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死屍涙々  作者: 伊阪 証
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テセウスの船 中前編

狂気の回二回、読み飛ばして次回の終わり部分から読んでも正常に読めますが彼の人間性を込めて書いたり、継承物語の原型に近い部分があるのでお楽しみください。

物部静は言語能力の支障を残した彼をちまちま、本人が依存を起こさない様にしつついい塩梅で手を加えていた。

「ファンタジーの面白さは段階的に書けば分かる、ファンタジーにかまけるもよし、ファンタジーに委ねるもよし、一度試しに自分の人生経験の中で面白いものを二つ抜き出してみてはどうかな?」

「・・・ああ、分かった。」

さて、彼の狂気の真髄を深く書こう。

それでこそ意味はある。



上編 西暦来たる

第壱話 火花 第弐話 頂上にて

第参話 戦火之沼 第肆話 宿痾

第伍話 彼方の女 第陸話 寄り添う

中編 聖人信仰

第漆話 告別式 第捌話 エントロピー

第玖話 ネゲントロピー 第什話 メメント=モリ

下編 救いがあれば

第什壱話 一鬼夜行 第什弐話 死に方の自由

第什参話 弁護士法第72条 第什肆話 暗殺の天使

第什伍話 溺れた者達へ


壱「火花」


不治の病、余命宣告。

後はなんだ、遺書か。

不治の病であるからか、名称は付いていない。古代の秦から発展した技術も頼れそうにない。

死んで欲しくないと願うばかりか、日記として、カルテとして彼らの事を書き留める事しか出来ない。

人を見る時に必要な目が、聞く時に必要な耳が、彼らを見続け、心に留める。微々たる主観が混ざるものの、そう気になる事は無い。

私の名前はヴェスパー、混乱しないように先に言っておこう。

夜道蹂躙は剣の凱旋と同じ程度にはうるさい、踏破と抹消の真意以外心残りも無い。汚濁した街並みに火が点る事を祈ろう、全てはBig brotherの名の下に。信じる事は数個程度、善行せよ、悪行避けよ、求めろよ。その程度の選択肢と自分に何か差異はあるのだろうか。

YesもNoも自分には無い、そこにあるのは善し悪しのみ。蹂躙と称するのも、踏破と称するのも、暴力とこの行為が悪しきものであるという確信より生まれしものだ。

成所作智の誓いは未だ残る、約束というものは残り続け、そこまでを無意識に行わせる。

気分は悪、吐き気を催す。何故なら自分は記録を残す事で、明日の者共のために動いているだけであり、あの三人に貢献しようとしている訳では無いのだ。

死が希望と言うのなら、医者は殺人鬼として生きれば、もしかしたら数億を超える人類を救うことになるのかもしれない。

自分は呪われて当然であり、批判されて当然だ。

出来るからこその義務であり、使命である。一方で辞めるべきだとは思っているが、どちらにせよ、命をどこかで奪う事になるのは事実だ。ならば、今は専念しよう。

我慢こそが、今を生き延びる方法である。

「いつものを頼む。」

マティーニを頼む、種類に関しては予想が付くだろう。ジンとベルモットはオリーブの上に注がれる。スクリュードライバーの様な甘味は無い、辛く、美味い、ダンディー気取りをするにはもってこいの味だ。

『007』ごっこは終わる、酒には酒の味がする。それ以上もそれ以下も無い。自分の中での評価が出ているなら、いつも変わらず、同じものだ。

現実的に問題なのは、飲むのにどれだけ掛かったか。

完全性、一番美味いと思った瞬間の完全再現、1+1=2、1+2=3、それらは数学には存在するが、現実という進法の差、それ以外差がある以上、代わりを用意するのは難しい。カーリダーサは『インドのシェイクスピア』と呼ばれても『リア王』を書く訳ではない、『ラーマ王』が残っていてもおかしくはなさそうだが。似ているというのは同じとは明確に区別されているから似ているという言葉なのである。

似ているだけで判断するのは実に甘い、人生に支障が生じても文句は言えまいて。

自身の後悔がその様なものであった以上、レプリカもフェイクも許される事は無い、否定するならば、殺してでも否定する覚悟を示せ、その様な信念、それによる生き方が、自分という人間が成功した理由である。

慟哭の幻聴と言うのは気分を急かせるだけでなく、悪辣な気分を呼び寄せる。宿痾とはそういうものだ、酒の酔い醒ましとしては良いのかもしれないが。

医者の言う事に無理は無い、しかし、それでさえも出来ない愚者は病院に入れるべきとは思わない。思わないだけであり、考えたことはない。

ウォッカ、ジン、キナリレ。

性格という性格、付き合いも特に無ければ、ちょっと面白い人間である、そう思う。

理由と秘訣を混同する訳じゃないが、トリガーというもの、いわば因果の中心点(因)は存在する。仏様が枕に降りて、頭を垂れたか、感涙に噎せたか。ここは病院だ、半数は物を欲しいと願う事はしないが、物を盗んで許しを神かそれに準ずるものに願う事はあるだろう。それがそうあるよう、あの三人は、悪役的な側面があるのだ。

理由、理由か。そうさなぁ、ジンは破滅願望があり、ウォッカは暴力事件の前科を、キナリレは薬物乱用の前科がある。つまるところ、死して当然、と一側面的には見れるのだ。

それが正しいかどうか、私から見れば、太陽を目視しダイソン球というものを作り上げられるだろうかという事だ。ダイソン球、恒星を利用したエネルギーの確保方法。即ち利用。あの地球を何時か滅ぼす火をヒトの命に貢献出来るか。危険を利用し人を救えるか。

天体を照明しよう、星々は消える、光は続く。私がどうしたところで、行動した実績は伴うのだ。だからこそそれは延長線上の出来事であり、間違いは無い。私が善悪どちらであれど、私という人間が医者である限り、実績があり、貢献をしている。

これもまた、それであるのだ。

明鏡止水という言葉は知名度に対し理解はされてない。即ちそれ浪漫。幾つかの枠組みの例外、その寄せ集めが似合う集団。それがこの三人だ、ジン、キナリレ、ウォッカ。辛い仕事に挑むのは私の性か、辛いものを食すのは性か。殺人も癖になるし、英雄気取りも癖になる。人の死は癖にはならないが、あの悲しさはどうにも癖になる。人は体も行動も心も芸術で出来ており、堪らない美しさがあるのだ。

『ジョン・ブラウンの墓』という曲がある様に、逆の方向での例外枠は一種のコンテンツである。浪漫ではなく王道。一種の対立関係。不要であるために仲間外れになる、そういうのは救いたい、閻魔大王の様に。

酒に酔えば酔うほど、堕落へと溺れる。深淵を歩き、縁に溢れて、泥に塗れる。尚三途の川の味は辿れない。



ウォッカは、月光にて目覚めは遠くなっていた。病院に座り、窓枠に肩を預ける。それ即ち月見。五十三億年前の芸術としては現代にも劣らぬ美しさだ。詩人を狂わせて落とした悪性の神に恥ぬ姿だ。『竹取物語』もそうだ、無理難題を押し付けて月に去り、罪滅ぼしで罪を生む。異星人として、人類を見下すものとしては見事な程に合っている。ディアーナも、かぐや姫も。私に薬物は不要である、私は彼女を求めていた、彼女さえ居れば、私は続く、私は死に向かいながらも、これまでにない山場を迎えれる。

「笑える、実に笑える!!」

最高に狂っている!!オーケストラは不協和音で満たされロックはサイケデリックでヘイトフルエイトでワンダフルに構成されたからだ!!ツギハギでもなく!!完璧でもない!!飛車角落としの三十八手目並の快感だ!!あとセンシティブがあればホテル上層階のフルコースになるんだがなぁ。一度味わえば抜ける事なし、下層に戻れば嘔吐三昧。

今日も窓の外に吐く、雨水がなんだ、月が穴から見えるならそれで十分だ、服を着てるか全裸か、その程度の差異しかない。技術的美術、自然的美術、燃やして作り直したい程だ。

「うるさいなぁ・・・。」

深夜にやる事では無いのは確かだ。祇園祭りが夜通しやっていてもつまらない事は無いが、屋台だらけの光景はすぐに飽きる。

「一本の花よ、私の声など聞かん方が良いぞ。」

一礼は敬意として受け取るには完全体、寸分見れば狂えども形として成立し、なおかつ温もりがある。冗談めいていながら、本気のようだ。笑ってしまう。

「・・・別に、気持ち悪くないわ、そんな低俗な事で文句を付ける私じゃありません。」

桃が実れば色は着く。色に気圧され色染みる。ウォッカは、キナリレの美しさ、性的にも、精神的にも、肉体的にも、行動的にも、好ましいと思った。それは、それなりの過去があるからこそ成立した奇跡でもある。

肩は白く照らされるが、酷く灰色に見えた。色気は薄れたが春画として二度目を味わう。

「ノーブラ・ノーパン、肩はやや出し。奇跡というのは連続して起きるものか。パライソなんて見事なもんだ。」

センシティブも、恋色も、全ては奇跡。ソドムとゴモラを見る限りじゃ天国というのは曖昧だが、魔が差したとここで言えば天国に悪魔がいる事になる。

「もう少し見よう、今度は急いで失敗したく無いからな。」

崩れかけの美しきを自身のベッドへ、横に座り、彼女を見る。どうして語彙はこういう時に鈍るのか。美しきには美しいと、そうやって割り切ってきた結果か、なんてことだ、楽しさという概念を楽しいと思えていないのか、それのパロディ程度の事しか私は出来ていないのか!!いや、それとも普通の事だからか、普通を表現出来るかで芸術を評することは無い。異常があるからこそ風刺画は生まれるように、芸術が楔に打ち込まれていないものだからこそ拘りというのは他人に向けれないものだ。


月の明かりよ、どうか私をここで繋ぎ止め給え。目覚めは遠く、自覚は深く。私は忘れるべきでない思い出がある故に。背徳を取るか、自己を取るか。奇妙な出来事であるが、失う事の惑いと、聞けなかった言葉の為に。両足で保つは我が肢体。両儀で迷う我が歩み。それもまた、私という人間の一興である。


インフェルノにプルガトリオ、パライソはすぐに過ぎるだろう。最初がインフェルノに終わったように、続く道はプルガトリオかインフェルノか、リンボがあっても何ら違和感は無い。


夜明けは何処か、刻限は近い。家の周りで家を探す、それと同じである。しかし朝が固定されているのなら人はそこに帰巣するだろう。箱と箱で生きる人々は家畜と何か違うだろうか、死体を焼かれるのも変わりはないし、骨だけ別なのもまたそうだ。

「起きるのが早いな、どら、朝の散歩なんてどうだ。」

朝日は未だ上がらず、深夜業は終わる程度の時間だ、雨雲が消えると朝は格段に美しくなる。脱いだ方が美人、というのが青空と太陽か。なんだそれは、失楽園の挿絵か?

「着替えてからねー。コンビニでなんか買ってよ。」

愛らしさは未だ健在、金は使い切った方が良い。破滅という訳では無いが、多くしておく必要も無い。これはもしもの事で必要のなるかもしれないからだ。備えあれば憂いなし、今は嬉しいな留まりだが。

「最近のオススメは『白いカフェオレ』だな、その詰まったモノがもう少し大きくなる。いででで。」

目を閉じて脳裏に壁紙設定をしていたら頬を抓られる。痛い、一瞬の痛みが減少関数として続く。ショック目当てか、あわよくばか。

「啓蒙啓蒙、あればあるほど新たな性癖が・・・。」

歴史というもので分かるのは人は歴史から学ばない事である。しかし、浪漫や人の欲望に逆らえる人などいるのだろうか。2.6ccエンジンは要らないが、金があるのなら欲しくなる。欲望以外にも、自分を駆り立てる何がある。それがたまたま恋愛脳と哲学が混ざっただけである。エモい、と言うのは感情の動きから。身体が恋愛の先立ちをしていると見ると自然と引き込まれる。

「スキンシップに抵抗は?」

「そこまで無いよー、優しくね。」

ちょっとした許可、不安がそれに先立つ。行動も醜態も欠陥があり、それは補えないものと知っている。阿頼耶識の考えに近い、精神や肉体の上位種、己の中のヒト、それを御する事が出来ないと失敗に繋がる。

「キナリレで良いかな。リレブランじゃないのがまた良い。」

横を見る、前は見ぬ。隣に居るだけでも良いが、+αは欲しいのだ。欲望と愛情の領域拡大が、自分に組み込まれる。

「ええ。貴方、ウォッカだなんてかっこいいわ、ええと、スパイスが効いてる感じに近い・・・カレーみたいね!」

狼王ロボの方が良かった、フランスだかタミル語だか知らんが、カレーは無い。狼と香辛料入った飲食物だぞ、どっちが良いかなんて当然、依然変わらず、自然とロボの方になるだろう。シフという名前を狼に付けたら雄の様に思えるだろう、だがシフは女性名だ。バレない程度の宝塚美人から基準に始まるのだ。その程度にはかっこいい。

「カレー以外の呼び名で。」

「赤いからタンドリーチキン。」

満場一致の清々しい返事は直角に撃ち落とされる、食べ物から離れろ。食べ物を名前にして許されるのはゲームのユーザー名、YouTuberの名前だけだ。『サタンの爪』が『サタンの瓜』になっていた話を思い出してしまう。

「あはは、冗談冗談、ウォッカってちゃんと呼ぶよ。」

あだ名の思考はマーラに壊され、マナシジャに揺らぎ、アビルーパに誘惑される。目の前の存在の恐ろしさは、アナンガではない事だ。



耳はどこにでもある、千里眼があるならそれがあってもおかしくない。列を成した異形を目の端に留める恐怖が一人。ただ、何となく見る。人が嫌だと思うことを取る、過去の体験談、即ち小学生の狂った行動。無駄な自尊心、無駄な自虐、無駄な死の宣言。その刃は、形無き体に打ち込まれ、血で鈍ってしまった。世界は私を動かせじ、けれど世界は、私を鈍らせる。というところか。刃が鈍れども、死は目前、絶対なる死があるのだ。それはいつでも言えることだが、目標を立てれば別、程度でしかない。万全とは言えない行動と万全を超越してしまった耳。時にそれは、この世界にあらざるものでさえ、聞き取ってしまう。



弐「頂上にて」


三人の患者は揃った。役者とも言える。劇を記録して結果を出すに、それは少々心が苦しい部分がある。何よりも聞きにいけない事だ。聴覚過敏の上位互換が動き出したらどうするか、それを対処してからの行動が必要だ。

一つの対処法としてウォッカに記録をさせている。どんな歪曲をされるかは知らないが、内面が分かるのは本題の違う結果としては良い。記録が取れなければ悪は確定する。やれなかった事は、一般的にやらなかった事と解釈される、人の醜い部分を取り出して事実なら良しとせん連中の事だからか、全く信用ならない。不安要素の多すぎる立ち回りは、やはり人間不信を駆り立てる。私としては、どちらにも生きて欲しいものだ。全員、死んだら悲しい。しかし、亀裂が入りそうな予感がする、仲を深める、安心させるという目的にやや追いつかない感じがする。何より、全員が全員死んで欲しくないと思っているかは保証できない。まだ、信用しきっていないのだ。



