20.封印
「レイナ様、ここは危ないです。中でエイデン様をお待ちしましょう」
ビビアンにそう言われても、部屋で大人しく待つだけなんてできそうもない。悪い事ばかり考えて、不安に押し潰されてしまいそうだ。
「それでしたら……」
仕方ないとビビアンが私を連れて来たのは城の端にある塔だった。この塔の屋上からは、城の四方が見渡せる。
「レイナも来たんですね」
私を見たレオナルドの暗い表情から、状況がよくないことが分かった。見晴らしのよい屋上からは、城を取り囲む森が激しく燃えているのがよく見える。しかも燃えているのは一箇所じゃない。二箇所、いや三箇所だろうか。
「ひどい……」
おそらくこのまま燃え広がったら、街の方にも燃え広がるだろう。炎は黒煙巻き上げながら、全てを焼き尽くすように進んでいく。
「エリザベス嬢も酷い事をしてくれますね……」
確かに。エリザベスの息がかかった人間が城にどれくらいいたのかは分からないけど、これはちょっと燃やしすぎよね。火事の騒ぎに紛れて脱走するためなら、森をここまで焼かなくてもいいじゃない。
だいたいエリザベスは何で脱走なんかするのよ。大した罰を受けるわけでもないんだから、大人しく監禁されててくれればいいのに。怒っても無意味だけれど、怒らずにはいられない。
「あっ。あそこ、消火に成功したみたい」
もくもくとした黒煙が一瞬で消え去ったのはきっとエイデンが力を使ったからだろう。
あと残りは二箇所……
「燃え広がるのが早いですね。今騎士達も消火活動をしてますが、間に合うかどうか……」
乾燥した空気が炎を街へと導いていく。
「エイデンの体が心配です。無茶をしなければいいのですが」
消火するためには炎のエネルギーを体内に取り込まなくてはいけない。エネルギーを取り込みすぎるとどうなるのか? 限界を越えて体内に蓄積されたエネルギーは体を突き破って出てくるのだ。それは膨らみすぎて破裂する風船のようなものだとレオナルドは言う。
なんて事……これ以上エイデンが力を使わなくていいようにしなきゃ。
「……こんな時、自分はなんて無力なんだろうって痛感しますよ。炎の力を持たない私はただ見ているだけしかできないんですからね……」
燃え広がる炎を見つめるレオナルドの表情に胸が痛んだ。慰めも励ましも、私が何を言っても今のレオナルドにはきっと届かないだろう。
その時だった。私達とは逆サイドから悲鳴に似た声があがった。レオナルドと二人、慌てて声のした方へと移動する。
「嘘でしょ」
新たな火の手が上がったのだ。今度は城のすぐ近く。騎士達が消火活動をしている様子がはっきり見える。
エリザベスの手下は一体何人いるのよ?
これじゃエイデンが消火しても消火してもキリがないじゃない。
「エイデンは大丈夫よね?」
悪い予感に心が飲み込まれてしまいそうだ。
「……レイナ……エイデンを助ける方法が一つだけあるとしたら、どうしますか?」
「それはこの火を消す方法があるって事ですか?」
レオナルドがゆっくりと頷いた。
「そうです。これはあなたにしかできないことです。危険を伴う上に、うまくいくとは限りませんので、おすすめはできませんが……」
一体それがどんな方法なのかは分からないけれど、きっとあまりいい方法ではないのだろう。レオナルド自身も私にそれをさせるべきなのか決めかねているように見えた。
でも私は迷わない。エイデンが風船みたいに爆発するのなんて見たくないもん。
「レオナルド様。どんな方法でも構いません。エイデンの助けになるなら、私はやりますよ」
レオナルドはふっと優しく笑い、「ありがとう」と呟いた。そして護身用に持っていたのだというナイフを取り出した。
「レオナルド様!? 何を!!」
止める間もなかった。レオナルドが自分の左腕の袖をまくると、持っていたナイフを一気に引いた。切れた腕から血が流れ出す。慌ててハンカチを傷口に当てようとする私をレオナルドが制した。
「私にはエイデンとは違い炎の力がないということをレイナも知っていますよね?」
「知ってます。前にお聞きしましたから。そんな事よりレオナルド様、早く血を止めなきゃ……」
「いいんですよ。これは必要な事なんですから」
「必要な事って……」
あぁ、血が!! もう見ていられない。
レオナルドの腕から流れ出した血が地面にポタポタと落ちていく。
「これは私に力がなくても、炎の力を使う事ができる唯一の方法なんです」
エイデンとレオナルドは一卵性双生児。炎の力の有無の違いはあれど、基本的にはそっくりだ。それは外見だけではなく、体内の細胞や血液の成分までもらしい。
レオナルドの体内を流れる血液中にはエイデンと同じく力の元になる核というものがあるらしい。その核を直接使えばレオナルドにも炎の力が使えるというのだ。
「火を起こすのに大量の血液を失うなんて無意味ですから、普通はやりませんけどね」
地面はすでにかなりの量の血で染まっている。
「もういいでしょうか……」
そう言うとレオナルドは、傷口に口を当てた。
「レオナルド様、止血でしたら……」
レオナルドは再びハンカチを差し出した私の腕をぐいっとひいた。あっと思った時にはすでにレオナルドの腕の中だ。
「レイナ、ごめんね。今から君の封印をときますよ」
レオナルドが耳元で囁き、私にキスをした。
イヤっ!!
