プロローグ
深い深い森の奥。
人里から離れ、滅多に人の訪れないその場所に、その里はポツンとそこにあった。
その里の名を、通称「魔女の里」という。
かつて、優れた魔法使い・魔女たちによって栄えた古代。
彼らは今では再現できないほどの高度な古代魔法という魔法を生み出した。
しかし、どんな時代にも必ず終わりが来る。
強大な力は、繁栄という名の恵みを与え、時に災いを、そして滅びを招く。
あるとき、他の大陸から、古代魔法使いたちのその強力な古代魔法と、自国の新たな発展を求め、侵略者たちがやってきた。
だが、侵略者たちは、古代魔法を使えない者たち。
古代魔法使いたちが勝つと思われていたその争い____のちの『魔法大戦』は、古代魔法使いたち内での対立や裏切りによって、自滅する形で侵略者たちが勝利を収めたのである。
『魔法対戦』で敗れた古代魔法使いの多くは、自害したり、行方をくらますなど、かつての栄えた魔法使いたちの国を捨て、魔法の黄金時代とまで言われた古代の幕引きをしたのである。
こうして、古代魔法は、古代の魔法使いたちの滅びと共に失われた。
しかし。
行方をくらませた古代魔法使いの中にも、ひっそりと生き延びながら、その叡智を後世へと伝えた者もいた。
それが、今もなお存在する、世界唯一の最後の古代魔法使いたちの里、通称「魔女の里」。
それが、私、ラヴィリスタの生まれ育った里。
「魔女の里」は、古代に生きた魔女の一人が作ったと言われる隠れ里だ。
その魔女は、争いを好まず、温厚で、薬学に精通していたが、侵略者たちに居場所を奪われ、この深い森に住み着いたという。
生まれてから十一年。
両親を早くに亡くし、家族のいない私を引き取った「魔女の里」の長老、ケメトとサーラの老夫婦。
私はその二人に愛情を込めて育てられ、すくすくと元気に育った。
知識と経験が豊富で、里一番と言っても過言ではない、実力ある魔法使いであるケメト。
魔法の腕も確かで、薬学にも精通した才女、サーラ。
私は、幼い頃より二人の知識や魔法を教えてもらっている。
「ラヴィー!お前さん、ちょいと森で、山菜をとってきてくれるかい?」
ある春の晴れた日。
私は、いつものように、朝早くから朝食の準備を始めているサーラに呼ばれ、台所へと向かう。
「山菜ー?確かにもう取れる季節ね!」
サーラから木の皮で作ったカゴを渡され、山菜をとってくるように言われる。
雪もすっかり溶け、春の花が満開に咲くようになった里では、四季一番の華やかさを纏って、春の訪れを告げていた。
今ならきっと春に旬の山菜がたくさん取れるだろう。
「ラヴィがたくさんとってきてくれたら、夜はみんなで山菜鍋にしようか」
「山菜鍋!!」
ニカっと笑いながら言ったサーラの言葉に、私は顔を輝かせる。
サーラの料理はいつも美味しいが、一番はやはり山菜鍋だ。
その日のうちにとれた新鮮な山菜と肉、そしてサーラ特製の出汁が効いた山菜鍋は絶品。
一度食べたらあの味は忘れられないだろう。
一気にやる気が漲ってくる。
「私、頑張ってくるわ!たくさんとってくるから、夜は絶対山菜鍋よ!約束だからね!」
言うが早いか、私は外へ勢いよく飛び出す。
後ろで、「ああ」と苦笑したサーラが、私を見送っていた。
外へ飛び出した私は、近道である里が一望できる家の裏へとまわる。
里長であるケメトとサーラの家は、他の里の住民が暮らす場所よりも、少し高い丘の上にある。
山菜が取れるのは、私たちの家のある丘の反対の森だ。
丘からおりて、歩いていくとなると三十分以上はかかる。
しかし、だ。
魔法を使えば、そんな距離、どうってことはない。
ケメトに教わり、ここ一年ほど、ずっと練習していて、やっと昨日、少し安定するようになってきた魔法。
すぅーはーと深呼吸するとゆっくり魔法をイメージする。
そして唱える。
その、魔法の名を______
「風神双翼!」
私の周りに、勢いよく風が撒き起こる。
それと同時に、キラキラと輝く小さな光の粒子が、私の背中へと集まっていく。
そしてそれがやがて、私の背よりも大きな、白く輝く翼へと変わった。
古代魔法、風神双翼。
「魔女の里」に受け継がれし、古代の遺産の一つ。
この風神双翼には、ある逸話がある。
昔々、あるところに、ゼファーリアという美しい双つの翼を持った、風の女神がいたという。
彼女は、優しく、温厚な性格で、森の中でひっそりと暮らしていた。
