9.告白
エイデンと部屋に残されて、何だか気まずい。
「お茶でもいれようかな」
「茶なんかいい。それよりレイナ、このグラスだが、本当にレイナが作ったのか?」
「そうよ。下手くそでごめんね」
「何が下手くそだ!! この味のある丸み、美しい透き通り具合、最高じゃないか」
えぇー!? さっき自分が下手くそって言ったんじゃなかったっけ?
「じゃあ受け取ってくれるの?」
「当たり前だ。これはもう家宝、いや、国宝にすべきだな」
いや、普通に使ってくれていいから。ってかこれって、喜んでくれてるってことだよね。グラスを手にしているエイデンは明らかに顔が緩んでいる。
「よかった。喜んでくれて」
「好きな女が自分のために作った物だ。喜ばない奴はいないだろう」
「まぁ、そうね……って好きな女!?」
あんまりにも自然にさらっと言ったから、流してしまう所だった。エイデンが何をそんなに驚いているんだという顔で私を見ている。
「えーっと……確認したいんだけど、その……好きな女って私の事?」
「当たり前だろ。他に誰がいるんだ?」
待って待って、本当に? そりゃもしかしたらって時もあったけど……
「エイデンって私の事好きだったの!?」
「知らなかったのかよ!?」
お互いに驚きあっている私達って一体……
「わざわざ連れて来て嫁にしようってんだから、普通は分かるだろ」
エイデンがやれやれといった感じでため息をついた。
なんか気づかない私が悪いみたいな感じになってるけど、分かるわけないじゃん!! ってか、まだ半信半疑、本気で信じているわけじゃない。
「でもエイデンの言い方だと、私の事が好きだからここに連れて来たみたいに聞こえるんだけど」
「まぁ、そう言ってるからな」
「でもそれっておかしくない? 私達が知り合ったのは、エイデンが私を連れて来てからなんだし……」
ほらね、やっぱり嘘だった。
エイデンがしまったというように一緒顔を歪めたのを、私は見逃さなかったわよ。
エイデンはソファーにドサリと体を落とすと、目を瞑り、項垂れるように前傾姿勢になった。大きなため息が聞こえる。
「……言うつもりはなかったが……俺とレイナが初めて会ったのは……今から10年前、俺がまだ10歳の子供だった時だ」
10年前!? 10年前って言ったら、私はまだ8歳ね。あの頃はまだ母が生きていて、二人で隠れるように森で生活していたはずだ。その頃にエイデンに出会った記憶なんて全くない。
「その時の事、聞きたいか?」
頷く私をエイデンは手招く。エイデンの隣に腰掛けようとする私の体を掴むようにして、あっというまにエイデンの膝の上に座らされた。
ソファーに座るエイデンの膝の上に跨って座っているような状態だ。この体勢はあまりにも恥ずかしいし、こんなに近くにエイデンのかっこいい顔があったら目のやり場に困る。
急いで立ちあがろうとする私をエイデンが背中に腕をまわし押さえつける。
「な、なんで?」
まるで抱きしめられているようで、心臓がバクバク音をたて始める。
熱くなる私の顔を堪能するかのように眺めているエイデンの視線から逃れようとジタバタするけれど、エイデンにがっちり押さえられていて身動きがとれない。
「その表情結構クるな。悪くない」
何が!? これ以上見つめられたら心臓爆発しちゃうから逃して〜!!
「せっかくだし、キスでもするか?」
「やだっ」
何そのロマンティックのカケラもない誘い文句。って別にロマンティックに言われたらキスしたくなるわけじゃないけど。なのにエイデンの熱を帯びた瞳に見つめられたら何故だかときめいてしまう。
「俺が逃すわけないだろう」
ふいっと顔をそらせた私の顎に手を当てると、エイデンが私の顔を自分の方へ向かせた。
「な、何でいきなり?」
恋愛モードに突入しちゃってるの?
キスされちゃうかもという緊張と戸惑いで震えちゃう私を見てエイデンがフッと口元を緩めた。
「俺の気持ちに気づかない誰かさんに、しっかり分からせてやらねぇとな」
「それは……んんっ」
エイデンの唇が私の言葉を飲み込んだ。体が燃えるように熱い。逃げようとすればするほどきつく抱きしめられて息ができない。
「レイナ、愛してる」
エイデンの情熱的なキスに気が遠くなりそうな私の耳に、エイデンの甘い囁きが聞こえた。
☆ ☆ ☆
やられた……
キスされてポケーっとしちゃってたせいで、肝心な話を何ひとつ聞けていない事を今になって思い出した。
まさかこれも私の気をそらせるためのエイデンの策略だったとか!?
