死屍涙々
最初の方の改行がつめつめだけど字数制限に引っかかっただけで改行した所にあまり意味はないよ。
同性愛かどうかは見る人次第なので念の為つけておいた。
近いうちに継承物語と死屍涙々の解説動画出すよ。
URLは完成次第置いときます。
風が立ったとしても、君は死んでくれるなよ。無理に引き留めて私のそばから離さないつもりでいたが、彼女の身体へは遠かった。こういう時に限って目は鮮明なままで、明るかったのだ。
私と言うのは純粋な愛情をとことんまでいたぶり、良心が少し芽生えた所でそれ以外を切り落とすと完成する。故に、諸悪にあったやも、そうと思える。歩幅に違和感を覚える事はなく、覚束ぬ足取りは相変わらず、骨格の曲がって治らない、一生の付き合いである。私は正気にて血の盛る怒りと笑えじと悲嘆が声をあげつつ、苦しみの最中、最果てとしてまだマシな目の前の光景に薄らと笑う。今の壊れた私は、きっと彼女の思し召しにあらず。そう願うのは彼女のいない今であるから。故を語る、そして、美を語る。彼女は、かく言う人物であった、と。
私の好ましきと思うのは、加虐心唆る女である。言葉巧みに現実を壊し、夢さえ見せず、失う事だけを持ち続けるという様を見たいのだ。初めからこうあった訳では無い。肉体的な欲求が先のもので、精神的欲求はまた違う。ただ、強いて言うならば彼女こそがその全てであり、在り方を一言で捻じ曲げる存在であったと言える。
愛らしくあれ、優しくあれ、静かであれ、そういうごく単純な積み重ねである。生まれては、足が動かぬと下半身不全に陥る。ベッドで過ごしては、次は心臓が機械で補助され、外でさえも危険と隣り合わせであった。
病室の一角、彼女は座して死と生の差を知らないままでいた。傷一つ無い至高の肉は、何よりも愛らしい。細身の狂女とは違う、母なる肉であり、優しき柔らかさである。触れれば少し熱い、私の下がりがちな体温とは違う、穏やかさがあった。背丈は比べるつもりはないが、胸は豊満であり、艶やかで、手放すのは難しいと思い込んでしまう。私の自慢の彼女であった。私には良き友人達がいた、私の癖だったりが入り交じるが、あだ名である。その中から選りすぐりを挙げる。ジルヴィスター・フォン・シュラドーニッツ、パトリシア・チャーチル、メアリー・デイビス、レム・ディ・トマソ、シャーロット・ジョナ。そしてジェシカ・ホーキンス。ジルヴィスターとレムは相棒と親しみ、私の無能さの一方、何らかの気の迷いで私との交友があった。私は彼女の為に上流階級だの、友好関係だのを数千まで揃え、今は手放す他無しと手を切られたが、多少の繋がりは残っている。当時は説得を繰り返し、彼女の血とならん事を願った。ありがたい事に、彼女の使う金は満ち足りて、一部の余った分は返した。ジルヴィスターの友好関係は、やはり侮れぬ。私は彼女が為と少々血が上り、そこまでの事をしでかした。大半は好ましいと、残りは面白いと見ていた様で、私の評価はうなぎのぼりであった、今は地の底であるが。私はいつの間にか彼女に魅了されていながらも、彼女は私のあどけない苦肉の策を好ましく思った。何時かは覚えている、一字一句、今の狂いそうな頭を唯一支えるものとして、私の一生は三年満たずだと思わせる一つのシーンとして。彼女の嫌いな所は思い当たらないし、愛せない所も思い当たらない。そういうものであった。私は本をよく貸した。医者も大した病院では無いし、高齢者用のベッドも置いてないから、構わないし、彼女の為にも置いていけと言った。それに感謝した私はいつも何かを起き、値が上がる新品の本にやがて飽き、古本屋に通った。種類問わず数百冊、定期的に交換してはそれ目当てに来る友人も増え、彼女の交友はより増えた。昼休みにあの医者の目を盗みながらも対応を怠らず、仕事を十分にこなして、ギリギリに終わった演技をする看護師が裏でサボって漫画を見に来ているのを知ったら彼はどうなるかとか、小学生の当時、私は美人であった彼女に甘やかされ、後ろの視線が痛かったが甘やかされた私は隠していたのだ。心が、彼女に芽生えた。種だけだったものが、とこの時に実感した。少々学校の終わりが早いと、親に指弾されない様隠して行っていた頃だ。カーテンを閉じていたのが珍しいと外から思いつつも、私は連絡手段も無い為、知らずに飛び込むと彼女が裸でいたのだ。年端の行かぬ少女とはいえ、恋愛関係にあり、見惚れる肉体だ。エクスタシーは絶頂へ、恍惚とする。彼女も恥は多少あったのか隠したが、見ても良いと、そういう風に困っていたが、あの私を甘やかす看護師が目を隠して両脇から手を通し持っていったのだ。・・・少々残念だ。
そんなとある日だ、私にとっては未曾有の事態、それともそういう性格なのか、私に彼女がいることを知りながら、別れて交際を要求されたのだ。断固拒否、とも言えない。概念さえ曖昧模糊、隔絶され、邪魔とされる障害者であれば尚更。障害者は軽度でも指摘される。軽度であれば元からのものではなく他者から傷付けられる事も多く、声掛けも希少故、驚きに戸惑い、収束として喜びがあった。彼女の名はジェシカ・ホーキンス、少々特殊で、占いにメンタリズムといった対人の心得があり、先読みしては叩きのめす様な女であった。占いとは九割九分まやかしと言っても構わない。昔と違い占いを基本に運営する国家が存在しない、サラミスの海戦でたまたま当たった程度、寧ろ騙してきた事への悪評が占いを象徴している。ただ彼女は違う、ギャンブルの内容を当て、イカサマを混ぜてもするなと警告し、イカサマでしようとした内容を当てる、少々、友人内では信用する事を憚られる事が多かったらしい。他の場所と比べ変人が多いこの場所に彼女は身を置き、誰かに伝える、というのをしたかったらしい。詳細を基本的に語らないが、理論や仕組みはあるらしい。父親にギャンブルで必ず勝つ条件を示し、追い出されない程度に目立たない行動をとると言うが、彼女の身元に親が見当たらないとか、ディープな噂も発見した。きっと、彼女は綺麗なのだろう。きっと、彼女は優しいのだろう。魅了された相手がいて、既に興味を持たない私に彼女は寄ってきた。私の霞んで見る事を履行出来ない目、つっかえている様に大して聞こえない耳。彼女は拒む事を分かっていたのかは今も定かではない。そもそも何故好きかも分かっていない。大体私を好む人は理由ありきだが、彼女だけはそうではなかったのだ。私は予言とやらの通りか、断った。当然なのか、彼女は傷付いた。とんでもない置き土産を渡して、だ。未来永劫の不幸を願う、断絶こそ貴方に似合う。後で、これは不幸でありながら幸福であったと知るが、最早大切なものを失った私にはさして興味の無いものだ。最初に、体の修復が遅くなった。傷の治りが七倍遅くなった。血が止まらず、止まっても治らず、三年以上胸に引っ掻き傷があった。そして、断った事への無性な罪悪感があった。間違ってはいない、きっとそうだと、信じたい。私の愛しい彼女は、不安であった。少し距離感が出来た。治療に関して、頻繁になったからだ。