奇妙な事だ、手が届かないだなんて。箔付きどころかいわくつきの人類だなんて誤っている。奇妙どころか、別次元に存在しこの次元で誤差程度に存在するのか、奇妙ではなく、微妙というのが一つの答えだ。病院の屋上で遠めに相手を見る、狙撃手には観測手がいるのだ、ウィリアム・エドワード・シンにアイオン・アイドリースとトム・シーハンという観測手が居たように。これは狙撃手ではなく、観測手、狙い撃つ事は無い。ただ距離を見る、それが仕事である。「畏るべきウォッカ」をどうにかして片付けたい、なんだかんだでああしている様に、少々厄介だ。しかし、考え事は功を奏さない。万華鏡如く。己の手で潰していた。


千変万化の会話内容が導くのは破滅願望からは遠く遥かな場所にある、生への渇望が星々に届く頃にはどうせ終わっている。無理だ、無理なのだ。人々に拒絶される我々は叶う事がない夢を見続ける。希望というのは馬鹿馬鹿しい、常識さえまともに守れず、歪曲され、やがて消え、人間は協力する生物なのに個を競い無駄な時を過ごす。原型の無いヒトは評価さえ忘れ、大半は偏見によって動く事となってしまうのだ。

もしそれがヒトを止めているものだと分かったら、それを改善するだろうか。もし神が居なかったとしたら、ヒトは何を信じるか。「偉大なる知性」に頼る事も無く、人は進めるだろうか。どの道協力するから構わない、などという言葉を信じろというのか、今の重要性、若者の時間の重要性を知りながら、時間を消耗し役に立たない単独での微々たる能力向上、まだ、18禁の保健体育と良いながらセックスするものの方がマシだ、二人以上の行動が絶対である故に。

・・・それに気付かない、ならお前は人間だ。つまり、自覚して一人で動いている。破綻しろ、破綻しろと願っても終わりは見当たらない。どうして人は俺を殺さないのか、死ぬ余裕も場所も無いのに、どうやって死ねと言うのか。家畜と何ら変わらない、箱と箱の中で生きて、最期には死んで埋められる、ばら撒かれる、燃やされる。自殺で変に生きるより、確実に死ぬために殺されたい。そういう結論である。ただ、一人になりたいがために他人は必要、英雄などとうに生まれなくなった世界に、用がある筈は無い。



傷痕に血、口より漏れ出る。朱色の粉塵爆発はどうも精神的に悪い。不治の病、名称未確定の病は血圧を上げつつ血を止まりにくくしてあるようで、傷口から血が止まっても治らないのもまた痛い。これはあくまで推測ではあるが。

「痛た、まさか買わせてもらえないとは。」

頭に急な痛み、音叉の音と勘違いしてしまいそうな痛み。血が足りない訳ではなく、物理的被害と血圧による痛みだ。単純なストレスの可能性も否めないのだが。

「凄かったねー、十人位不意打ちと武器でボコボコにしてった動き、一切正々堂々もなくて挙句の果てにライターで店ごと消し飛ばすなんて。」

何をしたのか、商品は握られているが、小銭が落ちても拾えないバランス感覚と破壊された財布がより頭を悩ませる。

「どこの世界線の話ですか何一つ覚えないですよ。」

少なくとも、それは分かる。人間がどうあれ、私は死んでいないし、彼女もまたそうだ。守りきれた分、自分としては万々歳だ。人間は、反省しない。歴史から人間が学べるのは人間が歴史から学ばない事である、とまで言われるのだ。

「あれー?」

しかし、前例があっても彼女をすぐに溺愛してしまう。沈む気持ちは喜びと使役に溢れ、自分の能力を確認しながら最適解を求める。何が内面で人を選ぶ、か。外見至上主義とは言わんが、性格は言論の力があれば実質的にタダで変えれる。金のかかる見た目か、比較的金のかからない性格か、どちらを変えるかなんて明白だ。これがファム・ファタールでないことを、ディスティニーである事を祈ろう。

被害妄想、気分による悪意と憎悪。何となくな法則性から、偶然の因果を事実にしてしまう。酷い、足りない。

雪に月、青色の星、微睡みか。白くなる事が終わりのように思える。

「いかんな、どうしても白に目が惹き付けられてしまう。儚さもそうだ、命の重要性を再確認出来る。人が人を外れた時に人を知るようだ。」

目を逸らしつつも、心残りが横を向く。朝の陽射しが貫く事無く目に染みる。奇遇な事だ、我々は力に背いている。朝に行き、夕に戻る。その時も、背く事は変わらない。矮小なる我は想像の空を見る。空想、予想、妄想、仮想、幻想、深入りする度に戻れない位の苦痛があった。

「手折れを知らぬ花、修復は学習し、向上する。しかし、私をこのまま抱えれるだろうか。」

不安と焦燥もまた、病に選ばれた人間の試練として立ち塞がる。攻略不可、絶世の代物。月面に降りる感触を開拓というのなら、航海という事は無い。決まっている目標は羅針盤や空ではないし星を見る事でもない、目標の道筋を見てからだ。計画の順序に合理性、生物的優位をとれ。

「こっそり持ってきた焼きプリンはどうです?100円+αで中世の貴族気分を味わえますよ。」

何となく食べる、意匠を凝らし食べる。人間の性だ。一般的でない時の納豆や雲丹なんざ食おうとは思わない。納豆は馬の餌ではなかったか、それを食べたら美味かったから、命は胃の次という魂胆さえ見える。

「おお、やるねぇ、三日間何も食べてなかったからありがたく頂戴するわー。」

足元が覚束無かったのはそういう事か、と納得するが、不安が少々、昼の陽射しは冬の傾き、昼でさえも、我々は背く。流石に行きと同じ道を通ると危険だ、であるから影の多い大きく回るルートを取る。

「・・・それでも、お腹が空くなぁ。」

空腹の姫、現に生きているだけマシであるからか、不要な脚色が心を鈍らす。皇も、花か、いたずらに。生活の基準は地に落ちた、誰も我々の死は悲しまない、と、そのように叩き付けられたからこそ我々はよりしぶとく生きる。運命はあまりに残酷で、非情だ。それが例え、命を助けた恩があったとしても。運命がヒトとなったら、それは壊される。悪たるものは、我々同様傷付けられる。しかし、今は生かそう。自分が運命で変わってから、壊すとしよう。

壊れる頃には汚れは落ちる、所詮汚れは泥と大差無い。ヒトの歴史は、壊れた瞬間と、暫くの間のみは穢れなきものとして保護される。もし壊れないものだとしたら、それはどうも出来ない状況というもの。

「しかしなぁ、腹を満たすものは無い。私も暫く食べていないからなぁ。目眩が起きても助ける人間はそういない。あの病院は、観察施設か何かか。寝たきりが多過ぎるし、人が少なさ過ぎる。山の上にあるというのもな。『ブラック・ジャック』のパロディか?」

話が広がる度に、文句や愚痴が出る。反吐が出る、という感情は抑制が効きにくい。護身用に何か揃えておこう。銃砲店が近所にあった筈だ。

「そろそろウザいと思うんだが、後ろの。」

瞬間の音量は静寂にして獰猛、怒りという怒りはどれだけ猛々しくても、それは静寂というものの下にある事しか出来ない。小説という物が、記録という物が一番であるように、文字や言葉にヒトは頼るのだから。これもまた、言葉の力だ。

「私も私もー、朝から居るよね、探偵事務所かな?」

探偵事務所より、週刊誌のハイエナ記者の方が近い。悪意と受け取る被害妄想の性、ストーカーを悪意と受け取らないのは無理がある。人間の無意識にする行動というものを知っていた所で、悪意は悪意として変わらない。依然変わらない敵意が怒りとして君臨しただけだ。それは庇護か、過去か、厄介事か、気分か。

「お前、ジンだろ。自殺願望がまだ果たせてないのかよ。使えねぇの、雑魚も大概にしろ、出しゃばるな。」

ウォッカの先手は痛みと反発の積み重ね、戦場を駆け巡る怨恨にでも賛同させたい言葉だ。それは紛れもない怒りとして、異国民である人間として、コイツに一切の好意を抱くことは無い。君臨と言うに相応しい、雷帝もそうだ、それがキナリレに向いたものと理解しているからこそ、それは明確なものとして槍に似た形を取る。

怪物としての意地や威厳が、中央集権化による思考回路の収束と分散をして体勢を再統制する。敵に対する防衛としてか、攻撃としてか、それは本人が一番理解している。防衛のつもりが攻撃さえしている、自衛隊の趣旨を理解出来ない人間と大差無い存在へと堕ちつつあるのだ。

「ゎ、私は。」

「あぁ!?」

怒号へ何を望み立ち向かうか、それは一瞬で砕け散る。しかしこの場には良心も存在する。怒りがなんだ、世界を表せ、抑止力という存在に一度でも良い、彼らを導くのだ。

「だめ、ウォッカ。怪我を治すことが最優先。」

親が子供を叱るよりかは、子供が親を止めるに近い。膨れっ面の彼女は愛らしいし、いたずらの言葉はどうあっても否定されない。これもまた、雷帝の例えあってこそか。心のいたずらが、善意が、結果、導いた。

ウォッカに限っては従順過ぎる、言い始めた頃には、止まっていた。どんな言葉でも良かったから、いたずらである事が、自分の意味を少し持つ。心が暖かくて、嬉しい。ちょっと、ヒートアップしてしまう。

「ありがとう、ジン君、手を出さないままで居てくれて。」

これは一種の恥だ、手を出さないというのは罵倒というか、貶した言葉であり、手を出せないのが正解だ。恐怖、怒りを見せない人間の怒り、恐ろしさは誰にも劣らない。面倒で、厄介な存在には簡単というか、慣れていないから単純な方法で止めれた。しかし、恐怖を相手した震えは未だ止まらない。恥で、恥で、恥で。ヤイヤイ、ヤイヤイ、ガヤガヤ、ガヤガヤ。無限という名の、夢幻という名の恐怖、戦慄、困惑がただ気持ち悪いという感情に行き着く。矛盾した行き方が、そうありながら穢らわしい行き方が、面倒と停止に終わる。

「ウォッカ、怪我はそろそろ閉じた?」

血痕、スティグマのように、痛みを感じないのか不思議な程の抉れ。戦いに明け暮れたとも思える体。しかし技術的で、冒涜的だ、こうした気味の悪い姿も、彼の恐怖に味方する。

「その傷は治らないものだ。怪我はとうに治っている。不思議と痛まないから、安心だ。」

無理をした言い方、我慢と不安、不満もあるか。悪辣な気分と無条件の良心が心をすり減らす。痛みは、感覚だけからのものが一番恐ろしい。軽蔑と侮蔑、侮れば侮るほど憤りは加速する。ああ、気に食わないさ。あの事が。だから、今だけは止めてくれ。ああ、それだけは。

「じゃあ、いっか。」

ああ、それだけはと言ったのに。完全なる一致か、もはや差はない。陵辱ともいえる言動にささいなぎもんを持ちながらもひとという原型をやがてうしないひとはとろけくらいみちをゆく、あんせいもかんせいも、ここはかんきにみちあふれている。めいしょうはみかくていのふじのやまい、わたしをとめれないだろうか。つきのめがみよ、やはりきさまはあくだ、かりゅうどをいぬくていどのおこないしかもたないきさまはやはりあくなのだ。

彼は溺れる、彼は沈む、誰も、彼の深さに届く事は無い。言語能力の崩壊も、全部月女神のせいやもしれん。しかし、彼は今、最も彼が恐れている事態が起きた、彼は高揚している、これ以上無いほどに喜んでいる、しかし彼は、どこかそれを危惧し、夢と信じ続けている。願いも、何も、そこにはない。彼の思い込みにあった矛盾だけは確かなものだった。



参「戦火之沼」


物語は遭遇は無いが進展はあった。ウォッカとキナリレが仲良くなった。以上だ。

未知は遭遇と共に畏怖か興奮が存在する、普通、というのは既知のものであるからこそ成立しそれ以降は未知とは言えない。しかし、知っていながらも恐怖する事、幾ら見ても吐き気を催すものがある。

病院が、燃えた。怪しい施設ではあったが、やはりか、焼けてしまった。ストレスが白髪をまた編み、腑抜けという成れの果てまで変貌をさせてしまう。居るか分からない、死んでいるかさえ分からない人間共が数多、地獄に落ちた。

一巻はまだ終わっていない、つまるところインフェルノは終わってなど居なかった。ある意味ではセンシティブな状況、筆舌に尽くし難い、焼却処分されること無く生き残った四人、ジン、キナリレ、ウォッカ、ヴェスパー。ウォッカの被害妄想は頻繁ではないものの酷いが、時に当たってしまう。行動を追うなら、外に出たら、燃えてこうなった、そういう事だ。

あまりにも静かと、繰り返し言おう。声は怒号を使う事無く途絶える。あまりにも体罰教師じみた、それよりも極端な、人間への最大圧力。それがまた一つ常識を覆始める。ジンもそうだ、破滅願望は自殺と大差無く、常識を覆し始めるキッカケになろうと、ついでに英雄になろうとしている、蛮勇で無謀な出来事を起こし、ただ迷惑ばかりかける事になってしまう。死とは、諦めた者、成功の先を知ったか、絶望だけを知ったかの二択、その付近も含めた人間達の末路だった。だからこそこれは、グレイトフル・デッドであると。生きる事の終わりが、やがて死となり、終わる。迷惑をかけず、終わりをすぐに悟り、跡を濁さずに去る。自殺に比べたら遥かに有意義であると。瞬間的な死、それにおいては少なくともマシであると言える。

だとすれば、これは事故か自殺か、前者が大半である以上、後者はあまりに迷惑ではあるが『終局的犯罪』とまではいかない。それがどうにも微妙でつまらないものかを理解していない。であるからか、被害妄想は爆発した。芸術は爆発であり、二度目という一度目は天と地の差がある。モダンアートの真髄だ。

「自殺願望者がなんで生きてやがる、お前は死ぬのが筋だろうよ。」

それは確かな疑問だ、答えは、キナリレのせいであるのだが・・・。不可思議、好奇心、ストレス、背中を押された感じ、それらのカルテットが巻き起こすのは異常なまで正義感に溢れ、悪へ成り下がった人間。終わりは近い、『終局的犯罪』の一部にも満たないパロディであると、ここに明言しよう。

「記録は?」

問題ない、と言わんばかりにノートを見せる、会話より早い情報伝達、そこは心がけ、火災のどうにも出来ない現場ではあるが一歩でも先へ進む。消防車が来る筈も無い。ウォッカだけは、そう思った。本当に来ないから、人は悲観的になる。



僅か数分前の話だ。

「あちち・・・」

漆黒、そう称するのは小学生までの特権だ。これは灰と黒が混ざった、生きた心地さえしない黒。焦げた黒。それを最初に気付き、治そうとしたのはジンであった。

必死に道を切り開き、単独で命を危険に投げ捨てると死因jで言われそうな動きは、一般的な英雄の様である。しかし、彼の姿は見えない。踏破、安全な道を確保し、僅かだが、扉を蹴破る彼が見える。この熱い空間で言うのはなんだか違和感があるが、ウォッカと違い、どこか温かい。優しい、愛情を用いた優遇ではなく、不安さから、恐怖から、それらを根にして私を救った。

