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死屍涙々  作者: 伊阪 証
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テセウスの船 前編

・・・十月迄に書ければ良いなぁ。

テセウスは覚えられた、しかし彼本来の姿は未来にはない。

葬式で遺体が処理された時、私は彼女を失った様には感じなかった。

故に、死が彼女を失わせたが、それ以上の事まで、辿り着く事はなかったのだ。



本質的か周辺的か、堕落というものを考えるならばこれらの思考は重要なものとなる。彼という人間はそれを象徴し、自分を書いている様で他人ばかりを描いてしまう。他人依存とは言わないが、特定の他人を絶対に必要とする性格をしているのだ。

平凡は猪口才に感化される、天才は弱者を歪ませる。それは悪い方向ならば排除すれば良いだけだ。弱者支援や人権派の皮を被った悪人の仲間が現れるだけで、トム・クランシーの言うフェミナチよりかはマシだろう。攻撃的(アグレッシブ)教官(アグレッサー)は近いものこそあれど幾千万の差がある。

だが、彼の場合どうだろう。周囲の才能により良くは出来た、しかし、感謝というのは意外と軽いものであり、印象を傷口として言えば納得が深まる。心理においてはトドメ程印象に残るものはなく、それは支援の数ではなく支援時に最も短く、大きい影響を与えたかが重要になる。百回の浅いキスは、一度のディープキスを上回れる道理が無い。

故に、弱者支援が善良なものであってもそれは一生を壊し、立ち直ったとしても深々と残るのだ。

薄気味悪い世の中とは、こういう思考に至れる時代を指すのかもしれない。悪人さえも救われない、異常な世界。

彼という存在は救われないという運命から解き放たれる事はなく、孤独に自然となってしまう。


「良いですか? 貴方は早く因縁を捨てなさい。ここでは貴方は狂ってしまう。身の程知らず、とも言えるわ。友人も大切ですけど、自分を見失い、自分の目標を諦めてしまうなんてあってはなりません。」

私はそう告げられた。

「どうして、誰も・・・。」

「それは宿命に過ぎません。人生経験であり、ある種の呪縛です。凡人よりも劣った存在であるのに多少の触れ合いで貴方は変わってしまった、多少とはいえ賢くなってしまった。・・・そして何より、歪んでしまった。そして、貴方自身も多大な影響を与えた。恋の盲目は反動あってこそ。シャーロットと結ばれれば健康であっても心臓が持たずに道半ばで去り、四十年孤独を生きる事に。レムを選べば愛らしく養子や性転換等色々出来るでしょう、しかしそこ子供や子孫に至る迄に責任を持つ事になるでしょう。メアリーは生まれつきの病弱、どの道長生きは出来ないでしょう。それに先の理由が加われば尚更。・・・そんな風になって楽しいもののそれ以上に酷い事が起きた、それだから離れるべきよ。貴方自身の為に。貴方の命の為に。」

そう、彼女は突き放した。

「コネ入社や一族経営とは、基本的に才能ではなく、一族の成功者の周囲として才能の光を強く受け、捻じ曲げられては戻れなくなった人の事よ。貴方はああいう悪辣になりたいの?・・・ここで、もう心を殺した方が良いの。私達も貴方も、一般より多く恨まれる。自分のしでかした事は自分の命を狙われるという圧力と実際にそうなった時の実害で支払われる・・・だから、早く、去りなさい。振り返ってはダメ。」


常々思う事は幾らでもある、しかし、実際に思う事は少し心苦しい。悪意を多少含む行為であるそれはとても良いとはいえないのだ。

敵意は彼を追い詰める、攻撃した事実よりも攻撃しようとする明確な意思の方が恐ろしいのだ。前者であれば、まだ救いようがあるからだ。

人間不信、それが彼の内面を覆っていた。

生きて手放すのも、死んで手放すのも辛い。だが、後者は子供の持つ性質に囚われ続ける場合にのみ悲しむ総量が前者と同じになる。例に漏れない彼は悲しみとそれに呼応した感情に苛まれる。

私は嘘偽りが嫌いだった。しかし、それに生きる事になる。過去の栄光は暖かく、自分の唯一の拠り所なのだ。創作や妄想と言われれば、その人間はきっと私を殺したがっているに違いない。

明日もそうあれかしと、望む。頭の中に生きている私の友を、いつまでも考え続けるのだ。


黎明の頃、夜更かしの中で私は正解である選択肢を見つけれずにいた。

いずれ来る選択肢であったと私は知れなかった。覚悟とは不意に必要になるもので、この場合など想定してもいなかった。平和ボケ、そう言って差し支えないものだ。しかしそれは硝子一枚隔てた、一歩先に存在する厄災である。

虚しきかなこの思い、悲しきかなこの去り際。愚かであるなら愚かでいたい。それは絶望を元に成り立っている。しかし、これは絶望とも言い難いものから始まっていた。

失った中での傷は、最早死に等しい。

悲しい話だ。気分の悪い話だ。

心に想像力が加わり、何となくぽっかりとした傷が思い浮かぶ。形と痛みはあるのに、現実ではない。夢で夢を成し終えた気分だ。空虚というより深い修飾が身を滅ぼすべく傷を彩る。


風が吹く、しかし、これは試練ではなく、厄災。強大な邪悪が裏に潜んでいるという訳はなく、無垢で意味の無い厄災が数字と慈悲によって私を守るべく突き放した。

こちらの方が生き残り易いと示したのだ。

命の長さを失う様に足元を崩した、それが誰に似たものかは嫌という程知っている。


最も、これは二重なのだ。

一方は助ける為に、もう一方は助けれないと確信した為に。世で最も恐ろしいのは、信念があり、発想力を持ち、容赦のない人間である。

それは規格外ではなく常識に収まる範疇、服従とは一時の苦痛で、その先の未来のためにあるだけと考えるのだ。復讐は数多くの一時の利益を産む。保険金は幾らか、精神的摩耗はどれほどの価値を産むか。医療費は高くなるぞと医者が言う。

弁護士には依頼が舞い込み、検察はヒトの精神を無視し法という血の通わない無機物を盾に国に損を受け入れさせる。

それらは賢い人間でなくとも起こせるのだ。

安心を買わなかった貧乏人と暴力を知らぬ金持ちは、復讐鬼を恐れない。死は唐突に襲来し、喉を噛みちぎる。

そうなってもおかしくない上で行う、豪胆とも言える勇気。殉教者の様な清々しささえある。

「レムか・・・あと少しで別れる事になりそうだが、どうだね?」

「・・・辛い・・・よ・・・。」

見慣れた涙だ、抱き寄せてやっても、より悲壮な心拍が伝わるだけだった。その別れの数年後、連絡はとっていたがある日を境にとれなくなった。やりたい事があったんだがなぁ、ゲルマン諸語向けボイスロイドとか、翻訳Aiの改造とか。

だが、これが最後の記憶かもと、あまり変わらない心境でじっくりと語り明かす。

「レムって、結局なんで私が好きなんだ?」

それがいつまでも分からなかった、少し苦労している風を装えば、彼女はきっと傷には触れぬ。

人の別れは一時の別れであったとしても悲しいものがある。彼にとって別れは大半が一生もので、これ以上何か出来るとは思わない。無駄に足掻く事はせず、終わりを待った。真偽は問わぬ、どうせ自分にはこの友好関係が邪魔になる事が起きてしまう、私は天才ではない、だが、非凡だ。ワットの前の蒸気機関の様なものだ。

異常、騒乱、危機・・・何となく近い言葉は存在する。

だが、彼は…分からないであろう。ジルヴィスターを筆頭とする才能のある人々、また、自分をこよなく愛する人々による庇護。

天才の影響を大きく受ける者がいる、その過程で狂気に呑まれないものは擬似的な天才となる。勿論、影響を与えた人よりも弱い才能である。話に耳を傾け、理解し、能力の重要なものを切り捨て、その影響を受けた所に全て突っ込む。

前提が非凡である時点で難しいが、気にする必要は無い。

「愛しいレム、可愛らしいレム・・・君は、逃げると行ったら、着いて来るか?」

彼女は涙を流しつつも、濁りも迷いもなく、言い切った。

「勿論だよ。」

「・・・そうか。」

染みつつも失意を抱いた、脚が動かない。レムが私の腕を触り、少し痛む程度に掴むが、どうも私は口を動かせなかった。・・・どちらが辛いかは、言うまでもない。拷問を受けている最中の人間に痛いかどうかを聞かれる様なものだ。

