1 旅立ち
月日は流れ、あれから四年。
私は十一歳になっていた。
しかし、幸せは長くは続くは続かなかった……
一年前、私が十歳の時、ケメトが他界した。
死因は老衰で、享年九十五歳だった。
里のみんなが悲しみ、サーラも取り繕ってはいたものの、かなり憔悴していた。
やっと一年がたち、ケメトが元気を取り戻したところ、里に病が大流行した。
特に、人口が三十人ほどの里では、高齢者がほとんどを占めており、子供も私ぐらいのもので、病はそんな高齢者に猛威を振るった。
サーラも手を尽くしたが、相手は未知の病と体力の衰えた高齢者。
里の者たちは一人、また一人とその命を落としていった。
中には、里を出ていく者もいた。
里に残ったのは私とサーラだけになった。
半年前までは、みんなの笑顔で溢れていた里は、廃れ、住民のいなくなった家には、蜘蛛の巣が張り巡らされていた。
それでも、サーラは出て行こうとはしなかったし、私もサーラのそばにいた。
サーラも私も、ここが故郷で、最も安心して暮らせる場所だったから。
二人きりで暮らすのは大変だったけど、でも、毎日が楽しかった。
川から水を汲んできて、その水をかけあったり。
サーラと森から薬草をとってきたり。
二人で夜遅くまで話したり。
美しい満天の星空を一緒に見たり。
悲しいこともあったけど、それでも前向きに生きていこうとしたんだ。
それなのに…………
流行り病はサーラにも牙を向いた。
もうとっくに病なんてなくなったと思っていた。
でもまだ残ってたんだ。
私たちの知らないところに。
病はサーラの体を蝕んでいった。
九十三歳の老体に、冬の寒さと病は毒だった。
寝込んでしまったサーラを私は、看病していた。
サーラの額の布を冷たいものに変えていると、サーラがぽつり、ぽつりと話し出した。
「ラヴィ。私はおまえさんを引き取って良かったと思っている。ケメトと、おまえさんと、私。毎日が楽しいことばかりだったさ」
「サーラ……」
私は、すっかり細くなってしまったサーラの手を握る。いつも大きいと思っていた手がとても小さく感じた。サーラは私の方を見ると、にこりと微笑む。
「ラヴィは、将来、美人になるだろうね。世界で一番美しくて、世界で一番強い魔女。私にはわかる。
魔女の里で最も賢い魔女と最も強い魔法使いに育てられたんだから、きっと」
サーラはそこで言葉を切って、涙ぐむ私の頭をぽん、と叩く。
「それでも、あんたが大きくなるまで見とれなかったのは私の人生最大の後悔。ケメトもそう思っただろうね」
そこで一旦言葉を切り、サーラは息を吐く。
そして、再び私の方を見上げ、話し始める。
「アタシたちは、魔女の里の一族。世界で最後の古代魔法使いの末裔。だからこそ、アタシたちは、表舞台に立ってはならない。大いなる力は、争いのもと。私たちの存在は、世界の災厄になりかねない」
でもね、とサーラは続ける。
「この掟は、これから一人ぼっちになってしまうお前さんの鎖にしかならない。だから、ラヴィ、お前は里を出なさい。外の世界に出るんだ。お前さんは、この里で、一人孤独に生涯を終えるよりも、外の世界で大切だと思える人を探して、幸せになるべきだ」
私が口を開こうとすると、ふいにサーラが私の口に人差し指をあてた。
黙って良くお聞き、の合図だ。
「いいかい、ラヴィ。もし、お前さんが表舞台に立とうというのなら、お前さんはこれから沢山の者に狙われるだろう。失われた古代の遺産を受け継ぎ、膨大な魔力をもつ、魔女の里出身の魔女だ。周りから見れば、お宝が歩いてるようなもんさ。お人好し過ぎてはダメだからね。腹黒い人間に利用されて捨てられる。だから、自分を大事に。これは、私との約束だよ」
「うん、約束」
サーラの小指に自分の指を絡ませ、指切りをする。
サーラは安心したようで、ほっと息を吐いた。
そして、再び言葉を紡ぐ。
「魔女の里はもうすぐ滅びる。ゆっくりとアタシたちの歴史は終わりを迎えようとしているんだ。だから、いいんだ。ここを出てっても。外の世界には、たくさんのものがあるだろう。私は、生涯この里から出ることはなかったが、小さい頃は、外の世界に憧れたさ。世界は広い。空は繋がっている。悲しくなったら、そう思って、この里のことを思い出したらいい。未来を信じ、自分を信じ、歩みなさい、ラヴィリスタ。私の誇り高き愛しい娘」
私はそんなサーラに抱きついて、叫ぶ。
「私も、私もよ!!私、サーラのこと大好き!サーラも、ケメトも私の大事な家族だから!サーラにいーっぱい思い出話聞かせるんだから!だから、それまで元気でいて、サーラ!!」
私に抱きつかれ、驚いて目を見開いたサーラは私の言葉にけけッと笑うと、
「ああ、そうさね。いっぱい思い出話を聞かせておくれよ。今からが楽しみだ」
と言った。
「絶対よ!約束!」
翌朝。サーラは冷たくなっていた。
笑みを浮かべたサーラは新たな旅へと出かけて行ったのだ。
「約束って、言ったじゃない……」
住民がたった一人となってしまった、寂しげな家の中には私の啜り泣きだけが響いていた。
サーラは、ケメトと共に、里のみんなのお墓が置いてあるところへ埋めた。
私は、森から摘んできた綺麗な花を、墓前に置いて、手を合わせる。
「今までありがとう、お父さん、お母さん」
私が、二人をお父さんお母さんと呼ぶのは、これが最初で最後だ。
あれは、まだ初めて会ったとき。
両親の死をまだ理解できていなかった私は、墓の前で立ち尽くしていた。
そこへ、ケメトとサーラがやってきて、「うちにきな」と言ってくれたのだ。
しかし、お父さんお母さんと呼ぼうとするのを、ケメトとサーラは嫌がった。
なぜ、と聞くとサーラはこう言った。
『アタシらは、お前さんの本当の両親じゃない。だから、アタシらのことをお父さんお母さん呼びすんのは、お前さんの本当の両親に失礼だ。だから、アタシらのことは名前で呼びな』
でもね、サーラ、ケメト。
あなたたちは、私を本当の子供のように可愛がってくれた。
愛情を注いでくれた。
たとえ、本当の親子でなくとも、あなたたちは、私の大切の家族で、お父さんお母さんなんだよ。
ありがとう、今まで。
あなたたちのことを、今でも愛してる。
忘れないよ。
墓前で手を合わせたまま、涙を流す。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
私もまた、歩き始める時が来たのだ。
旅立ってゆく里の者たちと残されたラヴィリスタ。
幼い彼女の今後を温かい目で見守ってくださると嬉しいです。