由香とほのかの日常
4月8日。由香とほのかは中等部1年生に進級した。クラス内の友だち作りや勉強でにわかに忙しくなった。幸いにも2人が通う聖華女学院は部活が義務付けられていない。でもイレーヌたちより不利なのは否めない。確かに由香たちはカルラたちに毎週土曜にヒナドリ公国で訓練してもらえるが、世界線が違うためネットではつながれないのだ。満12歳が30歳よりも不利だとはいちがいに言い切れないが、地に足がついたイレーヌたちと中学生になったばかりの由香たちではやはりマーキュリーの方が有利といえた。イレーヌたちはリセたちのサポートやフォローがいつでもラインで受けられるからだ。もちろんウインクスには実戦の経験値があるし、若さではマーキュリーに負けていない。イレーヌたちはマーキュリーになったことで環境が激変したが、むしろ生活は安定し、ゆとりが生まれた。2人は人見知りが激しくて環境の変化には強くない。更にはマーキュリーという未知の対戦相手。由香たちはミルカとさえ対戦経験がない。なのでマーキュリーの具体的なイメージがいまいち湧いてこないのだ。2人は日々の友だち作りや勉強に忙殺され、ヨガのエクササイズをこなすのが精一杯。しかも去年クラスで仲のよかった友だちとクラスが分かれてしまったため、4月は気の抜けない時期だ。4月は短い。ゴールデンウイークに入ればクラス内の友だち作りが難しくなる。みんな部活で忙しくなるからだ。なので由香たちからすれば4月は気の抜けない難しい時期になった。カルラたちの話ではマーキュリープロジェクトは急ピッチで進められているという。ヒナドリ公国の魔王さまはマーキュリープロジェクトで両性具有の三十路の女性を若返らせることに意欲的。もし成功すれば今後はマーキュリープロジェクトの逆バージョンをすでに構想中。要は三十路の魔法戦士を募り、若返らせるのだ。確かに今の日本では思春期の女の子が集まりにくい。そこで三十路の魔法戦士を募り、18歳のシードマンと対戦を重ねることで若返らせてあげるのだ。違うのは対戦相手が18歳のシードマンに変わることくらいだ。これは[ビーナスプロジェクト]と名付けられたが、ヒナドリ公国は小さな国。2つのプロジェクトを同時並行で進められるほどの余力はない。2人は何とかクラス内で孤立しない程度に友だち作りを進めながら、なおかつ赤点を取らない程度に勉強をしなければならなかった。更にはマーキュリーという未知の対戦相手の対策も練らねばならないが、由香たちにはそこまで手が回らない。リアルにとどまりながら偵察任務に従事できるのは確かにありがたいが、こうした環境の変化には脆かった。幸いにもヒナドリ公国は魔法戦士の準備が整うまでは待ってくれるそうだが、かと言っていつまでも彼らの好意に甘えてはいられなかった。私たちは魔法戦士なんだから。いつまでも彼らにおんぶにだっこではいけない。でも残念ながらリアルではマーキュリー対策などできはしない。魔法はリアルでは使えない。魔法は精神体でしか発動しないからだ。いち早く環境の変化に順応したのはイレーヌたちであり、由香たちは立ち遅れを余儀なくされた。この事実は必ずしも両者の力関係を如実に表していないが、やはり気持ちの若さは武器なのだ。もともと魔法戦士は不利な立場にあるが、ヒナドリ公国の魔王さまのおかげで何とか軍事バランスを維持しきれているのが現状。もちろん2人には挽回のチャンスがあるが、序盤からリードを許す展開はやはり望ましくない。由香たちはシードマン時代に苦い体験がある。今とは違い、あの当時はまだ体幹を鍛える重要性が魔法戦士の間に浸透していなかった。ウインクスは初戦から転びまくった。由香たちはシードマンに優しく助け起こしてもらってメロメロにされまくった。10戦して1勝1分8敗と負けまくった。ウインクスはシードマンとの通算成績を5分に戻すのに丸1年を要した。だからこそ今があるが、マーキュリーとの対戦では同じ轍を踏みたくはない。5分とまではいかなくても何とか4分6分くらいで初めの10戦を乗り切りたい。2人は環境の変化に弱い。だからこそシードマンでもミルカでもないマーキュリーは何となくとらえどころがない。しかもこちらから色仕掛けをするには地上戦から始めないといけないのだ。明らかに体格差で劣るマーキュリー相手だからこそ初めに地上戦から始めるのは怖いもの。そもそも色仕掛けが相手に通用するかどうかさえわからない。でも従来の戦い方に固執すれば序盤からマーキュリーにペースを握られてしまう。前戯をかわせなければわずか数分で私たちは終戦させられてしまうだろう。ミルカと魔法戦士の通算成績は6分4分。シードマンとは7分3分。マーキュリーとのデータはない。私たちが5分に渡り合うのは簡単ではないが、色仕掛けと前戯のワンセットで来る以上、対策はできるはずだ。