相手を思いやる気持ちも良いだろう、しかし、相手のプライドを忘れていい理由にはなり得ない。

私は泣く彼女を寄せ続け、自分の涙を見られないようにしたが、鼻を少し啜った。どうしてもと見栄を張ったが、全て本心が否定する。

確かに泣き崩れた方がマシだった。恥という概念からか、或いは諦めから来る放棄からか、また、そこからくる終わったという希望の亜種からか、私はその行動を採れなかった。

気持ちを無視した報復は、一生涯続く呪いとして返ってきた、他人への気遣いの為に、無視してしまった何かを。

これは当然の報復とも言える、小学生低学年であろうと法則性に気付けるものだ、小学生程度の知性を有する動物達もそうだ、なんとなく事実から共通性を見抜き、現実に再現を試みる。

都合の良い事実の為の概念を空想、仮想と言うにも烏滸がましい、浅はかな考えである。

私には価値がある、それは明確な物として示されるが、時に物であるが為に強奪を計画される。故に私を殺そうという可能性があるのだ。

自信を失った、祟りの発生源であるかの様に、自分が世界を歪める原因かのように。

彼女に狂った私は、縋る様に生きていた。だが、その時が最も人間らしかった。

同じ人間だ、性格は少し変わった、外見は少し窶れた様な気がする。・・・唯、本人は本人で、その人物というブランドに縋ったのが、今の彼女等である。・・・邪推かもしれないが、それよりも、自分への絶望が心に響く。

狂った頃が最も人間らしくあった。然して私は人間を失った、過去という時間軸的に切り離された部分がそう動くだけの人間になったのだ。

独り言があるのはいつもそうだったが、考えにも載らない整合性や意味合いが全く取れないアナーキーな言葉をふとした瞬間に漏らす。夜になれば自責の念が心を抉り、臓腑の奥底が凝縮される。砂鉄が寄せられる様に痛覚が連鎖的な電流を起こし、微動が鼻につく。

人の死は、スプラッター映画かそうでないかで全く違うものになると信じていた。だが、私が彼女の遺体を、欠損部分まで描き込んだ遺体を絵とした時、細かく描く癖が良い仕事をした。

描いた所で、不気味な快感を覚え、私は筆を落とした。汗が滴り、冷えてはぬってくる。

奥歯を噛み締めて尚笑い、目の焦点が合わない中で継続して描き続ける。

彼女の脱力した時の顔が、私を許した様な気がして。

然して彼は彼女の美しい顔に惚れ直し、何度も再現しようと縋り付くのだ。

私は一年程、それを繰り返していた。

内容さえ知らなかった作品の数々を、笑えはしたがその後に虚しくなったり、彼女の姿が脳裏に浮かばなければロクに泣けなくなったのだ。

偶像に何度か背き、新しい偶像を立てること十を超えた頃、涙は枯れ、朝を迎えた。

椅子から立って、落ちたものを拾う。手元に置いていた水を口に含み、目を覚ます様に促したが、目を覚ますのは傷口を広げ、現実だと定着させてくる。一方で心の熱は冷めないでいた。

悲劇を悲劇で終わらせない様にと言われたが、その為にやったのは、嘘と妄想を重ねた、詐欺や洗脳と一枚紙を隔てただけの、嫌な行動ばかりだった。

あの顔がいつまでも脳裏に浮かぶ、彼女が死の淵にいたあの時、あの時だけは笑顔が怖かった。脱力し、目を閉じ、黒を失わせた時、若干の金が混ざった様な茶髪が色褪せて見せる私の目を通し、金であると騙す様な髪を眺めた時。陽の光が黎明でなく、終わりの水に沿った様な色をしていた時。

私は彼女を失ったのだ。

闇が消える様に彼女から漆黒は金に変わり、血が止まった時、赤さや青さが消えかかった時、私は『黄色人種』の意味を知った。

赤は黒く、あの時は一瞬であった。だが、振り返れば振り返る程味が出るのだ。

アレは、彼女にしか出来ない。他の誰かでは決して不可能だ。虚しさや辛さで涙を流す事はある、しかし、彼女のあの姿は、涙とは大きく逸脱した、別のものを感じ取れた気がしたのだ。

欲望の具現化か?と問われたら、彼処まで見事なものはないなと共鳴して笑ったろう。

私は嫌気を他所に、その執着を取り戻し、絵を描き続けた。

只管に只管に、何度も何度も、ペンを潰し、紙を削り、指の皮が剥がれていても気にする事はしない。鬱病の中で抗鬱剤を忘れようと、補聴器の電源が切れようと、休みの睡眠や食事さえ忘れ、栄養失調で倒れようと、涙を噛み締めて忍んだ。



誰かの命を救う事で火を自在に操れる能力を手に入れた少年はアクションとクソ映画好きの少女に捕まえられ、今迄の様な直接的な手助けとは全く違う、効率も楽しさも段違いの手法を手に入れた、しかし一方でその手法によって助けれない人間の発生や、自分の過去の無意味さを知った。

その様な話、『スクリーン・ヒーロー』をデビューにしようとした。


「俺は・・・何の為に今迄人を助けてきた!?・・・多くの人を救った、だが、目の前で死んだあの子も入っていた。心理的な救いによって救われた!!」

彼の呵責は最もであった、返り血で染まっているのは当然、奮闘した痕もあった。効率の良い救いも最初こそ聞こえが良いものだったが、彼女の様な人間を救えたとは到底言えないし、それまで救えていなかった。無理があるというのなら、納得しよう。だが、後悔はし続ける。それは・・・なのだ。

「・・・ごめん・・・私は映像の魔力に囚われていた。貴方を勘違いしていた。貴方を勘違いさせていた。・・・本当にごめんなさい。」

「謝らないでくれ・・・。」

嗚咽を下す、滴る液が如く口前で止まる。その真意は一度止まっただけで、それ以降は進み続ける。

「やめてくれ!謝らないでくれ!」

これは救いに非ず、自己防衛のギリギリ。だが、彼女も同じ立場で、同じ意見。故に苦しめる。毒親の子供同士の様な、共通しているだけで合っている訳では無いコンビ。

火の幻、彼女の惑わし、彼の表し、然して人の習わし。通過点を少し変わった所で通過しただけで、青少年としては実に健全に値する。

「ねぇ、キスしよ。」

撮影で一度行った行為、あの時は何にも得がたい感触があった、互いの唾液を混ぜ込み、温もりで蕩かし合う。ほぼ同じなのに誤差を壮大に感じさせる、人の妙。

鼓動が一体化する、近付けば更に同じになる。あんな悩みで擦れ違いが起きるよりかは幻想の味を以て同じ気持ちになった方が良い。

・・・いや、私が誘った方が良かった。

これが私の足りない所なのだ、積極性の欠如は彼女との大きな差異なのだ。私は出来なかった、合っていないのだ。彼女が相応しい、私は自我を殺した方が人を多く救えるだろう。

結局自我とは何だったのか、それは分からない。

私は彼女に導かれるままで、今は良いか。

脱力し、委ねた。



身分差とは本質的にはこういうものだった。不本意である以外は何も文句は無い。だが、納得出来てしまうのがどうも恐ろしい。

経験則と罪悪感が語る将来はいつだって明るくも深い闇があった。そして、愛情の不足も表していた。

本命は既に失われたのに、それ以上の愛が注げる筈がない。

人間味の失われた病名をニュースで見て、連絡の中で、ああ、彼奴も死んだんだ。というのを繰り返す内に私は暗くなった。

彼女等の差とは一体何だと考える内に答えの様なものが過ぎった。

企業と国家の差異は、無能な人間をクビに出来るかどうか、そして、有能な人間を処断出来るかどうかである。そういう、自暴自棄を呼ぶ考えが傍にあった。

自分が無能であったかどうかではなく、理屈付れるかどうか。その点ではありえないと考え込んでしまう。行った事を書出せば納得出来る・・・とかではない。

人生がつまらなくなった。派手さが無くなった訳ではなく、派手なものが色褪せて見える様になった。


シャロが国に帰る前に、少し祭りに赴いた。彼女のサイズに合う着物は無く、結局はいつもより少しオシャレな服で来ていた。神様に挨拶を交わして、少し多めに90円投げておいたが、特に恩恵も何も感じていなかった。

彼女の手を握った、離したくないという雰囲気を出した時、一度離され、寄せる様に組み方を変えてくれた。屋台の光が目を照らしていた、そこに明るさや色を判別する程の材料はなく、私の悪い目には全く分からなかった。暖色の光が彼女を照らし、理想的な目の色に変わり、少し止まってしまう。

「瀬奈・・・、・・・ん、あ、いや、本当にすまない。」

少し歩調と視界、涙腺に耳が動揺する。倒れそうな私の身体を寄せて、震える鼓動を手繰り寄せ、息が吹き掛る程度の距離迄寄せて言った。

「大丈夫、この国の言葉じゃ違うけど君の言う『瀬奈』はハニーとか、ダーリンとかの言葉だって分かるから。」

感銘しつつも、涙を拭き取った。どうせ数時間もすれば勝手に流れるものなのに、どうせ何時しか忘れてしまう言葉なのに、重くもない、友情を示す言葉が深々と突き刺さる。

いつもと違うが、覚えのある味、涙と飯は、異常なシナジーを持つ、特殊なものなのだ。

少し洒落た肉の串、フランクフルトやアメリカンドッグ、それに追従したようなものでは無い。五百円位の、バイトを禁じられた高校生には少し高い値段。だが敵意は無い、自信にとっての安堵たる存在がいるのだ。

後の不安が尚更それを駆り立て、私の心の拠り所を奪う。これが自信になるかと問われれば、絶望的だ。

私に一体何が残る?悪意と今迄の思慮は全て私に降り掛かるというのに?生かすと言いながら殺しに来ているのではないか?なんせ、彼女を奪った相手を死に追いやったのは私だ。その危険性があったのでは?