争いを好まないゼファーリアは、自然や可愛らしい動物にいつも囲まれ、穏やかに過ごすその生活がとても気に入っていたらしい。
しかし、ある日。
ゼファーリアの暮らす森に、人間がやってきて、森を燃やし、彼女の友人とも言える動物たちを傷つけ始めた。
日に日に、人間の身勝手な乱獲などにより、動物たちが減り、大地は枯れていく。
流石の温厚なゼファーリアも、それを悲しみ、怒った。
そして、その美しい白い翼で、強大な風を巻き起こす。
ゼファーリアの絶大な力を前に、なすすべなく人間は吹き飛ばされ、再び森には平穏が訪れた。
それから、ゼファーリアは、動物たちとまた穏やかに、幸せに暮らしたのであった。
これが、古代魔法、風神双翼のもととなったと言われる逸話だ。
風の女神ゼファーリアの翼は、ときに強大な風を呼び、災害とも言える被害をも巻き起こす。
古代魔法、風神双翼もまた、大量の魔力を込めれば、大惨事を引き起こし、立派な攻撃魔法となる。
しかし、普通は空を飛ぶときに使う穏やかな魔法だ。
本当に、使い方次第の魔法______
『ラヴィ、魔法はね、使い方次第なんだ。魔法使いによって、魔法は、攻撃にも防御にもなる。だから、使い方を間違えないようにしなさい』
魔法の師であるケメトの言葉が頭をよぎる。
これは、里のみんなが大切にしていること。
だから、私たち「魔女の里」の一族は表舞台に立ってはならない。
強大な力は、争いを生む。
長い長い歴史の中で、それは分かりきったことだ。
もし、表舞台にたてば、たとえ望んでなくとも、その強力な魔法である古代魔法を狙う人間によって、私たちは利用されるかもしれない。
魔法の、使い方を間違ってしまうかもしれない。
私たち古代魔法使いの末裔たちは、魔法を人を傷つけるものではなく、守り支えるものとして使う。
私もまた、その意思を受け継ごうと思う。
私の夢は、人を幸せにすることのできる魔女だ。
何があってもおきらめず、強く羽ばたいていける魔女。
そんな魔女に私はなりたい。
でも、ふと思うときがある。
未だ見たことのない里の外の世界。
そこには、どんな人が住んでいて、どんなものがあるのだろう、と。
この里にいる人たちは、「魔女の里」から出たことがないらしい。
だから、誰も知らない。
だから、私は知りたい。
白く輝く翼を羽ばたき、私は里の上空を飛ぶ。
空を飛んでも、里の周りは、見渡す限り森ばかり。
でも、見れなくとも、外の世界の想像を膨らませるのも面白い。
私が、生涯見ることのないだろう、その景色を。
「うひゃぁっ!」
突然風が吹いた。
ただでさえ、グラグラと揺れてまだ不安定な飛行なのに、風まで吹くとさらにグラグラしてしまう。
落っこちるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、やっぱり空を飛ぶのは楽しい。
「あら、ラヴィじゃないの。飛ぶの、上手くなったじゃない」
「おー、ラヴィー!風神双翼上達したじゃないか!」
「ガハハっ!飛ぶのはまだ不安定みたいだな、落ちるんじゃないぞ!」
私が、グラグラしながらも里の中を飛んでいくと、近所のおじさんやおばさんが声をかけてくれる。
一見ただの農家に見えるが、皆れっきとした熟練の魔女や魔法使いだ。
しかしながら、上達を褒められるのはともかく、未熟な点をガハガハ笑われるとムキになってしまう。
「落っこちないわよ!」
失礼な、と思いながらもやっぱり落ちないかと心配になる。
強気なことを言って失敗するのが一番恥ずかしい。
そうこう言っているうちに、森にあっという間に着く。
魔法を解除し、地面に降り立った私は、急いで山菜を探す。
木の葉をかき分けながら、目を凝らして、地面を見ながら進むと山菜を見つけるのにそう時間はかからない。
山菜第一号は、わらびだった。プチプチ摘みながら進む。
「山椒の実発見!」
「あら、これ山ウドじゃない!」
「みょうがの新芽も、タラの芽もあるわ!今年は豊作ね!」
分け入っていくとどんどんたくさんの山菜を見つけていく。
そして、数時間が経ち、日もどっぷり浸かった頃。
結果、私はほくほく顔でかご山積みの山菜を持って帰ることとなる。
ちなみに、里のみんなの分も考えて、全てはとっていない。
しかし、私は考えていなかった。
