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1.一目惚れにいたるまでのあれこれ

 心地よい秋晴れの青空の下、きゃあきゃあと明るい声が響く。

 身なりのよい旅の若者が馬を引きながら、声が聞こえてくるほうへ歩いて行く。


 道沿いに立てられた木の塀が途切れると、にぎやかな声の源が若者の目に入った。

 巨大な桶に大量の葡萄、そして桶の中に入って葡萄を踏む若い娘や子どもたち。ワインの仕込み作業の葡萄踏みである。


「お嬢様、転ばないように気をつけてくださいね」

「大丈夫よ。きゃあ! こら、デニス、やったわね!」

 ワンピースドレスを着た少女が、小さな男の子に葡萄の果汁をかけられた。口では怒っているが、その顔は満面の笑み。磨き上げられた紅玉(ルビー)のような瞳にすべらかな金の髪。その髪も、元は真っ白であったと思われるワンピースも、葡萄まみれでまだらに紫色に染まっている。


 だが、その全てが一枚の絵画のように美しい。少女のまぶしい笑顔に若者の心は捕われて、しばらくそこに立ちつくしていた。


 アンティリア王国が中央に座すその大陸の国々には、精霊の加護の力が漂っており、全ての人がその力を受け止める器を持って生まれてくる。器にはそれぞれに精霊の加護が与えられ、加護によって魔力と瞳の色が定まっている。


 王侯貴族は大きな器を持ち、その魔力を「(から)の石」に込めると「精霊石」ができる。精霊石があれば、器が小さな者でも大きな魔力を用いることができる。

 精霊石を作れる魔力を持つことが貴族の資格であり、器が小さく、精霊石を作れない者は貴族の家に生まれても貴族籍に加えられない。精霊石を領民に配分して、彼らの生活を成り立たせることも貴族の義務であるからだ。


 若者の名はアルベルト・エーリッヒ・クヴァンツ。

 クヴァンツ侯爵家の嫡男であり、次代の侯爵となることが決まっている。

 クヴァンツ侯爵家は王都の北側に、小麦栽培や手工業などで栄える領地を持つ、有力貴族である。


 しかしながら、アルベルトの精霊の力の器はあまり大きくなかった。『氷の精霊』の加護を持ち、かろうじて精霊石を作ることはできるが、ひとつ作ると魔力は底をついてしまう。侯爵家の当主となるには、いささか心許ない器であった。


 現侯爵である父ゲオルク・ルートヴィヒは、アルベルトが貴族の資格を得られて安堵したが、次期侯爵の魔力が少ないことで生じる不都合も忘れはしなかった。

 したがってアルベルトを後継者とする際、少ない魔力を補い、領主として不足のない実力を身につけるよう厳命した。


 もちろんアルベルトにも危機感はあった。器を理由に廃嫡する選択肢もあるのに、父はアルベルトの魔力以外の能力に賭けてくれたのである。その期待にこたえるため、領地の騎士団で剣の指南を受けたり、他家の領地経営を学ぶためにひとりでさまざまな地を巡ったりするようになった。


