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4. 結婚式の前に

 そのあと、持ち物のチェックや、両親への手紙を読む練習をしていたら、あっという間に1日が終わってしまった。


「ユカコ、明日は朝早いから、今夜も早めに寝ておこう」

「早いって、何時に起きるの?」

「新婦のヘアメイクやチャペルでの予行練習があるから、『8時半までに来てほしい』って言われてるんだ」


 峰崎くんが壁掛け時計に目をやった。


「役所に婚姻届を提出してから式場に行くから、余裕をもって7時には家を出たいな。となると、6時に起きようか」

「えっ、日曜に婚姻届って出せるの?」

「役所は閉まってるけど出せるんだ。これ、教えてくれたのはユカコだけどね」


 ほえー、高校生の私は知らなかった。

 7年分、大人な私……


「会ってみたいな」

「へ? 誰に?」

「7年後の私に」


 おいしいトマトスープが作れて、日曜に婚姻届を提出できるって知っている私……


「焦んなくていいよ。遅くとも7年後にはそうなってるわけだし」


 そう……なのかな?

 はっきり言って自信がない。

 違う私になっていそう。


「ってか、根っこの部分は変わってないよ?」

「ホントに!?」

「昨日ウェディングドレスの写真を見てたときの顔は、試着して最初に鏡を見たときと全く同じ顔だった」


 峰崎くんはくすっと笑った。


「それと、今朝お握りを頬張ってたときの顔、あれもよく知ってる。寝坊して俺が作った朝食を食べるとき、いっつもあの表情するんだ。申し訳なさそうな、でも嬉しそうな」


 峰崎くんは指先で私の頬をなでた。


「……ハグだけ。ハグだけしていい?」


 昨日だったら、たぶん私は顔を真っ赤にして、逃げてしまったと思う。

 でも、今日は私も峰崎くんに抱きしめてもらいたい気がした。


「か、軽くね?」

「わかってる」


 峰崎くんは、優しい力で私を包んでくれた。

 そしてこの日の夜は、峰崎くんにすっぽり覆われたまま眠りについた。


✼••┈┈┈┈••✼


 アラームが鳴り、私と峰崎くんは同時に目を覚ました。

 今日は一緒に朝食を準備することにした。

 峰崎くんがピザトーストを作ってくれている間に、私はというとインスタントコーヒーとヨーグルトを用意しただけだけれど。


「なんだか、今日結婚式って思えないぐらい普通な朝だね」

「そう? 俺は今から緊張してるよ」

「ホントにー? 全然見えないよ」

「めちゃくちゃしてる。いよいよだな、って」


 そう言いながら、峰崎くんは私を愛おしそうに見つめて、微笑んだ。

 きゃー、朝っぱらから甘すぎーっ!


