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青い鳥ルーレット  作者: シトラチネ
青い鳥ジョーカー・ワイルド
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7. 一つわたしにくださいな

 絶壁から海へと放出される大河の河口。と聞いてナイアガラ的大瀑布を期待していた桐花の眼前に現れたのは、超横長の白糸の滝だった。乾季で水量が少なく、満潮を控えて落差が小さいのが迫力に欠ける原因らしい。

 桐花が海外旅行を国内旅行に縮小されたような残念感を「おにぎり、みそ汁、お漬物」の呪文で立て直している間に、艦は帆を畳まれ停泊した。搭載されていた輸送機、巨大カラスに鞍が装着される。一羽で上陸者をピストン輸送するらしい。

 第一便は月天とやかましい仲間たち。肩乗りロザリア、鶏、豚、ガチョウなど。不要だと文句を言って鶏を降ろそうとした兵士は、額に強烈な鳥足蹴りの連打を食らって甲板に沈んだ。鶏は鶏でも闘鶏だったようだ。

「ナイスキック、いい腿だ!」

 月天がグッと親指を立てる。

「今夜はローストチキンだな、ハハハ」

 親指は食べ頃フラグだった。

 親子丼がいい、と桐花は胃をさすりながら呟く。朝からクッキーを一枚と三分の一しかもらってない胃はそろそろ限界だ。

 第二便に桐花がよじ登る。後部座席へダルジ少将が搭乗すると、額の鳥足跡から流血する兵士が止めに入った。

「まず先遣隊を派遣し、安全確保されてから上陸なさるべきです。あと半時間もすれば満潮ブゴヘッ!」

 鳥足跡に軍靴跡が上書きされ、カラスは離陸した。滝を越えて陸地へ向かうという桐花の予想と違い、ひたすら上昇していく。

 広大なアマゾナスの河口が開けた。ブロッコリーを敷き詰めたような濃緑の森のじゅうたんを、河はイチョウの葉形に切り抜いて三角江を形成している。上流には険しい山が壁のように立ちはだかっている。山、森、滝に包囲された陸の孤島ぶりが見て取れた。

「敵の敵は一時の味方」

「はい?」

 遊覧飛行気分で眼下を眺めていた桐花は、不意の発言に慌てて後部座席を振り返った。

「コウモリ狩りにウンザリしてても、黒い働きアリは金の女王アリに対抗する武力を持たない。そこで最強の兵隊アリに工作員を送り込み、情報を与えて女王アリを潰させる」

 いきなりアリの社会性を説かれても答えようがない。はあ、と曖昧なあいづちを打っておく。

「自由を得た働きアリは古巣に帰る。不安定な共同生活に耐えてきた兵隊アリの巣に亀裂を残して、な。こんな恥知らずなアリがいるなら、兵隊アリは食い殺すべきだよなあ?」

 海賊風巨漢とはいえ、白い歯を覗かせてニカッと笑うと無邪気だ。アリの共食いなんて唐突で少々エグい話だったが、少将の笑顔につられて「そうですね」と笑顔で答えた、次の瞬間。

 ガブ。

「ギャー!」

 背後から肩山をかじられて、桐花は反射的に少将のベレー帽をぶっ叩いた。ズレた略帽を直しながら、少将はガハハと豪快に笑う。

「予行演習だ!」

「そういう変態プレイは愛人さんとしてください!」



 海を底辺とする三角江の頂点付近に日系人居住地はあった。マングローブの林を伐採し石垣で固めた台地に数十棟の住居が点在している。正倉院を想起させる高床式の木造建築だ。

 少将は着陸地点を検分している。武器を携帯しているとはいえ少人数で、交流も土地勘もない民族の懐に飛び入るのだ。やがて適地を見出したらしく、マングローブの木陰に身を潜める月天たちに指示してから石垣の隅へ着陸、合流した。

