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青い鳥ルーレット  作者: シトラチネ
青い鳥ジョーカー・ワイルド
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2. 名前は大事だよー

「職人村に行っちゃいけない理由は何ですか!」

 塔の階段を駆け下り、ランニングする隊列を追いかけて、桐花は食い下がった。

「ああ? んなもんアレだ。アレだからだ」

 何だっけな? の顔でダルジ少将は背後の兵士に視線を投げる。

「潮流であります、サー!」

 意外な答が返ってきた。

 質疑応答終わり、とばかりにランニングが続行される。なんてつれないっ! よしここは笑いを取る方向で!

「なぜ潮? 波に乗って巨大イカが人に卵を産み付けに来るとか?」

「何ィあいつら卵で生まれんのか? 怪物の身分で生意気だな! おい知ってたか?」

「イエッサごぶへっ!」

 知っていたと答えかけた兵士は、瞬速でスピードアップした背後の兵士たちに踏み倒されて消えた。

「いいえ、全く知りませんでした!」

「てっきり巨大イカは、深い海底に溜まった魚の死骸から湧くものかと!」

「卵で生まれるなどと夢にも!」

 っていうか、誰も巨大イカの存在を否定してくれないんですか?

「あいつらの迷惑は人を食うだけで充分だ。ま、沖しか出没しないがな」

 だからアダマス=ボル・ヤバル間には船便がないのか!

「あそこらへんは航海がめんどくせー。歩いていくとか言うなよ、森は巨大ヒルの住みかで陸の孤島だ」

 足の多すぎる生物はイヤだが、足のない生物も同等にイヤだ。

「うう……じゃあ、鷲で職人村へ」

「ああ? んなもんダメだ。理由はほら、アレだ」

 何だっけな? の顔でダルジ少将は背後の兵士に視線を投げる。

「えー、鷲不足であります、サー!」

「そそ。ボル・ヤバルのユピテライズした鳥は撃墜しちまったからな、鷲が足りねんだよ。徴収したカラスを返却しちまったのはラウーの失態だな!」

 桐花のいた地球と違い、トレードしてきたこの地球には突然変異を起こした生物が目立つ。多くは巨大化で、接近により視覚的に巨大化した木星にちなんでユピテライズと呼ばれている。

 巨大化だけでなく、見慣れぬ特徴をユピテライズで説明しようとすることがある。ラウーの左右で色が違う瞳は遺伝子疾患と考えられるが、遺伝子の解明されていないこの地球のダルジ少将は『あいつはユピテライズだ』と言っていた。

「こっ、これは一応、国家事業、でして、」

 鍛え上げられた軍人たちのランニングは見た目以上に速い。全力疾走に近い桐花の息は乱れてきた。

「ああ? ダメなもんはダメだ、アレだから、なあ?」

 何だっけな? の顔でダルジ少将は背後の兵士に視線を投げかける。

「えー、あー、」

 返答を丸投げしてない?

 疑う桐花から顔を背け、少将の視線を受けてしまった兵士はしばし目を遠泳させていた。

「えー、国家事業にも優先順位があるのであります、サー!」

「そそ。クソ拭き紙の生産なぞ、つまらん」

 クソ拭き紙じゃなくて婚姻届です!

 上がった息で何の反論もできず、桐花は隊列から脱落した。



「ああっトーカさま、しっかり」

「どうぞ我が手におつかまりください!」

「いいえ我が手に」

 芝生に座り込んでぜえぜえと息をつく桐花に、兵士たちの手が次々と差し伸べられた。

 わたしのせいでランニング十周追加になったのに。なんて騎士道精神に溢れた人たちなんだろう。アダマス軍万歳!

「ありが、とう、ぜぇはぁ」

 服の股に巨大銛が貫通してても放置しとく某大佐とは大違いだ! 乙女を石棺に詰め、軍靴で蹴倒し、壁紙ですまきにする超反フェミニストなラウーとは、あっハッキリ言っちゃった。

 感激する桐花の手を、兵士たちはぎゅうっと握ってくる。戦場で救いの女神に出会ったかのようなキラキラしい瞳で覗き込んでくる。

「これくらい何でもありません」

「そうですとも、尻の痛みに比べれば」

「鷲乗りの敵は尻にあり、と言いまして!」

 ……は?

 桐花を囲んだ兵士たちは、ウンウンと激しく頷いている。

「我々が少将攻略のヒントをお教えしましょう」

「成功の暁にはぜひ、クソ拭き紙を我らに」

「クソ拭き紙を我らに!」

 クソという下品な単語をこれほど真剣に連呼されたことはない。言葉でクソまみれにされながら、その必死さで桐花は彼らの抱える問題に思い当たった。

 痔か!

 こいつら、わたしが痔に優しい尻拭き素材に見えてるのかー! 失礼なっ!