追い詰められた状況、そこにあるのはロマンシア。失意と恐怖の繁殖する絶望の底、天の上に悪魔あり、地の底に天使あり、魔が差した、天の助け、天変地異の先にあるのは芽生えの予感。なんともおぞましい。人と言うのは、妙にロマンチックになり、諦めて死ぬ、それがおぞましいのだ。どうして生きる事を二の次にするのだ、どうして他人の努力を溝に捨てる真似ができるのか。

LGBTを見下す者共が両性具有の全裸を見た時の嫌悪感、羞恥と吐瀉物の二重支配で、体は痙攣と脈動を繰り返しのたうち回り動けないのと大差無い状態、それが常人として見た時の心だ。トロッコ列車の窓から外に触れる時の、生暖かい風のように、妙に絡みつく吐き気がする。種子が生命に対し冒涜的なセックスでもされたのか、両性具有が女と侮ったか、人間は堂々としていれば良いものを、その光景を見れば見るほど、救う価値の無いものと彼は理解する。キナリレが両性具有であっても構わないと思う程の妄執ではあったが、骨の髄から血管に対する武者震いと衝撃の連続、五臓六腑の逆流が怒りという赤に染まる。血の涙は、火で見えない。しかし、それらを見つめていたのは言うまでもない。奴は国を燃やす大火、被害妄想とは、命を助ける役目を果たし、新たな事実と、新たな目的を先に見る。銃砲店で、散弾銃を一個買っておきたい気分になった。人間不信にはならない、ウォッカの凄味がここには残されている。涙は拭わず、狂った様に笑う。いや、狂っている、そしてそれを扱っている。より冷徹に、より硬く、より鋭く。前の失態を繰り返さない、立ち回りは人間らしく、道中人間らしくない。天才の様で、馬鹿な奴だ。天才は過程ですら満足する凄まじいものだが、馬鹿の本領発揮は結果、我々の予想を常に上回る。

さあ、復讐劇はまだ遠い、モンテ・クリスト伯になれるのだろうか、それとも返り討ちに遭うか。クラーク博士と同じ道を辿る、それもまた視野に入れておくべきだろう。



ヴェスパーは、いち早く脱出していた。窓を破り外に出る、それだけで済んだからだ。外側のドアを破り、中に居る患者が助けれるかどうかを考える。仕掛けられていたと思う程に燃えている上、バックドラフトの音も聞こえる。感染症の隔離施設として今も使われているからか、辿り着く事も難しい。電話を今は探している。衛星電話を用意してある筈だ、しかし、中々見つからない。

患者が持ち逃げしやがったか、とことんまでタダに拘る連中だな、と頭を痛める。公衆電話も使えない山奥、何を今するべきか。持ち逃げされた衛星電話、この調子なら消火器も同じ目に遭ったとしておこう。

気分は悪辣、感染者を減らす名目で少人数だった看護師とも連携が取れない、死んだとしておくにしても、隔離施設としてそれなりに頑丈だった筈だ、どうしてこんなにも脆いのか。

しかし、私は思うのだ、生存願望というやや悲観的な自分のセーフティロックを破壊する行為を。信じている、極々単純なものだが、確率が現時点では五分五分、断定材料は無い。箱には猫か死体が在る。だが、これはここで終わる事になるのだろうか。

仕組まれ過ぎた、マーダーの仕業とも思える。三人を裂く幾つかの事件、記録は今も健在。第一は、自分の命、その次に自分の社会的地位や名誉、その次にこの事態を引き起こしたであろう者が含まれる他人だ。

明白な思いは街並みを飲み干し、琥珀色の欠片が滴り落ちる汗と共に。それは一つの決断か、分かりきった事か、或いは待っていただけか。

第六天魔王のおわす本能寺、扉は南西のものがまだ開けていない。患者の数が最も少ない場所にして自分の部屋からは最も遠い場所。現状三人は未確認。

膨張により割れた窓が数枚、これから割れる窓が前方凡そ七枚。白衣で頭部を一時的に守れるようにした。駆け抜けるは草の禿げた道、灼熱地獄の端、燃えていない所を沿って走る。不動明王は健在か、日輪は笑う、火の粉で焼ける、湿気の一つも感じない暑さが、ただ頭に響く。角はブレーキ時の足の動きで、片足を地面に押し付け泥に塗れる革靴が悲鳴を示す。彩りではなく色褪せ、単色あるいは淡色、薄く淡く、よりシンプルに。立て直しは数秒間、裏口の扉、目的の場所まであと僅か。

ここで隠し持っていた道具を一つ、バール、ダクトテープ、ライター。ダクトテープとライターは考えが回っていないので今回は出番無しだ。バールで歪んだドアをこじ開ける、奇跡的、ほぼ一直線の形に隙間がある。あとは野となれ山となれ、もう片方の扉に向かうため、壊して突破する。声を漏らさず、一身の力を一瞬に込める。脱ぎ捨てた白衣はもう燃えたのだろうか、だとすれば、次は何が燃える。服か、いや、己だ。

押す扉、決断をする。分かるのだ、ここには暴れ回る竜が居ると。爆発の予感、外れかけた扉は特別に強くした物、一度脱出されたため高い金で直したもの、ここで役に立つ事は予想していなかった。

その事象の名はバックドラフト、対策は強固な扉で爆発と同じ速度で受け身を取る事。全身の安定性で扉の隙間を縫っても自分の体には届かない。思い出のある靴は使命を果たし、床につく。中を見ればフラッシュオーバーの後、一番耐火性能のありそうな、そして使われていなさそうな靴に交代させる。今は速度優先、善し悪しは試合後の反省として受けよう。

爆轟、阿鼻叫喚、ああ、バベルの塔が崩れる様だ。落ちる天井と柱、二階からすっぽ抜けて下まで開通している場所まである。導かれる様に道を伝い、姿勢は低く、スプリンクラーの水も見て安全を確認する。

「生存者!!応答せよ!!」

喉に灰が詰まった気がした、二度目は難しいが、一度で奇跡的に済む。行け、進め、その先に彼らはいる、彼らも、自分も、救わなければならない。

「ああ、いるよ、クソ野郎が一人、売女が一人、あと俺だ。」

怒りでもなんでも無い、恥だ、これは。羞恥心。間違えた感触が今あった。そして、自分の行動に疑問を持って更に恥と知る。しかし、どうしてここまで暑いのだろうか、自分は間違っていないし、狂ってもいない、しかし、殺意が揺らぐのはどうしてだろうか。

「・・・そうか、怪我は無い様だな、ひとまず脱出といこう。」

塞がれなかった扉と、溢れる水、予想よりも酷く、腕の縋る様な動きが火の向こうに見える。何となく、自分は怯えた。それは不安からか、何か分からないが、とにかく、体に良いものでは無かった。



病院が消えたら、生きる場所はほぼ無いに等しい。しかし、自分は宗教関係には詳しい、というアドバンテージを生かして仕入れてある情報をベースに判断する。

「ホテルと集落、診療所もある。食糧はヴェスパーに任せる。場所はまた山奥だ、合流地点はホテルにしよう。」

「了解した、先に行ってこよう。キナリレとジンを待ってから、先に行ってくれ。」

相性が良い、と言うより少人数作業に合った二人、タスク分けに目標設定、順序まで満ちている。面会人(理由は分からなくもないが自殺した人間)からくすねてきた鍵もある、悪路ではあるが道はある為問題無い。しかし・・・。

「車運転した事無いんだよな俺・・・。」

そこは何かもう、不思議なパワーとか脇役特権とかを使って欲しいものだ。やはりファンタジーから変えるとろくな事が起きない。平静としているがそれは極限まで心が研ぎ澄まされた結果、自分を駆り立てていると分かる。心拍数は上がり、現状不安であるキナリレの事より未来の事についてだ。

「やはり、『キラークイーン』か。火薬、ゼラチン、レーザービーム付きダイナマイト。マザーグースもこれをスパイスと言っていたのか。」

美しい作法、キャビアとタバコについては少々話し合いたいところだが。ケネディとフルシチョフについてや、キャビネットにモエ・エ・シャンドンを飾る事はそこまで間違っていない。

どうあっても、女性的、女性として女性らしく、なおかつ性格的、身体的に好ましく、生殖機能が良いと示す。それが有性生殖の価値観である。獣耳など流行ったが庇護欲だけではなく生殖を中心に免疫システムを強化したいと思うからとでも言えば良いんじゃないだろうか。言葉で誤魔化しているのがどれだけ剥がれたとて、最適解となってしまえば変えるのは容易くいくまいて。

理想が高い、そんな馬鹿は青二才、十二歳までにしておけ。彼の理想はもう居ないが、全くと言っていいほど同じ存在が居た。人の五感もそうだが、感じる、という概念、それも人の中では分からない程度の誤差なのだ。

それが、奇跡が、もし奪われたものだとしたら。

「度し難いなぁ・・・ふふふ・・・フハハハハハハハ!」

面白い、面白い。面白い!面白い?面白い.

愉快、愉悦、微笑、苦笑、絶叫、不安、悲哀、懐疑、侮蔑、跋扈、繚乱、霧散・・・

髪は白く、手足は脆く、膝は崩れ、顔は歪む。既知の事実を、俺の全てを使い、俺は奴を殺す。例え、自分が死んだとしても。


肆「宿痾」


どうにも性に合わない、エンジンをかける、その行為はこの熱に塗れている上でしているのだ。

閑静な世界の幕は開け、元気とは言い難い顔の目が微動しつつも目的は一心にあった。正念場は廃ホテルにあり、なんの因果か、怪奇現象もそうだが、電気も水道も通り、取り壊されてすらいない。食糧以外は揃った空間、人が寄り付かず、手の付けられない場所。

それではないのだろうか、この暑さは。体が不自然な発熱を起こす。強いて言うなら、終わり。終わりと言う名の、苦痛と解放が自分に迫ってきた。脱稿とも違う、気味の悪い終わり。アイドルにクトゥルフ神話生物を合成した様な気味の悪さだ。

「早くしろ、クソ野郎共めが。」

扉を開け、指す。運転に自信はないが、目的に辿り着く自信はある。目標は視界内、揺らぐ感覚に足を任せるのは不安だ。

「乗ったな、行くか。」

「行くって、どこに?」

ホテルだ、と間を埋めるように言う。火照た体(良い意味ではない)が差し迫って言うのだ。墨でも塗ったのかと錯覚する黒さは織田信長が弥助と初めて会ったものに-1を掛けたものに似ている。しかしそれを自業自得と言わない、彼の優しさがあった。



NGT、これは長く苦しい戦いだったの略らしい。しかし省略とは抽象化とは全く別のものであり、通じない可能性が高い、というものである以上、別の物であると認識されてしまうかもしれない。天才が少数だからか、天才でなくとも、天才肌の人間が恋しい。人肌恋しいが追い詰められた状況だとするなら、なんとなくだが、人間にうんざりしたという事になるだろう。

人は以前から変わっていない、ゆとり世代はでっち上げの賜物、人は依然変わらず、逆に言えば進歩している訳ではないのだ。道徳心などに関しては、若者、中年、高齢者、どれに関しても下がっていると思えた。人類を滅ぼす存在が産まれるのは当然であり、滅ぼされて然るべきなのだ。カリ・ユガはいつ終わるのだろうかと、遠い目覚めに話した。人が善であると唱えても、作り替えた方が良いのは当然だ。であるからこそ、私は私を、ウォッカと名付けられた人間は自己変革を何度も何度も繰り返した。五胡十六国時代、軍人皇帝時代、それらを私は心の中で行ってきた。

「応急処置はこれで十分だ、痛くても我慢しろ、現を抜かした馬鹿にはお似合いな末路だ。」

重みは、時に優しい。それがしっかり、彼女には響いた。どこかケルト神話じみた、あるいは、触れにくい存在、勇者と思える存在、経験者としての存在。私とは違う、遥か遠い青色の星を眺める、どうして夜空は明るくないのかと。

果てにあるのはホテル、看板は落ち、床は汚れ、電気は付いているがバイカークラブと差が無い。血に汚れた壁、肉片の様な物、何故か無い腐乱臭。感覚が狂ったのか、定めか賽か、不吉な予感がする。

しかし勇者は戦かない、戦ぐ風の笑う事は戦慄を旋律に染めてより、適材適所の様に、ここに存在している。

調和と寵愛、芸術家の作品は彼の存在と言うのか。手垢の付いた、人間として試練で狂わされた予定調和敵とせん者、それが芸術だと言い張るか。

異常性欲の一種、フェティシズム。異性の部位に異様に執着する気分、それが今、反応した。危険を知らせているのか、警戒しているのか、それはさっぱり分からない。

「・・・いや、幻覚だったか。」

頭の痛みが過ぎたら突然見えも匂いもしなくなった。Heartfull Love StoryがHateful Rough Storyに変わったかと思ったがそうでも無かった、幸運というか、一瞬のものが酷過ぎたせいで現実のマトモさに打ちのめされる。

しかしなぁ、なんと言うのだ、寒くもないのに凍えるのだ。毛が逆立ち、不穏と脅威が異端審問を始めろと言うのだ。

屋上で不味い空気でもなんでも良いから、ここに留まらない方法を探したい。

ウォッカは、警戒を緩めない、それが一命を取り留める事となる。頭上に仕掛けられた無数の刃物、一本一本は使い古された様で、血の色をしている。仕掛けられた刃は無垢なる少女を貫かんと、真上より来る。幕で隠すにしても、天井から吊り下げられて固定されているもの、ちょっとした未来視の様なものに助けられた。不安より焦燥、そして無念が積み重なる。ただただ蟠りが残り、ちょっとした迷彩柄の様な汚れが見えた。

不治では無いが、治りにくいものだと分かる。故に、宿痾と呼んでいるのだ。

「また、幻覚か。」

病の中、それの中でも違和感というものが働き、理想を聞いてくる。

「大丈夫・・・?」

少女の、もう少女と言えない年齢の少女が、ロリータ系、という感じの少女では無い女が、また、誘う。

「おはぎが好きなのか、そうじゃないんだか。」

決して褒めてはいない、それは、一種の死刑宣告、一種の別れ言葉。それが、自暴自棄なものであり悲しさと怒りの狭間である両儀と思っている。とても歪んだ陰陽を超え螺旋とも思えるものに、彼は突っ伏した。つまり敗北、この上ない屈辱と安堵がただ自分に残り、道を閉ざした事へ何か心残りがあると、彷徨う。歯に歯垢でも詰まっているのか、表面も中身も、抜本的に解決する、それこそが正解なのだろう。

つまりこれは忌み嫌うべきものなのだ、バグなのだ。

気分転換、屋上に進もう。紛らわす目的は、きっと悪ではない筈だ。

傀儡としての生を選んだここは、紛れも無く私を殺しに来ている。正念場か、これが私の死地か。あと少しで外れてしまいそうな箍は、ここが寿命だろう。

宿痾を抱え持つ人として、治らない人として、誰も寄らないフィールドとは、とても素晴らしいものだ。刃物に関しては警戒を怠らない様にしよう、というのは伝えない。そうやって、彼を時間経過と共に蝕んでいくから、錆は、彼に加担する。それは間違い無い、破滅への出航だ、航海と後悔、終わり無い旅、ではなく、終わるための旅へ。