私は彼女一人助けられなかった。その中で役立たずになった?成長に必要無いと損切りをした?なんでも良い。私はどうしてこうなっているかを問い直す。

祭りは終わった、然して疑問に思う。

「なぁ、シャロ。フランス人から見てお前はレオをどう思う?」

一度疑問に思ったが、合点の行った彼女は一度思考する。その間に言葉を付け足す。

「作家はクズだ、芸術はクズでなければ作れない。そしてそこに社会性と愛嬌に近しいものを宿していれば尚更だ。メディアが毒というのも一般的だ。マスメディアはその自覚があるからアニメやYouTube等の動画サイトを叩く。NHKのパロディも自分達の悪い所を示さない、愛嬌の無い、社会性に欠けるクズ。だから段々と過去と未来に敵対視される。」

私はまだまだ続ける、疑問は残り、戦いというものを得意とする彼女の『戦術』に伺いを立てているのだ。

「作家のクズはそのマスメディア類でもマシな方だ。理屈性だけでなく感情性がある。万人受けを狙えるが、その中にあるピースが個人受けを追加で狙える。そこの個人受けを広げる事で、中間層の作品が出来上がる。

それを理解しているのは確かだが、最近は万人受けを疎かにしていると言えないか?」

シャロの答えはなんとなく予想がつく、自分に聞いている様なものであるからだ。

「・・・インターネットで、誰でも見るというのと、ポリコレによるマイノリティ肯定によって受けが少しでもあれば良いという甘えが生まれたんじゃない?」

「甘え・・・確かになぁ。」

「信頼とも言えるけど、最近のものはそうでもないね。『宝物を暗号の地図で探させる』と『宝物を出鱈目な暗号の地図で捏ち上げる』位の差がそこにあるから、感覚的には似ている他人みたいな感じだね。」

「信頼と甘えはもう少し他の例えにならないか?」

「・・・んー。『コメダ珈琲は多少田舎寄りの場所にある』は信頼だね。自信の実力があるから客への得が多くなる様に目立たない場所に店を置く、そこまで客が来ると信じる。それらは一括りに出来る。」

「甘えはどうなるんだ?」

「『大怪獣のあとしまつ』。」

「・・・ふむ、嗚呼、確かにな。事実にかまけて言い訳していたな。『大日本人』に土下座するべきだ。」

「『敢えて伏せる』という言葉は『敢えて』という言葉があってこそ、戦略的撤退は勝ち易い状況が存在しうる場所で叩くというもの。状況次第では損切りのヴェールに隠された真実は単純な撤退、惰弱の結果。予定していてこそ戦略的だよ。」

「・・・最後に問い直そう、レオは名前から謙虚だ、それとも格好良いと思ったからかもしれない。彼は本当にクズか?」

「クズじゃない、と言うよりは表向きは謙虚だし、自信は無い。誰かにそっくりでむっつりスケベって事。」

「・・・ああ、あえ?私か?」

「謙虚だし、むっつりでしょ?」

「いや・・・。」

「言い訳はむっつりの証、私とヤる時、何処かしらで必死に腰振るもん。」

「・・・。」

「そしてその謙虚さは『司馬遼太郎』的謙虚に当たるんじゃないかな。前言ってたのが割と共通している気がする。」

「言っていたな。絶望の結果、後に生きる者の為に死ぬ準備をする。荒川弘の祖母の様な感じか。」

「そうなんだ。」

「そうなんだよ。」

「謙虚が外部的なものであり、その様な出来事、中世なら尚更起きやすそうだね。」

「現代でも起きるからな。」

「自身に向いた矛が結果、クズと同じ様な事が出来る。・・・これがレオの最終評価で、共通点だね。」

その言葉を聞いて、延長線上にある質問をした。

「モナリザは、瀬奈か?」

彼女の絵を描いた事がある。死に際を描き、立体を描く様に、完全二十面体のパーツを軸に肌で囲い、骨の折れた場所を理論上の数字という別方向のアプローチで攻め、人間の限界を突き詰めた様な絵。

「確実に言える、高貴さにおいて全然違う。彼女は高貴である事より俗である事を選んだの。私は分かる。孤高じゃない、合気道の様なもの。」

シャロはそう言った。私には溜飲すら無かった。

「俗であるというのは何なんだ?」

「・・・そうねぇ・・・。」

「シャロが性欲全開でぶつけてくる事か?」

「それ風俗じゃないどっちかと言えば。」

「一般的から程遠い我々でそれを談義するのは一番無駄じゃないか?言うとなれば猟奇的殺人鬼が二三人殺した殺人犯に『お前普通だな』って言うのとあまり変わらない。特にパトリシア周辺がそうだ。」

「普通とか言われた事無いでしょ。」

「褒められるか馬鹿にされるかの二択しかないな、確かに。」

十二時を回る頃かと思ったが自分が時計を見る癖が無い為に取り敢えずと店に寄って過ごす。愛知県、安城、警察も見ない七夕祭りはやはり絶好の場所だ。深夜徘徊を横行させて何一つ問題が無い。コメダ珈琲もこの時間に営業していた。

「後悔はした、だけど心残りとは絶妙に言えないんだよ、彼女については。

愛しいとも思う、そして、死ぬ前からあったであろう感情がずっと私の背後にあるのだ。」

話は続けられた、彼女は既に心が満たされている。少しは悩みを打ち明けても問題は無いと言う程に信頼出来る。

「それ、後悔という枠に一括りにしてしまうから問題なんじゃない?」

視点の変更が行われた、彼女が初めてを強行した様に、新体験と言うよりは、既存の見直し。

「後悔は想定しうる未来への憧れから産まれる向上心よ。後悔に際して内容を把握したり調整したりが効かないとそれは無駄になる。結局は判断力と観察力により決定される考え方って事ね。」

過去を辿る様な、未来を見据えた目。・・・いやはや、何とも彼女らしく、また、女らしい。不都合を排除するという傾向は特に女性性が高く、西太后を思わせる。皇帝の誕生以前と王朝の終わり、その対比が少し入り交じり、彼女もまた俗であるという感覚から保証されているという証明が出来る。

「・・・彼等と違うのはそういう物が原因か。」

私は妊娠した娼婦を蹴っても特別快感を覚えれないだろう、破壊に恐怖を持っているのが確かであるからだ。しかし、彼女の場合どうであろうか。

「今晩は君に委ねるよ、最初っから。」

「珍しい。間接キス、どうぞ。」

「甘酸っぱい、恋の味ではあるが初恋の味では無いな。」

「何それ、ひっど。」

「ココアからカルピスの味はしねぇよ。」

「本気で初恋の味がアレと思ってる人がいる事を想定してなかった、ごめん。」

「初めてのキスは・・・彼女の病院食の残り香がする奇妙な味だったからな。」

天の星を眺める様に橙の灯篭色を見つめる。そして彼女に向いてみると、気まずそうに目を逸らされた。

「・・・彼女は、金閣寺とは程遠い存在だった。背丈は140後半、髪は切っていないが整えている、手を加えた後の黒は筆舌に尽くし難い。肌は桃と白、そして赤に橙を混ぜ、更に肝臓が病んだ時の・・・黄疸の色をしている。」

声は止まず、語る事更に数分。何一つ吃る事なく、一切を淡々と切った。

「目は白と黒、よく見れば違いが分かるが彼女は人を良く見る、そして良く笑う。故に目は細く、黒と言って差し支えない。衣服の下は骨も筋肉も見えない肢体、私の病み切って血の滲みがあるどす黒い肌をしていない。焼けた色もしていない。肌の柔らかさは一級品、無駄に高いインテリアとも違う。触れる事に神経を勝手に使われるものだ。・・・乳は別格だ、大きく、丸い。漫画調の絵とは全然違う。下付きではあるがハリは感じられるし、乳房を前にした時の圧倒的な薄さ、桃に近い色、アレは今でも見ない様な綺麗な色をしていた。偶然の神秘だ。突然変異の色、彼女は美しい、それ等を以て美しいと言える。・・・アレを・・・。」