私はあまりにも彼女以外に興味がなかった。周りを見渡すのは限りがあり、彼女への配慮が条件に入らない限りは彼女のどこかを見ていた。恋は盲目だ、それは確かなものだと理解した。彼女を思う心に嘘偽りはなく、誰に問おうと付き合っていると言われるだろう。三年もしたら、彼女に起因する新たなる勇気、1を100にされた感覚が彼女の支えの元にあった。平和があり、自由があり、時間があり、恋があり、愛情があり、二人がいる。それらを以て悲劇は怒らない事に繋がった。私がドイツで出会った、話の分かる人間ジルヴィスターは不憫な彼女を気にかけていたが、どうやら今では嫉妬しても良い頃合いだと罵るのだ。さて、評判も良くなった所で追加シナリオと看護師が言った程度には、初対面の人を魅了する外見を有する人物等が現れた。ジルヴィスターの施しもありがたいものだと、感嘆する。ジルヴィスターというのはモテない事に悩む男だ、私は理由が分かっているというか、気付いているが友好関係が広がり続ける彼に口出しをすると良い利権が失われると思い、言い出しはしなかった。彼の様な飛び級でほぼ教育を終わらせた秀才にどうこう口を出しても意味は無いだろう、という楽観的で堕落した考えもあった。モテるというのは第一に勇気がいる。手当たり次第に挑むのが良い。恋愛で妥協をするならこの時期に済ませる方が良い。取っかえ引っ変え女を作り、大人になって「竿姉妹製造機」とか言われる前にそういう恋愛関係は落ち着かせよう。と、その話を考えてノートに書き込んでいたら、彼女はあまり気に食わなかったらしく、私に嫉妬という感情を見せ始めた。私は例の看護師に映像を用いて脅しをし、無抵抗に、やる気がなさそうに協力して、一つ試した。ハグの時間が他の女性のものを長くするとどうなるのか、だ。勿論途中で看護師がバラして終わった訳だが。私はその時に彼女をよく見ていた。恋愛感情を逸脱した興味を持ち始めていた。人がペットを飼う時の様で、実験動物という文字が脳裏に浮かび、無性な吐き気もあった。だが、それを押し殺す要素があった。私は肉体的にも、精神的にも、理性的にも彼女への愛着を持っていた。愛情が未熟な部分はあるものの、全てが揃ったのだと。
不安も大した事にはならなかった。私は臆病さが彼女と共有され、より彼女との親睦が深まった。当時が小学四年生と考えると随分とマセた話だが、彼女の精神だけでなく肉体、及びそれの成長加減が目を張るものだった。看護師の個人名を出してその人よりも大きいと言ったら、交友の深い私側に立ってくれる看護師がいなければなんらかの危害が加えられていただろう。ただ、彼女の肉体や、性行為の知識があまりにも乏しい為・・・具体的に言うなら当時の保健体育の性関係のテストは30点代で他教科の最大三分の一程度の点数しか取れなかった。具体的な行動に言及されないため理解出来ていなかったというのもある・・・という事により私は手を出すとしても、上半身をペタペタ触る程度で、彼女の去り際まで、彼女は処女であった。休日平日問わず、親の目を盗んでは、騙し欺き、出し抜いた。結果、彼女との幸せはより増えた。表情豊かになりつつ、同時に彼女はお淑やかさに磨きがかかった。落ち着きがあり、包容力のある、今も理想とする女性像。
私はそれ以外の時間をなんらかの、つまらなくないであろう事に費やしていた。その中で私はとある人物に出会ったのだ。シャーロット・ジョナ及びレム・ディ・トマソ。フランスの血統で、片方はアスリート家族、母親は大会の出場条件であるホルモンバランスで引っかかってあまり有名ではないらしい。父親も然り、有名であったが、態度の面であまり評判は良くない。彼女は四人家族で、その理由は元から子供は二人以上と決めていたことに加え、兄が病弱であった事だ。それで病院を通じ知り合った。兄とは仲が良かったが、突如この世を去った。私はショックに至ったは至ったが、今の様な涙脆さはなく、むしろ受け止めなかったことにより何事も無かった様に思えた。その頃は曾祖母も死んだ頃で、私にとってはごく当たり前、という捻じ曲がった先入観があった。ただし、そのツケは高かった。兄と関わり、その後すぐに死ぬ。大して思い残さず、いつも一人ばかり見ている。ジルヴィスターの爽やかながら焦った表情で、私の害は始まった。シャーロットはアスリートの子、私の覚えている限りでは彼女の身長は190以上あった。当時でも十分大きく、私のあまり伸びていなかった当時の背丈では太刀打ちなど不可能で、勇気が少しあるだけであった。太刀打ち、確かに私はナイフ等の刃物に対抗出来はしなかった。気付いた頃には、私の腕をナイフが、丸々貫通していた。病院の一角の話だ。叫ぼうものならと彼女はデコに掌底を叩き込む。ジルヴィスターは彼女の居場所を訪ねたが、あの彼を出し抜いて来たのだ。・・・ドイツ人のルール下と違い、彼女は病院の壁を登るという荒業を使ったのだ。登りやすかったから、と二年後に彼女は供述した。幸い血はあまり出なかった。私はその後に事情を慎重に聞き、結果慎重さを怪しまれ追加で三回、移動手段も絶たれた。声が霞んだ頃、朦朧とした意識の中で、私の訴えは彼女に届いた。ナイフの五度目は特に危険で、刺さってなくとも他の被害は甚大で、とんでもないが、生命の危機は運良くなかった。彼女のハグは良いものだ。ナイフよりも痛く、重い、心地よいというのが唯一の違いだ。ナイフの恐れにより彼女と無理に付き合った。私は朦朧とした中での言葉を未だに彼女に聞くが、それを教えてくれないのだ。私の彼女は本命が変わる訳無いと自信満々に世間体的に言う浮気を許可した。私は彼女の優しさを知るが、同時に兄に対する重い感情や、子供らしさに多少の笑みだったりを思った。彼女は私の彼女を手伝った。なんせ力が桁違い。馬乗りされたら全く動けない程だった。・・・どうして分かるのか?・・・あまり触れないことを進めるが、強いて言うなら彼女の愛情、本来なら兄の取り分を引き受けた私が無惨にも貪られた事件だ。そして私は貪られ、初体験を奪われた。寂しいとか、そういう気持ちはないが多少混在するマゾヒストっ気とは、これの事なのだろうと納得する。私の精通もそれの最中であった。
