表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者はすべてを論破する -Argus Argues Against All-  作者: 福本サーモン
【改稿中】第2章 農業都市 ラグスノール

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/50

第9話 襲撃事件の謎を追え

 グレオとミーアは、ソルバン商会の商人とともに、魔物襲撃があったという現場へと向かっていた。ラグスノールの豊かな麦畑が途切れた場所に広がるその荒れ地には、どこか陰鬱な雰囲気が漂っていた。


「ここです。あの日は突然のことで、荷物もほとんど奪われてしまい……」


 商人の一人が震える声で説明する。現場には壊れた荷馬車の残骸や散乱した木箱の破片、乾いた血痕が点々と残されていた。


「ひでえもんだな……大丈夫か、ミーア?」


「は、はい。大丈夫です」


 ミーアの表情は固かったが、それ以上の決意が見て取れた。


「しかし、こんな有様じゃあ……もうろくなもんは残っちゃいねえか」


 グレオがため息混じりに地面を見渡していると、何かがちらりと目に入った。近くに落ちていた紙切れだ。


「ん? なんだこりゃ?」


 グレオはそれを拾い上げた。紙は薄汚れており、ところどころ破れている。かすれた文字が断片的に残されているものの、内容を読み取るのは難しそうだ。


「何か書いてあるが……さっぱりわからねえな」


 彼は紙を回転させながら、文字列を睨みつけるように見つめた。


「少しお待ちください……この紋章、カロンド商会のものですね」


 同行していたソルバン商会の商人が、紙の端に浮かび上がった紋様を指差して確認する。その声には驚きと不信が滲んでいた。


「カロンド商会は襲撃されていないという話でしたよね?どうしてこんな所に……?」


 ミーアは不安げに首を傾げる。


「これって、カロンド商会が襲撃に関わってる証拠ってことか?」


 グレオは紙切れを指で揺らしながら問いかけた。


「それは……証拠とは言えないかと思います。これだけでは確定できません」


 ミーアが静かに首を振った。彼女の声には慎重さが滲んでいる。


「そうか……でも、これで怪しいってことくらいは言えそうだ。アルガスに見せりゃ、何か分かるかもな」


 グレオが紙切れを畳むと、ミーアはふと顔を上げて商人に話しかけた。


「あの……襲撃があったとき、何か変わったことや気になることはありませんでしたか?」


 その質問に、商人は少し驚いた様子で考え込み、やがて言葉を紡いだ。


「そういえば……魔物がまるで何かに導かれているようでしたね。一直線にこちらへ向かってきたのを覚えています。普通ならもっとばらけて襲いかかってくるはずなのに……」


 その言葉に、グレオは腕を組み、険しい表情を浮かべた。


「魔物が誘導されてた、だと? そりゃどう考えても普通じゃねえ」


 彼はミーアに視線を向け、力強く言った。


「紙切れも証言も、アルガスに持ち帰って突き合わせようぜ」


 ミーアも頷き、小さな声で答える。


「はい……これが何かの手がかりになればいいのですが」


***


 アルガスとエリスは、商業連合の記録室の中で膨大な帳簿や記録の山に埋もれていた。その部屋はほの暗く、棚には古びた革表紙の書類が無数に並んでいる。埃の匂いが鼻をつく中、2人はカロンド商会の動向を追っていた。


「護衛雇用の記録が多すぎるわね。これだけの人数を雇うなんて、ただの商会の規模を超えているわ」


 エリスが帳簿を覗き込みながら指摘する。その声には警戒心が滲んでいた。アルガスはページをめくりながら冷静に言葉を継ぐ。


「それに、一部の記録が曖昧だ。特定の取引内容や資金の流れが意図的に隠されている」


「こんなにも不自然なのに……なんで今まで誰も指摘しなかったのかしら?」


 エリスが眉をひそめながら呟く。


「バートラム会長の話では、カロンド商会はラグスノール最大規模の商会だ。街の経済の中核を握っている。その影響力を考えれば、表立って批判するのは容易ではないのだろう」


 アルガスは視線を帳簿に落としたまま、淡々と答える。


「つまり、力がありすぎて誰も手を出せなかったってことね。嫌な感じ」


 エリスが肩をすくめながらため息をつく。


「その牙城を崩すためには、決定的な証拠が必要だな……」


 アルガスは帳簿を閉じると、机に肘をつきながら低く呟く。その眼差しには鋭い光が宿っていた。


***


 ラグスノールの中心部に位置する宿屋。ソルバン商会が手配したその宿は、清潔で落ち着いた雰囲気が漂い、豪華ではないが旅の疲れを癒すには十分だった。アルガスたちは簡素な一室に集まり、それぞれの調査結果を持ち寄って議論を始めた。