歯の奥が君を思う、砂埃の音がする。痛覚は働く事無く、こよなく愛する彼女へ向けては優しさが向く。

「・・・嗚呼・・・。」

心が折れる、いつもの事だ。信じる相手が居たとしても心は折れるものだ。悲しみとはそういうものだ。手の内によって度合いが変わる重圧だ。

「瀬奈はどこか・・・。」

何も思わず口に出た、彼女を求めているという口語だけはいつも漏れる。求めているのに、応えはしないのだ。あんまりな因果だ、当然と納得すれば自己責任として苦しみ、納得しなければ理不尽と終わる。

彼女は私の愛する人で、最大の試練だ。優しく触れられた感触はまだ残っている、だが、温もりは既に無いのだ。

もう愛していない女の身体も重いが、愛した女の死体以上に重い物を私は持った事が無い。

目と耳が生まれ以降年々悪くなる私に、あの頃の記憶が唯一の癒しとなる。まやかしを本物と信じれる様になった頃には、私は死んでいたい。

シャロは私を抱きかかえ、吐きそうな私に肩を貸す。身長差のせいで一度倒れ、立ち上がる事が出来ず、そのまま気絶した。



自分の魂を過去に飛ばしたら、存在しない筈の妹がいた。彼女は自分の未来の記憶があるらしく、自身への恩返しをする。・・・しかし、それは彼の寿命を鑑みてというもので、幸せが突如終了する自体に直面した。

『守護の羽』という物語、PTSDに深く絡んだ物語である。


彼は双子の妹がいた・・・なんてことは無かった。

彼は孤独の儘生きる存在であり、その道中に僅かな接触があるだけ、最早呪いの一種なのだ。

妹は様々な事を教え、苦しまない様に助けてくれる。頑張って、手を伸ばすのだ。

「お兄、ここはこう。良く出来ました!」

甘えん坊である彼を上手く育てるのは彼女であった。彼の苦しさを知る事ができた唯一の人。

相性の良さはあった、また、そこまでする理由は分からなかった。

ただ、一番間近で見たのは彼女だけ、理解しえないものだ。


彼の未来の記憶を持つ彼女は、奮闘し、努力した。

殺意を持たぬ人間は最早人間ではない。憎悪と愛情の狭間にあるそれは謗りを免れぬものだ。・・・しかし、それ故に忘れてしまう事が多い。

・・・そうして彼の記憶を持つ彼女は、崩れた彼の姿勢を正す。

彼は如何なる理由があっても救えない。死を進めるのは学校という名の公共施設、親の目を逃れて休む手段も、止める手段もない。

死んだ後に全てを知る、被害者は一気に増えた、そして加害者も一気に増えた。

心閉ざしても致し方ない、その一方で立ち直らせる言葉を考える人物もいる。・・・しかし、多くの言葉で苦しめる結果となった。

助けようと努力した人達、それを救えなかった原因が救いを用意しようと言う。他人との境目を見ればそう彼等、最低でも彼は捉えてしまう。

発狂する中、何も言えない。周囲の悪意が隠せている筈が無い。PCR検査と同じ様なものだ。発狂を誘っているのは周囲の人物である。

想像の狂気が少し宿った、変質する事数回、彼は遂に狂てしまった。


彼女を守れなかった記憶を疼かせた、自分の目的が変わっている様な来たしたが、思い返した。そも自分は記憶を持っているだけで視界も聴覚も全然違う、それに合わせた見方をしていないのだ。

自分は産まれなかった筈の妹である、番外、計画外。道連れである。

私は結局何であるか、記憶から産まれた訳じゃない、彼に記憶を渡されただけ、そして彼の悲しみを誤魔化し、生かす為の舞台装置。記憶を渡す必要は無かった。

逆に考えた、もしや記憶を持たずに生きていたら私は知らずに彼を追い詰め、殺してしまった。生かす為に存在を抹消されたのが本来の在り方だったのではないか?

私は苛まれた時に先の言葉、傷を作るどころか治らない様に蝋で固めた様な言葉を言ってしまったのだ。

言葉を少し零した、夜の雨に打たれ、涙を誤魔化す、不平不満の埃が口元の呼吸を邪魔する。呼吸法等忘れた、スプリントのペースで長距離を行く。助けれなければまた殺す結果になる。自身の生存や存在を許された生き方をしている以上、その恩義は返さなければいけない。

私は六階の建築頂上にいる彼を見つけ、全力で走ったのだ。



少し項垂れた私は思い立って嫌がらせをする。

最近はコミュニケーションツールが存在するというのが特に良い。ネット上程偽造が出来る場所はない。偽造と言っても軽度のものから重大なものまで、メディアのガサツな工作擬きよりも遥かに優れた工作である。例えばキャラクターの見え方の違いから言葉上での解釈をすれ違わせる等だ。

だが、それ以上に同時多発させれるという点がただただ強い。恋愛とて数打ちゃ当たる、相手の傷に付け入り、傷口の深い部分を偶然で当てたり、考えが甘い相手だったり、他に下心を持たせ、希少性のある情報を少し抜けているが切れ者という演技を含める事で完成させる。

実際に知る者であれば希少性の高い能力、それによる成果、つまり現状でも役に立つものが備わっているという事だ。又、その間でも世話を焼いてくれるという反応から、彼女等は私の副産物にブランドを貰いに来ているだけだ。美しくも何にもない、段々と醜さが明らかになるのだ。

だが、それは生き延びるためのものであったり、私に迷惑となり得ないものも多い。醜かろうと彼女達は己の役目でない範囲である私という存在に干渉し情報と地位を得ることで何かを生産するのは確かで、私が単純に不機嫌なだけな場合もある。

彼女を亡くしたPTSD、それが心を汚染する。

自殺癖の様なものは無くなったが、別の方向でダメになった。私のコミュニティは最終的に私を封じ込める為のコミュニティに変質し、その狂気に歯止めを掛けようとした。

それでも少し物足りないと言える部分がある。少し物悲しそうに上を見ていると、知る人、時々知らない人が声を掛ける。

失意と絶望を混ぜた声は案外伝わり辛い、人の理解とは好意的とは全く言い難いものである。彼女もいない私に価値という物を感じ取るのは無理があった。

空に死んだ人間はいない、地の底にいる訳でもない、私は昔の空想を笑い、軽蔑した。そして最後に、幻想を信じ、その言葉を想起する。

「『誰一人幸せにできない・・・』。」

呪いに相応しい言葉であった。物悲しくもあった、金閣寺であった。重みがあるからではなく、強制され、傷となったから。

傷口にナイフの重さを感じれる人物は居ない。強さを知ったとしても重さは知れない。殺意、即ち力は全く感ぜられる。重いのでは無い、強いのだ。

故に人の所為に出来る。感情を叶える道具として言葉があった、それに過ぎない。一時の感情程危険なものも、迅速なものもない。

言葉の重み、それだけが残った。

「俺は幸せに出来なかったじゃないか。」

「お前を幸せに出来なかったじゃないか。」

「誰も幸せに出来なかったじゃないか。」

「瀬奈もシャロもパトリシアもメアリーもレムもエミリーもアメリアも全部全部全部!!」

「死ね、死んで詫びろ。死んで詫びれば苦しむ事は無いし、贖罪にもなるし、罪を重ねない。」

身勝手な声が再生された。視界が崩れる、奥底の光も消える、目を閉じた方が楽だ。

「私も、皆も、誰も救えないのか。・・・誰もがそうだから、ああ言ったのか。」

今宵が十度目の自殺であった。そして失敗した。

空に道を外していた、横倒れのまま地面に落ちそうになった所、自分が押して離した。

またあの日の様に拘束された、母親の言葉が深々と突き刺さった儘、医者の話を聞き流していた。

その内数時間が過ぎた、最早意識下に身体はないのだ、無心に死を急いでいる所、あの人が来た。私が最も信頼している医者だ。

「・・・相変わらず頑丈だね。五階から落ちて骨折だけで済むなんて。」

抱き締めている、私はこうされて漸く心臓が動いている感触がする。

彼女は私を愛している訳じゃない、私と仲の良いレムを愛している。そして私は子供が欲しい為に本命と言えない。その為レムに最適な彼女と結ぼうと親睦を深めているのだ。彼女は少し過激な部分はある、執心凄まじい所もご愛嬌だ。

「死んでもらっちゃ困るから、ちゃんと治したよ。」

彼女は優しく問い掛けた、彼女の最上位系の言葉と理解している。それ故に問い直す、そして代用不可能な私の存在を再確認する。

その言葉は希望に溢れている、そう考えれば良いのだ。現に希望に溢れている。希望はあるのだ。希望という光が信じられないのだ。自身の受け取り方の問題なのだ。彼女は私を見たが、目が彼女に合わせた所で奥が何度も何度も変わる。