錆びた鉄のような味が口の中に広がっていく。
な、に……?
足元と口から強烈な熱が押し寄せ体内を駆け巡る。あまりの熱さで体が溶けてしまいそうだ。喉が焼けているのか、息が苦しくなってきた。もう立っていられない。
「……いつか必ず迎えに行くから……」
遠くで誰かの声が聞こえた気がした。
「レイナがもう隠れなくていいように、俺が守ってやる……」
体の熱が上昇すると共に、少しずつ閉じられていた記憶の扉がこじ開けられていく。
「レイナ、この力を使ってはダメよ。あなたの力は強すぎて、あなた自身を壊してしまうから……」
そうね、お母様……だから私の記憶も力も封印してくれたのよね……
体から熱が引いた時には全てを思い出していた。
「レイ、ナ?」
驚いた顔でミアが私を見ている。ビビアンも他の人達もそうだ。怖れと驚愕の入り混じった表情をしていた。
そりゃそうよね。皆が知っていたレイナはもういないんだもの。
さっきまでは金茶色だった髪の毛が一瞬にして綺麗な銀白色になってるし、長さも一気に伸びて地面につきそうなくらいだ。自分では確認できないけど、おそらく瞳も金色に変わってるんじゃないかしら。
エイデンが昔の事を思い出すなって言ってたのは、この事だったのよね。あの時は私が忘れちゃったのは、エイデンと出会った事だけだと思ってたのになぁ。
私にエイデンと出会った時の記憶がないのは、ただ単に忘れてしまったからじゃない。記憶を封印されていたからだ。
私は龍族の父と人間の母の間に生まれた、所謂禁忌の子。龍族の象徴でもあり、人間には存在しないこの銀白色の髪と金色の瞳がその証拠だ。
そう。私が小さい頃母と隠れて暮らしていたのは、私が持つ龍の力を狙った者達から逃れるため。記憶と共に力も封印されていたから、髪の毛も瞳も目立たない色になり、普通の人間として暮らすことができていたのだ。
エイデンは優しいなぁ……
きっと、ずっと本当の事を隠したまま守ってくれるつもりだったのね。
今度は私があなたを助ける番だ。
あなたの命も、あなたの大切なこの国も助けたい。
赤い炎と空へと立ち上っていく黒い煙が見える。大丈夫、やり方は分かっている。
私が目を瞑ると、一瞬にして黒い雲が空を覆い尽くした。
ポツ、ポツポツ。
「雨だ。雨が降ってきた!!」
歓喜に似た声がバルコニーのあちこちから聞こえる。雨は次第に強くなり、すぐに土砂降りになった。きっとこれで森の火事も消えるだろう。
「エイデン……」
左手の薬指にはめられた指輪は雨の中でも赤く綺麗な輝きを放っている。
雨は一段と強くなった。
火は消えたかしら? もうどれくらいの雨に打たれていたのかも分からない。
「レイナ!!」
すぐ側でエイデンの声がする。
「レイナ、もう大丈夫だ。火は消えた、火は消えたから……頼む、もう力を使わないでくれ」
よかった……エイデン、無事だったのね……
体がふらっと揺れ、倒れそうになる私をエイデンが抱きとめた。その瞬間雨が上がり、日が差し始めた。
「レイナ、レイナ!!」
必死の形相で私の名前を呼ぶエイデンの頬にそっと触れた。
「エイ……デン……」
困ったな。言いたいことがあるのに、眠くてたまらないわ。
私の気持ち伝わってるかな? 伝わってるわよね?
エイデン、大好きだよ。ごめんね、ありがとう。
さようなら……