芸術というものを考え出した。シャーロットとの仲の回復以来、彼女の人付き合いの少なさや少々説得時に色々盛ってしまった事もあって当然の結果としてこうなった。血肉ではなく血潮、脈動する心臓の音や、体に触れれば分かる鼓動。そういう見せないものに対して何らかの感情を抱いていた。今後の視点から言うならば、私の性的志向だ。私のそのようなものを好むという感覚がそれに現れているのだ。そういうきらいがある私は心ゆくまで彼女等に触れ、まぐわり、探り、見て、考え、思う。私は誰かに触れなければ生きていけない気がした、孤独に寂しさがあると、少しばかり思ったのだ。ここ以外に価値が無い、小さい私の夢の中、ここがあるからこそ私は私として形を保てるのだ。快楽無くとも、幸福がある。それがここを城として保たれ、聖域と扱える理由だ。
私はそれが無かった頃は虐げられていた、だが、そんなものはどうでもいい。記録して、復讐心は復讐心として残す程度で良いのだと、私は些細な言を放っておいた。
シャーロットは、同じタイミングで歩く訳では無い、姉妹なんだか親なんだか、引っ張っては後ろを向き、抱きしめれば周りを隠す、彼女の持たないものを彼女は有する、人付き合いの不足した彼女だが、恋愛感情の中でも深い部類の、同じ愛情を有する類の者だった。私は障害で劣っていたから、それにも関わらず優れた成績を収めたから。彼女は優れていて、逸脱していると被害妄想とも言える生存の為の欲求により大きい体を否定され、趣味も批判され、兄もきっと私と同じだった、それを彼女にまで負わせた者がいたと、手当り次第に考えを出した。
私は、彼の代わりに位置するのか。私は、彼を全うせねばならぬと、自分に言い聞かせるのだ。
そうやって数ヶ月もすると、彼女は異質なものになっていた。凡そ感情は激しい、骨を砕く勢いで負荷をかけるハグを連発する、兄といった家族に向ける愛情に、何かが加わったのだ。
私は自分が何をしたかを第二に、第一にするのがどういう損害を受けたか、傷よりも精神に関しては逃がさぬと書く。モナリザは明日に残る興奮を齎さない。私の持つ愛しい人は違う、それ程までに傷や癒しとして首根っこを掴んでいる。
とうに処女だの、そういう一線を越えたのは確かだが、私は彼女との触れ合いの中で、性的志向が混ざり、より深い一線を越えた。
彼女の母乳を摂取した、身体に良い物かと問われると子供にのみ良しと言えるそれをだ。哺乳類として生きる、その一点でなら良しと言えるだろう。彼女が与え、慰みの中での冗談事は、私にのみ随分と大きい出来事だったらしい。
道徳に背くが、理由のつかない罪悪感が襲うのみ。彼女の微睡んだ微笑と同じ目が、私に惚れというものを思わせる。
シャーロットの衣服を探すと、毎度毎度と可愛らしいものがない。だが、私を通して自由が増え、喜びも増えた。可愛らしいものからジャンルが増え、ボディラインを少し隠してしまうワンピースだの、真逆にいい身体を遠慮なく見せつけるジーンズを中心にした組み合わせだの、そういうものにも興味を持ったのだ。
それも投げ出した裸の付き合いは、彼女が最も大人らしい瞬間だ。最初の無茶な愛情を抑え込めず、私に跨るというのも今は優しいのだ。
ある日、何も無い昼、彼女と二人だった。私は彼女に起こされる。強い腕だ、見ていて心地良い。そんな時に聞かれたのだ。
「去ったり、しないよね。」
疑問が、私の親切心を動かす。だが、私にも彼女がいるというのは事実。彼女は奪う事も、その立ち位置も考えない。
「・・・ああ。」
私は感嘆した、彼女の未来を知った。背丈が高ければ細胞も多く、血を巡らせる事数多く、体に大きい負担がかかる。今ではないが、早く去る。それが怖いと、暗に伝えている。関係は崩れ去る、私が彼女以外を捨ててしまう、そして、彼女を忘れ去ってしまう。彼女は、誰かの一番でありたかったと伝えているのだ。
それが、一時の錯覚が終わった瞬間だ。この時に彼女の感情は恋から愛へ変わったのだ。
今はこれだけと、心無い約束をしてしまったものだ。
天に咲く星々を見上げた。地に遍く花を眺めた。
そして、私は彼女の真横の顔を見た。これは今の話だ。
脚は痛くない、痺れもしない。
風が遠くへ去った。夜の海辺らしいと、少し震えが起きる。
「・・・。」
「・・・。」
私は、遠き未来を理解した。
この世は開けぬ、モザイクが直線にかかる。
レムという少年は性別を女と言い張る。故に私は彼女は、というのだ。外見は全く女であり、その他の女の有効性を失わせる程だ。奥底で突っかかっているというか、私の見慣れた光景だからか・・・恐らく両方だが男だと直感した。
彼女は随分と最初から馴れ馴れしい、だが、可愛らしさ、愛想の類は余裕ある当時の私には与えて当然と言えた。近付く度に、私は憂鬱と同時に憐れだと思った点が一つ、胸元に隠す化粧を施した傷が、定期的に方向が変わり残っていた。誤魔化している為、触れはしなかったが全て隠すのは無理と、出来る限りはしていたのだ。
彼女は私を欲していたのか、いつしか優しさに依存した。
眩しい金目当ての目はなく、無欲な目でもない。欲というものを媒介しながらもその対象が上手く定まっていないのだ。彼女の目はそれほどに光に欠ける、月と同じ目をしていた。
月というものは本質的に太陽と考えられていた話も多い、神話を探せば一つや二つ、すぐに見つかる事となる。杯らしきものに底まで見える液を注ぎ、空を見下ろす。それが私の趣味であった。つまるところ、欠点を逆手に取り温泉へと向かった。彼女は水辺にすら映える、それがどうもたまらなかった。
どうしてこうも美しくあれるかと問われれば、美しさに魅了された訳では無い、純粋な運だと、この理不尽を嘆く。
説明がつかない時に頼れる虚構は、共通の何かを抱く。彼女の立ち位置がどうあれ、彼女の在り方は変わる事は無い。過去になにかがあった訳ではなく、現実に常に直視する、今自分が最もそうありたいと願う姿を常に思うのだ。
美男と美女の大きな違いは嫌われ易いかどうかだ、嫉妬という時にも納得がいく。性別の差を減らそうと言うのは分かるが、彼女を見る限りは困る程ではないし、当然だったり、解決不可だったり、解釈違いであったり、そういう要素が顔を見せる。私が彼女に肩入れした時、崩れてしまうものが存在する、という考えだ。私は彼女に魅了されそうになりながらも、それは哀れで彩られた、化粧に過ぎないのだと見捨てる感触があった。
私は、どこまでも彼女を男としか見なせない・・・。私には男女の区別は考えが用意されているだけで対応を分ける必要は無いと、気にしなさ過ぎていたのだ。
私はシャーロットに頼る、強引な解決は私の好む所で、単純明快でもしもの場合を想定する事も不要だからだ。親の喧嘩を止めるには両方を椅子でぶん殴るのが良い、すぐに止む。そんな彼女が言うには、もっと情熱的に、女の子なんだって確信させる様にすれば良いと。
