6 義家族
それは、屋敷を半壊させた翌日の朝のこと。
「なあ、知ってるか?」
目の前に座る男は、持っていたカップを皿に置き、優雅に足を組んだ。
そして、そう尋ねる。
五名の屈強な男たちに取り囲まれている状態で、椅子に座らされている私は、キッと目の前の相手を睨みつける。
私が今いるのは、巨大なシャンデリアが頭上で煌めき、厚く上品な模様のレッドカーペッドの敷かれた、まさに豪華絢爛と言っても過言ではない部屋。
そして、目の前に座るのは、この部屋の、いや、この屋敷の主人である男、ハデス。
輝かんばかりの金髪と、赤く鮮やかなルビーのような色合いの瞳を持つ美しい顔立ち。
白馬に乗っていたらまさに王子様のようなその整った容姿に、虜になってしまう女性は多いだろう。
しかし、ハデスのその目は鋭く、どこまでも冷たく、威圧感も半端ない。
少し震える拳を握り締め、私は問う。
「何を、かしら?」
「魔女の里のことだ」
ハデスが私の問いに答えた瞬間、私の周りの空気が剣呑になる。
ハデスへの殺意を感じ取ったのか、私の周りの男たちは腰に下げた剣に手をかけた。
「お前の燃やした、私の故郷のことか?」
自分でもゾッとするほど低い声が出た。
魔力が無意識に膨れ上がるのを感じる。
抑えろ、と心の中で唱える。
怒りのままに魔力を使えば昨日の二の舞だ。
すーはーと深呼吸し、気持ちを落ち着ける。
怒りが引いて行くのを感じた。
すると護衛も警戒を緩めたようで、ハデスがわずかに手を上げると、臨戦体勢を解いた。
それを見ていたハデスがつまらなそうにカップを持って、コーヒーを一口飲む。
そして口を開く。
「魔女の里だが、実際には燃やしていない。燃やしたというのは嘘だ」
その言葉に、私は唖然とする。
燃やしていない?
本当に?
「私のっ…………私の故郷は無事なの!?」
思わずがたりと椅子から立ち上がる。
再び護衛が臨戦体勢をとる。
だがそんなことはどうでもいい。
「ああ」と、ハデスが答えると、私はその場にうずくまった。
「私の故郷は…………まだあるのね………………」
思わず胸を押さえ、込み上げてきた涙をゴシゴシふく。
よかった、よかった………………!
一方、喜びを堪える私を冷たく見下ろしていたハデスは、唇を歪めた。
私の様子が滑稽と言わんばかりに。
「喜ぶのはまだ早いぞ、ラヴィリスタ」
ハデスの言葉に、バッと顔を上げる。
警戒心を浮かべ、睨みつけるとハデスは、くつくつと笑った。
「昨日の嘘は、お前にとってあの里がどれくらいの価値があるのか調べるためだったんだが…………。まあ、嬉しい誤算だ。怒りのままに古代魔法を使うほど思い入れのある里。これは、お前をこのグランツベルグへと縛り付ける理由にならないか?」
ハデスの言葉に、私は呆然となった。
そして再び、キッと睨みつける。
「そういうことだったのね……!もとから……そういうつもりでっ!」
憤る私にハデスは、ふんと鼻を鳴らす。
「こうでもしないと逃げるだろう、お前は。まあ、お前が逃げたらその時は…………」
ハデスは、そこで言葉を切った。
そして、微笑む。
悪魔のような顔で。
そこには、まごうことなき私への嘲笑が込められていた。
「お前の大事な里は、灰になってなくなるものだと思え」
私は、逃げられない。
「魔女の里」は、私の大事な里だから。
私の大切な故郷だから。
もしかしたら、私を馬鹿だという奴がいるかもしれない。
もう住人もいない滅びた里なのに、そこまでして守る必要はあるのかって。
でもね、それだけじゃないの。
「魔女の里」は、古代の幕が閉じてから現在までの数千年間、たくさんの魔女や魔法使いによって守られてきた里だ。
今は亡き里のみんなは、「魔女の里」が大好きだった。
里のみんなは、魔法や、里の周りの自然、日々の暮らし。その全てを愛していた。
古代魔法によって、里からは出られなかったけど、みんなはそれを悲しんでいたことはない。
毎日を、常に楽しんでいたと思う。
「魔女の里」には、数多の想いと愛が込められている。