 ラウーに好かれたいという可憐な乙女心、健気な恋心で婚姻届用紙を作りに来たんだ! 痔に優しい紙のためと言われて助言を受けるとでも? わたしにもプライドはあります!

「ぜひ教えてくださいっ」

 ガッ、と音立てて桐花は兵士の手を握り返した。

『書店の娘になれ。そして正式に私の妻になれ』

 ラウーとの約束が全てに優先してしまう。失望されたくない。出来ることをやらずに、出来ませんでしたと言えるわけがない。



 クソ拭き紙を我らにーと呪文のように唱える兵士たちが教えてくれた助言は、大した事なかった。ダルジ少将の興味をそそるモノで釣れ、それだけだった。

 陥落すべき相手は追加の十周を走り終えた兵士を鷲の鞍に立たせている。鷲をけしかけロデオ状態にすると、兵士は尻から芝生へと転げ落ちた。悶絶している。取り巻く兵士が沈痛な面持ちで十字を切っている。

「鷲を乗りこなせずに弓が撃てるか! 俺の手本を拝め!」

 と、少将はデカい体に似合わぬ華麗な平衡感覚を披露している。

 戦時であっても鷲の鞍で立って撃つ場面なんか絶対にないんじゃ……待て、あれはひょっとしたら痔に優しい乗り方なんじゃないだろうか。待て待て、あれが得意ってことはダルジ少将もひょっとして、待て待て待てまさかラウーも?

「良く見とけ、膝を使えよ!」

「イエッサー!」

 幸いにも、俺スゲー、なパフォーマンスを終えた少将は機嫌が良さそうだ。疑惑は脇へ押しやって、チャンスと桐花は走り寄った。

「少将、こういうのはどうでしょう! 職人村へ連れて行ってもらえるなら、少将のご興味のある事柄について百科事……ネイティヴの知識を総動員して情報提供を」

「ああ? そいつぁ無理だな。俺の今の最大の興味は銃火器の量産だからな!」

 基本戦闘が弓であるアダマス空軍で、銃の使い手はほんの一握りらしい。所在も出現も知れぬ武器商人から、恐ろしい値で買い付けるしかなかったそうだ。

 兵士の助言はあっけなく無駄に終わった。銃火器製造法など百科事典に載ってるわけがない。遠巻きにする兵士たちの、「クソ拭き紙……」という恨めしげな呟きが風に乗って聞こえた。

「よーしラウーの愛妻、」

 デカい声で事実でないことを叫ばないで欲しい。愛でもないし妻でもない! そうなりたい自分が突っ込むのは虚しい!

「あの、桐花と呼んでいただければと」

「へえ、そんな名前だったのか」

 覚えてなかったのか。だから嫁候補とか面倒な呼び方をわざわざしてたのか!

「はい、覚えてもらえたら嬉し……」

「やだね。名前が増えると、女を抱いてる時つい間違える」

 サイテーこの人サイテー。

 そういえばラウーはあの夜、わたしの名前を連呼したっけ。息を切らせ、余裕なく低く、何度も。ハイと返事したら、呼んでいない言っているだけだ! とものっすごい睨まれ方をした。

 律儀に返事したのに、言ってみただけー、だなんて。小学生かっ!

「まぁいいや、おまえ」

 それでも名前を覚えてもらえないよりマシかもしれない……。

「俺のコレクションを見たいだろ? 見たいよな、来い!」

 正直、銃には興味がない。でもこれもクソ拭き……婚姻届用紙のため、ご機嫌取りのため!

 佐官でもなかなか入室を許されないというありがたき執務室に引きずり込まれ、少将の有能そうな副官たちに生温かい目で見送られ、奥の武器コレクション庫へと連行された。

 部屋の四面はとろりと重厚なツヤを放つ木のボードで囲まれている。二面は弓で、一面は刀で、残りの一面には拳銃が所狭しと飾られていた。

「見ろ、何語か知らんがこの銘が入った銃は特に出来が良くて、精度が高い! これがやらしくてなー、分解しても分かりづらい場所に彫ってあんだよ。早いとこ武器商人を捕まえて、こいつの出所を白状させたいところだ」

「はあ。銃を作ってる人をアダマスに取り上げちゃおうってことですね」

「おいおい、召し抱えると言え。まーそうなったら商人どもは商売あがったりだ、玉石混交のをドンと売ってサーッと消えやがる。その中にこの銘があったら宝を掘り出したようなもんだ!」

「はあ……あ?」

 しぶしぶとお付き合いで視線を落した銘を、桐花は読むことができた。見慣れた言語だった。

『請救助 太市』

 こうたすすけ たいちさん……なわけは、ないよね。

「ダルジ少将。日系コミュニティの職人村に興味はありませんか? これ、日本語です」


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