未だに自分を僕と呼ぶのはダサいのだろうか、いつも通りの、自己嫌悪、長く続かない一人遊びは当然だが、好奇心から生まれたものだ。

「大丈夫ですか?」

自分でも驚く程、そんな表現は適さない。可能性を信じ、見出した一つの結果。それが、煌めきの無い、汚い火の中で実っていた。

「え、ええ、ありがとう。ジン君・・・」

揺さぶられ、壊れかけ、暑い。恐怖が恋を駆り立てる。煌めきは、一瞬のものである。煌めきは当然、煌めかない事あってこそ。ウォッカの影を見た彼女は、続けようとしなかった。そう、彼女は、背徳感も何も無い。ただ彼女は恋という一瞬の凄まじいエネルギーに動かされる。愛という永続的な力に影響するまでに。現実に折れなければ、ウォッカへ向かう事は無い。

平凡、平穏、平和、平静、平常、平行、平均、平素、平日、基準をまた確かめる、厳かで冷ややかな毎日が繰り返され、無駄にされ、今日も苦悩と終わる。ウォッカという人間にどうしても憧れてしまう。悲劇的、その一言に尽きる。三人称から見る世界は気持ちの良い物か、それを聞いたところでどうなるかは不明である。人は認めない、人は変わらない、人は何もしない。罵倒文句は人の為、山猿も、洞窟原人も、結局は我々からそれに近い人間の皮を被った何かまでも、それらのどれかに指した言葉である。回帰しない思い出が私を抉るというのなら、私はいつも通り生きる。手記の記録じみた土産物の本も、私を叩く事は無い。究極的なイリュージョンがリサーチ不足に起因する暴論によりまた今日も非難され、頭が痛い。

滔々とした頭の中に染み付くのはチェンソーの切り口の様に、微妙に美しい後だ。平面の思い出が分解される度に自分のあれこれが消失と再生を繰り返す。それも全て、憧れに揺さぶられたから。明確な恐怖を主軸にそれに携わるサムシングが顕著に動いている。

破滅まで、四夜。代表的な超越数に近いの残り日数、不愉快な思い出がまた自分を戦慄させ、急性アルコール中毒の倦怠感を思い出させる。

ホテルの気味の悪い部屋、その一室で休む。軋む音がけたたましい。自分の心の中が囂しいように、どうしようもない痛みを思い知る。

人は、恋をする。人は、別れる。

春夏秋冬、東西南北、起承転結、三次元的なものに置いては人は四つを好む。明確な差異が事を異なるものと定めるからこそ、デカルトの様な仕組みは出来上がる。

アルターエゴとかはどうか。立方体と正方形を比較したらどうか。1つのものでも本質が統合されていればアルターエゴと三乗と二乗の差異があれば説明がつくのではないか。人は数字を用いて簡略化を行い、差異として仮定をする。しかし、万物が統合されている可能性は忘れてはいないだろうか。

幾ら言葉を盛ろうと、それが最初の言葉を覆す事は無い。磁石は反発する。違うものにしか引かれない。つまり、最低二つで構成されてしまうのだ。だからこそ、NとSの関係は産まれるのだ。これもまた、仮定である。

『センシティブの欠片さえ無いか、破滅願望。貴様は幼稚で中二臭い、フェティシズムの一つさえ無い若者だ。つまるところ童貞だ!!笑えるよ!!』

「・・・」

アメリカンジョークとは、ボケ倒すのが普通である。つまり、ツッコミはない。見事な位に押された人間が、何か言えるだろうか。キナリレに希望を賭ける、それに気付かれない訳もなく、いやらしさ、非道、極悪、それが一人を圧で絞める。

『どうしたんだ?お得意の逃げか?』

自分は今日も、破滅に生きる。それを、振り払えないまま。



夜には早く、昼には遅い。冷たくない風が固くなった頬に吹き付け、耳元にうるさくない音を奏でる。三角コーナーの中身の様な、形の無い、名称と状態からくる嫌悪感。それを拭い去りに来たのか、彼女はここに降り立つ。

「・・・ウォッカ君・・・さっき、見てたの?」

ウォッカは、答えるべきかと迷いながらも、彼女に面と向かう。行動から生まれた決意、歪みない、真っ直ぐな、彼の意思。誰が彼を否定出来ようか、人は否定するのに広義的視野、強いて言うなら評価の視点を変える。その手を封じた状態、その状態でだ。実質的な不死と言うように、実質的な、というものが拍車をかけこれの評価を底上げする。逆に言えば、どうも出来ないという事であり、どうも出来ないからこそこうなってしまったのだが。

「・・・見ていたさ、心が痛くて痛くてたまんねぇ。」

怒りは鈍った、感情も、緩んだ涙腺も、全ては自分を責めるため。自分が違うと、自分がい悪いと。関係無い自分まで巻き込み、彼女に酷い醜態を晒している。

「最後も、結局こうなんだよ。理想がなんだ、どれだけ努力しても最後が報われないのに良い訳がねぇだろぉよ。生まれつきの敗北者に居場所はねぇんだ、努力も全て、無駄になったんだ、結果、俺の目前には死がある。死が、逃れられない死が。」

違う、単純にツメが甘いだけだ。確実に失敗する状況やシチュエーションは幾らでもある。現実に可能性を見出す度に、プラスと同時にマイナスを引き出す可能性、簡単に言うなら、1:1の可能性。どうあっても1:1に収束してしまう。しかし、鉛筆で書けば記録される様に、ある程度の運命は動かせる。運命に変えられる人間ではなく、運命を変える人間であれと、考える。

「上手くいかない・・・ごめんね、気付いてあげられなくて、私は、馬鹿だから、自ら馬鹿になることを望んじゃって・・・凄く、君がかっこよく見えるよ。ジン君も、ウォッカ君も。だって、私より鮮烈に生きてきた筈だもん。だから、ちょっと、君の事が知りたいな。」

彼女は、座るように手で指示する。白くて、透き通った様な腕、ボーメンという愛称を付けたくなる様な、手を。しかし、それを見る度に彼は目を逸らす。とても汚れた思い出、それが、今幕を開けるというのに。


伍「彼方の女」


女の話をしようか、傾城水滸伝の様な、奇妙で、信じ難い話を。疑われても、それでも構わない。私が君に執着する理由だよ。


彼女の名は・・・という。

・・・は大きい、身長も、体が大きくて、強い。だからこそ、寿命は短い。儚い命に、私は一度殺されかけたが、若気の至りというか、私は強く語りかけ、彼女の存在を根幹から書き換えた。彼女は一度自殺を止めてくれたり、ハグをよくしてくれたりと、何度も助けられた。予定よりもかなり早く、心臓に対する負担が私のせいでかかってしまいそのまま去っていった。


彼女の名は・・・という。

凛々しいお嬢様は、人を知る事を欠いていた。彼女は求愛されてもそれを断る事無く進んでしまう。それを・・・通じ中断した所、それが嬉しかったのか、大きな変化があり、前とは別の、乙女の様で慎重さもあるお嬢様へ変わった。彼女は、恨みから八つ当たりの対象になり、刃で命を貫かれた。


彼女の名は・・・という。

オカルトじみた女だ、予言と称するものはどんなものでも当たる、仕組みもあるそうだが、教えてはくれなかった。私が彼女を選ばなかった時、彼女は私を恨み続けている、それが彼女を蝕む程のものであった。オカルトに捧げられた人生、強い訳も無くそのまま見る事も会うことも無かった。


彼女の名は・・・という。

彼女ではなく彼が正確だが、本人の希望により彼女としておこう。彼女は美しく可愛らしい、それを狙う者が当然いるし、強い訳でも、病院にいる訳でもない。だから、彼女は襲われた、無惨なバラバラ遺体で見た時の顔が、今も目の裏に焼き付いている。


彼女の名は・・・という。

貧乏な家だが、上流階級との交わりがあったため、彼らに頭を下げて支援を頼んだところ、快く引き受けくれた所がいくつかあった。母親の為に尽くす彼女の将来のために来た高校の勉強で、容赦を知らない教師が彼女の夢を壊し、彼女は諦めてあの世に旅立った。


彼女の名は・・・という。

・・・は可愛らしい、それが死にかけであるが故に成り立ったものだからだろう。彼女は私を忘れて、そして、奪われた。諦めきれない私を他所に、ストーリーは断絶した。彼女は見込んだ通りに強かった。記憶を取り戻し、自責の念から自殺を選んだのだ。


あの手この手で死ぬ彼女らを、少しでも変えるために、同じことは繰り返さないように、自分は反省し、・・・と共に悩み相談と解決支援による人助けをした、多くの人数と多くの問題、失敗も多いが、成功に勝るものは無かった。しかし、傷が癒える筈なんて無い。

人は知らない、傷付けられた側の痛みなんて。殺意という最も血の滾る瞬間を知らないのに、それを知っている筈が無い。無くそうともしないし、むしろ起こしているまである。反省しない人類への反逆として、戒めとして、私はそうしたのだ。そして成功した、犠牲も、失敗も、喪失も、数多の生贄を捧げてホルマリン漬けに落ち着いた。荷が重過ぎた、私達では救えなかった。足りなかった。救われなかった者を人知れず救い続けた。知ろうともしない人間共を他所に。

誰も助けてくれないとは、まさにこの事、自己責任だと、話を聞かずに言うのだ。関わらなかった人間が裁定者よりも上からの視点で、ものを言う。これは世の失敗であり、私達だけの失敗などでは済まされない。そうであってくれ、そうであってくれないと、私は狂ってしまいそうだ。そう願う、願う事しか今は出来ないが、どうせ叶わない。

幸せの記憶を持ち続け、その後に遺体を抱いて泣き続けるのが自己責任とでも言うのか、病も、そうだ。被虐されたものとして、決して加虐を許さない。


被害妄想というのはこうやって生まれるのだ、そして、その1個の結果として彼は生まれた。

遥か彼方の女、略して彼女とでも言うのか。そうやって彼は彼自身を奮起させ、その後に失敗として同じ事は繰り返さず、人助けに手を尽くし、結果、今、何も出来ない、救いようのない奴に成り下がった。しかし理不尽に巻き込まれたのも事実、誰も助けずに時間が過ぎた。そうやって彼は朽ち果てる。彼自身もまた、そうであった。

数の多さ故に、少々まとめる必要がありそうだ。

ウォッカという人間は、苦悩と絶望、一片の希望で満ちた人生で生きていた。それは彼の欲望、正義感、そして、経験。どこかで使える。

ただ、いつからか、どこからか、彼は英雄を目指し始めた。欲望より始まったこれは、善行として重なっていた。ただ、それだけ英雄を必要とされた時代になってしまったからこそというのもある。善悪の乖離した世界、原初と何が変わったか、父も母もマルドゥークが終わらせた。その時代から変わり始めたと思えば、またこれだ。

先が善たれば、後も善たり。後が悪なのは、先の悪なり。ここに、終わりとしようと。マルドゥークの次は、ギルガメッシュだった。変わり果てる、その時には善であった。悪が善に変わった。彼は良くも悪くも、途中までは強き人であった。

ただ、今はどうだ。戻ってしまった、その一言に尽きる。確かに、変わる前の方がマシであった。変わってしまっては、それを果たせないと。良いのだ、別に。自分は一人の女さえいれば。それももう、いない訳であるが。彼は、欲した。藁にも縋るは藁があって成立するもので、藁がないのに成立などする筈が無い。彼は、成立しなくなった。彼は、善性を維持出来なくなった。何かが欲しいという心が膨れ上がると、先も乱れていった。その程度だった、中途半端だった。彼は、折れてしまった。

特に最後の・・・、彼女は彼に深い傷を残しながらも、尚彼は愛している様な感触がした。それでも構わないと、それは、ささやかな愛、最盛期だった。

責務として、彼は彼女を愛し続けたが、それが愛であったが故に、曲げてしまった、狂わせてしまった。月女神もここにはいない、結局は彼であった。功績は、罰により終わる。絶好調の時に、魔が差した。天使という名の悪魔に彼は落とされた。それと対極の関係にあるものがいた。地獄にいる天使、まさに彼女、キナリレ。蜘蛛の糸、宗教は違えどもあながち間違いではない。合わないからこそ噛み合う、パズルのピース、古事記の足りない部分と多い部分の組み合わせの様に、綺麗にハマってしまうのだ。逆に言えば被らない、片方が愛すともう片方は愛さない。片想いの状態で今も過ごしているのだ。古来より恋というものは殆どの部分が難しくなっている。愛はほぼ全くの別物、共通点があるだけ、という程度の別物なので、同じにしてはならない。

さて、彼は恐怖というものを主軸に動いている。彼が恐怖より成立し、恐怖を使い支配する。それが結論的に出てしまっている。厳しさ、優しさよりも厳しさの方が人は育つのだ。統治者、支配者としての話ではない、人を育てるものとして・・・いや、差異があるな、人を直すものとして、か。その立場にあるものとして、彼は恐怖を使い続ける。その恐怖は、多くの人を確かに救ったものだからだ。

それもそうだ、急所を突く一撃を連発する芸当など出来やしない。彼は恐怖という汎用性の高く、便利なものを選んだ。それは、一種の人に対する失望が元であるのを彼は語らない。



ここからは反省会といこう。当嘘だと罵られる様な話、人が馬鹿にするような話、それに関する事もだ。ああ、これは人々に向けたものだぞ。汝らは孤独を理解出来るか?友人を失った事を受け入れれるか?恋人を奪われた事を承認出来るか?恋人が目の前で自殺した落下それを忘れれるか?私は問おう、汝らの因果かどうか知らないもの、理解の範疇外で生まれた怪物が牙を剥いた時、それをどうする?

奴は、その通り怪物だ。それは、間違いなく悪である。しかし、彼は牙を剥かなかった、キナリレ、彼女の存在のせいで。

この不治の病、100%の致死率を誇る病。少々違和感がある。そう、感染しないのだ。感染対象を殺すだけの、実態は最早兵器と言われても仕方無いウイルス。それが、これの正体だ。

悪は誰かの手によって暴かれる。それもそろそろだ。彼らに対する悪事は、全て暴かれる。そう。牙を剥く。もう分かっただろう。この悪事が怪物だ。誰も喜べない、誰も笑えない、全ての人に向けたバッドエンド、それがこれの正体である。

さて、世界を一瞬でも狂わせた・・・自転を一秒でも止めればやはりとんでもない事になるのだろう。まさに終局的犯罪、惑星要素は薄いが。

しかし、これはミステリーでもなんでもない、ジェームズ・モリアーティ教授も、名探偵シャーロック・ホームズも、アーサー・コナン・ドイル卿もいない。ただ、盤上に三人、おまけが一人、どう転んでも世界はバッドエンドに包まれる。全員にヤクをキメさせて全員殺す、これでバレずに終わらせれればメリーバッドエンドというタイトルは回収出来る。あくまでもう1つの選択肢としてストーリー続きがあるのだ、それもまた、いいんじゃないかな、程度の話だ。

もし誰かに良心があるなら、ここに良心があるなら、良心という存在がこの場に影響を与えるなら、バッドエンドでは終わらない。・・・ハッピーエンドの可能性が出来た程度で、それになる訳じゃない。

どうだ?落ち込んだか?気分が悪いか?

