雨月の千文字怪談。
肌にまとわりつく様な蒸した空気は、怪談話によく似合う。蛙がゲゲゲと鳴く夜、ひとつ昔話をしようと思う。
私が若い頃、スプラッター映画が流行り、コミックではホラーブーム。レンタルビデオ屋でハリウッドホラーをよく借りて見ていた、あの頃。
自分で言うのも何だが、怖くなかったのだ。ホラー映画は所詮、娯楽。ホラーコミックも然り。ストーリー重視で選んでいた。
テレビでは心霊写真の謎を暴くやら、知らない世界の話やらもあった。再現ドラマ仕立てのそれはオカルトもあり、不可思議な話もあり。それなりに楽しんだ。
今、文字はオカルトでもスプラッターでも何でも読めるが、映像は全く駄目になっている。あることがきっかけで、見れなくなってしまった。
引っ越しをした。ある町の線路沿いに建つ、5階建ての最上階の部屋に。南向きのベランダに面する8畳の和室は明るく、反対側のキッチンに面する北向きの6畳間も、大きな窓が有ることから薄暗さは皆無。
北向きの部屋に接する、キッチンには食卓を置けるスペースはない。オープンになっている境目。居間として使うよう設計されていた。
荷物を運び込み、片付けが終わり、日常を過ごし始めた。
引っ越しをした日のままの北向きの部屋。
やがて梅雨が来た。ジメジメとした空気が、最上階の部屋にまで上がる様な季節。越してきて数ヶ月だというのに、次の部屋を探していた、あの頃の私。
引っ越しをした日のままの北向きの部屋。
何故か。
怖かったのだ。
なので不便なのだが、引っ越した日よりずっと、八畳間に食事を運び夜もそこで寝た。
引っ越しをした日のままの北向きの部屋。
夏が来るというのに、異世界の冷ややかさの部屋
昼間だというのに、何故か薄ら暗く感じていた部屋。
電気をつけても暗く思えた。
引っ越した日のままの北向きの部屋。
気のせいだろうと今も信じている。霊感など私には無いと思っている。
北向きの部屋、天井の隅に忍者の如く、青白い憤怒形相で青い作業服姿のおっさんが貼り付いていた。
等とは、幻想だったと信じている。若い日のホラーの見すぎに依る幻影。
そして私はそれ以来、ホラー作品を映像では見れなくなった。つい。
思い出しまう、再現ドラマのように。
引っ越した日のままの北向きの部屋、天井に貼り付いている、青い白い憤怒形相の青い作業服のおっさん。
彼が放っていた異世界の冷ややかさをすぐ近くに。
おっさんが天井から剥がれ、真後ろにいる様な。
気がしてしまう。
書いてて、あれ?消えた……←なんで?てな事がおこったのです!