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幸福の代償

作者: 毛賀深輪

一年ほど前に投稿し、放置しておいたものですが、いただいた感想を参考に、書き直しを加えたものです。

感想をしていただいた眞清様、ここプロ様、信じられないくらい遅くなりましたが、ありがとうございましたm(_ _)m

 毎日が暇な身の人間には、毎日が暇な身の人間なりの日課があるものだ。この青年の場合は、それが『街を歩く』ことだった。


 しかし、偉そうに日課なんて言ってみても『街を歩く』など、傍から見れば己の暇さ加減を周囲に象徴しているだけの行為である。当然、彼自身もそれには気づいていただろうし、空白感も覚えていたことだろう。

 わざわざ電車に乗ってまでくりだす小洒落た街の中で、ショーウィンドウを覗きこみ、喫茶店で落ち着き、プラモショップを冷やかす。そうやって彼にとってはそこそこ有意義な……それ以上にただただ意味のない時間を漠然と過ごしていくのだ。



 空虚を募らすだけの『暇潰し』な生活に、知らず知らずのうちに慣れてしまった彼だからこそ、誰よりも刺激を求めていたのだろう。こんな些細な出来事にすらあまりにあっさりと惹かれてしまうのだろう。

 それは、ちょっとした事故だったのだ。…といっても、正確には事故までには至らなかったのだが。




 良く晴れたある日のことである。青年はいつものように、18秒で変わる信号の赤を足踏みで数えていた。その日は外套に身を包んだ男の後ろに立つ形になっていた。横断歩道の信号が青に変わり、さあ歩きはじめよう…とした時だ。


「うわっ!!!」


 まさに一瞬の出来事だった。男の歩こうとしていた目の前を、トラックが猛スピードで通過したのである。トラックはそのまま走り去ってしまい、後には驚いて叫び声を上げてしまった青年と、腰を抜かした男が取り残される形になった。


 青年もその瞬間こそ、このあまりにいきなりの出来事に目を白黒させるばかりであったが、呆然と地べたに座り込んだままの男を放っておく訳にもいかなかったのだろう。彼はすぐさま男の手を引き、横断歩道を渡りきる。


「危ない所でしたね…あ、怪我はありませんか?まったく、困りますよね。ああいう非常識な人間が多いのは…」


「はあ、そうですね」


 男は、特に関心は無いといった様子で答えた。そして軽くズボンの埃をはらうと、


「それでは。お世話かけました」


 ぺこり、と軽く頭を下げて立ち去ろうとしたのだ。


「あっ、ちょっと!」


 ただの愛想の無い人間なのかもしれない。それでも青年は、この男の身におきた出来事に対する、男の無関心さが「妙だ」と感じていた。いや、それは口実かもしれない。まさしく今、事故にあいそうになった人間との交流、砕いて言ってしまえば暇潰しに良いカモを逃がすまいという気持ちが、少なからず彼にはあったのだ。


「あのぅ…とても失礼な事を伺うようですが、あなたは今起こった事について何も感じないんですか?」


「はぁ……?ああ、礼が足りませんでしたか…?」


 スッとズボンのポケットに手を入れた男を青年は慌てて制した。


「絡んでる訳ではないんです。ただ…妙だなって思いまして。」


「妙…ですか?そうでもないと思いますがね。この通り、命に別状のないどころか、怪我もありません。事故にすらなっていない。これはちょっとしたハプニングだったのですよ。先ほどのあなたの質問に純粋に答えるとすれば、特に感じる事はありませんでした、ですね。」


「そんなことはないでしょう?確かに、あなたの身に直接的被害はありませんよ?でも、あのスピードです。あと数秒早く道を歩いてしまっていたら、とんでもない目に遭ってたかもしれません。それに、ドライバーにだって何か感じるものがあるはずでしょう?普通は?」


「?」


「だから……恐怖したりとか…怒ったりとかをですね…」


「まあ、普通の人なら間違いなくそう感じるでしょうね。しかし私にはもはや、成るべくして成ったこととしか感じる事ができないのですよ」


「何か事情があるようですね。もしお時間さえよろしければ、詳しくお聞かせくださいませんか?」


「なかなかに不躾な方ですね」


「実は僕、暇なんです。とっても」


「そういう人は止めても聞きませんかね」


「恐らくは」


「やれやれ。物好きな方もいる……」

 青年は内心で苦笑しつつ、行きつけの喫茶店へ向かった。





「初めて起こったときのことは忘れもしません。私がちょうど20歳になったときでした。その時私は、ちょっとした夏風邪にかかっていましてね。しかしこの風邪、実は2週間も続いている。こういうの、周りには神経質だって言われたりしますが…自分の誕生日に憂いを残しっぱなしというのは私にはとても気持ち悪いもので。私は近くの病院に診察に行ったのです」


