4 エーデルクライン
目覚めた私が最初に見たのは、美しく、見事な刺繍の施された、大きな天蓋付きベッドだった。
まるで、一国のお姫様が使ってそうなそのベッドは、私の家とは比べようもないほどふかふかで、寝心地がいい。
思わずごろり、と寝返りを打った私の視界に入ってきたのは、私が意識を失う直前、私を捉えた男。
寝ぼけて、ぼけーっとしていた頭が一気に目を覚まし、ばっと飛び起きる。
「ここはどこ!?」
ベッドの脇に座るその金髪の男を警戒しながら私は尋ねる。
男はふっと微笑んで、口を開いた。
「ここは、グランツベルグ王国東部に位置する、我がエーデルクライン公爵家が治める領地にある、エーデルクライン家本邸だ。そして、俺が、ハデス・ヴァーデル・ウル・エーデルクライン。現エーデルクライン家当主だ」
偉そうに足を組んで座る金髪の男ーー改め、ハデスは、私の問いに紅茶を飲みながら優雅に答えた。
その様子に少しイラッとしつつも、私は、ニコリと愛想笑いを浮かべる。
「エーデルクライン?聞いたこともないわね。それよりも、魔女の里に帰してくれるかしら?」
私の言葉に、ハデスはふっと笑う。私を嘲笑うかのように。
「残念だが、それは無理だ。せっかく今まで居場所のつかめなかった魔女の里を見つけ出し、数ヶ月かけて、里の隠蔽魔法を解いたというのに、里は滅び、残ったのはお前だけだというではないか。これでは、私の今までの働きが無に帰ってしまう」
私は、一瞬、あまりに自分勝手なこの男の発言に唖然としたが、きっと睨みつけて反論をする。
「そんなのわたしには関係ないわ。私を里に帰して!里にはケメトやサーラ、里のみんながいるの!私は帰らなければならないわ!」
私の言葉に、ハデスはカップを皿に置いて、思い出したように、ああ、と言った。
「里ならもう燃やした。必要な資料は全て手に入れたしな。それに、忘れたのか?里にはもう、誰もいない。いるのは屍だけだ」
「は?」
頭が真っ白になった。
この男は今何と言った?
里を燃やした?
そんなことあるはずがない。
里は思い出の場所だ。
ケメトとサーラと過ごした、2人の愛した大切な場所だ。
私のすべてが詰まった場所だ。
それを燃やした?
そんなこと許されるはずがない。
そう、許されるはずがないんだ。
「……さない……」
「ん?」
「許さないっ!」
私の憎悪に揺れる瞳を見て、それでもハデスは優雅に笑う。
「許さない?そんなこと言って、お前に何ができる?」
「殺すっ!死ね、外道!」
私の殺意に満ちた目を見て、ハデスの背後に控えていた側近だろう男が、私を止めにかかったが、もう遅い。
「爆裂殺技!!」
よく、ケメトが見せてくれた魔法の応用系。全力で魔力をこめ、それを爆発に変える、初歩的な攻撃魔法。
私の魔法が、死を纏った光が、みんなを包み込んでゆく。
その中で、私が見たのは、笑みを浮かべたハデスだった。
レヴィリアン暦954年。2月25日。
グランツベルグ王国筆頭公爵家の治める、領地本邸で、巨大な爆発が起きた。王城ほどの大きさを誇った本邸は、その半分が消し飛び、半壊。
この国で最も力の持つ家で起きたこの事件で、王国内に激震が走った。
しかし、流石は、魔法に優れた名家。
死者は、1人もいなかった。