死の感触は、直接が最後である。間接的に体験可能だが、計算上ならば痛みならギリギリ再現可能である。誰かの死なんて大して気にならない、新小岩駅にでも行けばすぐに馴れる。ただ、愛しきものの死は馴れない、どうやっても、どうあっても。心臓の痛みを知る者よ、それをもっと痛めつけろ。それが身近な人の死だ。痛みと恐怖、つまり暴力、それが彼に対する不幸、といった所か。

悪は悪循環を繰り返す、彼は、このままでは全く幸せになれない。錯乱し、狂い、その混沌の中で、より深淵に進む。

経験をした事がある者なら分かる筈だ、彼の末路が。

醜態を晒すだけでは足りない、もっと、もっと自分を否定されるようなものだ。運命を信じた、それの末路。それは、やはり、悲惨なものなのである。


陸「寄り添う」


「どう?吐き出せた?」

暖かい腕の中、僅かに手が結ばれない抱擁。優しい彼女の美しさが、より涙を流す理由になる。

「よしよし、頑張ったね、偉いね・・・でも、私は聞いた、ちょっとは理解してあげられるかも。」

謙虚だ、普通の人間は妙だと良い、馬鹿だと良い、嘘つきと言う。気に食わないから、現実的出ないから、様々な理由で奴らは否定する、そう、真っ向から。それと比べてマシもマシ、苦しむ必要すら無い。

ヒトという生き物の防御、トロイア戦争の様に破られた訳では無いが、味方として受け入れるのを拒んでいる様に思えた。防御というのは当然だが、守りを御す、仕切りとる役目の部分が率先して行う。だが、それは、自分ではない。人間はプラナリアの様にどこで切っても記憶が同じだなんて事は無い。しかし、なんと恐ろしい事か、防御の主(ただし自分という存在の意識外で動くモノで幹部に近い)が許した。己の中に蠢く生きる何かが、円陣よりもやかましく、責任問題という混乱が繰り広げられた。誰のせいか、誰のせいか。そこからか、キナリレへの敵意が湧いてしまったのは。

彼女に敵意を向けるというのがどれだけの事か分かるだろう?そう、彼は現時点で精神的・物質的に存在する相手を破滅させるという考えが少しでも芽生えてしまった、考えてしまった。最早起爆剤、脈動は全身へ伝わる。その抵抗運動に対し、彼自身は背いている。

動きは鈍い、心は痛い。覚束無いモーションはエモーションを除き動くという程度にすら動かない。こんな足が、こんな腕が、今、何の役に立つ。

涙と汗、塩分が抜ける。水分も抜ける。それは身体の中の動きだ。身体の中で他にも自分に協力する場所はあるのだと、希望がどこかにこぼれ落ち、自分に流れ着いた。

「・・・良いよね、可愛らしい女の子って。私、ウォッカ君みたいな人、もっと昔から会いたかった。」

でも、その声には心がある様に思えなかった。心が無いようで、薄く、冷えていて、浅い声だった。それが、純粋な心に怪物としてでは無いまま、暴力として、牙につつかれた。ジークフリートは邪竜ファフニールの血を浴びなかった部分を刺され死んだ、円卓の騎士はランスロットの禁断の恋とガウェインの弟達を殺害した事によって崩壊した。隙を突かれたのでは無い、身体が裏切ったと、その様な浮つきとは違う、重量と質量が異常だと思える程の痛み。目眩と片頭痛、視界はやや不明瞭、しかし意識は痛みにより目を覚ますよう繰り返す。天地が逆さまに、身体中の水分が動くように感じた。上に引っ張られる感触はあっても横にしか動かない。

「そっかぁ・・・私で足りるかなぁ。」

不安と言うより、言い訳探し。彼女は彼の気持ちを察せる。理解した人間として寄り添える。しかし、彼女は・・・の延長線上にいるような存在だった。自分という人間の酷さを、醜さを理解している。自分が白鳥であることに気付かずに一生を終えた『みにくいアヒルの子』になりかけている。子供の時点でそれを受け入れ、先に進まない。しかし、それから探すのは見当違い、もっと彼女は浅い理由で判断している。単純な理由、それこそ初歩的なものだ。一歩一歩の断片、それは誰かが分からない時から議論され、誰かが分かってからもまたそうだ。その中には人類が学べる事があり、皮肉なことに、人類がそれから学ばなかった事が分かる。

リレ・ブランはベルモットに近い、ジンは言わなくても分かるだろう。マティーニというカクテルはベルモットとジンで作るもので、ヴェスパーの時はウォッカもいるが、マティーニとして、それは必要なのだろうか。

仲間外れの様になっている事は無いか、一人取り残していないか。

仲間外れは、された者にしか分からない気持ちであるが、されていない者でも恐ろしいという事が確かに分かる。そういうものは大抵腐った人間、人であると認めれない様な人がきっかけで起きる。これもまた人為的なものだと、彼はその経験を元にした被害妄想にまた埋もれる。

被害妄想がまた酷く、彼の心を蝕む。彼は消える、彼は淀む、彼は狂う。しかし、彼にそんな体力も気力も無く、終わる自分を何かに当てはめる事しかしない。



目は口ほどに物を言う、身体の主導権は目にあったのかと思う程に、言うつもりの欠片もない言葉が漏れ出た。

「私が、好きですか?」

自信に溢れていた訳でも、気が狂ってはいるが血の迷いからの言葉でもない。それは、あまりにもあっさりと出てしまった、策略的に違うと思った一言。しかし、死の目前なら、止めるつもりにはならない。

「・・・ウォッカ君は、私が好きなんだ。・・・それって性格?見た目?」

唖然としては恥じらい、動きの鈍りで分かる。彼女は照れている。彼女もまた、同じ様に失敗談を抱え持っているのだから。そして、それが悪さをしているのか彼女は警戒した様な姿勢もした。まぁ、すぐに解けるが。

「どっちも。」

嘘じゃない、率直過ぎて、即答過ぎて、戸惑うのはこっちだった。聞かれもしない話を聞いてくれる相手、それだけで彼には価値がある。

「私ってえっちな目で見てるの?それとも子供っぽいって見てる?可愛い・・・とか美しい・・・って思ってる・・・なんて事もある?」

少し、調子に乗り出した。にやけという感じの笑いでもあり、単純な嬉しさ、高揚した心が好奇心を作った。

「一番は可愛い、二番目にえっちい、その次に子供っぽい、そして最後に美しい。」

これもまた、そろそろ心を読まれてると疑ってもいいと思う。疑うけど、それも冗談だと言う感じに、彼女は、嬉しいのだ。さて、それが恋愛に繋がっているのだろうか。

「性格もそんな感じかな?」

彼女は質問よりも答えの分析に頭を回す事にした。所謂早とちりという奴である。

「ああ、ゆるーい位が自分の好みだし、変わらないペースも大好きだ。」

そんな激甘も激甘、チョコレートをカレーの代わりに入れた様な味はムードとしても、ほっこりする一時であった。

さて、これを壊した戦犯は誰か、この状況を過去から作り出した人々のせい、と言うのも一つの手だ。しかし、それが戦況を変える一手になるとは思えない。

この流れは、実に不味いんじゃないか?さぁ、ここから何が変わるか、実に見物である。

ああ、火事場の馬鹿力というのはこういう場合を含めるのだろうか、私は今の状況で含めるとは思えない。思考力、判断力に優れた英雄とて、色には疎かったか、死期には弱かったか、これが誰かの英雄だなんて、笑いの種にしかならない。

彼は終わるのだ。彼は消えるのだ。

そうだ、残念ながら、世界は変わらなかった。

「でも、私は貴方が好きじゃないの、嫌いでもないけど、好きじゃない。恋愛したい、だなんて思わないもの。」

歪に繕った顔もやがて崩れ、終わりまであと僅かという所で彼の夢は潰えた。

「・・・でも、私は・・・キナリレ、・・・の様な人じゃないと・・・私は・・・」

その一撃は、あまりに重かった。世界構造からの否定、運命も通じない流れ。単独の意識は既に消えかけている。より悲惨になる心情は、結果として停止したような気分になった。色褪せた世界に、何が見えるのだろうか。

「・・・ああ。」

カラーコンタクトと色眼鏡は全くの別物、彼は、それを嫌いと受け取る己への厳しさがあった。些細な共通点では足りない、もっと大きな部分、核心への傷。一歩間違えれば昏倒、二歩間違えれば自殺、傷口は癒えぬ。

単線区間は狭く、動きが悪くなる。息さえも拒絶し、喜びの涙は反転する。

「・・・また、か。」

それは、最早怒りすらない、無我の境地でも無い。ただ悲しく、ただ虚しい。欲しかった、やりたかった、希望していた。でも、でも、命が無いから、先が無い。

まだ、生きたかった。また、やりたかった。

それは、もう、精神的な死なのだ。

ああ、誰か、彼に悲しみを。

空の彼は、まだ、死ななかった。それが情熱によるもので、彼を変貌させようと尚傍に居る。

「・・・理由は?」

駆け抜けるは二人の隙間、風は、その一瞬を遅くする。期待と命の掛かったあまりに重い剣、目標から少しでも逸れれば間違いなく終わりは悲惨なものへ。

「作り話っぽかったな、私じゃ想像しきれない。」

世界は星空が無限の明るさに変わる。それは、真に目の前の恒星に一瞬でも近付き光った存在からの派生物であるという事は変わらない。

それが崩れ去ると言うのなら、今、彼が反応しやすいという点からか。

「なんだと!作り話や笑い話の類だって言うのか!?」

我は消えた。ウォッカとヴェスパーが根幹で合う仕組み、それは、これに起因するのだろう。ガチガチと音を立てる歯車、崩れた部品の集まりが、体を止める。

違う、違うと否定したい。被害妄想が何も変えようとせず、言われた事、それの一側面に固執する。

「・・・ぁ・・・」

耳に届くのに、少々遅れた一言。一側面の望み通り、一側面では希望叶わず。それが、今、奇跡となる。ああ、その通り、奇妙な・・・。

「届けえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

ウォッカの耳には悪寒の幻聴が聞こえた。止まってしまったか、汝。足元には気を付ける事だな。そなたの命を奪うのは、きっとそれだ。天から声が聞こえた。解決出来ない事を教え、絶望させる、いつも通りの天。突撃してきたのは憎たらしい男、ジン。どこかに残ったであろう良心が腕の主導権を奪い、キナリレの首を放す。最早自分に命無く、燃え尽きると共に、落ちてしまおう。しかし、使命は果たそう。残念だったな、良心よ、お前達は片手しか動かせなかったのだ。

撃鉄が、世界に数回の衝撃を与えた。9mm拳銃弾、どう考えても殺すのに至らない弾。ちょっとでも不安になったキナリレを、容赦無く撃ち抜く。

足元が崩れる、老朽化によって崩れた場所に居場所など無い。紐無しバンジー、一方通行のエレベーター、安全の保証は無い。その笑いが、実に痛快で、もう死んだ身だが、あと数秒は凱旋と決め・・・。



痛快なまでもの踏み込みの音、反響と歪みの証明、遊戯は終わり、スポーツとしてのものでは無い、暴力としてのタックルを御見舞いする決意が足のバネとしての起爆剤になった。鼓動が止まない、汗も止まらない、しかし、止まらない彼らを見て自分だけ止まれるなんて事があって良い筈が無い。それは、恐怖は、一種のルーティーンとして働いた。

リレーションというリレーションがテレパシーのように、脳の神経細胞に似た宇宙の雁字搦め糸が全身の坂本龍馬だ、間違いなく、これは究極だ。勇み足の反動でまた足が飛び出る。バランスは二の次、前に出るのが先である。

「届けえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

腕からのめり込む一撃、キナリレをほったらかしに、進んだ道を辿れば一直線も一直線、最短ルートだ。膨張する事も収束する事も無い、殺意無い一撃の重みが時間すらも鈍く感じさせた。

それが、初めての殺害行動の感想だ。



漆「告別式」


一人は行方不明、一人は還らない。

単純明快、才能の一片を握りながら、最期まで一切世間体を崩さなかった奴だと思う。さて、9mm拳銃弾が撃ち抜いたのはなんであろうか。非殺傷性とはいえ、心臓部や大脳、脳幹辺りをぶち抜けば死か無力化は間違い無い。9mmリボルバーだなんて、安全を気にしたんだか、それとも多少の慈悲か。血の迷いにしか思えなかった。

空気は重い、信頼のおける相手が一人死ぬ、それだけで理由は十分だった。片方は罪悪感と高揚で、もう片方は喪失感と魅了で。

魅了というのはきっかけから数歩の前進、指摘された通りほわほわーとした彼女故である。・・・もう1つ位は理由がありそうだが。人は変わらない、数多の犠牲があっても世界が変わらないのは死ぬかそれ以外かしかない故にだ。

他人というだけで人と人は遠ざかる、これもまた、人の縁である。離れる事でお互いの発信は変わっていく、離れるからこそ、それは進む。しかし、まだキナリレの出番ではない。恐るべき人を、信頼した人を失った彼、そこから探る事が最重要事項だ。破滅願望は終わった訳じゃない。



破滅願望、つまり、なんだ、あー、カルト宗教団体にでもいるのか?というか、破滅願望がどれだけのものなんだ?

人は哲学を良く理解していない。哲学を理解していない人間が何になれるか、少なくとも頭脳を活用する仕事、それのトップにはなれない。裏をかく、通常通り以外の方法を使えば出来そうだが、そんなものは計算外だ。哲学というのは数学でいう公式だと思えば良い、ここではそう扱う。経験則、統計学、そういう程度のものと考えてもらえば構わない。

哲学で悩ましいものの一端、恋と愛、それは同じ物と考えたからこそ進まなかった。ああ、破滅願望って、別に己の死と繋がっていないんじゃないか?

さて、推理の時間だ。まずは容疑者、破滅願望の名を被った者の正体から。次に方法という名の凶器。最後に、犯行されたかどうか。

破滅願望、まず、自分が終わるというのが願望の一つだったとして、願望として終わる以外に何かある筈だ。例えばだ、いじめの被虐者は何を以て自殺する?考えた事がある人間は三択あるいはそれらの中の複数に別れる。特定の相手に対する嫌悪、不特定多数相手に対し存在を記憶させる目的、どこかにある可能性としていじめを受けた相手への復讐の完遂。

まず、証拠一つ目、ジンの過去を暴くには、どこからが良いか。ただ、多少のヒントはある。再確認と追加だ。

ジンもまた不治の病の患者である。

ジンはウォッカの英雄気質に憧れている。

ジンは人を影ながら助けている。

ジンは人を殺したがその罪悪感はウォッカ以外にも適用されると本人は予想している。

ジンは仲の悪い二人の間でいじめられたり助けられたり、どちらも恨めないまま過ごしていた。

以上、現時点での彼だ。恨めない、それが変化した要因だろう。革靴の姫様、シンデレラに似ている、見た目以外。

ストーリー的に記憶はされるが、目的とは言い難い。しかし道中に無いことはないだろう。彼は恨めない、それだけで人々の罪を減らしているのだ。だとするとやはり嫌悪感ではないか、三択目は確率的に低いが、今後の動きによっては無いと言えない。

揺さぶりをかけてみるのも一個の手だ。

こいつ、もしかしたら結構マゾヒスティックな人間だったり。

恨めないんじゃなくて、恨まないじゃないのか?