私は遂には分からなかった。だが、私は聞いた。
「どうして男だと言うのに、お前はこんなにも可愛らしいのだ。これでは女の価値は無し、酷い話だ。」
「私は、男なのか、女なのか。」
「私は女性的可愛さが女性以上にあると考える。」
「嬉しいかも。」
「私はそういう言葉があれば生きていける。」
無欲な事だが、崩れなければ良いと願った。感情で応じられるのは妙に嬉しい。
私は彼女の頬に触れ、彼女の心はあらわれる。
「正しい?」
「在り方は、誰かに再配分する意味では正しいと言える。」
「もう・・・。」
「悪かった、私の会った中では間違いなくトップに位置する。私自身の感想において、褒める以外は無し。」
「ふふ・・・。」
「干してある布団と毛布か、お前は。」
褒め言葉なのかよく分からない言葉を伝える。彼女への好意ではあるし、観察の結果として先に則った呼応とも言える。
「ねぇ、ちゅー、しよ。」
「それは・・・。」
「感情を昂らせる、不思議な魔法だから。」
「そうか。」
私は、彼女の一切恥じず、動じずの様を目の当たりに置きつつ、私のみ素っ裸になった様な恥ずかしさがあった。数度は経験した接吻も、味が違った。
知らず知らずの内に多少脱いだ彼女が、絹の如く私の肌に触れる。
そこから私は、幾度も女と交わった。感情を昂揚させる不思議な魔法は、依存性を持つものだった。だがそれは一時的なもので、少ししたら止めた。
しかし当時は一時的でも長時間なもの、一日千秋の思いに私は混乱した。先ずは果たしたとシャーロットの所に行った、昂る感情が抑えられないままに、彼女に縋った。どうやらそれを見越しての事の様に、嘗ての自分が行った事をぶり返す様に。敢えて無防備で待ち、私を抱いた。
「謀ったなぁ・・・お前。」
「無欲な貴方に愛を注いで欲しいから、先に手を打っただけ。」
「良い性格してるぜ、都合が良い、分かりが良い、身体も良い。」
「自由にして良いわ、それが恋なんだって、貴方は教えてくれた。」
「ある意味では、初めてか。」
「夫婦みたいね、私達。」
「私の彼女は、誰かに私の何処にあるか分からない素晴らしさを知って欲しいってさ。」
「私は分かるわ、どんくさいのね、貴方。」
「私は妹と近親相姦している気分だよ、浮気ではない、恋ではない。愛なんだろう、だが、彼女との愛じゃない、というのは確かだ。」
「どんくさくても、他の女の前でそれを語るのは止してね。・・・パパから聞いた話だと10分もたないのはどうかと思う。」
「・・・精神的にだけでなく、肉体的に興奮させてる証明だよ。」
「どうして、貴方は彼女とはしないの?」
「・・・下半身不全の女の子を誘える訳がないし、どうも、私は彼女を恐れている。」
「文句を言わないの、素敵ね。今度は姿勢を変えましょ。さっきのは プレッツェル・ディップでこれはバックって言うの。いつもみたいにフェイス・オフを終わりに持っていきましょう。」
「私がそこまで持つかな。」
「搾り取るなら力任せにいくわ。」
「結局こうなるか。」
「ええ、快感という感情を欲しただけ、私は欲しくないの。」
「芸術品は環境も大事さ。君が私を望んでも、君は私を選ばない方が良い。」
「酷いわ、受け取れないなんて。」
「もう示した筈だ、来るなら逆にするべきだよ。」
「・・・与えるのは良いけど、スパンが短いわ。」
「感情との等価交換は、感情が昂るとどうも大きく揺らぐらしくてね。」
私は合計一時間の行為に及んだ後、私は彼女に別れを告げ、帰路に着いた。僅か三時間の事だった。
そして晩飯が近くなった頃に、私は高貴な姿を見た。アレは、本物の貴族だと。
整った制服、非の打ち所無し、頭を思わず下げ、感涙が頬を滴る。武士の家系とはいえ、彼女の高貴は産まれ持ってのものであった。頭を垂れた私に、彼女は触れて、言ったのだ。
「聞こえる、言語も問題無し、通じるなら面を上げなさい。・・・貴方の事は聞き及んでいます。興味があるから来ましたが、明日、出直しますわ。三時過ぎに、ティータイムを行うとして・・・招待状をお渡ししますわ。」
「お嬢、日本人という人種は王の為に命を捨てれる民族と資料があります、もう少しカジュアルに挑んでは。」
英語で背後にいる男装の護衛が口を開く。
「閉口なさい、偏見はよくありませんことよ。中東には神の為に死ぬというのもありましたし、日本人が仁義に厚いというのは比較的そうでしょうけど、本質は人間、同じ仲間として扱いなさい。私も彼も、産まれが違うだけ、それに過ぎませんから。」
「失礼しました、そちらの方にも、お詫び申し上げます。」
「日本の国の日本人相手なら、日本語で話しなさい。」
「謝罪位分かると聞きましたし、彼は思い詰めがちなので止めておけとジルヴィスターから忠告されましたので、伝わりにくい方が良いかと。」
「気遣いだったの・・・それなら良いんじゃないかしら。・・・私も分かるわ、優しい人間だって。」
「では、私達は一足先に去ります。また明日、お会いしましょう。」
休日は昼下がり、午後の休み時。
未だ馴れぬ紅茶、甘さとしょっぱさを控えたあっさりしたラーメンの味だと酷評する。
一方スコーンは美味かった、手が止まらない・・・という点ではかっぱえびせんとかで十分だ。
何もかもを放棄した瞬間の風が、私の静けさを起こす。今の辛しと思う時の鼓動は、静けさと共にうるさくなるが。
私は、同い年の貴婦人とお茶をしていたのだ。彼女は私の好みを見図り、動物に餌をやる振る舞いを見せていた。・・・彼女の触れ方は優しい、冷えている手の平は私への渇望を滲ませた。
今は分かるが、得体が知れないというのが当時の私の思う事だったらしい。
私は生まれつき耳が悪い質と知ってか、彼女は近くか、揺れで伝わる様触りながら告げる。会話としては一方通行で、私への遠慮のなさや、抑圧した上での配慮は人一倍程度で収まるかは怪しかった。
噂話を聞きつけた冷やかしの連中ではないらしい。と、彼女は私の眼鏡を外した。そして、少し度の高い眼鏡を与えた。
「あまり長く固執しても、仕方ありませんことよ。」
眼鏡の傷が見えた、間近では歪みどころか埃としか思えなかったそれを見渡せる様になる。そうやって世界の明るさが変わった。私は、目をより細めて言うのだ。
「私は、手放せないのです。」
私は財宝を隠す様に、喪失という処女を守る。一度手に入れたならば最早失っているが、そうあれかしと分かり得ない理屈を頭に念じた。
「そうね、だからよ。」
私は、それの意味を察した。
二日目の話だ、お茶は再び行われ、私は休む
