68.狂うほどに
「なんで、あんた達がくるのよ!!」
「いいじゃないですか。クリスティーナ姫とアイリン姫にご挨拶したかったんですよ」
せっかく盛り上がっていたのにと口を尖らせるジョアンナにレオナルドが満面の笑みを見せた。
「ジョアンナの好きそうなお菓子をたくさん持って来たんですよ」
さすがレオナルド。ジョアンナの扱いに慣れている。テーブルに並べられていくお菓子を見て、ジョアンナはレオナルドとエイデンが席に着くことにもう何も文句は言わなかった。
「レイナ。ずいぶんと楽しそうだったが、一体何の話をしてたんだ?」
「そ、それは……」
言えない。絶対に言えるわけがない。エイデンのお尻に触りたいって話をしてたなんて!!
ジョアンナ様がアランのお尻は筋肉がしっかりついて引き締まってるからいいって言ってたもんだから、私もエイデンのお尻が触りたくなっちゃったのよね。
「じゃあ今夜私もエイデンのお尻に触って確認しますね」なんて事を冗談半分で言ってたなんてエイデンにバレたら……ひかれちゃうわよね。
黙ってしまった私を、エイデンがすごい瞳で見つめてくる。どうしたんだろう。今日は一段と目力が強い。
「私とエイデン様が婚約解消してなければ、明日レイナ様はエイデン様と結婚できなかったんですよって話をしてたんですよ」
クリスティーナがエイデンに向かって艶やかに微笑んだ。
へっ?
確かに私達は好きなお尻の形っていうエイデンには聞かれたくない話をしてたけど、クリスティーナってば、いくらなんでも誤魔化し方が下手すぎじゃない?
あぁそっか。そういうわけね。
クリスティーナの恍惚とした顔を見て納得した。クリスティーナはわざとエイデンを不愉快にして、睨まれたかっただけなのだ。
「クリスティーナ姫、前にも言いましたがレイナの前でそのような話題を出すことはやめていただきたい」
クリスティーナの思惑通り、エイデンはクリスティーナに向け一段と冷たい視線を投げかけた。
「私は気にしてないから大丈夫よ」
別に強がりでもなんでもない。クリスティーナの目的が分かっている今、傷つきもしないし怒る気だって起こらない。
「……気にしてないのか?」
少し不満気な様子でエイデンが私を見た。
「ええ、全然」
そう言って笑うと、エイデンは一層不満そうな顔を見せた。
あれれ? 気にしてるって言った方が良かったのかしら?
重苦しい空気を漂わすエイデンとは対照的に、レオナルドの顔は明るい。きっと机の上に並んだ甘いものでテンションがあがっているのだろう。
「そう言えば……クリスティーナ姫、母は元気にやっていますか?」
「わたくしはあの事件以来お会いしてませんが、元気だと聞いています」
クリスティーナは複雑な表情を浮かべた。
「あんな事があったのに、まだ父はシャーナ様に夢中なんですよ。困ったものですよね……」
「クリスティーナ様……」
クリスティーナの切ない表情に胸が痛む。
そりゃ悲しいわよね。自分の父親が、自分を殺そうとした人を愛しているんだもの。
「帰国した父からお話を聞いた時はびっくりしましたわ。あのお美しいシャーナ様がそんな怖ろしいことをされるなんて……」
アイリンもとても悲しそうだ。
「でもどうして母はあんなことをしたんでしょうね?」
「答えは簡単だ。あいつは俺の事が嫌いだからだ」
レオナルドの問いかけに、エイデンが冷たく、感情のこもらない声で答えた。
「エイデンの事を嫌いって言うより、フレイムジールの事が嫌いだったからじゃないの? フレイムジールとサンドピークが戦になって、フレイムジールが滅ぶのを期待してたのよ、きっと」
皆の視線がジョアンナに集中した。
シャーナの計画通り、刺されたクリスティーナが死んでいたら……私の無実を証明する人はいないので、私はクリスティーナ殺しの犯人にされていただろう。
そうすると、フレイムジール王の婚約者に娘を殺されたことでサンドピーク王が怒ってフレイムジールに戦をしかける。
戦争が始まれば、フレイムジールは滅びないまでも大打撃をうけるはずだ。
……というのがジョアンナの考察だ。
「それは……穏やかな話ではないですね」
「……どうぞ」
ビビアンが紅茶を新しいものにかえてくれる。カップからたちのぼる湯気と共に微かにレモンの香りが漂ってくる。
「いい香り。レモンバームですね」
アイリンが口元をほころばせた。爽やかな香りが暗い気分を明るくしてくれるようだ。
ハーブティーに、これでもかというほど蜂蜜を入れて混ぜながら、レオナルドがジョアンナに尋ねた。
「母がそれほどまでにフレイムジールを嫌っている理由に心当たりはあるんですか?」
レオナルドと同様に蜂蜜たっぷりのハーブティーを口にして、おいしいとジョアンナが満足そうに顔をほころばせた。