破滅願望、それは、何かしらの人的原因を無視した場合だと死の痛みを味わってみたい、そういう節もある。それは死ぬ事以外でも達成しようと思えば出来る。

知的好奇心、それが根幹にある以上その先は複雑怪奇な物に仕上がっている。ケーキのクリームの絡みつきのようで、どこか心地よく出来た、海綿体の上位互換の様な存在。

破滅願望、痛みに対する執着、知的好奇心、英雄気質に憧れる。それも、全ては痛みや恐怖のため、恐怖という、己への責め立てのため。

凶器は自ずと見えてくる。そうなると、やはり犯行というには不完全、究極的な一手を受けたという訳では無さそうだ。



記録者は既にヴェスパーに移っている。というかここには二人だけでなくもう一人いたのだ。マイクロチップで一人落ちた事実を受け、姿は出さない事にした。通信機能の無いそれに頼れないのだ、いざこざは極力回避したい、しかし死なれるのは少し不都合だ。

それに二人は気付かなかった。

二人は会う、私は気付いている。一番マトモな部屋に進む為だと、一日が過ぎようとする深夜に見た。寒さという感覚の麻痺を呼び寄せるものによる異常な場所での寝泊まり催促。

記録に関しては問題無い。以前調査に来た団体が置いた監視カメラを残していた筈だから、弁当と飲み水を置いておき、そこから監視しよう。

恐らくだがウォッカが電気の管理を把握しているのだろう、マップの余りを手に、それの部屋を探した。



「冷えるなぁ、ジン君、ちょっと寄ってくれる?」

「は、はい。」

そわそわ、よそよそ、擬音という感じの静かで無視される音やイメージに人は執着し吸い込まれる。音量は不明、それが結果を物語る様に人の首はどうにも竦んでいた。

彼女は一切動じない。勿論感情に対しての意だ。しかし動じないというより周りを動かす様な、回転寿司じみた動きが何やら不穏を誘う。

甘ったるいムードは彼女の好み、心を惑わす乳製品、クリーム色の空気に漬け込みかしこみかしこみ刺しまくれ!

「ねぇ、これからどうなるんだろう。」

素朴で単純だが、運命を決定させる一撃にもなり得る一手、人は彼女を魔女と呼ぶ、それは彼女のこれの故。結果としては頼りない、ウォッカという人間はある程度の自己完結性があったから彼女を選んだのかもしれない。

恥じる事もまたそうだ、俯瞰するというのがここになって、普段は動こうとしない癖に動き始める。無駄どころか害、高速道路で逆走する事に並ぶ蛮行。血濡れの目が正直な心を表す。

「僕は、そこまで絶望する必要は無いと思います。」

血濡れ、蛮行、時に蛮勇は人を調子に乗せるほど勇者としての片鱗を見せる。やれば出来る、それはここに打ち立てられた。

「ホテルなら災害に備えた物があるはず、電気といい、建築直後に挫折した物だと紹介で把握したので、まだ保存食も残っている筈です。」

一方、ヴェスパーは唯単なる約束から、分かりやすい場所に置いておいた。保存食の缶詰めチーズケーキを先にくすねて水も持ってきたので当分は問題無い。ドアを完全にロックする。衣食住がここで完結する辺り、ブラック企業じみたものがある様に思えた。それに同期しているのか、分担された様に上手く会わない様に動いている。弁当も水も、開けて置いた保存食も、逃げられた様に思われたヴェスパーも、最早完璧な位だった。人は運命を信じる。人は運命に惑わされる。それが、今回は吉と出た。

流星の音、光は美しく、切ない。思想を穿つ一閃は彼等の目にもまた届こうと。しかし、上を向けば前が疎かに。それは背景として飾りになる程度の役割しか果たせなかった。

「ラッキー、ですかね。」

扉を開ければそこには袋が。しかし既に人生はどん詰まり、王手と大差は無い状況。蜘蛛の糸はマシという意味で使われ、それは決まった未来に落ちるかの様な気もする。不治の病なんて都合の良い物が存在する、それだけで終わっているのに。

開けられた扉を少し押せば、目的の物が。

「保存食、やはりありましたか。水道もポットもありますし、使えます。」

使えるなら、それで足りる。最後の晩餐は気分に悪くないものになりそうだ。箱一つ、角を抱えてそれを持つ。先に歩く度にそれに対し粘ろうと噛み締めたりと、全身に対する負担が個人的な思い出や恥、そして奮起を巻き起こす。

扉が開く音がした、誰も開けていない扉が。それでも彼は進み続けた。流石に今、性癖どうこうの話は言ってられない、今だけは、せめてと、何かに縋る。

「割と近い・・・しかし扉も閉めておきましょう、扉が開くのは建築物として問題があったりする、なんてこともありますから。」

流石にその鈍重な扉がそうなるとは・・・方角は違うから、としかフォロー出来ない。

そして、扉を閉めた時に初めて気付いた。そこに付いた血痕に。一瞬のどよめきや焦燥、繰り返された時間の中に自分が驚かないフィルムは無い。

「・・・いや、これは新しいものだ。」

一人、心当たりがある。即ちウォッカ。今はどこかで息絶えているであろう彼、ここ医療道具が無いか探したのだろう。しかし血痕はここまで、閉めた扉を開けようとは思わなかった。

ウォッカの生命力は、やはり英雄と認めれる物。執念というものの恐ろしさが彼のそれらしさとして働き、常に本気という状況が成せる一個の技であったと、そう言える。

「どうか、安らかに、苦しみには終わりがあります。」

殺気という幻覚を落ち着かせる、自分への刃、安定のために切り捨てた部分は決して痛くないものでは無い。それは、どうもならない傷である。しかし、成長の証でもあり、畑に種を植えるために穴を掘るようなものだ。



弔いを済ませたら質素な食事の時間である。心は軽い、食事の快感は唯一性のある生まれつきのものだ。視覚障害であっても、聴覚障害であっても、食事をつまらないと罵る事は無い。自分が一人の人間であるという再確認として最高峰の力と喜びを秘めた不可侵の時である。

黙示録の丘を踏破した先、怪談話の終わり、四人の騎士が降り立つ地上に足跡は残る。即ち、死がそれを分つとも。人の忘れてはならない心得が一つ、冷えた器の吐瀉物は熱を離す。しかし熱は留まる。彼等は注がれた器の中に呆然と問題として残り続けるのだ。

瞬間と明示は表裏一体ではない、であるからこそインスピレーションとして全ての記憶する器官で忘却の無い思い出としてその片隅に一生残り続ける。

特に揚げ物というのはナトリウムとカリウムのループで実現するらしいが、そんな事はどうでも良い、形状として、変化として、移る味の星々が口のどこかに残る。ディープキス体験版とも言える程の絡み具合と深海探査のソナーじみた波が、また破裂と追加を繰り返し車窓を見て景観を楽しむ転々としたひとときを一生のとあるページに新しく刻む。

秒針に終身、シンという読み方をする文字の特別性が比翼連理の如く、流水に混ざり、渦の中に入る。混沌とした世界は当然ながら目を逸らされて見られない、食事の魔性は外なるものを拒む程度には強いもので、届かない気持ちはどうしようも無い。

黄色の山の上、魚一匹居ない秘境とも言える場所で食う食事はそれこそ無駄だ、人の集中力を鍛えればこの程度は出来てしまう。道筋もそうだ、だからこそ、前が見えない。

エイプリルフールにはどんな嘘をついただろうか、それは今、気になるという程度の事になっては気にしないままで言いやと思う事でもあり、彼の執着は剥がれ始め、冷えたササミに入ったチーズの苦味を感じなくなる程度に落ちてしまう。

しかし、それは味の単純化により、王道的なものを選べる。脇役を撤廃させ、一人にスポットライトを当てたソロパート、ミュージカルならば外せはしない、ほのかに寂しい、溌剌としないパートではあるが、魅力的というか、不意打ちと言うか、主役を知った人間としては主役の欠点まで見えるという点でまたそれも面白い様に思えるのだ。

味の散るさまは舌の上で行われる、観客が各々の嗜好を持つようにそれもまた、嗜好の上で成立している。孤独で惨め、盛大で満足な、そんな食事であった。


隣にいる存在が面白いものというのなら、少々気が向いてしまう。映画のエキストラでもラジオをぶら下げているなら誰か分かってしまう。表舞台に立たない存在が、前に出てくる時代、自分の想定外というものが余計に彼という存在が気になってしまう。

「美味しそうに食べるんだね、私、料理は得意だよ?」

ついうっかりだが、悪っぽい、得意な事を話に引き出して使い、相手の嗜好をまた探る。英雄の誰かさんみたいな鉄壁さは無い、しかし、だんだんと寄り添う彼女は、最早押し倒しに等しい所業を行っていた。

それに追い詰められたジンは歴代稀なる心臓の爆音が我慢ならない程度の新体験と興奮しつつも、道を外した事のある人間の様に、冷めている部分を感じた。

それはやがて愛へ、恋という存在が明確な愛であることを表白した一瞬であった。


捌「エントロピー」


熱というのは分散する。というか時間はそもそも分散を促すものだ。写真は時間が停止してあるからこそ分散しない。成長し、やがてくたばって、終わりを迎える。その間は、ゆっくりとした時間経過の中で明確な描写と斬新な構図、そして殺陣を行う事によって終わりと言える終わりが構築出来る。

終わりというものを知りたい訳じゃないが、節目というのは気持ちが良い、肩の荷が降りた時に痛みという痛みが漸く味わえると言うのだから。マゾここに極まれりが別だ。心臓に対する負担はこれから重くなる真っ最中、殺陣に移ることが出来なければ脱出手段も無い、まさに言いなり、結果に拘りつつ最難関たる過程を突き進みがちな人間はどうもこの手のものを避ける当たり、足元が疎かである。

しかしそれをエントロピーという表現するのはどうか、大いなる自然に解決を委ねるというのはどうなのか、ウォッカに煽られる姿もまた無惨で、気分にポテトを付けてくれる。

無くてはならない、厳しい味。試練として何時かはあるだろうと危惧した事。苦渋、という事だ。全くの別物にして僅かな引き返そうとする意志が一人取り残され、そこに慈悲で仲間が集った。

先はどうなるか、全く分からない。

心構えとして、明確な事を出そうと模索すると、先はどん詰まりと諦める声も聞こえた。それも全て、迷宮入りという文字で締めくくられてしまう。

自分がどんな人間か、哲学的な事と評される気の迷いは今回ばかりは信用出来ない。自分の破滅への一歩を踏み出す足が、信用ならなかった。

「僕が、そんな訳ないでしょう?」

足が覚束無い、血圧は上がる、温もりを手放した身体は、やはりエントロピーが働く。信用出来ない、怪しい、怖い。恐怖というものにいつも突っ込んでいた、新快感として魅了され近付いたそれは、今だけはとても醜悪に映る。場違いで、空気に合わないものが、変化が唯嫌いだった。

被虐に被虐を重ね、見捨てられるべきだった自分という役が最早終わってしまいそうなのだ。嫌だ、受け入れられたくない。僕は悲劇のヒロインを演じ切らなければならないのに。

被虐の残酷さを示す為、痛みを知り、理解し、共に生き、最期に奴らへ贈ってやろうとしたのに。

生まれた頃の自分は目があまり見えなかった。音が聞こえなかった。耳が悪くて言葉も大して話せなかった。触ることと、味わう事だけは出来た。ただ、味わう事と触る事。自分の人生にはウォッカが大きく影響している。彼が英雄らしかった頃、助けられた一人だ。唯、彼に救われたっきりで、他の人間は皆、嫌ってきた!・・・ウォッカは、今は態度が違うが、素敵だ、かっこいい。道に迷えば手を引いて導いてくれる、聞こえないものは文字で表してくれる、聞こえない言葉を、こっちの立場に合わせて考えてくれた。複数人の時もあったが、一番行動して、一番助けてくれたのは彼だった。でも、殺してしまった。約束通りに。あの彼が、英雄としての栄光が途絶えたあの日の約束を思い出したことによって。痛みで教えてくれたのは世間の厳しさ、彼はちゃんとハグもしてくれる、殺したい訳が無い。痛みで理解出来ると、教えてくれた。話せなくても、伝えてくれる彼が。嬉しかったのは、筋肉が盛り上がった時。ほんの僅かだったが、肌の感触も違って、前よりも甘い風を味わえるようになった。彼は破滅願望が嫌いだって聞いたからか、それともツンデレなのか、やっぱり、僕を嫌う。でも、彼だけは好きだった。

そんな僕の周りが変わり始めたのはつい最近、女性的な見た目、というものが需要に合っていたのか、周りは誘ったりしてきた。前まで散々唾を吐いてきた連中が。ウォッカという優しい存在の見た目どうこうでやがて彼を見捨てていくのを見て、自分でも嫌な気分になる。痛みを知った僕は、痛みを誰よりも理解出来そうな自分は思った。彼の痛みを和らげてあげれないかと。女性的であるなら、少し女らしくなってみようと、彼の周りにいた方々を超えてみせようと、僕という存在はまた変わっていった。

僕は、彼の辛そうな顔を見た、怒りに染まった彼を見た。彼は、恐ろしい存在になった。でも、殺した理由はそんなものじゃない。僕は、彼を苦しませたくなかった。辛い、あの顔は、怒りで抑えられた涙があると、よく分かる。人が話の種として利用しようとするような表情、それの意味や痛さが痛い程分かる。唆された、同調した。結果、彼を落としたのだ。

どうして彼をこんな方法でしか救えなかったんだろう。どうして、どうして・・・。自分は、彼がどんな形でも彼という根本が同一で彼と分かる存在なら、どうなってしまっても構わない、生きてて欲しい、それを第一に考えた。

ああ、でも、彼を知るにはキナリレと一度付き合っても良いのかもしれない。彼女の違和感が残り続けると、もう嫌なのだ。彼女は違う、彼女はダメだ、彼女は足りないのだ。自分は、平静を装う周りが嫌いだからか、彼女に同じ物を見出してしまっている。独断専行・・・それに限らず、一人でも人間らしく善良であり、決して変わらなかった彼とは違うのだ。

脆く弱ければ、特別秀でたものは無い。揺れる心、良心的な心が・・・。どうせ、彼女は忘れるのだ。人間なんだ、彼女は。だから嫌いなんだ。

「でも・・・自分が悪いのか。」

きっかけを作ったのも、全部自分だ。責任などを請け負うべきだ。誰かが果たせなかった夢を今ここに。鈍ってしまう。弱ってしまう。どうしてもと思ったところで、無駄な余命を減らす事にしかならない。

あの火の中で起きたのは、彼女を助けた事だ。どう映ったか、どう見えたか、それがこうなった。

「・・・ウォッカって、すごいなぁ。」

どうしてだろう、彼はあそこまで徹底しているからか、やっぱり一線引かれているような気がした。差異が見えないか、自分の過去を探ってみる。女の衣装に身を包んだって別段態度を変えない、独自性を保ち続ける彼、どこかキナリレに似ている。決定的な違いがあれど、ではない、あるからこそこうできる。

「自分って、弱いなぁ。」

どんどん自分の評価が低くなって、彼に助けを請いそうになる。でも、もう応えてはくれないだろう。目が見えない、声が聞こえない。

でも、なんて言うか、分かる気がする。

「・・・だよね。難しいけど、やってみる。」

顔を叩けば化粧じみた赤が浮かぶ、技術は進み、耳は治った。前よりも良くなった。それがどうしても気に食わなくて仕方ない。


天体で見た星々は、やがて見えなくなる。それが星々としての役目だ。星という存在、強大であればあるほど、短い時間しか過ごせない。変化の少ない惑星を平和と呼べるのは、あの火の海しか無い空間よりマシであるから、なんて事もありそうだ。