私の話を彼女は聞いた、死は無意識に付け入って来ると吐露すると、疑問で詰める事をしない、死に近い人間に好奇心は時に毒だ。自分のエゴを絡めるのはまだしも、エゴによって様々な必要事項を忘れてはならない。

「・・・言葉に呪われた。血だけでなく、言葉にも呪われた。」

「言葉に救われて、縁に助けられたのも事実でしょう?」

彼女は私の口に指を充てるが、少し警戒していて背筋を伸ばすと、指は受動的に遠のく。

「私が貴方を助けているのも偶然、運と努力の賜物。」

「レムが私を好きなのも偶然だろうな、あの言葉を言うのは誰でも良かった。」

「それは少しレムを馬鹿にし過ぎ。彼は女の子の見た目をして、女の子の心を持った姿しか君に見せていない。君だけの女、とでも言うかの様に。」

「だが、実際どうだ?昔なら代用は効くだろう?」

「間違いなく効くね、それは事実だ。君の重要な部分は他にあるが偶どっちも両立出来たというだけの話だ。」

「呪わなかっただけで、その対価は取られた、彼女の傷は決して癒えないし、変えられない。一時の迷いを解決させたとは到底言えないのだ。」

真実を受け止める。彼女ならば嘘を言わない。私の目前においては嘘を言わない事が最高の美しさである。残酷は楽しくない、だが、楽しさとそれは別物である、割り切って考えた。

少し囁きを受けた、その乱れた心を正しい流れにする、考えの打ち止められた後に突かれた一言である。

「でも、君もそんな風に陰鬱になれないかもしれない時が来るよ。誠実だし、優しいし。信念があってそれに起因して優しいのが君だ、決して多くない人だ。」

まやかしだと分かっている、分かっているのだ。人間は愚かだ、故に他者を軽んじる事も、己を重んじる事も傾倒してはならない。何の為に判断力を鍛えたのかを忘れてはならない。

「私と君の密かな夢、決して褒められるものじゃないけど、最善ではある。その為に生きて欲しい。私もそれまでの間は支えると約束するから。」

次の言葉はだがから始まる文章しか日記には無かった。

利害を超えた関係に至る、なんて事は無い、ある種の落単を感じた、銃の匂いはしない、どうせなら銃で自決したい、そう心の中で少し思い返した。



肉体関係を持つ彼の秘密は女装であった、稚拙ながらも倒錯的な姿に何処か愛着を感じ、互いの価値観の違いが噛み合い、背徳的な関係を結ぶ。

ジェンダー差異の中での文化の楽しみ方、一種の極限状態に置かれた人々を描いた物語。その題名を『女装彼氏』とした。本来は漫画作品であり、無修正でキッチリ描いた作品である。


肌が綺麗、その一点さえあれば女装は高クオリティなものとなる。初めはセーラー服、ベロア素材は相変わらず便利である。裁縫で扱う、特に手縫いだと難しいが、ミシンがある場合はそんなもの関係無い。価格帯は3000円からのものが良い、薄い服はボディーラインを出してしまう。肩を誤魔化すのは難しい・・・個人的には肩を誤魔化すまでの間が最もエロい、体温が上がっている、勃つものがないだけであったなら目に見えて分かる。屈服させたという実感に似ている。

肌を誤魔化すマスクは不要である、カツラとセットで着いていた網を被せ、ボブヘア、多少色を変えた物を被せる。

目が回った、生理と同じ感触がする。耳石の音がする。背中が引っ張られつつも、前に倒れる様に粘った。

「可愛・・・。」

覆い被さって眠り掛けた、地球の重力が狂う、それでも彼にしがみつく。胸板を舐めた、塩の味がする。

「エッチな身体・・・。」

自分の衣服は入るだろうか、小柄な日本人に生まれた事を感謝し、目の前で脱ぎ、前ホックのブラを脱ぐ、相手が目を塞ごうが関係無い、力を掛ける事は出来ない、内心の願望を叶える為のものだ、相手が強引に叶えようと、第三者的にはこうと言える。

少し黒い、血を感じられる色、遺伝子生存の皮はこうも愛着があるものなのか、彼をレイプしてやろう、生で、迷う事は無い。

彼は生粋のマゾヒストである。小説とは書くに当たって基本女性優位なものである、その能力がある上で性格や感受性を含めて成長しろという話なので多少女性的な思考を可能な男性であればカバー出来る。結局はそうなるのだ。驕った者であるが為にすぐに落ちて行った。精神の早熟と完成は全く違うものである。それを克服、彼女の場合は自身の立場を置換し、その気持ちを上から下へ知らしめ、脳が身体を動かした時、早熟した精神を完成に至らしめたのだ。

電流がカチッと股間にクる、ベスパルーティーンが完成する。生殖の欲求を文上に制御出来る、具体的に表現出来る、思考がその領域に至ったのだ。



もう一つ折角だと言って書いた。

コルセット要らずの身体を作る医者は薬師としても超一流、周囲の羨望を浴びる人間であった。

彼の子は知識人であり、近所のガキ大将と気が合ったのか、平穏と過ごしていた。ペストの流行に対し対抗する、優しい物語。『業腹芸人』


サナダムシ・ダイエット、昔の迷信である。少なくともホメオパシーよりは効果がある。死人が少ない分マシだ、だが、こんなものをすれば周囲からは断絶される。民間療法で治すのに加担し、保護や観察等の行為を怠った場合、該当する親族も刑事罰を受ける可能性がある。前例もある。

コルセットが流行する中、薬剤師を名乗るペテン師フレデリック・セザンヌ、夫婦仲は理想的で、息子もこよなく愛する善人であった。

その息子エヴァリスト・セザンヌは文学を良く学ぶ少年で、グーテンベルク無くして彼は成り立たぬと軽蔑する位でしか彼は馬鹿に出来ない人間であった。


ペストの広がる中、彼等は覚悟をした。

「ジョセフ、そういう事だよ。」

「どーすんだよ、解決とは到底言えねぇぞ?」

「父親がサナダムシを用いてペストを広げた、防ぐ為には彼を殺すしかないんだ。」

「・・・それで?家業を継ぐなら父母どっちも始末して隠さなきゃいかん。」

「ああ、だから始末する、勿論これでだ。」

サナダムシの瓶を取り出した。

「蜂が溜まる騒ぎで原因とされた酒、それを虫に入れさせ、内臓かどうか関係無く無造作に食わせる。そうすれば治療のデータと照らし合わせても無意味になる。黒魔術の証拠をでっち上げて教会の力を借り戸籍等の詳細を消す。」

「・・・分かった、俺も協力しよう。だが、殺されそうになったら逃げる。良いな?」

「良いとも。」

「そういうのはお前から言うべきだろう?法的には兎も角カッコが付かねぇってもんだ。」

「いやいや、敬意を無下に出来ないのもそうだが、そういうシーンに変に紛れ込みたくないのでね。」

彼等は笑い合った、その目にさえ光はあった。

苦しみ一つ感じさせない姿である。



企業と国家はやがて差が無くなる。そしてやがて通り越す。しかし、より外道に手を染めれる側の方が所詮は上である。愚か者の価値を見誤る事は、破滅を辿る事に等しい。

それ故に、従うのも背くのも難しい。一番良いのは、稼がず、生きる最低限を以て望む相手と次の世代を考えずに死んでゆくのが最も平和な暮らしである。話さないと噂を流され、話せば話の通じない集団に延々と非難される。故に彼女等を選べない。人は真偽よりも先に納得を求める、絶対的な拒否も、狂信も、この一端である。

その中で、メアリーは特にその差別の対象になる。美貌や肉体美がそうさせないとはいえ、客観視、今の時代のリテラシーの程度で言えばコンプレックスが彼女を苛む。

差別主義者の浅はかさはいつ見ても酷い、また、自分は差別主義でないと思っているだけで本質的には同じ事を思っている人物もまた、彼女が恐怖する理由だ。そうでなければ私がおかしい人間だと思われる筈が無い。

彼女を受け入れる場所は、どこにもない。いや、あったのだが、どこであっても0より大きい数の邪悪が存在すればそこは受け入れる場所でなくなる。人類が数千年の歴史で得た知見は所詮この程度であり、志でさえコスモポリタニズムからナショナリズムへ低下した。

神話を書く者の関門であり、作家として生き、人類の中でも神秘的な存在。それが彼女なのだ。

好奇心のある、賢い部類の人間程その唯一性に惹かれる。

私は初めて素肌同士で触れ合った時、脇腹に触れ、手を通し、背中の骨を擦る様にしていた。

彼女は見せた、しかし、見られたくなかった。

だから私は見なかった。

「・・・メアリー・・・。」

彼女は、私に一度たりとして怒りを向けなかった。

そこまでして私を引き留めようとしていた。しかし、社会は許さない。

子供がいつしか、母の正体を知ったらどうなるか。

多感な時期で、成熟するかも分からない未熟なリテラシーで、近隣の思想主義で、牙を向いてきたら彼女や私は立ち直れるであろうか。そうしなかったとしても、子供は問題無く育つだろうか。

