12.ただいま
「食事の準備ができましたよ」
マルコが差し出してくれたスープをお礼言って受け取った。
「うわぁ。美味しい」
湯気の立ち昇る熱々スープは、塩加減がちょうどよく、疲れた体と心に優しく染み込んでいく。
「マルコはとても料理が得意ですからね」
「レオ様が下手すぎるだけでしょう」
「それは確かですが。マルコの料理は本当に美味しいですよ」
ふふっ。
二人のやりとりに思わず口元が緩んだ。
「何笑ってんだよ」
マルコは相変わらず私に冷たい。
「二人は仲がいいんですね」
「はっ? 何言って……」
少し照れたようなマルコが何だか可愛いらしくて、また笑ってしまった。
「お前、よく笑えるよな。こんな時だってのに」
そういえば、私ってばさっきまで誘拐されてたんだっけ。それなのに、不思議と不安は全くなかった。それはきっと、レオナルドの醸し出す雰囲気がとても穏やかなせいだろう。
「本当に大変な目にあいましたね。怪我はしていませんか?」
「はい、大丈夫です。レオナルド様、私……エイデンの所に帰りたいんです。助けてくれますか?」
「もちろんですよ」
レオナルドはにっこりと笑った。
「私達も生誕祭のためにフレイムジールに帰ってきたんですよ」
「そういえば……レオナルド様は普段どちらにいらっしゃるんですか?」
エイデンが自分の事を話したがらないせいもあって、私はレオナルドの事を何一つ聞いた事はない。エイデンのお兄さんなら、フレイムジール城に住んでてもおかしくないのに。
私の問いかけに、レオナルドは少し寂し気な表情を浮かべた。
「特にどことは決まっていません。国を出てから、マルコと一緒に色々旅して回っていますから……」
「……国を出たって、どうしてですか?」
「おい、お前!! 詮索しすぎだろ」
レオナルドより前にマルコが不愉快そうに口を開いた。
「ご、ごめんなさい。私、レオナルド様の事を全く知らなかったので……」
話したくない理由でもあるのだろうか? レオナルドの顔が少し曇った。
「エイデンとは仲良くやっているんですよ。ただ周りがね……」
「周りってどういう事ですか?」
これ以上詮索するなとばかりに、マルコがギロリと睨んでくるので慌てて顔をそらせた。確かに会ったばかりの人に色々質問するのは失礼よね。しかもなんか訳ありって感じだし。でもでも、とっても気になるんだもん。
「エイデンが話していないのですから、私もあまり話せませんが……」
そう前置きし、レオナルドは自分とエイデンは双子だけれど置かれている状況が全く違うのだと言った。
「エイデンはフレイムジール王族の炎の力を持ちすぎて生まれ、私は炎の力を全く持たずに生まれたんですよ」
王位につくのは炎の力が一番強い者であると決まっていたので本来ならエイデンで問題ないのだが、権力者の中には自分を王位につけたがる者もいるのだとレオナルドは困ったような顔をした。
「きっとエイデンより私の方が扱いやすいと思われているのでしょうね」
「そんな事ありませんよ!! あの下品な奴よりレオ様の方が品格も人望もあるからですよ」
力説するマルコに、「エイデンを下品な奴と呼ぶのは感心しませんよ」と言うレオナルドはとても優しい表情をしている。
人望に関しては判断できないけど、確かにマルコの言う通り、品格に関してはレオナルドの方が勝ってると言わざるをえないわね。
「さぁレイナ、明日は夜が明け次第城に向かいますよ。私とマルコが交代で番をしますから、少しお眠りなさい」
「あの……あ、あと一つだけ……私とレオナルド様は昔お会いした事ってありますか?」
「どういう意味ですか?」
「実は私は昔の記憶が欠けているらしくて……」
エイデンとは昔会った事があるらしい事。私はそれを覚えていない事。エイデンは私には思い出して欲しくないと言っている事。
私の話を聞いたレオナルドはゆっくりと首を振り、私に会うのは今日が初めてだと言った。
「でもエイデンとレイナが昔会った話は知っていますよ。レイナの記憶が欠けている事もね。さぁ、今日はもうお眠りなさい」
レオナルドが私の頭をポンポンと軽く叩いた。興奮して眠れないと思いながらも、素直に目を瞑ると急に眠気が襲ってきた。
