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青い鳥ルーレット  作者: シトラチネ
青い鳥ルーレット
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4. 籠の外の鳥

 人生記録を塗り替えるキレイなものは、そろそろ出尽くしたかと思っていた。この英語圏の惑星に来てから次々と立ち現れたキレイなもの、圧倒されるもの、息を呑むもの。

 まだあった。

「うわ、すっごい目、キレー……」

 左右、色違いの瞳。茶色とグリーン。エメラルドの透明さとヒスイの神秘さを溶かし、大地の茶色を放射状に染め流す。左右を合わせて眺めていると、豊饒な大地に芽ぐむ柔らかな、一面の草原に立っているかのよう。

 しかしその豊穣な草原は次の瞬間、殺意の塊に化けた。

「自分の腸で首を吊りたいか。裸にしろ」

 コーヒー紅茶、どちらになさいますか? コーヒー。

 そんなサラリ具合で、部屋に入ってきた兵士、桐花の頭に水晶のドアの角を故意にぶつけたくさい兵士、鎧の板が石ではなくぴかぴか金属の白人青年兵士はそう言った。

 ハッ、と悲鳴だか返事だか不明な鋭い息を漏らして、石鎧兵士が桐花の服に手をかける。

「Wait! Stop! I don't have second face on my stomach! I don't have よじげんpocket! Believe me! Trust me! I'm not your enemy! I can speak English ちょっとだけ!」

 もうどうでもいい、文法も発音もどうでもいい、害を及ぼすつもりはないと、それさえ伝わればいい。自分の腸で首を吊る石鎧兵士も見たくない。人道的見地からでなく単にグロいからだが、これまたこの際どうでもいい。この金属鎧兵士がどんな拷問趣味を持っていようが構わない、いや構わなくはないのだが、それを自分に対して実行してくれなければそれでいい。

 とにかく思いつく限りの友好的な単語を繋げて吐き出す。衣服を剥ごうとしてくる石鎧兵士の腕を、抵抗でなく制止と受け取られる範囲で押しとどめる。

 金属鎧兵士の色違いの殺視線を決死の覚悟で見返して、敵じゃない、と伝えた。

「トカ!」

 不意に若草青年の声、慌てた素足の足音が石壁に反響する。広間の方だ。だが桐花は金属鎧拷問上等兵士から、目をそらすわけにはいかなかった。

「トカー! あ、」

 バササッ、ベリと重い紙の音がした。本を、商品を落としやがったあの野郎と内心舌打ちするが、桐花は金属鎧氷点下百五十度液体窒素も裸足で逃げ出す冷酷視線を仰いでいた。

「……『紡ぐ家のトカ』」

「ご存知なのですか、ルテナンカーネル?」

 訊ねる石鎧兵士が、衣服を挟んで桐花とせめぎあう手の力を緩める。

 助かった! 自分に瓜二つのトカなる人物がいるらしいのが、役に立つとは。これでむげな扱いは受けないに違いない。

 八寒地獄に一筋の光明を見いだし、桐花はほうとため息をついて、脱力した。

「『紡ぐ家』はネイティヴの家系や歴史を刺繍で記録・保管する一家だ。ネイティヴの伝承について報告書を作成する際、聴取はしただろうな。だが忘れた。興味なきものに無駄遣いする記憶容量の存在など許さない」

 金属鎧兵士は額に落ちてきた薄い金髪を、心底うっとうしそうな顔でかき上げる。

「で、紡ぐ家のトカ。私の時間をあと一瞬でも浪費させる気なら、おまえの手でおまえの口を縫わせるぞ。裸になれ」

 うっとうしいのはわたしだったのか!