「襲撃現場をいくつか回ったが、特にこれといった特徴はなかったな。地形的に魔物が集まりやすい場所でもねえし、何か仕掛けがあるわけでもない。まあ……気になることがひとつあるとすれば、これだ」


 グレオは持っていた紙切れをテーブルに置いた。


「襲撃現場で見つけたんだ。端にカロンド商会の紋章が入ってる」


「これだけでは、証拠にならないとは思いますが……ただ、商人の方から、魔物が誘導されているようだったというお話も聞きました」


 ミーアが紙をじっと見つめながら控えめに言った。


「どうだ?手がかりにはなりそうか?」


 グレオが険しい顔で問いかける。ランプの光が、彼の眉間の皺をさらに濃く見せていた。


「少し待ってくれ……」


 アルガスは椅子から身を乗り出し、紙切れを慎重に手に取った。彼の瞳が紙の細部を丹念に追い、その表情は一層鋭くなる。


「……なるほど、これは暗号だな」


 低く漏らしたアルガスの言葉に、一同の視線が彼の手元に集中する。


「暗号?」


 エリスが身を乗り出し、興味深そうに紙を覗き込んだ。その声には、緊張と期待が入り混じっている。


「断片的だが、文字列の一部が規則的に配置されている。襲撃に関する情報だとすれば証拠になりそうだ……解読してみよう」


 アルガスは紙切れをテーブルに置き、そばにメモ帳を広げる。ペンを取り出すと、時折何かを呟きながら文字を書き連ねていく。その動作は冷静そのもので、集中した横顔には確かな自信が漂っていた。


「こっちは、カロンド商会が雇っている傭兵の数が異常なことと、資金の流れが怪しいってことくらいしか分からなかったわ」


 エリスは椅子に座り直し、報告した。だが、その声には明らかな焦りが滲んでいる。


「証拠がこれだけじゃ、とても――」


 彼女は言いかけて言葉を止めた。視線をアルガスに向けると、彼は紙とメモに集中しすぎて、エリスの言葉が耳に入っていない様子だった。


「ねえ、アルガス。話聞いてんの?」


 少しだけ声を荒げたエリスの問いに、アルガスは顔を上げ、軽く首を傾けた。彼の瞳がようやく彼女に向けられるが、その奥にはまだ解読に集中していた痕跡が残っている。


「すまない、聞いていなかった。何だ?」


「……こんな調子で、3日後の連合議会に間に合うのかって言ってんの」


 エリスは腕を組み、椅子に深く背を預けた。焦燥を隠そうともしない声には、どこか呆れが混じっている。


「決定的な証拠が足りないのは事実でしょ?このままじゃ、連合議会で追及どころか門前払いよ」


 アルガスはペンを置き、テーブルの上で指を組みながら、短く息を吐いた。


「確かに、時間はあまり残されていない。それに、これ以上『外部』から探るのは限界だろうな」


 その静かな言葉に、エリスが視線を鋭くした。


「……じゃあ、どうするのよ?」


 アルガスは彼女を一瞥し、再び紙切れに視線を落とす。


「明日、カロンド商会の本部に直接乗り込む」


 アルガスは静かに、しかし決然とした口調で言い放った。


「おっ、殴り込みか?」


「殴り込んでどうする。調査だ、調査」


 身を乗り出すグレオに、すかさずアルガスの制止が入る。


「ですが……いきなり行っても、追い返されてしまうのではないですか?」


 ミーアが恐る恐る尋ねる。その不安げな瞳が、ランプの光を受けて小さく揺れた。


 アルガスは一瞬目を閉じ、考えるように短い沈黙を挟んだ。そして、ゆっくりと顔を上げ、三人を見渡す。


「問題ない、手はある」


 その一言には揺るぎない確信が込められていた。


「よし!じゃあ、大丈夫だな!」


 グレオが大きな声で笑い、拳をぐっと握りしめる。そんなグレオを見ながら、エリスは呆れたような声で呟く。


「何が大丈夫なのよ。いや、まあ……こいつなら、大体何とかするんだろうけど……」


「……分かりました。私も、お力になれるよう頑張ります」


 ミーアはおずおずと微笑み、深く頷いた。その顔にはまだ不安の色が残っているが、それ以上に、彼への信頼が見て取れる。


 アルガスはそれぞれの表情を一度確認すると、メモをしまい、静かに立ち上がった。


「皆、今日はもう休んでくれ。明日からが本番だ」


 その声は低く落ち着いていたが、どこか緊張感を含んでいる。宿屋のランプの光が静かに揺れ、彼らの決意を照らし出していた。その外では、夜風が麦畑を揺らす音が微かに聞こえていたが、それはすぐに静寂に飲まれていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