どうせなら、すぐ死んでしまったとしても、牧歌的な暮らしをしたい。寄生虫や細菌に苦しむのは間違いない。だけど、人の言葉よりは遥かに軽い。

そういう常識を、そういう客観視を植え付けた、現代の結果だ。どうせ隠せない、どうせバレる。

正直に生きて救われる者が世の中にどれだけいる。宗教がそれを言うと矛盾でしかない、それが拍車をかけて彼女の不条理により納得する。

逃げてしまえば良いのに、彼女と生きたいという意志がそうさせない。逃げれば彼女の命は無い、その病弱さは身体が既に証明しているのだ。

私が医術を知るのは難しい、医者の知り合いに頼るのも、もしもの事を考えると難しい。

彼女は救えない、そして、守れない。私といつまでも絡んでいるのは、私に不満があるからではなく、彼女の持つ恐怖が為だ。どうやって、どうやって、そう反芻した所で彼女を助ける手段は浮かばない。

『彼女に足りないのか?私に足りないのか?』

時計じかけのオレンジは映画館で見るべきものである、圧巻の構図は私には再現出来ない。貴族の女の美をパーツだけ取り出せるのが精々だ。自分は絵を重ねて描く、彼女の模倣ではなく、もっと異質なもの。探るべき場所でないところまで探してしまう、現実的、つまり鈍重な残酷を見せられるのだ。

彼に憧れた人物の一人、漫画家は目を少し異質に描いていた。私は目と耳が正常に扱えない。最後にそのピントを合わせた彼女以降、合わせてはズラし、直視出来ていない。無知に非ず、されど知れず。私はその結果、見る目を本当に無くしてしまった。構造的に作った、それは確かに現実的で美しい、しかし、写真で代用出来る代物じゃないか。本質的で的外れな絵であった、誠意に欠けた創造性、即ち悪意がない。抉る事が出来ない、これは自分の過去に触れているだけで、トラウマというものでしかない。

生理的な物を乗り越えるかどうかは完全な自由である。しかし、乗り越えた方がより面白い世界が待っている。頑なな生き方には血が目に入る。平等という言葉の周りにはそれが常に染み付いている。私は現代の神秘を讃えるか、古き神秘を讃えるかの二択を迫られた。ポリティカル・コレクトネスの圧政が敷かれる中で映画を作る時、その中で私は友が折った映画監督の夢、アカデミー賞を狙うというものを如何にして実現するか。心の奥底、私の最も美しい過去が描きたいという心があった。しかし、それでは叶えられない。現実で出会った物を全く違う、画面の色を汚さなければそれが実現出来ないのだ。美女は需要があるから美女である、そのアイデンティティを穢す事を平等と言うべきか。私が彼女と過ごした物語が詰まらないものと成り果てた、ポリティカル・コレクトネスはそう言いたいのだろうか。

あの賞は変わり果てた、人間も変わり果てた。人の人生経験から作られた大切な記憶を踏み躙って挑むものになったのだ。平等を実現しようとしたものは結局差別を残した儘にする。白人が黒人差別をする一方で黒人もアジア人差別をしていた。彼女は生理的に嫌悪され続けるだろう。私の様な人間はごく一部で、積極的に声を掛けてくれる訳では無い。

福神漬けをメインにしたカレーを食う人間は普通いないのだ、登場キャラクターをそうしてやる必要も全く無い。

ローションを塗り込むのに苦労はしなかった、しかし彼女への快感はまだしも、私の神経は未発達、苦しさが残るだけでその先には至らない。三ヶ月ではまだ足りないのだ。苦しめているのを悟られない様にする、彼女は泣きながらそれを甘受する。

段々と深く入り込む、そして遂に至る。

声にもならない微動があった、涙混じりの笑顔を見た。そして強く抱き締められた時、視界が塞がれる。彼女は私との関係の終わりが近いと知っている、だが、いつか会えると僅かな希望を、そうでなくとも爪痕を残した。形見が残る訳では無い。

私と彼女は男女の関係とは言えるだろうか。

それが差別されない保証はない、被差別階級が差別されるのを解消した所で、被差別階級者が差別しない訳が無い。

嘗てメディアは差別されていた、だが、国の腐敗や企業の専横により一気に支持される側となった。しかしその次はどうだろうか、その後最初はテレビと新聞で対立が起き、テレビがインターネットを次に馬鹿にした。衰退を起こして、テレビはネットで話題と言いつつも、自分に近い動画サイトを馬鹿にし、信憑性が無いと言った。別にテレビメディアに信憑性がある訳でも無いのに。

芸能は馬鹿にされがちだ、アリとキリギリスはその最たるものだ。昔の吟遊詩人は農耕作業をしない、スパイの危険性もある等を理由に差別された。そして芸能人は他者を馬鹿にするという芸を以て稼ぎ、そしてインターネットや自分より下品であるものを侮辱する。インターネット以降はなんでも出来るという側面があるため、妄想を含めた未来構想を差別、新技術内で新技術を差別する。道徳的に・・・という言葉は虚像を埋める為に作られた言葉であり、理屈的に考える場合には全く以て邪魔である。

メアリーは病気を克服、突然変異が場合によっては進化となりうる。私が彼女を差別した時、彼女は逆に新技術、進化足り得るのだ。全ての人が子を孕む事が出来、子を孕ませる事が出来、胸の大小を変えれ、髪の長短とそれにあったオプション、体型等を変えれる様に段々変わる、彼女は集団でない存在だ、故に進化論において生き残れない。

進化論を勘違いする人物が多いので再確認しよう。ダーウィンの進化論とは、突然変異した個体が生き残るのに優位だった為他の個体よりも数が増え、そこで漸く進化と言える。最近の説では個体への淘汰から集団への淘汰が加わり、そこから利他的行動を説明する人物もいる。

その進化において個体しか発生しない状況下を人間が作ったらどうなるだろうか。人間が知恵の実を食べた時、恥とそれの回避の為に進化を殺してしまったのではないか。個性は進化と突然変異の為に保護するというだけで、個人を尊重するという目的として機能させるのは道徳的、つまりゼロとカウントしても良い。個性によって生産性が増加する事もあるが、中世から幸福度合いが世界的に増長しているなんて事は到底思わない。

彼女は私が進化に加担する為に生かし、新人類を産ませるべきだろうか。差別対象を産ませるべきだろうか。私はその踏ん切りがつかないためにこの状況を甘んじているのだ。

自身はどうであろうか、悲しみに呉れる事はあれど、私は差別されるべき芸能を切り開かんとしている、体位を通して女の感覚を退廃した器官を通し知る。それは紛れもなく一部の人類しか陥らない状況である。女の感覚を男が味わう、其の逆も又然り、神経を超回復によって増やす事で得る。これが早期から行われた事で私は目耳を失った様な状況でさえ克服、或いは仮の解決まで至らしめた。

彼女と集団を形成するのはどうか。私と彼女、案外相性抜群ではないか? 正に群を抜けているのだ、良くも悪くもそうであれば、尚更である。

そう彼女を説き伏せようと思わなかった、理屈的とは非感情的に等号である。身の毛も太るとは多少違うが、怒の震と恐の震が混ざると言えば良いだろうか、不自然なものであった。

私は彼女を愛しているとその時点で言えるだろうか、私が好きなのは足の不自由な、従来の被差別対象の彼女。彼女は先天性と人々の虐待と放置によってどうにも出来ない状態であったから、人類の負の遺産とも言える、時代が変わったから許されただけの、淘汰される個体である。私はそれをメアリーと重ね、どこか愛着を持っていた。

メアリーも、彼女も私の一所懸命さがネジの外れている程度にある、その姿を愛おしいと思っているだろう。私は素朴でありながら知れば知る程面白くぶっ飛んでいる、半数が面白い、半数がつまらないと分断され、平均値で普通になる様な存在。私は克服の為に努力した、だが、早期に解決出来る状況にしてしまった為に悩みを深刻化出来なかった。悩んでいない訳では無いが、もっと苦しむべきだった。