 桐花は汗も凍ったように思えた。



「トカごめん、遅くなって」

 若草青年が部屋に転がり込んできた。両手一杯に本を抱えている。発音が聞きづらいと感じて、桐花はふと思い当たった。鎧兵士たちがどうやら「ネイティヴ」と呼ぶらしいこのアジア系の顔をした水上いかだゲル民族は、なまりが強いのだ。

 ひゅっと息を呑む、声にならぬ声がした。

「なぜ縛られている?」

 若草青年の声は低くなり、たっぷり憂いを含んだ。

「額に怪我してる。大丈夫? ルテナンカーネル、僕は集う家のデーデと申します。失礼ですが、これはひどい扱いではありませんか?」

 日焼けした精悍な顔だが、黒い瞳には柔らかな優しさが満ちている。夜の空がこの色ならば、誰も影を怖がることなどないだろう。

 後ろ手に縛られたまま床に転がされていた乙女を抱え起こし、毅然と金属鎧兵士に抗議する若草青年。桐花は男らしい横顔に目を奪われた。

 しかし返ってきたのは謝罪どころか、一瞥だってもう少し時間をもらえるであろう刹那な眼球運動。

「持って帰れ、それはユピテライズではない。腹が減ってうっかり自分の脳みそを食ったんだろう」

「ええっ、自分の脳を! そんなことは不可能です!」

「当たり前だ。持って帰れ。餌に魚の頭でも与えとけ」

「わ、わかりました」

 こいつ、頭の回転が情けなさ過ぎる。

 彼はイルカに乗った王子様かもしれない。という期待を、桐花はそっと忘れ去ることにした。

 それにしても持って帰れとかそれとか、生き物扱いではない。なけなしの英語力を絞り、ありったけの想いを込めて見つめた。全霊を賭けて敵ではないと訴えた結果、「裸にする人」から「返却するモノ」に落ちている。ひどい理不尽だ。

 まあ良しとしよう、とにかくこの、体罰を自分にやらせる主義らしいサドさんは解放してくれるようだ。桐花はもぞもぞと体を起こす。

「待て。その本は誰の所有物だ」

 桐花の腕の縛を解こうとしてくれていた石鎧兵士の手を、金属鎧兵士のブーツ裏が優雅な所作で踏みつけて止めている。

「あ、これはわたしの、」

 わたしの本です。と言いかけて桐花は口をつぐむ。

 なんだか、と恨めしくなってくる。

 なんだか若草青年、集う家のデーデとやらは、ヒーローとして詰めが甘すぎやしないか。

 その本、と氷の槍が具現化しそうな氷結視線が指し示したのは。ぶちまけられた本の一冊、成人向けの雑誌の、落とした弾みで破れたのであろう袋とじだった。



 あの絵を誰から買ったのか。誰に売ろうとしていたのか。あのわいせつな詳細すぎる絵を。

 きっとそんなことを尋問されてたんだと思うが、桐花の英語力では、あれは両親の経営する本屋の商品のごくごく一部であって、地球の日本では法律違反でも何でもなくて、むしろ生ぬるい部類で、いやそれはどうでもいいけれども、店番してて昼寝から覚めたら本ごといかだに揺られてて、などと説明できるわけもない。日本語でも説明できる自信がない。

 若草青年は真っ赤になってうつむき石化しているし、石鎧兵士は前屈みで退出したまま戻らない。残った金属鎧兵士が、尋問は徒労と悟るのは早かった。尋問を重ねる石鎧兵士へ、世界で一番無駄なことに時間を費やせる阿呆を観察する目を向けていた。

 アワアワと口も思考も空回りさせる桐花を、金属鎧兵士は蔑視の見本みたいな逆三白眼で見下ろす。広間にいた数人の石鎧兵士を呼びつけ、「厩舎につまんで投げておけ」と、今日はいい天気ですねくらいの何気なさで命令した。

 厩舎。主に牛や馬などの家畜を管理する施設。

 金属鎧兵士は軍人だ。軍の厩舎ならば軍馬の小屋だろう、と桐花は思っていた。

 さすがにつまんで投げるのは物理的に無理があったのか、兵士たちは蔓で編んだ大きな籠に桐花を入れて籠ごと厩舎に放り込んだ。

 鷲の厩舎に。

 象ほどもある巨大な、翼を一振りするだけで桐花の籠が毛玉のように吹っ飛ぶくらいの、そんなのがウヨウヨと群れている厩舎に。

 桐花の籠は鷲の、牛をも食いちぎりそうなくちばしに突付き回され、馬もひねり潰せそうな爪に蹴り回され、一晩中、ギャーと音の出る楽しいオモチャとして鷲たちを大いに楽しませたようだった。


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