 その年、王都の社交界では、アルンシュタット子爵領のワインが話題となっていた。

 子爵が献上したワインを国王がとても気に入り、貴族たちもこぞって購入するようになったのだ。

 もともと果樹栽培が盛んな土地であったが、現子爵が土地に適した葡萄を主産品としてワイン醸造をはじめた。

 子爵自ら苗木を選び、ワイン醸造の研究家を招いて、産業として育て上げたのだという。


 長年の尽力によって出来上がったワインが好評で、アルンシュタットはかなり豊かな所領となってきた、ということであった。

 領主が主導した産業が成功している、という話に興味を持ったアルベルトは、その秋、アルンシュタット領を訪れることにした。


 そこで、彼女に心を奪われてしまうことになるとは思いもせずに。


 立ちつくすアルベルトの横を、葡萄を運ぶ男たちが通りすぎる。

「今年もお嬢様が来てくださってよかったなあ」

「子どもたちもばあちゃんたちも、お嬢様が大好きだもんな」

 ――お嬢様? ――

 アルベルトは何気なくを装って、男たちに話しかけた。

「あれはワインの仕込みなのかい」


 あきらかに土地の者ではないアルベルトに怪訝な顔をされたが、身なりのよさが幸いしたのか丁寧に応じてくれた。


「そうですよ。子どもたちは遊んでるようなもんですけどね」

「子どもたちも大切な仕事を任されているわけだ。しかし、あのお嬢さんはあんな真っ白な服で大丈夫なのかな?」

 何気なく、何気なく、とアルベルトはありったけの平常心を使ってたずねる。


「ああ、お嬢様はあのまま葡萄染めになさるんですよ。それをお召しになって、また作業を手伝ってくださるんです。いや、領主様のお嬢様なんですけどね、毎年こうやってわしらの様子を見にいらっしゃるんです」

「領主様ということは子爵様のご令嬢? 貴族のお嬢様が領地を見にいらっしゃるなんて、素晴らしいね」


 自慢のお嬢様をほめられて気をよくしたらしい。男たちの口がなめらかになってくる。

「そうなんですよ! ほんのお小さい頃から領主様と一緒にいらして『お手伝いしてもいい?』って、可愛らしくてねえ」

「そうそう、今じゃ樹の剪定や摘果なんか、その辺の若いのよりもお上手なんですよ」

「今年は王都の社交界に出られたって聞いてたんで、おいでにならないかもって言ってたんですが。ちゃんと来てくださって、みんな喜んでますよ」


「いいね、最近ここのワインの評判がいい理由がよくわかったよ。ありがとう、邪魔したね」

 知りたい情報は得られた。アルベルトは礼を言って彼らを見送る。

 男たちは自慢のお嬢様とワインをほめられて、嬉しそうに作業に戻っていった。

 アルベルトも笑顔で手を振りながら、しかし心中(しんちゅう)は穏やかでなかった。


 ――社交界に出た――

 つまり、貴族社会で独身男性のお相手候補として認知された、ということである。

 あの令嬢となんとしても親しくなりたい、特定の相手が決まる前に!

 アルベルトは予定をはやめてクヴァンツ領の本邸へと、帰ることにした。


 帰宅後、最新の貴族年鑑を調べたり、知人に手紙を送ってアルンシュタット子爵の為人(ひととなり)――あくまで領地経営の参考として――をたずねてみたりした。


 その結果わかったことは、アルンシュタット子爵の一人娘ユリアーネ・アントイネッテは十七歳、今年社交界にデビューしたが、まだ夜会などにはほとんど出席していないようである。

 どうやら父親である子爵が、愛娘の婚約者候補をかなり慎重に品定めしているらしい。

 なぜなら、結婚相手は将来子爵家を継ぐことになる上、令嬢の精霊の加護の器は、子爵家の娘としてはかなり大きいため、見合いの申し込みが殺到している、というのである。


 一人娘であったとは。しかも見合い相手がよりどりみどりの状況である。

 兄か弟がいる令嬢であれば、家格の差はあっても侯爵家からぜひにと申し込めば、会ってもらうくらいはできたかもしれない。

 しかし、婿を迎えることが前提の令嬢に、侯爵家の跡継ぎが見合いを申し込んでも、とんでもない、と断られるのは目に見えている。


 ――手詰まりだ――

 まだなにもはじまってもいないのに、彼女に近づく方法がひとつもない。父に相談したところで、無理だ、諦めろと言われるだけだろう。


 アルベルトははやくも途方にくれ、しかしあの輝く笑顔が忘れられるわけもなく、深く深くため息を吐いた。

 ユリアーネはあんまりあれこれしてないな。と思ったら、あれこれした側の出来事がいろいろでてきました。

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