だから、守りたい。
私たちの幸せを守り続けてきてくれた里を。
諦めたく、ない。
だから………………だから、私は_____
「あなたの…………養女となるわ」
私が、ハデスの養女になって、一ヶ月が経った。
私には部屋が与えられ、勉強以外の間は、ほぼ部屋に軟禁状態にある。
部屋には、外部、内部からの魔法攻撃を通さない魔法が込められ、私が内部から魔法で部屋を破り、逃げ出さないようにされている。
そして、私のそばには常に監視役として、大人がいた。
よく一緒にいるのは、私付きの侍女、リーザと護衛騎士のグレイブだった。
二人とも仕事を真面目にこなし、あまり喋らないので、私的な話をしたことはない。
いつも、三人でシーンとなって過ごしているのが、少し私には気まずかった。
また、養女となった時、ハデスに彼の家族を紹介された。
それは、私の邸宅半壊事件の翌日、ハデスがすっかり魔法で直した邸宅に、彼の妻と、息子が王都からやってきた時だった。
「クラウディア、スチュワート。今日から私の養女になる、義娘のラヴィリスタだ。コレは、魔女の里出身の貴重な魔女であり、世界唯一の古代魔法の継承者だ。仲良くしてやれ」
そんな急なハデスの言葉にあらまぁ、と微笑んだのは、彼の妻、クラウディアだ。
「ご機嫌よう、ラヴィリスタ。私は、クラウディア・エルクアージュ・ウル・エーデルクライン。こちらは息子のスチュワート。よろしくお願いいたしますわね」
クラウディアは、薄い桃色の髪を複雑に編み込んで結いあげ、美しい細工の施された髪飾りをつけた、おっとりしたタイプの美人だった。
一方、クラウディアの斜め後ろあたりに立っている、おそらく義兄であろう人物ーースチュワートは、切れ長の赤い瞳と、豪奢な金髪が父親そっくりの美形であった。
クラウディアとはあまり似ていないのだろう。
クラウディアは友好的な挨拶をしてくれたが、スチュワートは、私を無視して、一切の挨拶もなかった。
私たちは、それ以降も話したことはない。
朝食や夕食も各自別に取っていて、滅多なことがなければ、2人には会わない。
ただ、クラウディアからは、お茶会の誘いが毎日のようにくる。
しかし、私は基本的にそれを断っている。
リーザによると、エーデルクライン公爵夫人であるクラウディアは、元、この国の王女であり、王妹にあたるらしい。
私は正直、ふわふわしたお姫様タイプの彼女が苦手だし、生粋のお姫様生まれ、お姫様育ちの彼女と、森の奥深くで生まれ、育ってきた私とは価値観が全然違うと思う。
そういう意味でも、関わり合いになりたくない人だ。
自分勝手な養父。
ふわふわして、マイペースな養母。
無表情で感情の読めない義兄。
私の公女生活は前途多難だ。
私が養女となったエーデルクライン公爵家は、グランツベルグの筆頭公爵家。
元王女の公爵夫人クラウディアをはじめ、当主たるハデスもまた、王族の血を引く、この国で王に次ぐくらいの権力を持っている。
エーデルクライン家が治めるのは、王国東部の広大な領地。
魔法に優れ、魔法名家と称されるほどのエーデルクラインは、まさに東部の砦と言っていい。
そんなエーデルクライン家の当主、ハデスは、歴代最高の魔法使いとされ、魔導王の異名を持つ。
世界でも名を轟かす彼は、世界最高峰の魔法使いの一角に並び立っている。
だからこそ、彼は、傲慢でプライドが高い。
誰よりも優れている、誰にも負けないという自信があるから。
………………悔しいが、それを私も認めている。
あの男は、私より強い。
私には、ケメトから教わった魔法と、サーラに教わった薬学の知識しかない。
ハデスの作るレベルの高い魔道具の作り方はわからないし、そのため、ハデスの身を守る魔道具の打ち破り方もわからない。
また、ハデスは精密に魔法を形成することに慣れている。
しかし、私は、魔力を精密に操ることが苦手としている。
たとえ、私に古代魔法という切り札があっても、彼の技術には敵わない。
だからこそ、わたしは今よりもっと強くなるべきだ。
苦手な、精密な魔力操作を克服して。