3 金髪の美丈夫
「魔女の里はどこだ?」
目の前の、五人ほどの兵士を引き連れた金髪の美丈夫は、確かにそう、私に言った。
真っ赤な、鋭い目が私に向けられる。
嘘は許さない、とばかりに。
緊張と、見知らぬ人間からの威圧で恐怖に震える手をきゅっと握ると、私はその男を見上げ、睨んだ。
私と男の間には、幅二メートルぐらいの川がある。
逃げられるだろうか?
ふと、そんな考えが頭をよぎる。しかし、すぐさまその考えを打ち消した。不可能だ。
相手は六人の体格の良い男。しかも全員が長身だ。
十一歳の幼女が全力で走っても逃げきれはしない。
考えを巡らせながら、私は口を開いた。
「魔女の里に何の用?」
私の不遜な物言いに、金髪の男ではなく、その後ろの兵士が顔を険しくする。
「無礼な!」
大きな怒鳴り声に、ビクッとすると、金髪の男はそれを手をあげて制した。
「俺は、お前のようなガキに用はない。大人のもとへ案内しろ」
男の、静かだが有無を言わせぬ物言いに、緊張で足がすくむ。そんな足をぺちっと叩いて、私は自分に言い聞かせた。
しっかりしろ、私!
一度、はあ、と息を吐き、気持ちを切り替える。
そして再び男を見上げ、私は言った。
「大人はいないわ。里にいるのは私だけ」
「何?」
途端に男は顔を険しくさせる。
ものすごい迫力だ。
「流行り病で、みんな逝ってしまった。生きているのは私だけよ」
金髪の男は、私の言葉を聞いた途端表情を険しくさせて、近くの木をダンっと拳で殴る。
忌々しげに髪をかきあげ、吐き捨てるように男はつぶやいた。
「これだけの労力を払って、やっと見つけ出したというのに、死んでいるだとっ!!」
この男の今までの発言とこの苛立たしげな反応を見るに、おそらく彼は、古代魔法を狙ってここまできたのだろう。
だけど里にはもう、私以外誰もいない。
古代魔法のことを知るのは、私だけだ。
まだ私が子供であるから、古代魔法が使えるかどうかはわかっていないはず。
でも、私が古代魔法を使えると知られたら?
そしたらどうなる?
利用価値があると考えられて、連れていかれる可能性が高い…………!
どうする?どうする?どうすればいい?
この男と後ろの兵士たちの実力が未知数である以上、戦わない方がいい。
ならば逃げる?
走って逃げるのはダメだ。
すぐに追いつかれる。
だから、逃げるとしたら魔法だ。
でも、この中の誰かが魔法を使えたら私はすぐに捕まってしまう。
ならば、こいつらが知らなくて、私の切り札でもある______古代魔法。
古代魔法を使ってしまえば、もう言い逃れできなくなる。
捕まったら終わりだ。
でも…………!それでもっ!
一か八かだ。賭けに出よう。
「きゃあっ!毒蛇っ!!」
恐れ、驚いたような表情を作って、男たちの後ろの方を指さす。
そちらに、男たちの視線が向いた。
その隙にと、魔法を発動する。
「風神双翼っ!!」
白く輝く翼が、背中に現れたのと同時に、私は地面を蹴って空へ向かって飛ぶ。
「チィィっ!あのガキ、古代魔法が使えたのか!追え!逃すな!」
金髪の男の舌打ちと、兵士に命令する声が下の方で聞こえる。
それでも、私は振り返ることはせずに、一目散に逃げる。
風神双翼で私が出せる最大の速さで。
いつも以上に飛行が安定せず、気を抜いたらバランスを崩して落ちそうになる。
でも必死に耐え抜いた。
だけど、必死に飛んでいた私は、気づかなかった。
その後ろから迫り来る、魔法攻撃に_____
それは、突然だった。
風神双翼の翼が何かに撃ち抜かれたのだ。
あれはっ、矢…………!?
魔法で作られた矢が貫通した翼は、ゆっくりと崩れていく。
風神双翼は、翼を魔法陣とする魔法だ。
普段は、白くてあまりはっきりと見えないが、風神双翼の翼には、複雑な魔法陣の紋様が刻み込まれてる。
だからこそ、翼が最大の弱点。
でも、そう簡単には撃ち抜かれないように、翼は防御にも秀でているのに………..!!
なんで、撃ち抜かれたのっ!?
翼が、崩れ始めたことで、一気にバランスを崩した私は、落下した。
木の葉がクッションとなって強い衝撃を受けずに地面へと落下したが、それでも足を打ちつけたようで、なかなか立ち上がることができない。
そうこうしているうちに、私は追いついてきた男の兵士たちに取り囲まれる。
ああ…………私の負けだわ………………
足を押さえ、うずくまる私の前で仁王立ちをしたのはあの金髪の男。
「撃ち落としてしまって、痛かっただろう?すまないな、私は君に言い忘れていたんだよ」
何を?と私が問う前に、男はニィィっと笑った。
それは、私を嘲笑うかのような笑みだった。
「私から、逃げても無駄だ」
私は、目の前の男をただ睨みつけることしかできなかった。
でもただ一つ聞きたかった。
「…………なぜっ、風神双翼の翼を撃ち抜けたの?」
「ああ、あの魔法のことか」
男は、風神双翼、と聞いて、少し考え込んだが、すぐ何かわかったようで胡散臭い笑みを貼り付けたまま答えた。
「ああ、あんなのは簡単だ。ひと目見て、翼が弱点であることに気づいたからな。上級風魔法を、あのでっかい的に当てただけだ。必中するように細工を施してな」
私の矢は、敵がどこへ逃げても必ず当たる、と男は、私を鼻で笑った。
「あんなでっかい翼なんかで飛んでいたら、撃ち落としてくれと言っているようなもんだぞ?」
男の発言に、私は悔しいが何も言い返せず、奥歯をぎりっと噛む。
「せっかく魔女の里を見つけたというのに、こんなガキ一匹しか得られるものがなかったが、まあいい」
男がそう言った途端、私は後ろから首に衝撃を受けた。
誰かが手刀を私の首に叩き込んだようだった。
「古代魔法を使えるのなら、利用価値はある」
私が最後に聞いたのは、その金髪の男の言葉。
私は、意識を失った。