「私はジルヴィスターを通じてここに来た、そしてメアリーという悪友に先手を打ち公爵がどうにか一週間は粘らせるでしょう。」
「メアリーさんとやらは、どのような御方で?」
「優秀で厄介な女よ、父親はIT、母親は私設軍隊だったかしら、戦略結婚、という奴よ。私は世襲の貴族で、向こうは成金、身分の違いはれっきとしたものだけど、今の内は仲良く出来るわ。」
「メアリーさんも、こちらにいらっしゃるというのは確定事項で。」
「そうね、レムちゃんと彼女が呼ぶ呼んでいる殿方に吹き込まれて、惹起になっていたので空港の貸出倉庫のコネを使ってプライベートジェットと私設軍隊の機器も袖の下でメアリーに飛行機関係に乗せないことヘリコプターとかは使えるけどブリテン島から日本列島なんて遠いったらありゃしない。EU圏で生きると、パスポートでも揉めるのよね。」
「・・・そこまでして。」
「あら、メアリーがここまでして来るって事は、かの日英同盟と同じ程度の惨事でもあるんじゃない。彼女はワシントン体制の時のアメリカと同じ、見返りは一切求めない事と、引かない事をお勧めするわ。・・・あら、困ったわ。公爵がやらかしたみたい。二日後ね、あのヘタレ、私の時間に不満でもあるのかしら。」
「・・・そこまでして・・・。」
「ごめんなさいね、貴方みたいな良い男、珍しいから。」
「いえ、滅相もない・・・って私何もしてないし完全にそちら側の問題なんですけど。」
「珍しい、というのは世界的に思考力の平均が上がっているからこそですわ。悪徳無き生涯、期待しておりますわよ。」
私は心にくいを打たれた、しかし、くいも何時かは外れるもの。その時にやむかは、傘を持たぬ時の雨の終わりを気にするが如し。
「私は貴女に興味はありますが、それ以外にどう興味を持てばよろしいでしょうか。」
私は跪いたかの様に問うた。上を見上げる事はままならない、目を合わせるというのは恥ずかしいというもの。だが、彼女は私の手を離さない。
「鈍感ね、ど・ん・か・ん、それは。貴方は貴方だけが理解出来る訳じゃないの。私は貴方を理解出来る分には、貴方の欠点なんて些細なもの、子犬の牙と同じよ。興味とメアリーには負けたくない、それだけね。」
「・・・はぁ・・・。」
「メアリーについて聞きたいとは思わないよねぇ、まーさーかー。」
「・・・はぁ・・・。」
私は自分の信頼しきった相手ではないが為、納得はしているが曖昧に反応し、彼女の子供らしい部分に疑問を呈した。
「ならばよろしい。」
「・・・はい。」
彼女は私の口に触れて言う、可愛らしい警告であった。相当彼女は仲が良いらしい相手に、多少ながら興味を持つ。
「貴方、ダージリンが好きなのね。」
手に戻し、顔を見据えて言った。 その言葉で、正体を見透かされた気分になった。だが、それに反抗する様に続けた。
「ええ。」
「・・・ほんっと、鈍感ね。気付いた上でやってるの。」
「いえ、そんなつもりは。」
「甘いわね。」
彼女は紅茶をより強く勧めた、私はその行動にちょっとした感銘を受けたのであった。
三日目の事だ、今日も今日とて茶を飲む。
彼女のかくしんに、私は触れた。
「貴女は、怯えれないのでしょうか。」
針を飲む味がした、下に触れた感触が、自分の血だと分かるまで錯覚した。
「怖気付かないのは、痛みを知らないのと同じよ。違う事は、私が間違う事への恐れよ。怯えじゃない、それに気付いたのは、貴方が初めて。」
「恐れは過去より、怯えは未来より。本質的には同じですが、私はそう考えるのです。」
「・・・ふふ、あっはっは。・・・本当に良い人ね。」
「過去と現実をすぐに片付けれる手腕があるなら、私はそれで十分だと助言します。」
「調子に乗らないの、バカ。」
「えへへ。」
「・・・でも、少し残念ねぇ。これじゃ唯の女友達、性的な関係はお好き。」
「答えません、私は、芸術品を触る程愚かでなければ、女に触れるなと言われてそれを厳守する程の賢明さもありませんので。」
「真面目な賢者よりジョークを言える賢者が良いのが上流階級の嗜みよ、貴方地雷原で走り抜けたりは流石にしないわよね。」
「貴女を守る為ならば。」
「気力で何とかしようという考えは、筋力で解決しようとするよりも危なっかしい考えよ。」
「真面目に生きるのも、多少飽きましたので。」
「・・・良いわ、そういう事ね。・・・たちなさい、少し、したいことがあるの。」
私は彼女より先にそれに応じた。腕を引っ張られた彼女は、痛いと思った不満よりも、その行動に呼び起こされた感情の方が大きかったらしく、呆気に取られた顔は、一瞬凛々しく、すぐに柔らかい顔に戻る。
「・・・越される前に、お願い出来るかしら。」
私をいつでも見据えた彼女は、今だけはと上を見た。涙を見せない彼女は、自分の姿を理解しているのだと、私は知った。
「Sir, Yes sir.」
私は静かに答え、跪き、彼女の手の甲にキスをした。
私は一個の命と忠誠心を差し出し、対価を与えられた。時に破滅へと繋がる、爆弾の様な感情だ。だが、案ずるな。勇気の無い者は最初から失う物など無く、虚しい存在だ。しかし、彼は感情という無形のもので満たされ、勇気もその一つとして、彼に芽生えた。得たものとは思わないが、不思議と金持ちの気分になったのだ。
さて、その翌日、お嬢のボディガードである男装をした女より、伝言があった。
『メアリー嬢には気を付けろ、態度ではなく、純潔さを守れ。』
性格が悪い悪徳令嬢が思い浮かんだ、だが、お嬢がその人間を良き友人と認めるだろうか。純潔さとなると大抵は性格によるもので、私の打ち直したての感情では揺らぐかもしれないのかと、性格への警戒、外見への期待を募らせた。
明くる日を見上げ、私は願い下げだと、本を戻す。定期的な交流の元、意外にも大胆不敵だと知った者は衝撃を受ける。
学生時代の幸福を掴む者は勇気というものを善悪問わぬ形で有する。私には蛮勇という形でそれが備わった。
本質的には優先順位を決め、性質的に取り込んだものを理性的に判断し、切り捨てるものを定めておく、被害者の数が違うが義賊の真似事だ。・・・こう言えば罪悪感が多少和らぐ、そう私は思っていた。
資金繰りにあたってもう一人、メアリーというパトリシアの様な本物の貴族ではないが上流階級、IT企業によりのし上がった男、その娘であった。
私は取引によりこの日から二人の主人に仕え、数年後にその契約を合意の上で破棄した。
彼女は色欲の凄まじい人で、私を時に翻弄する。今日は彼女の話のみだ。
私が彼女の初対面の行動に困惑を乗り越え、暫くした頃の話だ。
「ボノボは戦いを止め、様々な体位でのセックスを行う事がある。同性の場合もある。人間の心でも、夫婦喧嘩とかをするなら営みを繰り広げたいと思う奴はいるはずだ。」