エイデン、心配してるかしら? それとも怒っている? 早くエイデンに会いたい……
私はそのまま深い眠りに落ちていった。
☆ ☆ ☆
夜明けと共に出発した私達が城に着いたのは、もう日が沈みかけた頃だった。
誘拐からの野宿ということもあって、今の私は結構ボロボロだ。エイデンの恋人である私の汚い姿を生誕祭の招待客に見られるわけにはいかない。レオナルドは、人目につかないようこっそり私を部屋へと連れて行った。
「レイナ様!?」
「無事だったの!?」
ミアとビビアンは私の登場に驚き、喜び、そして涙した。と同時にビビアンは、レオナルドを見て驚きの声を上げた。
「レオナルド様もご一緒だったんですか?」
「レオナルド様?」
レオナルドの事を知らないミアは、てっきりエイデンが私を連れて来たと思ったらしい。エイデンの双子の兄だと聞いて「本当にそっくりですね」っと珍しい物でも見るかのような目でレオナルドを観察している。
「でもレイナ様、本当にエイデン様にお伝えしなくてよろしいんですか?」
ビビアンは私が無事であったことを、すぐにでもエイデンに伝えるべきだと言っているんだけど、やっぱり今はやめた方がいいと思うのよね。
だってエイデンに知らせたら、エイデンここに来ちゃうんじゃない? もうすぐ生誕祭の開始でエイデンは忙しいはずだ。
「もうこれ以上迷惑かけたくないから、さっと用意して私が会場の方へ行くわ」
「では、レイナを会場までエスコートできるよう、私も用意をしましょうか」
レオナルドがビビアンに、自分の服はどの部屋に置いてあるのか尋ねた。
「レオナルド様の服ですか?」
「ええ。私が城を出る時に、置いていった服や靴があったでしょう?」
ビビアンが困ったような顔を見せた。
「レオナルド様の私物については、もうお城にはございません。シャーナ様がお城を出られる時に、一緒にお持ちになられました」
「母上が? それは困りましたね」
言葉とは裏腹に、レオナルドは全く困った様には見えなかった。
「ではビビアン。エイデンの部屋から良さそうな服を見繕って来てくれませんか?」
「エイデン様の服をですか……?」
「そうです。サイズが一緒なんですから、エイデンの服を着させてもらいましょう」
すごい!! 顔がそっくりなだけじゃなく、服のサイズまで同じだなんて。
部屋を出て行ったビビアンは、しばらくしてエイデン付きの侍女を連れて戻ってきた。
「レオナルド様、お話は伺いました。衣装はすぐにご用意いたしますので、どうぞおいでください」
「ありがとう。レイナ、また後で迎えに来ますからね」
よしっ。
バタンとドアが閉まるのを確認し、ビビアンを呼ぶ。
「ねぇビビアン、さっき話に出てきたシャーナ様っていうのは、エイデン達のお母さんなの?」
本当はレオナルドに聞きたくて聞きたくてたまらなかったけど、なんだか聞ける雰囲気じゃなかったからビビアンと話せる時を待ってたのよね。
ビビアンはいきなりの質問に驚きながらも、そうですと頷いた。
「エイデン様のお父様がお亡くなりになった後、再婚されてサンドピークにいらっしゃいます」
「そうなの!?」
うわぁ。エイデンのお父さんって亡くなってるのねっとか、エイデンのお母さんは違う国にいるんだっとか、まだまだ聞きたい事がたくさんある。
「じゃあビビアン、エイデンのお父さん……」
「レイナ様、時間もありませんし、お話ではなく準備をいたしましょう」
「準備しながらでいいから、教えて欲しいの。エイデンの……」
「レイナ様、申し訳ありません」
今までに見たことないほど真面目な顔をしてビビアンが頭をさげた。
「エイデン様がレイナ様に話してらっしゃらない事を、私がペラペラと話すわけにはいきません」
こんな風に、これ以上は何を聞かれても答えないぞって顔をされちゃったら、もう何も聞けないじゃない。
全くエイデンもレオナルドもビビアンも!!
皆そろってケチなんだから。もう少し色々教えてくれたっていいのに。
まぁ仕方ない。私も用意をしようかな。
まずはお風呂に入って、体の汚れを落とさなくっちゃ。




