3.エンカウント
衝撃的な事実が列挙されたあの日から一週間が経つ。依然として俺はクラスで孤立していた。
シュネーを始めとしたAランク生徒たちは既にクラスにすっかり馴染むことができたようで、休み時間の度に男女関係なく談笑している様子が嫌でも目に入ってきて正直眩しい。
俺はというと、来月に控えた能力活用試験に向けて一人黙々と考えを巡らせていた。
先日配布された説明資料によれば、この試験で測る技能は、エレメントを使っていかに自分の身を守ることができるか、またいかに相手を制圧することができるか、ということらしい。
隠す気のない兵士学校じみた方針には未だ違和感を感じずにはいられないが、成り上がりのために強さを証明するしかない以上、むしろこういった形であれ最低ランクの俺にも救済措置が与えられていることを喜ぶべきだろうか。とは言っても闇を使っての戦闘なんて想像もつかないし、そもそも授業以外でろくにエレメントを使ったことがない。いきなり実戦なんてできるはずがないし、どうにかして練習ができればいいんだが。
昼休み。学校内では座席とトイレとの往復以外でほぼ移動していないため、どうにも体が凝る。
今日は天気も良いし、気分転換も兼ねて中庭へと向かうこととした。
教室から歩いて2分程度、眼前には青々と芝生が広がっていた。入学式のときにも一度通ったが、やはり新しい学校だけあって、生えそろった芝は綺麗で、さながらコンクリートに囲まれたオアシスだった。
ただ、人気スポットなのだろうか。中庭には既に多くの生徒がおり、友達のいない俺が一人でじっとしているには居心地が悪く感じられ、早々に教室へと引き上げることにした。俺がクラスで孤立している原因は、Eランクだからってだけじゃなくて、こういう内向的な性格にもあるんだろうなぁ。
校舎に戻り、だらだらと階段を上っているとき、軽く誰かに肩を触られる感覚があった。
驚いて振り返ると、2、3段下に見覚えのある人物が立っていた。
「ようアルス、久しぶりだな。元気かよ。」
懐かしい声だ。間違いない、あの時から全然変わってないな。
昔、というか俺が5歳の頃ぐらいだったか、親の付き合いで仲良くなったリンドだ。仲良くなったとは言っても、あいつはすぐに別の街に行くことになったから実際の付き合いは3カ月前後といったところか。
自分で言うのもなんだが、俺たちはその年齢にしては頭が良く、それにリンドの父親は科学者だったためよく科学の話に花を咲かせた。そういえばエレメントの話もたまにしていたな。
「リンド、久しぶり。10年ぶりくらいだな。また会えて嬉しい。」
率直な気持ちだった。まさか同じ学園の生徒だとは思わなかった。というかまた会えるとは思っていなかった。予想外の再会に胸が躍った。
しかしリンドの次の一言はそんな気持ちを吹き飛ばしてしまうほど冷たいものだった。
「知ってるぜ、お前Eランクなんだろ? まさかよりによって闇なんて最低最悪のエレメントに目覚めるとはな。文字通り劣等生ってわけだ。」
「それがいけないか?」
「俺が思うにここではランクが全てだ。明確な上下関係が生まれて残念だよ。」
そう言いながらリンドは自らの生徒手帳を俺の眼前に持ってきた。
《リンド Bランク エレメント【氷】》
俺は突き付けられたその手を振り払うようにして、リンドに背を向け、階段を一歩上った。
あの優しく快活だったリンドがこんな嫌味ったらしいことを言うようになったことがショックだったが、同時に自分の中で反逆心のようなものが湧き出るのを感じた。
「ランクが全てか。ここでは確かにその通りかもな。でも俺は成り上がるって決めた。必ず近いうちにお前と同等のランク、いやそれ以上になるよ。」
「そうかよ。来月の試験、楽しみだよな。最弱の闇使いのお前の活躍を楽しむにしてるぜ。」
俺は振り返ることなく階段を一歩、また一歩と上っていく。
僅か数十秒の会話で切り上げることになったのは残念だが、ここはあいつのおかげでまた一つ目標が生まれたことに感謝しておこう。
ーーハズレエレメントでも下剋上は起こせる。リンドを超えることでそのことを証明してみよう。