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2. 7年後の未来

「まだ雨が降ってるから」


 そういうと峰崎くんは手に持っていた2本の傘のうちの1本を私に差し出した。

 借りちゃっていいものか、一瞬悩んだ。

 だけどここで借りておけば、傘を返すのを口実に、学校で峰崎くんに話しかけられる!

 そのことに気づいて、素直にお借りすることにした。


 降車して傘をひらいた。

 おや? これって、明らかに女性もの……


「あの、この傘って誰のですか?」

「えっ?」


 訊いてしまって後悔した。

 『彼女』っていう回答だったら、私は奈落の底まで突き落とされることになる。

 『峰崎くんに彼女がいる』っていう話は今まで聞いたことがなかったけれど、いてもおかしくない。

 ううん、いないほうがおかしい。


「ユカコ、しっかりしろよ。ユカコのお気に入りの傘だろ?」


 私……の? しかも、お気に入り?

 もう一度傘を見上げた。

 その赤色に全く見覚えがなかった。


「違います。私の傘はこんな高級そうなのじゃなくて、もっと安っぽい……でもスケルトンに花柄が可愛くて、」


 転倒したときのことを思い出す。

 宙を舞った傘は、まるで暗い空に出現した花畑のようだった。


「雨空に花が咲いたみたいに見えるんです」


 私に続いてタクシーを降りた峰崎くんは、不思議そうに私を凝視した。


「何言って……あっ、そういうことか! さっきからずっと、どうしたんだろうって思ってたんだ。敬語だし。やっと気づいたよ」


 峰崎くんが、うんうんと頷いた。

 その横でタクシーが静かに出ていった。


「俺たちが話すようになったきっかけも、ユカコが転んだことだったもんな。そうだった。あのときユカコが持ってた傘、そんな柄だったね」

「話すようになった、きっかけ?」

「うん。登校中に俺の目の前でユカコが滑って転んで、」

「そう! 私、登校中に転んだの!!」


 お母さんが『帰宅中に転んで』って言ったのは、やっぱり勘違いか何かだったんだ。

 今日の朝から今までに何があったのか、峰崎くんに詳しく教えてもらおう。


「峰崎くん、」

「何? 平林さん」


 峰崎くんがクスッと笑った。


「明後日には自分も峰崎さんになるくせに」


 !?


「私? 私が何になる……って?」

「峰崎ユカコ」

「えっ、えっ!? どうして? どういうこと?」

「何? まだ7年前の高2ごっこを続ける?」


 7年前……高2……?

 いやいやいや! こちとら現役の高2生ですけど?

 峰崎くんこそ、何を言ってるんだろう……


「とりあえず早く家に入ろう……ってユカコ、どうした?」


 ポカーンと口を開けている私の顔を、峰崎くんが覗き込んできた。


「……峰崎くん、今いくつ?」


 峰崎くんの着ている白シャツとネイビーのスラックスを、てっきり今月に入って衣替えした制服だと思っていた。

 けれど、どうも違うような気がしてきた。

 峰崎くんのことを老け顔だと思ってしまったけれど、そうじゃないんだとしたら……


「何その質問。この前、24になったお祝いしてくれたくせに、」

「に、24!? 17じゃなくて?」


 どういうこと? 一体全体何が起きているの!?


✼••┈┈┈┈••✼


 私が高校2年生であること、登校中に転んで目が覚めたら病院だったことを峰崎くんに説明した。


「そろそろ笑えなくなってきたから、その遊びはもうやめない?」

「……っ!」


 私の目に涙が溢れ出てきた。

 目が覚めてから、訳のわからないことばかりで、なんだかもう限界だった。

 そんな私を見つめて、峰崎くんは顔面蒼白になった。


「マジ……?」


 私は涙を拭いながら、コクンと頷いた。


「と、とりあえず家に入って、座って話そう!」


 峰崎くんが私の肩を抱き、腕をさすってくれた。

 きゃっ、きゃっ、きゃー! こんな状況だっていうのに心臓がバクバクする!