「非常時はマングローブの切れ目を通って河へ出ろ。流れに乗って海へ戻れば艦が拾う」

 滝の上から海にダイブする、という危険行為がすっ飛ばされた説明じゃないだろうか。白糸の滝でよかった、と桐花は思った。ナイアガラ級だったら自分を水葬してしまう。

 頷いたロザリアが月天からガチョウを受け取って抱える。救命胴衣だったんですかソレ。

「動くな!」

 そこへ日本語が響いた。村への道を遮るように、日系人たち数名が走って来る。

「止まれっ、あんたたち何者だ!」

 桐花は思わずまじまじと観察してしまった。

 甚平に革の銅鎧を着て、手にしているのは竹槍や鍬。極貧な足軽だってもう少しマシだろうと思える超軽武装だ。豪壮美麗な鎧をまとったダルジ少将と対峙すれば、領主と一揆覚悟で直訴に来た農民みたいな迫力差だった。

「ナガタテオニの仲間か!」

 怒鳴ってくる声が震えている。何か妙な分類をされかけている。桐花は慌てて両手を挙げ、丸腰を示した。

「わたしたち、アダマス帝国からの調査団です! 戦う意思はありません!」

 日系人たちは顔を見合わせた。

「日本語だ」

「日本語が通じた」

「なまっちょるが日本語じゃあ」

 色々突っ込みたかったが、桐花は我慢した。日系人たちの戦意レベルが下がったのが感じられる。

「樹脂と、太市さんという方について教えて欲しくて来たんです!」

「ひんでぇなまりぞな! なんつっちょるかハァわがらね」

「太市って言わなかったか?」

「言った言った。なまってるけど言った。太市のねーちゃん呼んできな」

 誰かが誰かを呼びに村へと走り戻っていく。つかの間の休戦状態にホッとして、桐花は隣を見上げた。ロザリアはじっと黙り込んでいる。村の出身なら何か反応を見せるかと思ったが、河の方へ意識を向けているようだ。魚群探知でもしてるんだろうか、と考える桐花の腹が鳴った。



「太市の姉、鞠でございます。愚弟にご用だそうで」

 現れた太市のねーちゃんは質素ながらキリリとした着物姿の若い女性で、盆を持っていた。

「はい。あの、わたしは桐花・ス……スマラグダスと言います」

「お客人としてお迎えする用意はございます。まずはこちらを」

 桐花は息を飲み、出された盆に目を奪われた。縁はさざ波を切り取ってきたような流麗な細工で、その表面はとろけるようなツヤ加工が施され、底は幾層にも重なり繊細に作られていて、中身は桃を煮たものらしくバターと砂糖の甘い匂いを漂わせる、盆の上のパイに。

 違和感はモリモリだ。竹皮の上でどーんと鎮座する三角形と言えばおにぎりだ。でもお菓子だってステキじゃないか! クッキー一枚と三分の一しか入っていない胃としては大歓迎だ!

「合いますかどうか。いかがでございましょう?」

 太市のねーちゃんは、姐さんと呼び改めたくなる気迫で勧めてくる。

 毒が入っているかもしれない。友好的とは限らない、手をつけるなとレオン副官に注意された。でも試されてる感が伝わってくる。

 断りはるならこの話、ご破算やでぇ。

 と、姐さんの心のタンカが聞こえてくる。桐花は盆に載った楊枝を握った。

 なめられたらあかん。アダマス組、受けて立たせてもらいますわ!

 楊枝をパイに突き立てる。

「いただきます!」

 正直、収穫ナシで基地に戻った場合のラウーの反応の方が怖いんじゃー!

 アガッと大口を開けてかじりつこうとした瞬間に、姐さんがさらにドスをきかせて聞いてきた。

「中は全体的に何度でございましょうか?」

 もぐ、と一口噛んでから考える。

「常温なら二十七度くらい、ですか? おいしいですね」

 後半だけはキッパリ答えた。炭水化物と糖分が枯れた胃壁に染み渡るっ!