「どうして今言うんですかそれを。」
ティータイムが随分と汚くなった、そういう意味の純潔さかぁ、と思わず感心してしまったが、酷く残念だ。確かに見た目は良いのだが、お嬢の威圧感が無い、それは、決定的な違いがあったからだ。
「冗談では誤魔化せませんよ。」
私は彼女が股の上、丁度良い位置にある手を引く。彼女は強い力で躊躇うものの、一瞬手を引いた私を見て
「・・・私の事、知らないんだな。」
「知っても変わりませんよ、残念な美女である事は変わりませんよ。」
「・・・これでもか。」
彼女が衣服をたくし上げると、意外性による衝撃があったものの、大したものでは無いし、人間である以上知らぬ病もあり、寧ろ神話的存在だと疑わしく思うと、目を逸らすにも逸らせない。
「別に、変わりませんね、寧ろ好奇心がそそります。口裂け女みたいな言動はつまらないんで下げてもろて。」
「素っ気なくてつまらない、とは言わない。良いな、もう少し顔を見せてくれよ。」
彼女は私の顎を引き、光を差し込む。彼女の控えめに出っ張った唇の輝きが私を惑わすのだ。
「酷い目・・・コホン、ちょっとしたジョークだよ。・・・外部からの傷だな、私の知っている所に眼鏡を扱っている場所はあるが・・・パトリシアに先手を打たれたな。良い男だよ、だが、傷がそれを語る訳じゃない。最も、胸の傷は違うがね。」
「・・・それは、私が犠牲となったからですか。」
「違うな、傷も新たなる血肉の剛健になるならば、壊すとか、報復するものとは別のものとして成り立つ。どちらも愛情が向き合い、成立した。・・・歪んでるが、美しい。」
「どう扱うべきなので。」
「・・・ああ、そういう風に乱暴したいのか、逆にされたいのか、って事か。」
私は大いに首を振った、ここまでガンと張って違うと言える事はないだろう。彼女はその応対に笑い、私は微力ながら反応する。私は少し、辛かった。
お嬢がああ言ったのは、本当にそれだけの意のみであろうか、私はどうもそれだけとは思えなかった。
「パトリシアは何を言っていたの、私に教えてくれる。」
顎に手を当て、ポーズを取って彼女は語らう。そして、彼女は踏み切る様に、私に告げる準備を始める。私はそれに気付きつつも、先手を打った。
「いえ、些細なものなのでお教えしません。」
「ん、じゃあ、幾つか話そう。」
彼女は私の抵抗を避ける身体に立って近寄った。続けて言葉を漏らし、独り言として私に言うのだ。
「臆病さを克服したのは、一時的なものだ。いづれ、どこかで、心が折れる瞬間や、絶望してしまう瞬間があるだろう。・・・早過ぎる、早過ぎるんだよ。そして、今の世界は善行によって成立しない。お前にとっちゃ都合が悪いし、厳しいだろうな。・・・他の複数の女の匂いがする、どいつもいい女みたいだ、誰も香水を使ってない、体液の匂いがする。・・・純粋な愛だ、血の匂いは処女膜のものか。・・・一夜の夢の如き今の命、お前が少しづつ変わってもそのままでいられるかな。不安だよ、勇気がお前を変えてしまうのが。永遠は変化より美しい、そう思えないのが今のお前だ。リベラリストと同じ、歪んじまうんだ、それが。パトリシアが私を呼んだ、その理由が残虐さを孕むが為、嘘であると気付いたんだろう。」
私は頷く、確かにと言える話だ。受け止めたくないという現実は、形を変えて、今へ影響を及ぼす。彼女はジェシカの真似事をすると同時に、あるかどうか疑わしい幻想を叩きつける。
「それを蛮勇で答えるのは、正しいでしょうか。」
「どの道にしろ、辛いだろうよ。理想的な人が揃っているこの病院であるからこそ、お前の城とやらは成り立っている。病院のシステムや人間関係の在り方ではなく、個人個人の人格から来るものだ。所謂、理想の国家は理想の国民より成り立つ、というものだな。誰がやれなきゃ誰かがやり、補助も外部から持ち込み、交流により栄える。病院側としても運営しやすいだろうよ、そこにいる人々が理想から外れた人間じゃないからな。」
私は、少し考え込んだ。かなりの時間、悩んだ。私が感情を与えられて動いているのは、欲望によるものではないかと思ってしまうのだ。
「・・・ちょっとした異性との遊びだ、気の迷いだって思えば、許せるだろうよ。・・・ほら、抱け、拒否は認めん。」
彼女は私の膝の上に正座し、足を少し崩した。彼女の特殊な点を隠す様に、目を逸らす様に、私に背中しか見せないのだ。
「人の上は、良いもんだ。柔らかくて気持ちが良い、そういうお前はどう思う。」
「私は、不可思議な行動含めて腹立たしいと思います。先の様な言動をするならせめて彼女の方が貢献するという意味ではマシになるでしょう。身体を交換して欲しいものです。」
「はぁ・・・それ、肉体が私でも愛するって事だろう。」
「私は肉体よりも精神に重きを置いているだけで、以前程の愛情にはならないでしょうけど。」
「いんや、お前は彼女の肉体も大好きなんだろう。あの弱々しい脚も、別々の愛情が働き、お前の感情というのを一挙手一投足で動かせるのさ。私も出来るが、彼女程ではないだろうよ。・・・鈍感男、一つ言っておこう。一挙手一投足は私唯一のものだけじゃないからな。」
「無条件で揺らぎますかね、それは少々卑怯かと。・・・柔らかくて良い匂い、『プラダを着た悪魔』でも観ている気分ですよ。」
「ピューリタンにそれを言うのは野暮だぜ。」
「褒めていると分かるなら、それで一考というのはどうでしょうか。」
「ああ、じゃあ、メスの素質もありそうだな。」
「褒め言葉として受け取りますが、少々具体的に表してはどうでしょう。私はモダンアートを分かろうとしない人間ですので。」
「降参だ、良い男って発言も取り下げるよ。」
「お互い様ですよ、私も降参します。だからその発言を取り下げてください。」
彼女は私に正面を見せまいとする、私は柔らかさや香りに惹かれ彼女の腹回りを抱き締めたまま、その話をした。心拍が聞こえる、背中に耳を当てれば、より大きく、少し早い、体温も熱く、少し火照った、私に何らかの影響を与えるべく多少の興奮を起こしてまで、応戦したのだろうと。
少しの間だが、彼女の指示で私は立てていないし、抱いたままである。そんな中、お嬢が現れた。どうやらかなり笑っているらしく、醜態を見る限りは不味いだろうと寝た振りで誤魔化す。
「貴女やっぱり良い趣味してるわ、人の従者を選ぶのと、呆気なく敗北した様を無理に隠そうとする事。・・・立派ねぇ。・・・うちの従者は。本当に。」
「うるさいなぁ、私は私でやっただろう。隠し事は必死に行うのが当然だ。私にも恥じらいはあるし、乙女なんだ。」