自分のグラグラ飛行で、こんなにたくさんの山菜が持っていけるのか、ということを。
「ぜっ、風神双翼…………」
魔法を発動するも、飛ぼうとするとすぐに、かごの山積みの山菜が落ちそうになりなかなか飛べない。
しかし、こんなに山菜を取ったのに、置いて行きたくもない。
もう、30分以上かかる道を歩いていくしか…………
「うわぁ〜!どうしよう…………」
真っ青になって途方のくれる私の前に突然風が巻き起こる。
山菜が飛ばされないように、抱きしめ、かごを抱えた私の前に、風を起こした主が降り立つ。
「おせぇぞ、ラヴィ」
「ケメト…………!」
ランプの灯りを片手に持ち、背中に、風神双翼の翼を持って現れたのは、育ての親ケメト。
自分の前に現れた救世主に私は、ホッとする。
あまりにも、グッドタイミングな登場に、拍手したいぐらいだ。
一方、不機嫌そうにただぽつりとケメトが言った言葉は、「腹減った」だった。
無精髭が伸び、ボサボサの頭をぼりぼり掻く姿からは想像もつかないが、里一番の実力者として、里の民からも敬われている男である。
私は、ケメトに事情を説明し、山菜のかごを持ってもらう。
ケメトが再び翼を広げ、夜の空へと飛び立つ。
その飛行は、安定したもので、月下に輝く白い翼が、とても美しく見えた。
私はケメトの持っていたランプを代わりに持ち、ケメトを追いかけるようにして夜の里の空を飛んで、やっと家に着いた。
「随分と遅かったわね」
サーラが、家の前で、私たちの帰りを仁王立ちして待っていた。
日はすっかり落ちてしまっている。
サーラ、怒ってるよねと思いながら慌てて謝る。
「ううっ…………ごめんなさい……山菜つみに夢中になってたの………..」
「そんなことだろうと思ってたわ」
サーラは、私の謝罪に、「想像ついてたもの」と手をひらひらさせて笑う。
そして、ケメトから山菜の入ったかごを受け取ると中へ入っていった。
「ほら、入りな。ラヴィも、ケメトも。夕飯が冷めちまうじゃないか」
サーラに言われ、中に入るとテーブルには湯気がたった山菜鍋が置かれている。
「山菜鍋…………!でも、どうして……?山菜は、私が今とってきたばっかりじゃ…………」
呆気に取られていると、サーラが「まあ、座りな」と言ってくる。
大人しく座るとケメトが口を開いた。
「サーラから、ラヴィが山菜をとりに行ったと聞いたがお前はいつも帰ってくるのが遅いだろう。どうせまた、夢中になって、夕飯の時間までに帰ってこなそうだから、俺も森に行ったんだよ」
そして、山菜をとって来たという。
「まあそれにしても、風神双翼、上達したんだって?近所の奴らがうちに来て、口々にそう言ってたよ」
サーラが、私の肩をポンポンと叩きながら微笑む。
「いや、まだまだだな。フラフラグラグラ飛んでいて、どこの爺さんの飛行だと思ったぞ」
ケメトが酒を煽りながら、鼻で笑う。
その様子に、私は失礼な!と立ち上がって抗議する。
「私、一年前よりかなり上達したんだからね!?しかも、どこの爺さんだって何よ!爺さんというなら、ケメトの方が爺さんじゃない!」
「ああ?俺のどこが爺さんだって?」
負けじとケメトも反論してくる。
あーだこーだ言い合ううちに、苦笑していたサーラもキレて、「いい加減あんたたちアタシの料理を食べな!」と怒鳴りつけられる。
「「はーい……」」と返事をして、熱々の山菜鍋を突く。
よく煮込まれ、味の染み込んだ新鮮な山菜にかぶりつく。
「美味しいわ!」
満面の笑みで、そう言った私に、サーラが微笑む。
「嬉しいねぇ、そう言ってもらえると」
「あたりめぇだ、ラヴィ。サーラの料理は、里一番って言われてるんだからな」
なぜかここで、ケメトが胸を張って自慢する。
「なんであんたが胸をはってんの」
すかさずサーラからツッコミが入れられる。
そして、食卓に笑いが広がった。
ああ、楽しい、と私は思う。
優しく、ときに厳しいサーラ。
面白くて、いつも私を笑わせてくれるケメト。
二人は、私の大切な家族。
ずーっと、ずーっとこの幸せな毎日が続来ますように、と私は今日も祈る。
世界一大切な家族を想って。
初めまして、本堂です。投稿するのははじめてですが、お手柔らかにお願いいたします。
ラヴィリスタの紡ぐ物語を楽しんでいただけると嬉しいです。
気に入ってくださった方、お手数をおかけしますが、評価ポイントを頂けると幸いです。よろしくお願いいたします。