ウナム・サンクタム・・・ウォッカたまーに言っていた言葉が気になる。どうしても思い出せない言葉達。なんでも知ってるなぁと感心しつつも、癖が強いと思ったりもしてしまう。それがそれを彼たらしめるのだが。

決断はまだ鈍る、それが意志でないために。

反響を繰り返す後に意志は確定する事は無かった。感情的な彼奴に出来るかどうかを問われたら出来ないと答えるだろう。

月の夜よ、どうかひと時の気の迷いを。

この形は崩れてはならないのです。

僕の想いは方向さえも定めれずに沈んだのだと、決定付けてください。

神は星々を見上げる。見向きもしないのは英雄もそうだ。であるが故にそうなってしまう。幸せになれない、このままでは幸せにはなれないのだ。



地獄か、天国か、あるいはそれ以外のどこかか、遠くから声が響いた。自分が恋してやまない人の声が。

しかし、決断は下された、彼は居ないのだという頃が幻聴であるという予想に拍車をかける。

不思議と勢いづいて、迷う事のないまま先に進む。幻聴でもなんでも良かった、彼はまだどこかにいると、使命を全うしろと。

隙間風を聞き間違えたと、伝える手段は無い。信仰の力は神の寵愛に非ず、己が心である。神が空であるならば、その神はすなわち言語的な存在、物質的側面を失った存在なのである。神は己にあり、彼の中の誰かが、神として原動力になったのである。破滅願望の残る道のりは半日ちょい、前人未踏を駆ける意志こそ彼の望みかもしれぬ。

さて、彼自身の破滅願望の解決はやがて成就しそうだが、もう一人盤上にいる人間はそれをどう思うだろうか。



「一人・・・一人かぁ。」

涙を他所にどかそうと、その涙は拭い切れない。

それは圧の涙である、過去を抱え持つ涙である。救いを求める彼女は、特定の人にしか救われたくないからこそ隠し続けたのである。

メルヘンチックな彼女に捧ぐ、その命の終わりまでを。それが、この僕の使命だ。

「一人ではありません、僕が居ます。」

愛する者の真似事、雌雄同体の生き方、自分は昔からこれが定められて居たのかもしれない。雌雄どうこうの次元ではなく、最低限の為の存在。誰かを傷付ける結果になろうと、誰かが幸せにたどり着ける為の抑止力。悪を氾濫させるのを防ぐ悪。生まれながらの身代わり人形、壊されるように仕組まれた存在。それが、ジンという存在であるならば。僕は彼が示した生き方を模倣してみせよう。

「一人は、嫌いでしょう?公的でない血縁に書類も判子も必要ありません、お互いが結ばれていれば結構です。壁も何もそこにはありません。残りは少ない、数時間程度ですが、遊びましょう?」

愛する人に贈れなかった、練習した笑顔、唯一無二なる世界の奇跡が産んだ武器。アームとしてその手を選ぶ策略はものの見事に当たる。

「一緒に、行く。」

彼女は食らいついた。渇望が結果を考えないままそれを受け入れる。親子の愛の実験・・・子供な彼女は愛という存在に脆く、弱かった。大人な彼女であるなら話は別だったが、単純なタイミングの違いで彼は落ちる事は無かったのかもしれない。

「好き・・・好き!!」

求める男の余命は12時間を切った。丁度午後一時の出来事であり、目の前の女の子の為の贈り物、見た目に寄った主神の思し召し通りの出来事だった。


玖「ネゲントロピー」


散ったものはやがて集まる、人故の力と言えるこれらは、誰でも無い彼らを突き動かし、また、瞑想という名の休憩を挟みつつ、変化を与える。前よりも強く、そして何よりも彩られている絆が。それは人を狂わせる一端でもあるのだが。

死は人の思い出を加速させ、一生としては最上級のものに仕上げるための過程である。それが無い死は無駄と言えるものであり、誰かに利用されて終わるのだ。

何事も自分がメインである。主導権は己にあるのだ。その状況が出来上がった以上、タダではおかない。一見すると本末転倒とまではいかないが、あまり見ていて気持ちの良い光景では無い。

「無理言っちゃったけど、付き合ってくれてありがと。」

崇拝の様に物事は淡々と進む。思い切って、というのは切り札があってこそ。切り札が中途半端だったりジョーカーの扱いを間違えれば、結果というのは運命でも救急車でもない、一個の結論であり、すぐにそれが見える筈だ。

段階は踏まれた、あの初々しい自分の面影は無い。誰かを愛しているのに誰かを愛しているフリをしている、背徳感に苛まれるゲームで正確に興奮というものを導き出している。利用こそ自分の現状を打開する策であり、足りない部分を押す方法である。午後一時も、またそうだ。

あの火の中で助けられたという一度の奇跡が、箱の中で起こる波の様にやがて邂逅を果たした。その手の温もりは、死の直前、道中ではあるが興奮という化学反応が熱を起こし人の最も好ましいものへ変わる。

その手は暖かい、その手は柔らかい、その手は濡れている。それが分かる、伝わる。以心伝心でも無いのに、手に取るように分かる。キャッシュレス時代に人間が進化した、なんてことは無い。これが発端なまでもある出来事だ。

ドロップ缶に残った飴を舌に落とそうとする様に、端から端までを官能的に楽しむ。それは本物の押し倒しとも言えるものだ、彼女は倒れる、怖くも何ともないが、安心したからこそ、こうなる。しかし、同時に死へ直面しへこたれる、それに関しては明確な恐怖ではあるが怖いではなく、悲しい、そういう事だ。

唇一個手前の近距離、ガチ恋距離は初心者の王手のように、見た目だけはかっこいい。

「・・・うぅ」

形容し難い、まさにセンシティブ、出来事は急を要さなくても否応なしに早く進む。憧れは今ここに、自分は犯されたいのか全く分からないまま、その身体を寄せる。

優遇された気分はどうか、彼女の笑い声は美しいか、いいや美しくない、僕は彼女の美しさに目を向けた覚えはない、可愛いと思っただけであり、美しいのは彼一人だ。人を適切に評価し美しいと呼ぶ彼こそが一番美しいのだ。

「子供みたい・・・」

自分の浮ついた気持ちは、あと一言を欠損させる。それは誰と誰のものかなぞ言うまでもない。自分は彼女でありたく、彼女は僕とありたい、それが噛み付き合って歯型が残るだけ、彼女と僕を決定させる一手にはならない。

「むぅ・・・。」

一瞬落ちた気持ち、ウォッカを支えた時とは違うものだ、彼の弱い部分を補う時とは違う距離感が、家族愛とは違う、恋という別のものであると知る。ここまま終わるのなら、恋のままであって欲しい。愛であるなら激しいものが良い。

構成の無い物語、一巻一巻で途切れる御伽噺、ナーサリーライムの終わりは果たして自然の摂理となるか、ハッピーエンドも何も、誰を主軸としたストーリーなのか分かる筈も無い。それは彼女に入り浸る思い出であり、それは彼女の心に残る無念だ。

努力は理論値だけでも努力ではあるが、夢見るとはまた別だ。計画というものを夢と言うのなら、拳銃で頭を撃ち抜くと良い。それらの差異が、愛と恋を決して届かぬものへと変貌させる。

「私のこと、好き?」

それが、もし、彼が好きを好きという以外に追加で唱えているとしたら、奇跡というには歪なものとして存在してしまうのだ。奇跡というのは正真正銘であってこそ価値があるもので、最初から最後まででやっとの作品である。

奇跡として描かれるそれは、彼の望みなどでは無いのに。所詮は破滅願望、人間がどうあるかによっては無かったであろう存在。

死刑囚のパラドックス、それが破滅願望を引っ掻き乱した。信じる心こそが己の束縛として、鎖として足を違わせ、外す事になる。やがて減る選択肢、予測不可の生涯、一つ自分に残った矛盾。それらが擦るのは心以外に無かった。

しかし、敢えて言おう。これは商売と何ら変わらない、つまり、知略と表面寄りの出来事が現状を決定させるのだと。嘘でも本当でも構わない、マシな結果を。

「続けましょう、貴女は私が好きなんでしょう?なら嬉しいです。僕には、そういうのが分かりませんから。」

現実を歪めて形にする。それは人間としては少々大人気ない行為だが、どうしようもない時に言えるような台詞でもない以上、正解だ。

「まぁ・・・む、それってなにか裏がありそう。」

感銘を受けているところ残念だが、という感じに戻される。浮ついた気持ちは浮ついた気持ちであり、気持ち良くても人間の一生を見渡して良いものとは言い難い。

「裏も恋愛脳でいっぱいでとても見せれない状況で・・・それくらい好きなんですよ!」

ただしキナリレではなくウォッカに向いた言葉である。ウォッカがこの光景を見てどうコメントするかは気になるが、残念な話にもう一つ問題があり、それはあまり良いものとは言えない。

「恋愛脳・・・、でも、本当に私を愛してるの?恋してるの?」

それは、悪として成った。それは、変わってしまった。あの愛してやまないものに近い存在、恐怖。恐怖という自分の不安定な状況は面白いとは言えなくても、気分的に良しというのはあるのだ。しかし、近いだけで別、つまり今の状況では悲しみ寄りの感情として機能している。

「欲情してるの?脈動してるの?」

彼女は迫る、縋り、寄り、締めて、占める。飴と鞭の上位互換、飴という名の鞭。変な状況がそれを産み、それを起こす。

「・・・してるの?」

明確とまではいかないが、自分の頻繁に使わない単語と思わしき言葉のせいで、反射的に対応出来ない。酷くて荒んだ話だ。彼女は純粋な愛と、誰かに追い詰められた時の反応をしているのだから。

もしかしたら、彼は救うためにああしたのかもしれない。身を犠牲にしてしまう彼の最後の手段の様な気がして。タイミング良く頬が赤らむ、もしかしたら、僕が好かれているから助けて貰えたと、そんな可能性を考えてしまい、赤くなる。しかしちょっと考え過ぎた。オーバーヒート、萎む風船は持たなければそのまま萎む、しかし出入り禁止の様にするとそれは改善しない。

想像を絶する気持ちの良い感触。肌とはここまで進化出来るのかと、絶句する。意識を留める、痛覚が電流による通達で全身を駆け巡る。先は誘惑か、克己心か。持久力を賭けて克己心に向けるが、外的要因の強さはどうにも桁違いなもので、勝てそうになかった。追い詰められた池の蛙、跳ぶ事以外に手は無い。愚痴は言ってられないと、身体が喝を入れる。三次元の脅威を刮目せよ、お前が見るのは一次元上の怪物だ。将棋の駒が空中待機する暴挙は、火蓋とは別、火がより盛り、それは確かな一瞬を得た。

「彼に認められた以上、僕が上ですよ?」

誰が後ろにいるか、分かっているだろう?彼の後ろには、彼が最も信じ、愛する者だ。彼の目は間違ってはいない、そう信じた。苦しんでいる彼を、ほっとけなかった。それは、ただ苦しんでいるのを遠目に見ただけだ。

「・・・そうなの・・・ね。私の戯言に付き合ってくれるなんて優しいのね・・・でも、私は今、どっとやる気を無くしちゃった。」

すすり泣いている訳じゃない、これは当然とは言い難いが、自分は彼の様な運命にある。次はヴェスパーが殺しに来るだろうと、混乱状態のまま静かになり、平穏でない彼女がそこには現れた。それが我儘言っている、という事も重々承知だ。

「僕は、僕自身の気持ちを裏切れません。貴女が一番ではないのです。でも、嫌いかと言われたら・・・好きな方です。僕は、昔嫌われ者でしたから、貴女は、そんな対応を一度もしなかった。彼ほどの対応ではありませんでしたが・・・彼なら、良い。彼の為なら、拒みません。きっとそれには意味があると信じています。僕の生き方も、努力の方法を教えてくれた彼の通りにやった結果です。その努力にとって、貴女は少々不都合があるんですよ。」

上下の物理的な交代は、それを色気付ない。ベッド上で待つ少女、なんてタイトルにすらならないのだ。ましてや床の上、下着の湿りを拡大し恐怖を表すか、絶望としてこの構図を影で覆うか。それが、時に抵抗を起こす。

「・・・この、ホモ野郎がよぉ・・・畜生・・・。」

奥歯を噛み締める、舌を切り自殺する用に酷く惨い傷が残る。それは、象徴である、血が隙間から垂れた。公園の中心を彩る様な、あの噴水に似たものだ。

「・・・諦めては、いけませんよ。諦めなかったら完敗だったのに・・・。」

本性の片鱗に、彼は応対する。性別の先入観が捻じ曲げられた様に性格が交差する。

「そんなに怒っても、そんな顔をしても、分かりますよ。貴女は、変わらないと。それが、彼に好かれたんでしょう。でも、分かっているでしょう?彼に自分と共通している部分があると、そして自分はどうして似ているのに結果を出せなかったのか、疑問に思っている時点で、貴女は優しいのです。今からでも・・・そう難しくありません。」

ジンは、ウォッカの後を追った。英雄の真似事、それの意味はきっとある筈だ。しかし、それは自分の残る問題を放棄する事であり、命の終わりを徐々に感じる今。涙と腰が抜けた彼女を後にして去らなければならないのだと、去って、終わらせないといけない、そう急かされる。数多の桜が咲き、幾千の蝉が落ち、数十の日没を見て、数百の日を過ごす。それが、耐えられるだろうか。非常に酷な話だ。唯一の愛人を失えば人生は色褪せ、崩れ、狂った事を自覚しながらも解放を求めたり、涙を拭い笑顔という仮面を被る。だが、これは分かる人間にしか分からない。信用しないとか、笑い話とか、そういうので済ませる人間共には決して分からない事なのだ。だからこそ、自己犠牲というものは重い罪となりえるのだ。



適当な部屋、鍵が空いた部屋が少ない上で、外から侵入出来ないように鍵がかかったホテル、間違い無い、これを出来るのはウォッカかヴェスパーの二択である。

中に入ると、綺麗な空間であると同時に、どこかにカラクリ仕掛けのものでもあるのかという程に狭かった。

箱や棚、書斎だ、ここは。一個思い浮かんだのは、ヴェスパーが所有しているという可能性だ。病院が焼かれたのは不明だが、火事で消してしまえばあの施設自体はどうにでもなる。彼のバックや上が気になるところだ。

段ボール漁りは気持ちの良いもので、整理整頓がそこそこされているのでテーマパークでの宝探しの感覚だ。

「えっちな本だ。」

DVDとかもあるがやめてあげて。そういうのはプライベート中のプライベートなんだよ。

「女の子の衣装ばっかり、そういう趣味なのかな?」

個人的には嬉しくないと思うが、違和感が後から追い付いてくる。あの忘れ物をしたら追いかけてくる兄Bみたいな動きだ。

切った跡や、縫い合わせた跡、血の着いた針や糸もある。不安が過ぎったが、消えた。それ以上の嬉しいものが見つかったのだ。

彼は、一個、とんでもないサプライズを残していった。箱詰めの、数個のプレゼントボックス、そして、それぞれに貼り付けられた名前。

ウォッカは不治の病になってからまだそう経っていない、多分だが、ウイルスと仮定すると僕のせいだ。彼の怖い一面を見て、距離が縮まらなかったのが今でも悲しい。だが、彼は感染しているのだ。どこかのタイミングで、それだけ近付き接触したのだ。

「可愛い、ドレス・・・。」

高級感溢れるそれ、いや実際にそれは彼の手を施した部分以外は高級だろう。胸が自分の素だけのものか、多少膨らませたもの、豊富になる様に作られたものまで、そこにはあった。

試しに着てみる、そんな名目で死ぬまで着る予定だ。



什「メメント=モリ」


いや良く考えたら別に喜ばせる為とかそういう意思はあるけど実際の所別に女装趣味でも無いのに渡されても困惑する。どこぞの漫画家が「それは男の娘ではない!女装少年だ!」と力説しているのを思い出す。

「・・・まさか、これ全部、誰かのためのもの?」

山積みどころか、倉庫そのもの、通販業者や海外の大手企業に匹敵するコンテナに見えてしまう程の箱は、贈り物で埋まっているのでは無いか?