「おい、ジョアンナ!! 知ってんなら教えろよ」
エイデンの催促にジョアンナがため息をついた。
「あんた達はシャーナがフレイムジール属国の姫だったって知ってるかしら?」
それは聞いた事があるとエイデンが答えた。
「確か王妃の産んだ子じゃなかったんだよな?」
「そうよ。シャーナの本当の母親については知らないけど、あの可愛らしさだからね。父親である王にも母親違いの兄達にもとても可愛がられてたらしいわ」
「想像ができますわ」
クリスティーナの言葉に私も頷いた。今だってかなりの美貌なんだから、きっと若い頃はすっごく美しかっただろう。
「私はまだ小さかったけど、シャーナが城の舞踏会でいつも人々の中心にいたのをよく覚えてるわ」
ジョアンナが昔を懐かしむように瞳を細めた。
「それでエイデン様のお父上に見初められたんですか?」
恋バナ大好きのクリスティーナは目を輝かせている。
「それは違うわ。シャーナがお兄様を好きになったのよ。あの頃のお兄様は自分のことで手一杯で、誰とも結婚するつもりなんてないとよく言ってたの。当時この国はゴタゴタしてたし……」
エイデンの父親かぁ……
どんな人だったんだろう。シャーナに惚れられるくらいだから、やっぱり相当美形だったんだろうか?
「ゴタゴタって何かあったのか?」
「王位の事でちょっとね」
「王位!?」
エイデンとレオナルドが同時に声をあげた。
「当時お父様が退位について考え始めてたの……まだ若くて元気だったけどお母様が亡くなって気力がなくなってしまったんでしょうね……それで王位継承順位について議論されはじめたってわけ」
「王位継承順位が確定してなかったんですか?」
ひどく驚いているアイリンに、ジョアンナはこの国ではよくあることだと答えた。
フレイムジールでは炎の力が一番強力な者が王位を継ぐため、王が退位する時に初めて王位継承順位について議論されるらしい。
「まぁ力の強弱は生まれた時から皆に知られていることだから、議論と言っても形だけだがな」
「ゴタゴタするほどの問題があるとは思えないんですが、一体何がそんなに問題だったんです?」
エイデンとレオナルドは不思議そうな顔をしている。
「大変だったのよ。私もお兄様も炎の力がなかったもんだから、どっちが王になるべきかって派閥みたいなのができてもめちゃって」
「俺達の父親って力がなかったのか?」
「全然ってわけじゃないけどね。レオナルドと同じくらいと言った方が分かるかしら」
エイデンの父親は王になりたかった。反対にジョアンナは王になんかなりたくなかった。
それでもジョアンナ達の希望通りには話は進まない。王位継承権争いが激しくなっていく中、属国の王であるシャーナの父親がエイデンの父親に力を貸したそうだ。フレイムジール国内な重鎮や他の属国にエイデンの父を支持するよう働きかけ、王位継承権は無事、エイデンの父親が手に入れることができた。
シャーナの父親は、自分が協力したことの見返りとして、自分の娘であるシャーナと結婚することを要求したそうだ。
「何だか全然ロマンチックじゃありませんね」
壮大な愛の物語を期待していたクリスティーナはつまらなそうな顔をしている。
「幼い私にもはっきりと分かるくらい、シャーナはお兄様に夢中だったわ。でもお兄様は王位にしか興味がなかったの。だからシャーナはフレイムジールの事を憎んでいるのよ」
「それだけの理由でですか?」
そんな馬鹿なとレオナルドは笑っている。
「そうよ。それくらいシャーナはお兄様を愛してたってこと。それにお兄様は王になるために無理をし過ぎて死んでしまったわ……妊娠中のシャーナを残してね」
「俺達が産まれる前から、フレイムジールは憎しみの対象だったってことか……」
エイデンの呟きがひどく乾いて聞こえた。
「でもこれで私達双子に対する態度が違う理由は分かりました。私に異常に執着していたのは、私に力がなかったからなのでしょうね」
「逆に俺が母に厭われた理由も、力があるからってことだろうな」
エイデンの母は、力のないレオナルドに愛する人の面影を見、力があるというだけで簡単に王位を継ぐことのできるエイデンを嫌った。
「母が父を愛していた事は分かりましたが、母がフレイムジールを滅ぼしたいほど憎む理由はやっぱり理解できませんね」
首を捻るレオナルドを見てジョアンナは優しく笑った。
「いいんじゃない。深く人を愛するってことは、シャーナみたいにおかしくなる可能性だってあるんだもの。狂うくらいなら愛なんて分からないままの方が幸せかもしれないわよね」
ジョアンナの言葉に、エイデンは暗い表情のままどこか遠くを見つめていた。