 突然始めた話が、青年には何の事なのか掴めず、彼は黙ってコーヒーをすすった。


「いざ診察が始まると、いきなりですよ。医者が顔を真っ青にして、いきなりどこかへ電話をかけたのです。何事か聞こうとしても何を言っているのかまるで分からない。気がつけば病院の前に救急車が到着していて、あっという間にもっと大型の病院へ私は運ばれました」


「何か重大な病気が発覚したのですか?」


「『重大な病気』で済むものではありませんでしたよ。それはいわゆる感染型のウイルスのようなものだったらしいのです。それも相当質の悪いもので、放っておけば、周囲の人間を巻き込んで死者を出し続けるという」


「そんな病気が……」


 言いつつ、青年は不穏な気持ちを隠せずにいた。そんな危険なウイルスを持っていた人間と、こうして向かい合って話しているなんて大丈夫なのだろうか。一方的に引き止めておきながら身勝手だとは思うが、そんなことを考えていた。

 そんな青年の気を知ってか知らずか男は、


「はは、大丈夫ですよ。病はその後すぐに治っています」


「あ、いえ。そんなつもりは……」


 自嘲気味にそう言われ、申し訳なさが極めついた。思わず顔をそらすと、続けましょう。と、男はまた話し始める。


「極めて稀な病状だし、対策方法もまともに研究されていない。医者には成す術も無いという状態だったのです。だからこそ、治ったときはとても驚かれましたし、死を覚悟していた私自身、驚いたなんてものでは言い表せないものがありましたよ」


 男は、昔を懐かしむような顔をすると、ゆっくりとコーヒーを口へ運んだ。


「未だに治った理由は分かりません。ただ、最初に診てもらった病院の医者が、診察をした次の日に亡くなったらしい。私は彼に病気が移ってしまったのではないかと考えています」


「なるほど……」


 と、言っても何に納得すればいいのか分からない。仕方なく残ったコーヒーを口に流し込む。


「そうそう。人質に取られたこともありましたよ。たまたま深夜にコンビニへ用事があったことが災難で、まんまと強盗に利用されてしまいました」


「と言うと、刃物か何かで脅されたと?」


「ナイフならまだマシでしたよ…その時強盗の持っていたのは拳銃でした」


「拳銃ですか!?」


 大袈裟に驚きすぎたか、男はカップで苦笑を隠していた。


「その時の店員なのですが、きっと警備装置で警察を呼んでいたのでしょう。なにやら、必死で時間稼ぎをしている様子でした。しかし、なかなか金を出そうとしない店員に強盗犯も痺れを切らしたのでしょうね。奴はいきなり訳の分からない言葉を喚き散らした後、私の頭に銃口を向け、遂に発砲してしまったのです」


 男はこめかみに人差し指を指すと、ぱーん!と言って笑って見せた。


「でも、どうやら助かったみたいですね」


「ええ。しかも怪我一つありませんでした」


「えっ!?そんな…どうしてですか!?」


「暴発したんですよ。銃の扱いが素人だったのでしょうね。まあ、爆発自体はそう大きな物ではなかったのですが、不運なことに、銃の破片が全て犯人に突き刺さり、その一つが脳天を貫いていたらしいのです。しかし私はその時も全くの無傷でした。」


「それは…すごい強運ですね……あっ!もしかして!」


「ようやく理解していただけたようですね。あなたの考えている通りですよ。私は住んでいるアパートの4階から落下したこともありますし、工事現場の側を歩いていて、鉄骨が落ちてきたこともあります。しかし私は命を落とすことは無かった。そればかりか、いつも怪我一つない。そう、私は人以上に死のシチュエーションを経験している。しかし矛盾するかのように、どういう訳か、決して死ぬことのない体を持っているのです」