私は高反発のベッドでは寝れない、シーツなどの滑り止めの様な感触も嫌いである。彼女が隣にいる温もり、その素肌が柔らかである為に寝付けている。

「メアリー、ちょっと耳を。」

「・・・何?」

「私は君が好きだが、単純なものではないらしい。」

「へぇ、どんな感じ?」

「理屈的、つまり運命的だ。共通点が連鎖的に歩を寄せてくる。」

「良いじゃん、それ。」

「良いだろう?」

「凄いかもね。」

「確かに凄いな。」

「これをメアリーはどう考える?偶然?必然?努力?運?」

「全部。努力は運をより確実にする為のもの。だからこの恋は私が努力して運が残り少しを埋め合わせただけ。努力し損ねて別れが目前に迫っただけ。」

「・・・そうだな、何も出来なかった。寧ろ自分はダメな方向に努力するに至った。ベートーヴェンの音楽が嫌いになった様なものだ。」

耳に聞き易いあの曲、クラッシックやロックの派手さは耳が悪かったとしても聞こえるのだ。骨身に染みる音が特に最高である。何度も自殺や自傷に至った結果神経が張り巡らされた中では分かりやすい。エクスペリメンタル・ロックやサイケデリック・ロックはまだ馴染まないが、聞こえて響くのは素晴らしい。

「この結果はリカバリが効くか?」

「ナイ、絶対ナイ。普通はしない行動だから。」

目が若干光を絞る。その筋を目撃した。

「人を死ぬまで追い詰めるとか道徳的にナイでしょ。自業自得よ、貴方も私も。」

胸に一つ、寄り添う様に触った。その後に自分のものも触った彼女は言う。

「・・・本当に嫌な気分。」

悪食の後の様に、吐き気を患った。



内気だが以前の成功から生徒会選挙に挑もうとする少女と正直で理屈的な少年その対談と穏やかな日常短編を描いた、『天衣無縫』。


「歴史とは死体から学ぶ行為だ、解決出来ず約束を守り終わった姿だ。カエサルのように学んだ所で一歩遅れた人物に刺される。」

学校、年をそれぞれ跨ぐ、不安が彼女を脅かす。

彼は背中を押して、肩を持ってくれている。心優しいが、自由奔放、一方で正義をしっかりと持っている。悪い所は凡そ全て見た、それでも良い所を全て見た訳じゃない、駄目な所よりも良い所が上回ったから、今私に都合が良いから。弱みが何か問題を起こすという事は無いだろう。

「多種多様な人間を作ればそうなるのは事実だ、だが、嫉妬と羨望を受けるだけだ。虚偽と詐称によって指示が部分的に破壊される可能性もある。精々そん位だ、心配すんな。・・・勘違いした童貞の脳は勝手に破壊されそうだがな!」

「誰かに似てるね?」

「さぁ、誰の事やら。」

「女の勘よ、誰に当て嵌めても当たりそうだけど。」

そりゃまた酷い話だと思い、スピーチの手伝いを続けた。


年末頃、少し話をしている中、たどたどしいムードを壊そうと息巻く。

彼女と二人でいる期間は決して短くなく、打ち解けている内になんだかしんみりとした気分になっていた。

「・・・では。」

少し落ち着いた彼が言ったのは、全く文脈も無い唐突なもの、予測も付かない中、その予想が彼を惹き付ける。物見するタイプではあるが、自身の制御外に立ってしまっていると自覚する。

「新しい男が見つかるまで、内密に付き合いませんか?」

彼は手を合わせた、口角が震えているし、心拍も凄まじい。ペースだけで言えば激怒している時と同じ、異様で希少な振動。それにケチを付ける事は出来なかった。

「誰にも言わなくていいです、隣で話し合う位で良い。」

穏やかに約束を誘う、眠り転けた心を起こす様に言ってきた。名誉か、いや、違う。我欲とは何か違う、もっと彼はみみっちい、くだらない拘りばかりの人間だ。

「私も留学でいなくなる。君がどうかは知らない、それでも一人にしてしまっては悪いから・・・。」

・・・その時まで、彼を特別に思えるだろうか。

「返事はしてね、決断出来る女性は好みだから。」

・・・どうでも良い、興味は失せているのだ。少し価値があるだけで自分にさしたる影響は無い。

「ごめん・・・。」

罪悪感に対する理解が足りなかった、破滅と絶望を恐れた彼等に罪悪感は別で処理され、正義を持つ彼に反した結果、忘れてしまったのだ。

「また来年同じ話をするから、その時も、返事をしてくれない?」

言いたくなかった、そうすべきとは到底思えなかった。

「じゃあね、大好きだよ。」

手を振られた、そして見る事は叶わない。熱で揺らぐ感触があった。生理ではない、完全に誤魔化しが効かない。一瞬の衝撃が・・・。

彼は部屋の中で脱力しつつも机に足を乗せ、文句を吐露していた。

「・・・対面での告白は恥ずかしいものだな、やっぱり。」

一方彼女は。

「・・・何よ何よ何よ・・・もう!・・・やっぱりあの人危険物じゃない!」

怯えていた、そして訳の分からない感触に打ちひしがれていた。



少し喉を壊した、脳の方にも傷がある、心臓の痛みに比べたら幾分マシで、多少痛覚を刺激するというものでしかなかった。思考を拒否すればする程自分は鈍く退化していった。

「確かにそれは差だね、二つに一つの酷い選択だ。・・・だが、周囲の人物が愚かであれば理由を問い質し、空白の選択肢を示し、中身も外見も与えられない、幻想である最良の結果とやらを求めるだろうね。」

凍り付いた、身体は動かない。断片が残酷を誘う。彼女は私に何もしない、目も鈍ったか。

「周囲の人物がすべき事は賢明であれば結果を示す事、そして敬意を示す事だ。」

目が働かない、その中で少しでも娯楽を与えようと私に言葉を問いかけていた。恐らく戯曲を即興でやっている。自身にマッチした作品である一方でその声は殺意があった。楽にしてあげたいという優しさの篭った慈悲である。それが戯曲の鋭さによって殺意に見えてしまうのだ。

「忘れた者に言及の資格無し。」

契約を破棄するという言葉は彩りを加えて赤色になっていた。その言葉が元来どんな意味か考える必要も無い位に、シャーロック・ホームズにおいて初歩的な事だ・・・から文章が始まった時の様に。

「解決は人間が可能としている最上のものだ。だがそれは当然とされた所で実際のどうこうは知らない。寧ろ決着止まりの話題の方が多い。謝罪の要求もその一つさ。・・・だから、君の選んだものは非難出来ても心でも頭でも、するべきじゃないのさ。」

商人は黙りに至った、そしてヒーローは畳み掛けた。

「いつもの様に、嘘と狂信は大多数を殺し、その一つを以て人類史は終わる。」

私は何も言えなかった、真実は不都合である、故に隠され、表に立たず。真実が明らかになる事は誰しもに害足りうるもので、私も彼女の死の詳細を知れば知る程傷となったのだ。

「キリスト教は愛を書かれた作品だ。」

作品、即ちコンテンツと言った。需要を満たし、納得をさせて以後そうなる様に固定してしまう。その作品の中でキリスト教は愛を中心としたものだと言っている。・・・はてさて、続きはどうなのだろうか。とどんどん聞き入る。

「ユダヤ教は情を描き、それに対して対象の絞込み、つまり情動の類を抑制するという禁欲という一側面、一途さという別の面を主張して愛をメインにしたキリスト教は書かれた。アレは正しい愛である。」

正解かどうかは分からない、即興劇の当然である。だが、否定しうるものでは無い、偏見で語ればこうもなる。怪しい、そして疑わしい。

「教会という組織は情動を起こした原因だ、分かるだろう?」

その野蛮な行為を見せつけられた時、私は確信の様なものを感じ取った。昔の記憶を掘り返し、その正体を暴く。真実を知った、その残酷をどう考えるかなんて言うまでもない。・・・だが、これは成長だ、僅かに心に納得と満足を感じさせる言葉が伝わって来たのだ。


少々昔の話である。

上流階級のパーティの中、無礼にもドレスの布面積の少なさが気になった。

梅毒じゃないと証明する為、という考えが片隅にあり、一瞬、全身を見てしまう。

「・・・貴方、下品ね。」

颯爽と立つ一人、地に足着く事しか共通点はない、ありとあらゆる離別を眼は入れた。

「上流階級所属と言う訳ではありませんから。」

刺繍入れ近付け、粗雑な計らいを不服混ざりの妥協で破り対話を背く。

「でしたら何?道化?」

悪女か、運命的でない悪女は私を食い物にはしないだろう、面倒な相手をしなくて良いと分かると心意気を棄却する。

「はぁ、梅毒ではないとか、皮膚系の病気の心配とか、まぁ、ワクチン接種に着てくれたら嬉しいものですね。」

目は傍若無人、興味は無かったのだから妥当だ。薄暗い眼奥に光は閉ざされた。淡々と薄ら笑いに塩少し下で生成する。

「・・・ああ、ごめんなさいね、そういう魂胆なのね。今のは私が無礼でした、そして貴方の行動原理に敬意を表します。」

意表を突かれたと言うよりは珍生物を見つけた反応、少し隣に動くと密着する様に入ってきた、いや、若干信頼が元からあるのか?

