イレーヌとリリスの始動
4月6日。リアルで由香たちが温かいお布団の中で惰眠をむさぼっていた頃。ヒナドリ公国はマーキュリー制度を急ピッチで整備していた。イレーヌとリリスは30歳。両性具有で未婚で幼なじみ。ヒナドリ公国には両性具有の女性が少なく、全体の1パーセントに満たない。なので他の国みたいに満18歳から22歳のミルカを自前で揃えられない。しかもミルカは基本的に自国の両性具有の女性兵士しかなれないのが通例だ。ヒナドリ公国の魔王さまはミルカの対象年齢を満22歳から30歳に広げなければならなかった。そこまでしないと人が集まらないからだ。ヒナドリ公国は人口が100万人しかいない小さな国。イレーヌたち両性具有の女性は日本語を選択授業で学んではいたが、当然ながら忘れていた。なのでマーキュリーはまず日本語の習得から始まった。2人は週に3回。2時間の講義を受けた。マーキュリーはミルカと同じく日本語を無料で学べる。学費や教材費は国が全額負担してくれる。日本語は魔法戦士と日常会話ができるレベルで充分だ。次に隣国のアラワシ公国から予備役のミルカを招聘し、マーキュリーの養成をお願いした。ヒナドリ公国とアラワシ公国は隣国だから公用語の語源が同じ。リアルだと標準語と山口弁くらいしか変わらない。マーキュリーは[気持ちの若さ]が極めて重視された。やはり自分をまだまだ若いと認識している女性の方が断然魅力的だ。マーキュリーには戦闘力が問われない。あくまでも魔法戦士と5分に渡り合えるだけの戦闘力があればいい。実際の対戦では色仕掛けや性的な訓練がメインだからマーキュリーには戦闘力が求められないのだ。イレーヌはリセ。リリスはルニが教官に付けられた。リセたちはまだ18歳。イレーヌたちはひと回りも歳下の女の子に学ぶことで、どんどん幼くされていった。マーキュリー制度は[三十路のおばさん]を[10代半ばの女の子]にまで若返らせる実験的な試みだ。マーキュリーは教官に学び、更に幼い魔法戦士と対戦を重ねるたびにどんどん気持ちが若くなり幼くされていくのだ。ヒナドリ公国の魔王さまは[マーキュリープロジェクト]にどんどんのめり込んでいった。要は自国の両性具有の妙齢の女性の街コンみたいなノリにしようとした。この狙いは見事に的中する。2人はリセたちとラインで会話するたびにどんどん若返っていくのだった。異世界では両性具有の女性問題が喫緊の課題。彼女たちにはなかなか恋愛体験を積む機会がない。両性具有の女性は男性との性の相性が絶望的に悪いからだ。思春期の女の子との性の相性は抜群にいいのだが、思春期の女の子はみんな高度経済成長期に入ったばかりのシラサギ公国に移住してしまう。なので経済的に立ち遅れたヒナドリ公国は両性具有の女性問題に悩んだ。でも[マーキュリープロジェクト]が軌道に乗れば、魔法戦士を自国の文化に取り入れることにつながる。魔法戦士を自国の文化に取り入れたシラサギ公国はものすごく発展した。でもヒナドリ公国は小さな国。魔王さまは今の日本の政治屋よりもはるかに切れるが、そこまでの先見の明がなかった。でも[マーキュリープロジェクト]は異世界史上初の試み。特にマーキュリーを[気持ちの若い人]にフォーカスしたあたりにヒナドリ公国の魔王さまの政治のセンスが垣間見える。異世界の魔王さまにバカ殿はいない。彼らは必ず2人で国を取り仕切る。これには独裁や独善を防止する機能が働いた。魔法戦士は異世界ではアイドルに最も近い存在だが、魔王さまは彼女たちをアイドル化しようとしなかった。やはり治安の急激な悪化を招くのを憂慮したからだ。キモヲタやにわかファンが増殖し繁殖すれば今の日本と全く同じレベルにまで落ちぶれていずれ国が滅ぶ。治安を守るにはまず何よりもアイドルを育成しないことに尽きる。異世界ではアイドルを5大悪の筆頭に挙げる。あとの4つは思想、宗教、世襲、PTA。ヒナドリ公国の魔王さまは[マーキュリープロジェクト]を通じて両性具有の妙齢の女性を若返らせ、恋愛の機会を与え、なおかつ魔法戦士との理想的な関係を築くのを目論んだ。最終的にどうなるかはわからないが、マーキュリーを強くさえしなければ必ずうまくいくはずだ。異世界では魔法戦士との軍事バランスを絶妙に保つことで理想的な関係を維持するのがスタンダード。イレーヌたちには格闘経験が皆無だが、全く問題ない。要は魔法戦士と5分に渡り合えれば御の字。仮に負け越しても4分6分ならば大丈夫。健全な関係を維持できる。マーキュリープロジェクトはどちらがリードしてもかまわない極めてユニークなプロジェクトだ。必ずしもマーキュリーが魔法戦士をリードしなくてもいい。むしろ魔法戦士にリードしてもらいたがるマーキュリーがいてもいい。いわば実の娘に甘える母親みたいなものだ。必ずしもマーキュリーがしつけ役とは限らないのが面白い。