だとしたら、だとしたら。予めここを支配している・・・つまり、宗教関係の廃ホテルという話が変わってくる。

憎悪はそこで終わらないと、天は呟く。そう、もっと、大きく、深い闇があった。

廃ホテル、というのはウォッカの呟きだ、つまりホテル廃業なだけでホテルではない別の何かとして使っているのかもしれないと踏む。ホテルではないとしたらアジトが一番良いのかもしれない、場所が場所であり、更には彼のバックに一人お嬢様がいるって話だ、一人でなくとも複数人バックに居れば、オフィスやアパートとして再利用すれば採算は十分取れるのだ。ちゃんとWiFiも存在する、だから警備室もあり、電気も動かせる、IOT家電と言うやつだ。ウォッカは法律を破らない、何があっても、だとすればここは私有地なのだ。すると芋づる式に病院まで疑いがかかる。

だとすれば、だとすればだ。自分の人に対する恨みのお膳立てを僕に対して施したのでは?それだけ信頼し、考え、僕という人間の一貫性が自分より上だと認めた上でやっているのではないか?そして、自分達を保護出来る空間を作り、ついでに多くの人を救える手段を使い、誰かがそれを崩す切っ掛けになったが、このまま進めば多数の人への反省点として残し、彼の功績が利用されて今後も多くの人が救われ、彼と親しいヴェスパーの株も上がる。そして・・・キナリレは・・・まさか、不治の病は、彼が作ったのか?キナリレという人間を閉じ込め、性格も見た目も、彼は欲しがった一心でここまでするのか?

「すぐに、彼の所へ行かないと!」

彼は、地獄か天国、少なくとも自分がいるところと違う所に駆け出した。走る人間を止める所業を誰が行おうか、いや、今は居ない。

英雄を救うのは、次は自分だと思い知る。


クライマックスは足早に。段階を踏むには浅く、尚且つ高い。飛翔した物体を落とすのは難しかった。

だがしかし、数個程度ピースが足りない。そのためにこれの全ては知れないのだ。

階段の下、段ボールは軽く、退かしてはいけない風のものなのに退かしやすい、当たり屋レベルの所業だ。そこには扉があり、その所業を向こう側からされたとはいえ、罪悪感を多少噛み締めながら先へ行く。

ドレスを着こなしている場合では無いが、着たまま動く。動きやすい構造、温かみのある質感が、自分を離さない。

いや、聞いた事がある。ウォッカとはそういう与太話だったり、豆知識が多いし、活用する事もある。それがもし、そうであるなら。彼は最早行動力の化身を超えた現人神と言っても過言ではない。

突如暗くなる場所に、突如暖かくなる顔。これは間違いないと、確信したものでもあり、安堵であり、未知を見た興奮である。

広い空間はパイプで埋まっていて、極彩色、虹というには少々差異がある色共の祭典。文字の詰まったメモやノートがそこら中にあり、機械はそこに存在する。

培養液漬け、一瞬ホルマリンかと思ったが、色で判別すると違う事が分かった。油冷式コンピューター、培養液に入っているDNAストレージ、大量のメモ。

「・・・そうなんだ。」

死刑囚のパラドックスは信じないと成立しない。そういう事だったのだ。矛盾はどこにも無い。彼という存在の別側面を信じ過ぎた僕は、ここに敗北したのだ。

「ウォッカって、僕の信じた以上の人間だったんだ。」



この整えられた舞台は、実に素晴らしい構造だ。予想外の事もあったが、アイツの考え方に拠れば、手に取るように事が進む。

だが、一個不可解な点がある。

恐らく、ジンと同じ場所を指している。だからこそ、あれは何だ、そう疑問に思った。

奴は、底知れない男だ。誰でも出来ること積み重ね、万全を期した盤面を作り、戦う。なら、あの大きめの影の正体は自ずから出てくる。

疑問の解決といこう。

ホテルと病院、仕組まれたもの。

前提ですが、文章記載のものに加えて、病院の炎上は事故によるもの、ホテルは所有者が代わり、オフィスとして使える。ウォッカの仕掛けた物。何か、というのは機械。しかし機械が培養液漬けであるため、分かりにくくなっている。正体はAI、培養液はメモリーとして扱っているDNAストレージ、1グラムで1ペタバイトとかいう規格外のサイズ。そして目的は不治とされた病の解明。記録をとり思考し、前例やパターンから脆弱性を見つけたりするのが目標。ホテルは病院の近隣に建てることで情報収集を効率化していた。ウォッカが病院に作らなかった理由、一つは病院が庇護下に無いため。ホテルに作れば協力者が多くいるため、解決可能。AIの制作は数十人によるもので、ウォッカは英雄らしく自分だけが助かったら他の人を救える様にする、という英雄性の現れ。・・・被害妄想も、英雄性も、やろうと思えばここまでするか。感染症の隔離、というのは本人が誘導するために仕掛けたものだろう。オフィスがあり、病院がある。明らかに貧民には通えない、マフィアのトップが居そうな上流階級向けの場所。上手い事出来ている。



ジンは見た、理解した。自分の耳がどうして良過ぎるまでになってしまったのか。

最初から、聞こえていた。うるさくて聞こえていなかっただけで、聞こえていたのだ。自分という存在が受け入れられなかったからと思っているといつも違和感がある。しかし、ノイズはどこかの点で無くなったのだ。あの優しい声を聞きたくて、喧しい声でさえも聞いた。それが暗示するのは運命じみたものを肯定するような趣旨で、聞くに絶えないものだった。

それがなんと言おうと、自分はそれに従わない。正体は、耳が反響しやすい構造になっていたという事も分かった。小さくても、大きくても、確実に詰将棋のように理解する、それがこれだったのだ。

あまりにも加速する時間に自分の中では停止した感覚が元に戻る事を拒絶する。

・・・それは、彼が今何をしたか告げたのだ。

彼は、僕が殺したんだと。狂った時間はもうおしまい。返す事の出来ない恩とそれに加担する罪。崩れ落ちる音が、気分を悪くする。

どうして正気になったか、それは言うまでもない。生への渇望という単語に一番近い、ここだ。そして、誰かを生かし、人生の道を見出すのもまたここを起点としている。つまり、再確認する場所がここで、再確認したのは自分の倫理観。この先の不安ではない、恐怖だ、嫌という程理解している恐怖、自分が理解しているはずの恐怖が、漸く正常に稼働し始めたのだ。英雄は人間を救っても、人間を導く事は上手く出来なかった、というだけの話だ。英雄が彼を嫌っている様に振舞ったのは、正気に戻れというメッセージを伏せた上で行った事であった。結果、遠い未来にそれが叶ってしまった。

ドレスというのは、少々庶民離れしたものだ。それは少し前の話、という前提で話そう。目が悪い人間がコンタクトレンズを入れたりするのと同じだ。だとすればだ、ウォッカとジンを比べてみると、歳の差が少ないパターンが多い先輩後輩の関係、というのが恋心が入り交じりながらも三人称からはその様であった。だが、今はどうだ。少々お上品であるドレスを着こなし、女の子、という存在にかなり近付き、本人的には何ら変わらない状況だとすると、先輩後輩の関係は成立可能ではあるが、恋愛関係という可能性は否定出来ない。そうすると、どうか。自分の愛した相手を突き落とし、正にメリーバッドエンドと、そういう事になってしまうのだ。それが滑稽でありながら残酷なものであると、自覚する。

無駄を重ねて息をする、足元から崩れ落ちた人間に立つ気力無く、怯える草食獣と差異無し。それが終わった問題であるならば尚更であり、恐怖さえ覚えてしまえば、後は終わりへ直行する、仕組みは単純、ウォッカ以外を認めようとしない彼の下なら彼はトラウマを持ち込む連中を肉食獣と捉えるだけだ。

ウォッカの血が、そこにあったのだ。滴り、落ち、乾燥した血が。食糧やもう一つの梯子を見れば分かる、スポットライトを外れた人間の、精一杯の努力だ。そこに死体も何も無い、残ったのは無念、留まれば留まるほど自分という人間の行った所業が恐ろしくなる。

狂い始めはウォッカと出会ってから、ウォッカという人間は英雄である。悪役や悪役の片鱗を持って生まれる人間が数人居たところで違和感は無い。やられ役として生まれた、結果は負けヒロイン、マシな結果ではあるが、殺す事の重みを考えたら悪役と言われてもおかしくはない。

それらなば解決方法はそう難しくない。奇跡というものの力を思い知れば良いだけだ。

いざ、凱旋から帰宅した英雄は、引き裂かれた脚や腕と、傷は応急処置の上でも痛々しさを見せつけてくる。しかし包帯の上や服の話。五体満足の四肢は地に支えられる。

英雄がヒロインを救う者であるならば、彼はその役目を全うしよう。それは、彼の使命であり、目的である・・・彼という人間の尽きるまで、黄泉返りではない、生存が英雄としての役目を果たすキッカケとなった。

治療用AI、恐るべし。そして何よりも恐るべきウォッカはここに降り立った。


「嫌っ!!来ないで!!僕に近寄らないで!!僕は殺したんだ!!」

赤く、気の張った音響。血に濡れた気迫が愚直な彼を進ませ、相手に迫る。脅しがなんだ、寧ろ燃え上がる。

「なんだ?あのへなちょこタックルの事か?改築の済ませてない六階と屋上だからな、多少足を崩したのが原因だ。お前は悪かねぇよ、助かった、こっちは。こっちが私利私欲の人殺しとかいうサイテーな名誉を回避出来たんだ、立派だし、誇るべきだ。」

ドレスを身に付けた、その行為を誘うために箱を退かした甲斐があったと、相手に見惚れながらそれを利用する。着慣れないドレス、そして様々な障害を持つ相手、腕を一回引いてしまえば、脚を崩す。

「怖かっただろ?恐ろしかっただろ?・・・安心しろ、頑張ったな、良く出来たな。ここからは私の出番だ。」

抵抗を封じ込める、圧政者のやり方。それは少々ないんじゃないか、と困惑する程度のものだ。抱え込むにしては重すぎるというものだ。

「僕が救うって決めたのに・・・僕は自ら道を閉ざしたんだよ・・・」

「んな事ぁない、自己嫌悪は後で治せば良いが、問題に関しては今治すとしよう。」

言葉の挟む間すらない、虚構を突くは英雄の猛進、影に太陽を持ち込む行い。もし、彼が同じ立場というものを知った事があるのなら、矯正と理解で、道は開かれる。蒙を照らす啓、発想した結果が、回路の接続となり、はんだごてによりはんだ付けされる。

「・・・誰かを、救ったんだろう?」

あの炎の中、とある少女を救った様に。

「・・・誰かを、庇ったんだろう?」

あの堕ちた英雄、彼の名誉を保った様に。

「・・・また、そうだな。」

今も、助けられたと、理解する。

耳が安心感を寄せる、目が見えなくても良い、耳は聞こえるようになったのだ。愚直な愛が、一度彼を殺した。愚直な愛が、彼を拓いた。自決の刃物は美しい心臓を見せるのだ。一瞬の煌めきは、今が一番の旬である。

「誰か一人を救えるのは立派だ、私は正義の味が大好きでね、だからハマったってだけだ。苦しいかもしれんが、乗り越えた感触はどうだ?・・・気持ちが良いだろう?」

座り込もうとする脚が、彼に密着し彼も誘う。仕方ないなと添えられた脚が、走った後の様に動いている。治りたてだから直に感じれる、というのは内緒だ。

「話す事は多い、かえったら続きをしような。」

笑顔というのは、時に残酷だ。だが、今日に限ってはそんな事無かった。自分の大好きな笑顔が、目の前にはあった。血が足りない頭に刻み込まれたメモリーが、壊れ始めた音、それが自分の最後の諦めと安堵の始まりだった。

「最後に教えて・・・ウナム・サンクタムって、何?」

「・・・良く聞いているな、感心だ・・・」

見えない青空を仰ぐ。彼は、始めた。

其の一 人をよく見て研究する事。

其の二 愛や恋の縁を壊さない事。

其の三 辛くても生き乗り越えてみせる事。

其の四 迷い困る人を見捨てない事。

其の五 今の正義と勇猛な意志を曲げない事。

其の六 本気は好ましい人にだけ向ける事。

・・・それは心に残る死の数だ。誰かに誓った訳でもなく、己が己に課したもの。自分の反省として最優先で行われる事項。

「・・・すまなかった、そういうのがあってどうしても自殺願望とかが嫌いでな。・・・あと、見ただろう?・・・ドレスは、そういう意味だ。『ごんぎつね』に並ぶ悲劇的な作品、『マッチ売りの少女』を描いたドレスだ。ゆっくりと冷え込む空気に、仄かな温かみ。そして、それは、物にでも愛情を感じ取る心。私に一番合っているのは、お前だったかもな。」

温もりを感じれるドレス、彼の鼓動が伝わる、一心同体になった気分、というのはイマイチ違うが、良い部分だけは通じている。これは、復讐ではない。ただたんなる、反省して欲しいという願いなのだから。忘れて欲しくないという願いなのだから。怒りなんかではないと、苦しみとして残ったものが、消えた。

申し訳なさそうだが、怒りを正当化している。今も尚、目に血が走っているのだ。

「大丈夫だよ、なんともないし、自殺願望なんて言われても、自殺したい訳でも殺されたい訳でもないから・・・気持ち良かったもん、誰かの為に怒ってる姿。素敵でかっこいい、僕の英雄だよ。」

身体のパーツが、一個一個終わりに向かう。死んでいる状態に最も近く、人としては尚生きている。そして、誰かの為に生きた。

触り心地で、バレているよと伝えれない。口は笑顔、引きつっても誤魔化せる自身のある顔で笑顔というものを何とか作る。落ちた涙が、自分の目に流れて自分もそうだと思っているのだと、その気力さえも笑顔につぎ込む。デラワーカメラはペアの構図を撮って一人のみしか写さないだろう。

「・・・そうか、幸せにな。」

死開始直後一秒程度、恐怖は消えた。

そして一番大事なものを手放して消えた。何が大事なのかは言うまでもない。彼は大事なものを見失った。しかし、それはヒトとしての物。彼の中での大事なものは何一つ欠けやしなかった。

「スンミス・デシデランティス・アフェクティバス、この憐れな子に、祝福あれ。」

魔女狩りへ、鉄槌を一つ贈ろう。自分への罰はそれからだ。無い脚になにも願う事無く、その遺体をそこに置き、去る。


分散はやがて収縮へ。

終わりを見るのはかの女。

死因は病である。

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