「左様でございますか……」

 姐さんがウッフリと微笑む。好感触に、桐花もニッコリと笑みを返した。

「行商人から聞きました。女王が東からの敵の軍門にくだったと。それがこんな脳なしどもだったとは嘆かわしい」

 猛毒な単語は聞き間違いかと思いたかった。が、姐さんの背負うオーラは物騒なものに変わっていて、桐花の笑顔が凍る。

「あなた方も幾何学の父ユークリッドの名を汚すのですか!」

 なんか似たような罵倒を過去に浴びたことがあるような……と桐花は記憶を探ろうとしたが、答えにたどり着く前に姐さんがハッと一歩後退した。

「お待ちを。スマラグダス……? まさかあなたはあの『月を葬る暗黒の翼』、スマラグダス中佐の縁者ですか」

 白魔の次は暗黒ですか。遂に天体まで撃ち落としたんですか。

 桐花はアダマス軍によるボル・ヤバル侵攻の詳細を知らない。直後に昇進したのだから、ラウーが活躍したのは推測できる。

 けれど文明の番人を名乗るラウーが、軍の非常時には理念をまげて非道を行うことを知っている。こんな僻地にさえ噂が及ぶほどの、『あの』呼ばわりされるような非道を。

「違います」

 思わず否定した。脳なしに非道を足されたくないし、嘘は言ってない。ラウーはいま中佐じゃなくて大佐だもん、妻じゃなくて婚約者だもん、と心の中で開き直る。

「左様でございますか」

 姐さんはふぅと息をついて首を振った。

「残念です。わたくしたちの救いの神、スマラグダス中佐にゆかりの方ならどんな助力も惜しまぬものを」

 逆効果ー!

 脳なしと嘆かれた桐花の脳はのたうち回って後悔した。占領した島国の僻地でラウーが救世主だなんて、そんな展開読めるかー!

「あなた方がなぜ太市の名をご存知なのか、わたくしたちには知る権利がございましょう」

 再びドス混じりな声に戻った姐さんが懐から短刀……じゃなくて、帯から細い棒を抜き出した。火箸にしか見えない。でもバカにしちゃいけない、間諜であることを隠すため、武器を携帯しないくノ一もいた。代わりに日用品を鋭利に削っておき、緊急時にはそれで戦ったとか。

 竹槍は明智光秀を倒したし、鎌だって鎖鎌とか実在した格闘技じゃないかーっ!

「目的は何です?」

 日本語のやり取りが分からなくても、ダルジ少将は姐さんと一揆軍の不穏を察知したようだ。音もなく強弓を手にする。一触即発の緊迫があたりを満たした。

 桐花は腹をくくった。情けなくも持ったままだった食べかけパイをカバンに確保してから、背筋をシャキンと伸ばす。これはもう、真実に訴えるしかない!

「おにぎりです!」

 姐さんと一揆軍の視線を負けじと睨み返す。

「わたしの目的はおにぎりですっ!」

 青空へ高く響く真意の表明。嘘のない心は必ず、ストレートにダイレクトに伝わるはず。

 腹割ったった。ほな、答え聞かせてもらいまひょかっ!

 一揆軍が顔を見合わせた。

「おにぎり、とな」

「鬼斬りだと」

「鬼退治に来ただと! ありがてえ! 酒だ、馳走でもてなすんじゃー!」

 わー、と一転して歓声をあげ喜び舞い踊る一揆軍。鞠姐さんも土下座でお詫びとお礼を言っている。いやいやいやちょっと待ったー、心は通じたけど言葉が通じてないよー!

 桐花の願いも虚しく、事態は待ってくれなかった。

「来ちゃった」

 月天の肩でロザリアが呟いた直後、村の奥から突然、半鐘が打ち鳴らされるカンカンとけたたましい音が鼓膜を突いた。怒声と悲鳴が上がる。

「鬼だ! 鬼が来たぞー!」

 うわぁぁぁ、と一揆軍がバラけて一目散に逃げていく。残された鞠姐さんがシャッと衣ずれの音も高く袖をたすきでまくり上げ、裾をからげ、鎌を握った。ごっごくどう……。

「いい脚してんなぁ」

 のんびり鑑賞する少将。まさかこっちも食べ頃フラグっ?

「おのれ鬼ども、太市だけでは飽き足らず、まだ盗むつもりですか。桐花殿っ」

「はっはいぃっ?」

 姐さんは鎌の刃にヒュッと短く息を吹き込んだ。まるで自分の念を乗り移らせるように。刃の魂に命を捧げるように。

 それから振り返ってウッフリと微笑む。

「可愛い弟のためにわたくしもまた、鬼となる。わたくしが異界へ堕ちた時はどうか、あなたが太市を救ってやってくださいませ」

 遺言だ、と思った。


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