「・・・?」

光を仕方なく差し込む、惰の空目。時は宵過ぎ、それでも私は時間を過ごせていなかった。

「このドレスは殿方を試す物、興奮しないという自制心があるか、そういうものですから。」

「へー、そうなのですか。」

「・・・パトリシア様も少し意地悪ね、私がこういうの、ちゃんと教えてあげる、どう?」

「後で何か取らないでしょうねぇ?」

「子犬に暴力を振るった事は無いわ。」

「行きましょう、是非。手を取って下さった事は生涯忘れませんよ。」

「Look like need to give・・・.」

「どうかしました?」

「自分の心意気ですわ。」

ドアマンとは合わないつい下を見下ろしたくなる石膏、スカルン、岩塩、グライゼン。臭いや光の吸い方が特徴的で分かりやすい。私は個性ある彼等を用いた柵がそこはかとなく好きであった。

肌は力強く引っ張られている、彼女は繋ぎ合わせられた姿に見える、そして血から異なる味がする。

「美は心を写す媒体、明鏡止水が最も馴染み深い言葉でしょうか。」

黒一辺の最中、光を見せた。そして照らした。万華鏡映りを片目瞑りの儘動かす。

面は意図的なものだ、所作に神経を感じる。

「信念は命より重い、体の心配をしてくれるのは良いですが、心配には及びません。それよりも聞いた限りでは貴方の心の方が心配です。」

「私の事は・・・。」

「ダーメ、貴方が気になっていた身体・・・。」

「そんなに気にしてません。」

「気にしろ、一応興奮させる目的があるんだから。」

「はい、以後気をつけます。」

「そして鼓動をもっと寄せて、一回、二回、三回・・・。」

滑り込む、そして交じる、半直線が入れ替わり、交差する。

「私に温もりが無ければ、貴方にも温もりはない。過剰な代謝を抑える為に上げなかった私、一時期は上がっていたけどその名残しかない貴方。」

石に触れた、鼓動をもっと近くで聞き、その周囲の液体の音も拾う、安堵の流れがあった。

「女を楽しませる事は確かに悲しい話を抑えるという事から始まるわ。モテる為には必須、ね。」

私の聴覚障害や視覚障害を知って配慮し、言い加減を上手く調整していた。身体の場所に触れてここがこの様であると示す。只愛撫したいだけかもと考えたが、それは自分を正気に戻す為という側面もあり信憑性は無い。

「女も男も考えない奴はどこまでも考えない。開き直る様は見るに堪えない、理解し難い、そう思っているでしょう。私もそうよ。」

全く以て正解だった、彼女は私を見透かしているのではなく、推測から全て組み立て、賭けに出ている。嫌われるなら嫌われても良い、だが、完璧な好意を勝ち取ろうとしている。もしかしたらで外しうるものだ。

「貴方は考えて聞いてくれる人、それに身体が追い付いてない所があるけど、そこは愛嬌ね。」

子犬を褒める様にしつつも髪を掻き分ける事無く、包む様に抱き締める、優しく、蕩かす様に触れては少し温もりのある柔らかさも感じられた。

「目を細めても見えます、いえ、ちゃんと人を見る人であれば貴方という人間を理解出来ます。細めるに好奇心と安堵の真逆のものが混在し、目を開けば驚愕と感動が入り交じった感情になる。涙以外で悲しみを描けない目・・・正しく道化、貴方こそ本物の道化ですわ。是非、貰い受けたい程。」

背中に腕をそのまま通し、離れようとしたのを思わず掴む様にした時、彼女は笑った。私の素直さと、信頼を証明した。言い訳を潰す様に振る舞われたのだ。

「貴方は今、どう思った?」

そのまま負担を委ねつつ私に話しかけた。彼女もまた同じ気持ち、言い訳を作らない言動、理不尽と言えない、言葉に負荷なく、そして所作一つ一つが導いてくれる。そして目を閉ざしてより集中する様に言った、だが、彼女は驚きを忘れさせない。

「嬉しいでしょう?他人から自己を保証された時、最高にマゾヒスティックだと思わない?」

妄想を加速させる、悪魔の囁きをした。そして血を吸うように見えない中、顔に触れられた。あの時と違う冷たさがあった。冷たいが為に鼓動が分かる、血流を確かに感じられるもの。自分の肌を再確認する様に、彼女の想像力が一手一手先を読んで私の欲しいものを全て与える。

「自己は自己のみで決定されないものよ。他人に主導権を握られた時、いえ、私に主導権を握られた時、貴方は思考一つ鈍る事無く身体が強ばる。開き直るとか個性だとかで忘れてしまう、大事なもの。」

埃と塩の味がした時、前髪の感触があった。私の内より全ては知られていた。故にマゾヒスティックがしっくりと来てしまった。彼女は既に私を毒そうとしている。自分に惚れれば、今よりは希望を持てる。

「貴方の口で心から話した時、私へ何が向く?」

奥に辿りついたとしても、彼女は進まない。若干のプライドか、或いは、願いか。・・・もしかしたら、戯れかもしれない。

「私、価値観が貴方とは違ますから。皆にはしないような裏の顔を見せて下さっても良いのよ?」

日記の終わり、後悔している事の一つに、彼女の名を聞けなかったと記した。



彼女は見ない時に、少し遠目で見れば、という狙わない限り分からない場所にいた。

「・・・。」

性格や思考は真っ当だった、そして真っ当に狂った。救いの無いままの姿があった。人間不信の本懐を知った。だが、彼女はより大きな違いを感じていた。

「・・・賢明にして最悪な手。」

自分に誤ちがあった、だが、責任とは到底言えないし、終わった後も解決不可だ。せめて自分が苦しめと言われた様なものだ。

「正義も道徳も否定される・・・。」

資本主義は幸福を不平等に配分し、その後不幸を幸福でないものに押し付け、更にその下で押し付け合う連鎖が起きている。

「彼は覆い隠した、葬りたかった、だからなの?」

自分は知った、だが、予想以上の有様だった。無理矢理似せただけで人の心の様なものは虚像であり、人間失格の似合う姿をしていた。

「酷い・・・あんまりよ・・・あんまりよこんなの・・・。」

彼の姿はそう形容された後に、言葉が丁寧であった理由を確信する。最早彼は自分の言葉を発したくなかったらしい、無理にこじ開けて、対処は出来たし、解決策を用意した。だが、足りただろうか。いや、絶対に足りていない。

「・・・でも。」

希望が言葉の隙間に出来た、だが、それは所詮理論上の戯言である。彼の心は恐ろしい程に突き抜けていた。

「・・・。」

もう言葉にしたくなかった、彼は信用をして話してくれた、だけどそれは血の味が混ざったものだ。助けれなかった、そしてその原因も。知れば知る程理不尽の原因が分かる。自分達のくだらない見栄、比較という事象。平等に不幸にした方が良いと思える位に、残酷な不幸を見た。



人間不信の青年が過去を思い出し愛情ばかりを求める物語。妄想が現実を蝕むというメディアの毒性を描き、本にどう向き合うべきかという作品。タイトルの元ネタはQueenの曲名で、海外の官能小説の文法を読んだ際に思い浮かび、それがマッチしていると混ぜ込んだ。

『Someone loving』


従姉妹の小さき少女、彼女は優しい心を持っていた。純粋な目を向けられる度に彼女の愛おしさを感じた。深くは詮索しないという引き際を心得つつも、最後まで言葉を聞いてくれる優しさ、その一方的な感じを不快ともしない姿がなんとも凛々しい。


「俺が守るよ。」

-根拠なし、デタラメだ。

「俺はやれるよ。」

-計画無し、くだらない。

そう言って来る人間は信用出来ないのだ。

正直な彼、真実が残酷としても、嘘が導いた虚像は、何れ手段として平然と用いてしまう結果になる。故に嘘を吐かず、残酷を下手に言わずが最高なのだ。

「僕じゃ駄目だ。」

-良い子、トラブルが起きても許せちゃう。

「僕はやるけど、失敗はする。」

ー失敗は想定している、無駄な準備と笑い合えた時が来た時、最も私は笑えるだろうな。

彼は笑った、彼は泣いた、だが、彼は嘘を言わない。それが人間が嘘を言い過ぎて真実を拒絶し、それを当然としたからである。・・・私にとってはクソ下らない悩みだ。

私は結局代替が効く存在である、価値があってそれが現在も尚続くから特別になっているだけで、それ以上の存在が出ればすぐに無意味になるだろう。

「・・・私情じゃん、そんなの。不安になるなぁ。」

「・・・え?」

「惚気話、自分がこんなに合理的な思考を捨ててたなんて思わなかったっていうね。」

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