「で、でも…本当にそんな話が……」


「ははは。疑うのも無理はありません。信じろと強要もしませんよ」


 そう言うと、男は備え付けのフォークをすっと手に取った。


「どうです?私の首なり頭なりでも突き立ててみますか?」


 青年は目を見開きぶるぶると頭を振った。


「はははっ、冗談ですよ。死なないとはいえ、人に意味も無く刺されるなんて画は気分が悪い………それ

に、関係のない人にそんなことをさせたくはない」


 男は薄く笑いながらフォークを置いた。


「一つ……ふふっ、そうですね。『ヘンな事』を伺いたいのですが、よろしいですか?」


 軽く混乱状態にあった青年には、含みのある笑い方がますます引っかかってしまった。


「え、ええ。もちろんです。そりゃあ、今までは私の一方的な興味でお話を伺っていた訳ですから。答えないわけにはいきませんよね」


「そうですか。では……正直な所、私のこの強運、どう思います?」


「どうって……?それはまあ、すばらしい能力ですよ。つまり、何があっても死ぬことのないということでしょう?不老不死のようなものじゃないですか!正直羨ましくさえ思いますよ?」


 正直な感想だった。寿命、という天命さえ除けば、少なくとも彼には死に至るような病にかかることはない。不慮の事故に見舞われることもない。限りなく不老不死に近い人生を歩むことを、彼は約束されているのだ。羨ましいと言ったのも、嘘偽りの無い本心である……最も、その力が本当に実在する物であれば、の話であったが。



 正直に言って、青年には男の話を頭から信じ込むことはできないでいたのだ。


「なるほど……」


 先程自分は、男がトラックに轢き殺されるシチュエーションを回避したのを確かに目の前で見た。しかし、それはただの偶然ではないだろうか。こうまで執拗に絡んできた自分を、からかってやろうと企んだのかもしれない。いや、むしろそう考えた方が自然だ。


「貴方はそうは思わないのですか?」


 青年の問い掛けには答えず、男はただ力なく笑っていた。そして、一度も手を付けていなかったコーヒーの一杯目をすすった。やっぱり、周りの人と決定的に違うモノを持っているのは、彼にとって大きなコンプレックスなのだろうか?それとも、やはり自分をからかっているのか…




 コーヒーを置くと、代わりに男はこう続けた。


「例えばですよ?受験に受かった受験生Aが幸せを勝ち取ったとします」


「え?」


「しかしです。受験生Aが受かってしまったことで、自分の合格枠が失われてしまった受験生Bという存在もいますよね。つまり、受験生Bは受験生Aの幸せの犠牲者なんですよ」


 青年の怪訝な表情を見ると、男は怪しく微笑んだ。


「『幸福』が大きかれ小さかれ、その裏に『不幸』は必ず付いて回ります。私のこの能力が『幸福』なのだとしたら、それに等しい『不幸』を受けている人間もきっと等しく存在します…………もう…苦しいんですよ、私は…」


 どこか自嘲気味に言って、男は溜息を漏らした。そこまできて、青年は男の言わんとすることを察した。


「だから、貴方にとってこの能力は…あってはいけないものだって言うんですか?」


 男の話を鵜呑みにした訳じゃない。むしろ、ここまできたら自分はかなり遊ばれてるんだなと思ってる。しかし、そんなことはどうでもいい。問題は、この男の考え方だ。


「つまり、あなたが命の危機を回避する度に、どこか遠方の地で……この広い世界のどこかで、その代わりの不幸を受けている犠牲者がいるってことを言いたいのですか」


「そうです」


 青年は驚いていたのだ。そんな、あるかも分からないような空想論で自分自身を貶めている人間がいることに。そして、寂しさを覚えていたのだ。彼のそんな生き方、考え方に。


「だから、自分はいらない人間だというんですか?」


「……そうです」


「…………そうですか。僕は…」


 青年は、床に置いたショルダーバッグに目線を落した。


「考えすぎじゃないかって思いますよ?もう少し、楽観的に考えて生きたっていいんじゃないかって思います…」

 興味を失った話題。こんな下らない話、嘘だって分かっている。心にも無いことを言っていたのは確かだ。




 でも…………

 彼の話がもしも……もしも本当なのだとしたら…いや、作り話だとしてもだ。世界のどこかの見ず知らずの人のために自分を卑下し、そんな生き方をして、そんな価値観をもって…哀しいじゃないか…。