それでもエイデンの言った「愛してる」という言葉に気をよくしてお妃修行を再開した私はチョロいのかもしれない。
「レイナ様、後で生誕祭のドレス選びをいたしましょうね」
私が生誕祭に出ないって言ったり、やっぱり出るって言ったりするもんだから、振り回されるビビアン達は大変そうだ。本当に申し訳なく思ってます。それでも今、皆が嬉しそうに準備してくれているのが救いだ。
「レイナがやる気を出したのは嬉しいわ。でもどうして急にそんなにやる気になったの?」
「そ、それは……エイデンが私の事、あ、愛してる……って言ってくれたから……」
きゃー!! 口に出すと恥ずかしい。
あれ? あれれ? なんで二人ともそんな反応薄いの? ここは一緒になって「きゃー」でしょ。テンション上がっちゃうところでしょ? これじゃ私のテンションも下がっちゃうじゃない。
「まぁ口では何とでも言えるから、エイデンが私の事を本当に愛してるかどうかなんて分かんないけどね」
「レイナってば何言ってるの!? エイデン様がレイナに夢中なのは、誰が見ても明らかじゃない!?」
ええー!! いきなりミアのテンションがあがっちゃった。言うだけ言って、ミアはあきれたっという顔をしている。
「エイデン様は普段から感情を抑えていらっしゃるので、レイナ様には伝わりにくかったのかもしれませんね」
炎の力は感情によって左右される。エイデンは自分の中に存在する強力な力を抑えるため、極力感情も抑えているのだとビビアンは言った。
「エイデン様には口止めされていたのですが……エイデン様は王位につかれてからずっと、レイナ様を探しておられました」
えっ!? そうなの?
「レイナ様が見つかったと言う報せがあった時のエイデン様は本当に嬉しそうでした。でもそれが先代にばれてしまって……」
先代とは前国王であるエイデンの祖父の事らしい。その先代とやらも、どうやら私の事を探していたようで、焦ったエイデンが急遽私を攫ってきたのだとビビアンが教えてくれる。
なるほど。掃除中にいきなり馬車につっこまれたのには、そんな理由があったのか。それならそうと言ってくれればいいのに。
「へぇ。詳しいのね。前はエイデン様付きの侍女だったの?」
ミアの問いかけにビビアンは首を振った。
「いいえ。私の母がエイデン様の乳母でしたので」
小さい頃一緒に過ごしたエイデンの事を弟のように思っているのだとビビアンが笑った。ビビアンの母親が亡くなってからも、ビビアンはエイデンと親交があったらしい。
「私がレイナ様のお世話係を命じられた時も、とても大事な女性だからよろしくと何度も言われました」
そんな風に思ってくれてるなら、言ってくれなきゃ分からないわよ。
「私、まだエイデンのこと何も知らない……」
ビビアンと共に育ってきたことも、エイデンの家族のことも、この国のことも……
10年前に初めて会ったっていう事だって、何一つ覚えてない。
「好きな人の事を知らないって言うのは寂しいものよね」
ミアが一人納得したかのように、うんうんと頷いている。
「えっ? 好きな人?」
「そうよ。レイナはエイデン様の事好きなんでしょ?」
私がエイデンを好き?
「そ、そんなわけないじゃない」
だって私は……そりゃ好きか嫌いかで言えば好きだけど、別にそんな深い意味はないっていうか。私はただ愛してるって言われたのもキスされたのも初めてだから嬉しかっただけで……
えっ、ちょっと待って? 私エイデンの事好きだから嬉しかったのかな?
「ど、どうしよ……」
私エイデンの事、好きなのかもしれない。
自覚した途端、急にドキドキしてきちゃった。赤面しているのか顔が熱い。両手を頬に当て、今にも叫びそうなほど興奮している私を見て、ビビアンとミアが顔を見合わせて笑っている。
「まさかご自分の気持ちにも気づいてらっしゃらないとは思いませんでしたね」
「私、エイデン様にちょっと同情するわ」
ちょっとちょっと、二人とも!! 私がエイデンの事を好きだって知ってたの?
驚きながらも、軽いパニック状態の私には二人の笑い声に反応する余裕はなかった。