「か、可愛いコーポだね」

「ユカコが気に入ったから、ここに住むことに決めたんだ」


 峰崎くんが寂しそうに教えてくれた。


「お、お邪魔します」

「そこは『ただいま』でいいよ、ははっ……」


 峰崎くんの笑い声はかえって空虚に感じられた。


「お腹空いてるよね? ごはん食べながら話そうか」


 峰崎くんはお鍋を火にかけた。


「えっ、峰崎くんが作ってくれるの?」

「ううん、ユカコが作り置きしておいてくれたのを温めるだけ」

「わ、私が!?」


 驚いたことに、どうやら7年後の私は料理ができるらしい。


 峰崎くんがサーブしてくれたのは、鶏肉と根菜がゴロゴロ入ったトマトスープだった。


「ユカコはたぶん、これとは別に何か副菜も用意してくれるつもりだったんだろうけど……ごめん。俺、わかんないや」

「ううん、これだけでも十分! 具だくさんだし」


 私と峰崎くんは『いただきます』と言って、手を合わせた。


「わあ、おいしい!」

「それ、自画自賛なんだけどね」

「こんなの私が作れちゃうなんて、すごい未来!」

「それ……続きを話そうか」


 話す、というより質問したいことが山ほどあった。


「色々訊いても……いい?」

「もちろん」


 真っ先に訊きたいこと、それはこのときには決まっていた。


「私と峰崎くんって、今現在どういう間柄?」

「あー、当然そこからだよなー。婚約してる。で、明後日、結婚する」


 峰崎くんの口から何の躊躇いもなく『婚約』だの『結婚』だのってワードが出てきて、私のほうが狼狽えてしまう。


「どういう経緯でそういうことにっ!?」

「まあ、高校卒業後の5月に再会して、そのまま自然な成り行き? そんな感じで付き合うことになって、」

「ち、ちょっと待ったぁー!」


 私の勢いに驚いた峰崎くんが、持っていたスプーンを止めた。


「高校を卒業したあとで『自然な成り行き』っておかしくない?」

「……おかしく、はないよ」

「私たち、同じ大学に進学したとか?」

「……いや」

「えっ、じゃあ、おかしいよね? 『自然な成り行き』って何?」


 峰崎くんが弱ったような顔をした。

 そっか、私にとっては2年後の未来の話でも、峰崎くんにとっては5年も前の過去の話になっちゃうんだ……


「ひょっとして、あんまり覚えてない?」

「そんなことは絶対にないっ!」


 峰崎くんが前のめりになって叫んだので、今度は私の方が驚いてしまった。


「あー、コホンッ。よく覚えてるから。お互い大学終わりに寄ったカフェで再会したんだ。そこで意気投合したっていうか何ていうか……」


 奥歯に物が挟まったようなこの説明は一体……

 はっ、まさか、まさか、まさか!


 卒業後もう二度と会えることはないと思っていた峰崎くんにばったり遭遇、なんて私はさぞかし浮かれてしまったことだろう。

 そしてそのまま突撃して、付き合ってくれるように迫っちゃったんじゃ……

 高校入学早々、隣のクラスにいた峰崎くんに一目惚れして以来、話しかける勇気もなく、こっそり見つめるだけだった私。

 だけど、最後のチャンスだと思ったら、暴走する可能性だって十二分に考えられる!


「……も、もしかして、私から強引な告白をして付き合い始めた、とか?」

「ううん、そんなんじゃないよ。ほんと違うから……」


 峰崎くんはあまり話したくないみたいに見える。

 私に気を遣ってくれているのかな……

 きっかけはいい思い出じゃなかったのかもしれない。私が峰崎くんへの片想いを拗らせまくったせいで……

 でも、たとえそうだったとしても、婚約するぐらいなんだから、お付き合い自体は順調だった、って思ってもいいのかな?

 彼氏なんていたことのない私には、順調なお付き合いがどんなものなのかは、さっぱりなんだけど……


 あれ? そういえば、彼氏いない歴16年と半年の私が2日後に結婚なんて大丈夫なの?

 しかも相手は峰崎くんなんだよ?

 きゃー、いきなり新婚生活って!

 ……って、ちょっと待って!? その前に……


「峰崎くん、私の家って……」


 峰崎くんが心配そうな目で私を見てきた。

 私と峰崎くんの間に緊張が走る。


 ゴクッ……


「……ここ。お互い社会人になって婚約してから、俺たちここで同棲してる」


 嘘でしょー!?


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