つけ次第、共有しよう」
アルガスはそう告げると、自分が担当する資料棚に向かい、分厚い帳簿を取り出し始めた。
資料室では、それぞれが静かに調査を開始した。紙をめくる音だけが響く中、アルガスの冷静な目が帳簿の中の不正の痕跡を探していた。
「勇者の信書」は、往年のRPGの主人公が他人の家に勝手に入ってアイテム強奪していることの整合性をとるために考案しました。権力万歳。




