5. 誓いのキス
『お互い大学終わりに寄ったカフェで再会したんだ。そこで意気投合したっていうか何ていうか……』
一昨日の夜、峰崎くんが話してくれた内容も再生された。
ぷぷっ、『再会した』っていうのは間違いではないけれど……
大型連休が終わって、大学生活にも少しずつ慣れ始めた頃のことだった。
講義終わりに、堀田くんが声をかけてきた。
「なあ、平林の『連絡先を知りたい』って言ってるやつがいるんだけど、教えていいか?」
私は思わず『えー』と顔をしかめた。
堀田くんはそんな私を歯牙にもかけず、話を続けた。
「変なやつじゃないから。むしろ、めちゃくちゃいいやつ。ってか平林も顔と名前ぐらいは知ってると思うよ」
面倒だと思いつつも、ちょっぴりだけ興味がわいた。
あのときの私、偉い!
「……誰?」
「同じ高校だった峰崎ミライ」
「嘘っ!? どうして峰崎くんが?」
「さあ? でも、わざわざ連絡先を知りたいなんて、そういうことなんじゃないのー?」
感情が一気に当時に引き戻された。
憂鬱な雨の日。さらに気持ちがどんよりすることに、通学路で派手に転んで……
でもそれをきっかけに、あの峰崎くんと初めて視線を交わして会話までできてしまった。
借りたタオルには、メッセージカードを添えて返すことにした。緊張で上手く話せなかったときの保険として。
最初、イラストのウサギが窒息しそうなほど小さな文字をびっしり書き込んだ。
でも、これは重すぎるなと反省して、シンプルな文面に書き直した。
それから雨を厭わずに、徒歩15分のパティスリーまで出かけた。
名前は難しくて忘れてしまったけれど、とにかくおいしそうでオシャレな焼き菓子を購入した。
それらを携えて峰崎くんの元へ向かうときには、心臓が口から飛び出そうなほどドキドキした。
「あ、あの……ありがとうございました」
「あれから気になってたんだけど、怪我とか大丈夫だった?」
その優しい問いかけに、私はコクコク頷くだけで精いっぱいだった。
それ以降はもう話す機会が訪れることはなかった。
けれど、時折すれ違いざまに目が合った。
そんなとき峰崎くんは必ず微笑んでくれたから、私はペコっと小さくお辞儀をして返した。
堀田くんが、私の顔の前で手を振った。
「おーい、人が話してる途中でボーっとするなよー。連絡先、教えていいよな?」
相手が峰崎くんだとわかった以上、二つ返事で承諾した。
そして、その日のうちに峰崎くんから『会って話したいことがある』というメッセージが届いた。
きゃー、すぐにでも会いたい!
気持ちがはやった。
それは峰崎くんも同じだったはず。
そうとわかるメッセージにニヤけた。
私たちはさっそく翌日の夕方に会う約束をした。
その日の晩、峰崎くんのくれたメッセージを何度も読み返してしまい、なかなか寝つけなかった。
✼••┈┈┈┈••✼
待ち合わせのカフェには、峰崎くんが先に来ていた。
ガチガチに固まって座っていたけれど、私がカフェに入るなり、ガタタタタッ! と派手な音を出して立ち上がった。
その拍子にテーブルの上のカップが揺れて、中に入っていたコーヒーがこぼれてしまった。
峰崎くんは慌ててペーパーナプキンでテーブルを拭いた。とっても恥ずかしそうに。
私が峰崎くんの向かいに腰掛けるなり、峰崎くんは早口にまくし立てた。
「急に連絡したりして、びっくりしたよね? それなのに昨日はすぐに返事くれてありがとう。嬉しかった。それと今日も来てくれてありがとう。高校卒業してからずっと、平林さんに会いたかったんだ」
何事!?
そんな峰崎くんを見たことがなかった。
峰崎くんの顔は上気していた。
それよりも、シャツ!
シャツにもコーヒーがこぼれていた。
「そのシャツ、今すぐお手洗いに行って水洗いしたほうがいいんじゃ……」
「シャツは別にいいよ。そんなことよりも俺、平林さんに話したいことがあって! 大学生になったら忙しくなって、平林さんのことを忘れられるんじゃないかって思ってたんだけど、むしろ逆だったんだ」
「えっ、えっ!?」
カフェに到着してから、まだ3分も経っていないのに、いきなり核心に触れそうで私はあたふたした。
けれどそのとき、店員さんが私のためにお水とおしぼりを運んできてくれた。
「ご注文はお決まりですか?」
私はメニューを開いてすらいなかった。
「まだなんで、少し時間をください」
峰崎くんが、しまった! という顔をした。
「かしこまりました。お決まりになりましたらお呼びください」
峰崎くんが小さくなって言った。
「ごめん。まだ注文もしてなかったのにいきなり……」
憧れのカッコいい峰崎くんではなかった。
私と同じか、それ以上に緊張していて、失礼かもしれないけれど可愛い峰崎くんだった。
それも、たぶん私だけが見られる峰崎くん。
私と峰崎くんはその日のうちに付き合うことになった。
『慣れるまではどうしていいか、よくわかんなくて、ちょっとカッコ悪かったかも……』
ちょっとどころじゃなかったよ。
自然体でいてくれればよかったのに。
けれど、私は私で、そんな峰崎くんのことを笑えないほど舞い上がっていた。
それでも、お互いに幻滅することはなかった。
峰崎くん……今は名前のミライから『ライ』と呼んでいる。
私はどんなライだって大好き。
逆も然り。ライはどんな私でも受け入れてくれる。
そう! だからこそ、迷うことなくライと家族になろうって思えたんだった。
健やかなるときも、病めるときも。
富めるときも、貧しきときも。
カッコいいときも、空回りしているときも。
覚えているときも、記憶を失くしているときも、だね。
✼••┈┈┈┈••✼
お母さんにベールダウンしてもらい、お父さんと一緒にバージンロードを進む。
その先にライがいる。
ライ……全部、思い出したよ。
式は厳かに進行していった。
讃美歌斉唱、聖書朗読、誓約、指輪交換……
クライマックスはいよいよだ。
ライが私のベールをそうっと上げたとき、私たちは視線を交わした。
誓いのキスはどうする?
ライの顔は、私にそう問いかけていた。
「ライ」
私は微笑んで、小声でその名前を呼んでみた。
ライは手を止めて、目を見開いた。
それからにっこり笑って、小さく頷いてくれた。
ライに伝わったことがわかった。
ベールアップが終わると、私とライは直立して再び見つめ合った。
ライが私の肩に手を添える。
それから半歩、私に近づいた。
ファーストキスを思い出す。
あのときも、こんなふうに緊張感が漂っていたし、全ての動作がゆっくりだった。
もっともあのときの私は、決死の覚悟か!? ってぐらい力いっぱい目を閉じたけれど、今は軽く閉じるだけ。
ライのほうも、もう鼻と鼻をぶつけることも、唇を強く押しつけてくることもしない。
顔を傾けて、優しく唇を重ねてくれた。
そうして私たちは永遠の愛を誓い合った。
END