「言いなさいよ、ほら、ほら。私の従者は優しいわ、友人の言う事なんだから、信用出来るわよねぇ・・・。カメラ、持っていた筈なのだけど。」
「ああ、もう。分かったよ。」
彼女は私が抱き締めた所を片手で解き、その上のまま振り向くのだ。隠そうとしているそれもだが、赤らめた顔ばかりに目が向くのだ。
「お前は魅力的なんだ、オスとしても、メスとしても。・・・私はお前みたいなのが大好きなんだ・・・どうせ届かないし、すぐに心変わりしてしまうだろう。今だけは、私を乙女でいさせてくれ。」
彼女の嘆願に、私は崩れかけた彼女の姿勢を支え、顔を近付け、その手を払い除けて示す。
「彼女がオスメスと呼ぶの、単純に受け取らない方が良いわよ、彼女のその姿を見ると分かるけど、複雑極まりないもの。・・・私の従者、彼女の本性、そして欲求不満を晴らしなさい、私からの命令よ。ええ、公衆の面前でこの哀れな姿を晒す悪い子だもの。」
性格が多少悪い主人は、友人の酷い醜態を見つつも、彼女なりに思いやり、その成長を見届けたのだと、私はその姿に呆れた笑いが浮かんだ。下に戻り、彼女へ良い顔をする。これだけの激情が走ったからか、体は普通の乙女らしい態度となり、今日ばかりは恭しかったのであった。
先に続き、一段落加えた後の話をしよう。
私はその日、驚愕した。彼女の怒りを目の当たりに、対象が自分ではなかった為、観察に熱中していた。その事についてだ。
私の彼女に嫉妬という感情はあまりなく、独占からは程遠い、与えられたものが多い故にせめてと、自分の命を削る様に振る舞うのだ。・・・見ていて辛かった。能力主義の中で彼女は不要とされる人間に扱われるのだろうと考えると、前日のジルヴィスターの話はいかにもおぞましいものであった。しかし、私は彼の様な者には賞賛を贈る、彼は協力を惜しまない、相棒である。どんな緊張感であれ、私が盤面を乱し、傾け、その後彼が均整を取る。そういう流れがあった私も多少は丸く、だが苛烈な手をとった。
私のその考えは、フィジカル面で優位だからと、人肌恋しいと事実を述べ、私にじゃれつく。私はいつでも良い顔をする訳ではなく、時に不安や悲しみより喜びが消え失せるのだ。私は障害である事を時に罵られる、時に運動が苦手な事を馬鹿にされる、時に成績が優秀であった事を妬まれる、時に一人を立てるのに危険だと排除される。私は、ここが城であった。永遠の仲や、愛情の宿る城。おぞましきは通るに能わず、そう告げる程の沈黙があった。だが、彼女はその禁を破ったのだ。おぞましきへと成り果て、私はまだしも、私を愛する人は強い侮辱であり、挑戦であると受け取ったのだ。危険を察知し、咄嗟に頭を下げて避けた私、飛び道具が何かを確認する事はなく、ジルヴィスターは緑茶を起き、彼女に目を向ける。
私は、恐怖ではなく安堵を抱いた。燃え盛る様に見えた彼女は、あれ程の顔は絶望の時にしか見せなかった、激情が喝として動き出す前に、私は彼女を抱き締めるべく動き、音を察知したシャーロットは動く。彼女はすぐに察したが、いつものが様な事はせず、私の望む形に終わらせた。
手っ取り早く、そして迅速に対応したが、看護師が面倒事だと回収して行ってしまった。
メアリーはあの日以来私に何かを包み隠す事はせず、私に立派さを見せるという恭しさもへったくれもない行動も時にしてきたのだ。彼女は既に処女でなくなった。彼女は元があまり高貴とは言えず、卑屈になってしまう。だが、背徳感を多く感ぜられるそれをすると、納得と同時に、この快感を維持すべく体裁は取り繕わねばならないと思うらしいのだ。
私は先の事件の後、シャーロットが逃げない様に、と気を利かせていた。どの道逃げないと確信していた私はシャーロットに近くにいろ、と指示した。
謝罪も要求しない態度で挑む、私は相手を見ている上で判断した。座った彼女と、私のすぐ傍に立つもう一人、部屋にはそれだけであった。病院にベッドがあり、定期的にまぐわって汚す、というのも日常茶飯事で、例の看護師だったり、チョロい別の医者が看護師がいなければ難しいものだ。隠せる様に、とかそういう理由で着衣の回数が多く、私は今日もそうなる、仕方ないかなと自分からアクションを起こした。
「これで、いいかな。」
私は衣服を脱ぎ、彼女に見せびらかす。欲求不満に答え、彼女の裸も見て、私はまたそそった。
「シャーロット、いつもより多めだが、いいかな。」
「オーケー、良いトレーニングだね。」
三人でまぐわる、いつもより二時間多めであった。
そんな中で、私はメアリーの顔をよく見ていた。灰被りの様な目で、子供の頃に煙突の中でも掃除していたのかと思う程に汚れていたのだ。生まれを知った感覚であったが、私は血を通わせて、心肺蘇生をするかのように注いでいた。
彼女の手を開き、私はその手を自分の手と組ませた。終わったあとも外さずに、握っていた。
「お前は、私の方が大事なのか。」
彼女は私に馬乗りになり、搾り取っては言うのだ。だが私はそれに応え、多少起き上がって言う。
「平等に扱っているだけだ、持っている感情が違うのに、それ以上の区別をするのは自分自身が許さない。」
「・・・期待した私が悪かった。シャーロット抜きでもう一回する、まだ私は不満なんだ。もう出ないなら、こっちにも考えがある。」
「そう・・・か。・・・はぁ、私は彼女と一度もまぐわったことが無くてね。・・・不安と思う理由も、分かるだろう。数時間もいないと彼女も気付く。私がどういう気持ちなのか、私がどうしたいのか。不安なのだろう、絶対に。・・・私は、不思議とこれでも良い気分だよ、そうしたいならそうすれば良い。女だとか男だとか、私には微々たる問題だ。かの童話作家も、チェリーだったが、同性経験はあるとか。・・・ヴァージンもチェリーも、何も知らない私に言ったら、最初に聞いた正体を信じるだろう。・・・その程度の問題だ。その立派なモノを入れられようと、私の人生に新たな快感か、不快感が持ち込まれるだけだ。・・・私は、彼女にだけはそうなって欲しくない。そう思うのだよ。私は汚れようと構わないが、彼女が私を憐れむ様に見えた、それだけでどうも怖いのだ。私は楽しめるし、シャーロットがここまでエッチな娘だとは思ってもいなかったし、レムが自分では満足出来ないというのも分かる。・・・彼女だけが疎外感を感じているのは、私からすれば恐怖の対象でしかないのだ。」
「勇気及ばず、間違ってはいないが、らしくない。」
「上位者の視点、という奴じゃないか。」
彼女は腰の上から降り、私の脚に触れた。