 男は、青年のそんな呟きには薄く笑っただけだった。




 男は袖を捲ると、驚いた表情を浮かべた。


「おっと!!いつの間にか話し込んでしまったようだ。さあ、早めに帰った方がいい」 


「あ、本当だ…。あっ!!電車!!間に合うかな…」


「それなら、なおさら早く帰りたまえ。急いだ方がいい」


「なおさら?」


「君の考えは実に面白かった…君と話すことができて本当によかったと思っているよ」


 そういって、荷物をまとめる青年に、男は手を差し出した。


「い、いえ!そんな…僕の方こそ、興味本意で下らない時間を取らせてしまって申し訳ないです!」


 手を取りながら、こめかみを掻く。


「君の事は忘れないよ…」


「僕もです。もし、また機会さえあれば、その時はゆっくりお話ししましょう」


 まあ、二度と会うこともないだろうが。とりあえず建前程度には言っておく。話は楽しかったが、やはり青年には結局、最後までからかわれているというようにしか思えずにいたのだった。自分から勝手に話しかけておいて身勝手だとは思うが、正直言ってあまりいい気分ではなかった。



 ただ……最初に会ったときより、ほんの少し男の表情が晴れやかに感じられたのは……少し嬉しく思えた。


「そうだね……さあ、もう時間だよ。早く行きなさい」


「はい…では、また」


 自分の分の勘定を置き、ショルダーバッグを引っ張り上げる。そしてそのままぺこりと一礼した。男が笑みを返したのを見届けると、青年は忙しなく入り口に走り寄った。

 しかし、青年は不意に立ち止まり、くるりと男へ振り返った。


「もう少し、肩の力抜いて生きていきましょうよ!!」


 にかっと笑ってそう言い残し、手を振りながら青年は喫茶店を後にしたのだった。





 その姿を見送ると、男はゆっくりと、残り少なくなったコーヒーを手に取った。


「すばらしい好青年に出会ってしまったものだ。こんなことなら……もっと早めに切り上げるか、あるいは彼と関わるのをしっかり断るべきだった……やはり長く関わりすぎただろうか…?」


 かちゃりと置かれたコーヒーカップに、男は注ぎ込むかのように溜息を吐いた。


「代わりとなって命を落とす人が、この世界のどこか遥か遠方の地に存在する…ははは、もしそんな楽観的な話だったなら私だって気に病む事はないのに」


 男はコーヒーに口を付けた。飲みきってしまうことをためらうかのように、ほんのちょっぴりであったが。


「どこから間違ったのだろうか……トラックが事故を起こしそうになった現場に、たまたま知りたがりの青年がいてしまったのがいけなかったのか、それとも知りたがりの青年の近くで事故を起こしそうになったトラックがいけないのか…」


 最後に男は大きな溜息をふうっと吐き、ゆっくりと目を瞑った。ごまかすようにそんなことを言ってはみたが、男には分かっていたのだ。そんなの、どちらでもないのだということに。


「あの青年には悪いが……やはり私の存在のせいなんだよ…」


男は、それ以上は何も言わず、何も感じず、何も思わなかった。毎朝習慣的に飲む牛乳に、味に対して何の思い入れもないように。





 だから、青年が駆けて行った方、そう遠くは無いであろうところから、大型の物体が何かに衝突したような轟音が聞こえてきても、彼はただ一つ、消え入るような息を吐いただけ。ただただコーヒーの残りを口に流し込んでいるだけなのであった。





どうだったでしょう?見事にギャグ要素無しでお送りしましたが、最後まで読んでいただけたましたでしょうか。


自分、星新一先生の作品が小さい頃から好きで、僕もいつかはあーいうショートショートを書ける様になりたい・・・と割と真剣に思ってまして、今回はこういう小説にさせていただきました。

当初は星先生の言い回しなどを意識して書いていましたが、不自然だとのご指摘を受け、書き直した次第です。


内容についてなんですが・・・まあ、流石に星先生のクオリティまでは真似できませんので、あくまで、毛牙深輪の駄文として読んでいただければ幸いです^^;


一年の放置があった訳ですが、これからは頑張って執筆していきたいと思っていますので、何卒よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言]  拝読をさせていただきました。不思議な能力を持ってしまった男のキャラクターが良いですね。星新一先生の書く偏屈で淡々とした男の雰囲気がどことなく出ています。ショートショートという短い尺で、読者…
2010/01/08 22:10 退会済み
管理
[良い点] 滞りなく読める。 [気になる点] 青年、男の設定が何歳くらいの人かは分からないが、会話文があまりに文語的で説明口調。星新一を意識したという事であったところを踏まえても、読みづらい。 会話の…
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