 正直なところ、一昨日の夜に自分が峰崎くんと結婚することを知ったばかりで、現実味は1ミリだってない。

 けれど、峰崎くんは違うんだ。

 ずっと今日という日を待ち望んでくれていたんだ。

 かー! 何てしあわせ者なんだ、未来の私。

 それなのに、よりにもよって峰崎くんとの共通の思い出がある期間を丸々忘れてしまうなんて……


「緊張してても食べておかないとな」


 そう言って、峰崎くんはトーストをかじった。


 朝食のあとは身支度を整えた。

 峰崎くんはひげを剃りながら、『ユカコのメイクポーチはそれ』と指差して教えてくれた。

 私のメイクポーチだというそれを開けてみた。

 うん。BBクリーム、眉ペンシル、それからグロス以外、使い方がよくわからないアイテムばかり。

 グロスにしたって何色もあって、どれを使えばいいのやら。

 どうせ式場でメイクされるんだし……


「私、ノーメイクでいいやー」

「えっ? うわ、痛っ!」


 見ると、峰崎くんの顎下にポツンと赤い点が付いていた。


「ご、ごめんね。急にしゃべったから」

「いや、ユカコのせいじゃないよ。それにすぐ止まるし、ここならたぶん目立たない」


 峰崎くんは顔の角度を変えながら、鏡を調べた。


「俺って大事な場面でカッコつかないんだよなー」


 峰崎くんがそう独りごちるのが聞こえた気がした。


✼••┈┈┈┈••✼


 当然、到着したときには、役所は閉庁していた。


「記念写真撮ろうよ」


 峰崎くんが婚姻届とスマホを取り出した。


「うん、撮ろう!」


 たったこれだけのことなのに、嬉しさがこみ上げてくる。

 私たちは閉まっている役所をバックに、顔を寄せ合って婚姻届を広げ自撮りした。


 けれども婚姻届の提出はというと、感慨も何もなかった。

 宿直員さんが、私たちの提示した運転免許証(私、普通自動車免許を取得していた!)で本人確認を行い、『はーい、それでは婚姻届をお預かりしますねー』と受け取ってお終い。


「これで終わりなんて、あっさりしすぎてて特別感がないね」

「それは今日これから目いっぱいあるよ。次は式場に向かおう!」


✼••┈┈┈┈••✼


 挙式の3時間も前に現地入りしたっていうのに、それはそれは慌ただしかった。

 ヘアメイクの担当をしてくれた女の人は、テキパキと手を動かしていた。

 ホットカーラーを巻いて熱を加えている間にメイクをして、メイクが済んだらヘアセットをして……

 それと同時進行で、私と峰崎くんは係りの人と打ち合わせをした。


 それが終わると着替えて、私は綺麗な花嫁さんに化けた。

 峰崎くんは……きゃー、カッコよすぎて、もう1度恋に落ちる!

 光沢のあるライトグレーのモーニングコートをビシッと着こなしていた。

 しかし、うっとり眺めていたところを遮られてしまった。

 ううう、もうちょっと堪能させてほしかった……


「今からチャペルに移動して、リハーサルを行います」


 わっ、それは大事! すっごく大事!


 峰崎くんが私のほうに体を傾けて、こそっと訊いてきた。


「誓いのキス、どうするか決めた?」


 あっ!!


「その顔は考えてなかったんだね?」


 わっ、わっ、わっ! どうしよう……


 だけど、リハーサルでは誓いのキスの予行まではしなかった。


「皆さん恥ずかしくて、ちゃちゃっと終わらせたくなるんです。ですが、お互い向き合ってベールを上げるところから、ゆーっくりお願いしますね。何といっても、お式のクライマックスですから」


 そう念押しされただけで済んだ。


「本番中、本当の直前でいいから、キスしてほしい場所を指差すとかして教えて」


 峰崎くんはギリギリまで猶予を与えてくれた。

 でも……式の開始まであと1時間、誓いのキスまでは1時間半ってところだろうか?

 私に決めきれるかな……


 と、そのとき、係りの人が無線機に耳を傾けた。


「受付をしてくださるご友人が揃われたようです。ご挨拶されますよね?」

「はい、もちろんです」


 峰崎くんが即答した。


 ご友人……

 今の私が知っている人ならいいんだけど……

 峰崎くんは、私の表情から私の考えていることが読めたらしい。


「全員、高校のときの友達だよ」


 受付を担当してくれるという友達は、新郎側と新婦側で2名ずつ来ていた。

 新婦側の受付、つまり私の友達を見て、あっ! と驚いた。


「堀田くん!?」


 つい3日前まで、同じ教室で授業を受けていた。


「おっ、綺麗じゃん」

「堀田くんが受付してくれるなんて!」

「当然だろ? 平林とは高校と大学の7年間も一緒だったし、何よりお前らの縁をつないでやったのは俺なんだから!」


 堀田くん、が? 私と峰崎くんの縁を、つないだ……?

 …………あれっ!?


 断片的な映像が、頭の中いっぱいに広がったスクリーンに映し出される。

 大学の講義室で、スマホ片手に話しかけてきた堀田くん……

 トイレの鏡の前でメイクを直し、手櫛で髪を整える私……

 緊張した面持ちで私を待っている峰崎くん……


 思い出した! 私、思い出したよー!!


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