「新しいというのは、恐れても、恐れても、レイトマジョリティーが存在に触れた後は、渇望したかのように欲しくなってしまうものだ。・・・一般的でない、逸脱したものだ、そう思っても、時代は十年もすれば原型を留めないし、変化しない事を人間は望まないし、歴史は空白を許さない。姿勢を横に、少し力を抜け、新しい快感がお前を待っている。」
彼女は心ゆくまで楽しむ、腸内洗浄を無しに、トイレに困った訳では無いが、掻き乱された感触が痺れる様に残る。普段の快感が一発かましてやった、とすると今回のは往復ビンタをしている気分であった。私はその感覚を通し、何か見つけたか、と聞かれても大したものはない、としか言えなかった。
翌日、お嬢から呼び出され、二人でお茶と、少し眠いまま行った。私はテーブルにつくと、労いの言葉をかけられ、行動への賞賛が第一にあった。
「ごめんなさいね、良い作戦で、どっちもまんまとかかってくれて、粗雑ですけれど、面白いったらありゃしない、ああもう、最高ですわ。先祖の血が滾るとはこういう事なのね。」
後半に進むにつれてテンションが上がり、私の手に触れずとも伝わる、凛々しさよりも喜びが上に立った顔を見た。
「カメラを持ってきてはいたけど、ついうっかり、見えにくい場所に、ベッド中心に映るようなカメラを、録画したままにしてしまいました。六時間程度のお遊戯を見る限りではメアリーの欲求不満は解消されるわ。これ以降は不満ではなく、純粋な欲求と貴方への愛や情欲からこういう事をするでしょうね。主従の契りを二重に結ぶべく手紙は受け取りました。・・・さて、最後はあの子よねぇ・・・私の作戦に応じた対価だもの、キッチリ果たさないとねぇ・・・。ああ、一個良い方法が、また奇策で攻めるとしましょう。メアリーにまた乙女として動いてもらいましょうか。」
「お嬢って作戦とか言ってますがそんな大仰なものなので。」
「気分ね、道から逸れる瞬間が一番楽しいですわ。メアリーの前で脱ぎだすとか本当に従者としてはバカですわね。そういえば、セックスの回数が多いのは何故ですの、好きだとか。」
「・・・あー、そうですね。・・・強いて言うなら、感情を昂らせる魔法、ですかね。」
「じゃあ直腸が真っ白になったのは。」
「頭が真っ白に・・・とでも言えば良いですか。私はその感情というもので何とか私らしく居られる、というのもあります。」
「私のボディガード、20後半でバツイチ処女ですって、今度如何がか聞いてみれは。」
「良いですね、そういうの。」
私は彼女と高らかに笑う、医者からの診察を終えた彼女が途中から入っては、普段の話に戻る。
私は女遊びを通して、様々な感情を手に入れ、それは良くも悪くも影響を及ぼし、私に新たな怖さを与え、時に快感を与えたのであった。
私はまだジェシカとの交流があった、別に彼女が嫌いな訳ではないし、少し傷心気味と快く思えなかったのだ。
流石に彼女とはまぐわれなかったが、彼女の体はきっと凄いと、ルネサンスの美術を想った。
そんな私は、時々彼女を説得しては、その有用な能力を部分的に借りていた。怖さによるものか、未だ知らぬ後悔の為か、それとも本来は彼女がメインヒロインであったか。
私は彼女にはいつも見透かされる、だが、それも存外に気持ちの良いもので、頭の中で少し褒めれば、少ししてから彼女は恥じらうとか、私の成長を見ては、その事を告げる。
彼女曰く、傍観者で在りたかったそうだ。私は彼女の暗い顔を初めて見て、手をつい握ってしまう。だが、彼女は避けも、除けもしなかった。
彼女の生まれを知り、そして、隠すべきだと主張する。だが、彼女は私を見て、話したのだ。私相手なら良いと許したのだ。私への信頼だろうか、それとも胡散臭い点だろうか、それは今も分からない。
私はジェシカといつもの病院ではない、知り合いの喫茶店で話していた、コーヒーはまだ早いとミルクセーキを注文する。私は場所が違う為、メアリーを念の為に呼んだ。彼女はブラックのアイスコーヒーを頼む、私だけが子供らしいままであった。
仕切りが幾つか設置されていて、それに沿うように座る場所があり、クッションで腰と背中に安らぎを与える形になっており、店の端っこにある為片方は壁で、
「コーヒーも案外悪くないぞ、どうして飲まないんだ。」
「目を覚ましたくはないので。」
「妖精王に会いたい、とかは。」
「それならお茶で良いでしょう。」
「・・・ああ、そういう事。なら、実か、肉か。」
「選択肢になってないじゃないですか、愛称が一番近いです。」
「そういう趣味は隠しておけ、お前は幸い、恵まれているんだ。」
「・・・趣味、かな。」
「違ったか。ふざけるなよ、それだけは許さないぞ。」
「分かっていますよ、ええ。」
それでもと、彼女は心臓の近くに触れた。一瞬の冷静さが、彼女の命令を許す。
「痛みを忘れるな、怯えもまた然りだ。」
それを言い終え、身を離した。私はついうっかり、気を抜いてしまったのが痛み、自分もどうかしていると、気を失った様な感覚が体にモヤが残る。彼女は反対側の席に座る。
そして、ジェシカの話に戻ろうと、自分に触れてしまった事に嫌気を感じていた。
椅子から背を離し、ストローで飲みながら話を聞く。私はちょっとした交流とて、あまり自分は話を聞かない質であり、まだまだ交友関係の初動である為、向こうからの話は今まで避けていた。
「私はジェシカ、占い師って事で一つ。」
「バラエティ番組、確かにそうだな。強いて言うならかんしょう可能、って事か。」
「そんなくだらない話をしに来た訳じゃないの、私は。」
話の最中にコーヒーを飲む癖は無いメアリーが私の目を訝しむ様に見ては、私が目を合わせると別の場所に目を逸らす。
「・・・という訳だ。」
私は一通り聞いて、質問をするべく幾つかメモをとる。随分と長い話だった、多少高揚していた想像力が働き、現に起こるやもとも思える程であった。
「・・・メアリー、君はどう思う。」
「んへぇ・・・え、ああ。そうなんじゃねーの。」
彼女はスマホを触りながら言うと、店員が不思議そうに見る、今から八年程度前、なんら不思議ではなかった。
「もう一杯だ、眠気が覚めてないらしい。砂糖も入れてくれ。」
彼女はメモに向けた視線を外して、店員を見て言った。そして、それを受け取った後、じっくりと飲み直してメモを受け渡すように要求されたため、それに応じた。
「・・・嘘をついてるとは思えんな。」
彼女は考え事をしながら私に様々なことを聞き、それを一通り私に話した。質問に応じながら私は話す。彼女は私がどの視点で見ているのかと、容姿を聞いて来た。そしてそれが終わって、一言。
「お前のコーヒー、貰っておくよ。」
彼女は私にそう言った、些か疑問があったが、私は彼女から貰った代金で払い、店を出たのであった。
私は冗談というものが人生にどれほどの影響を与えたのか、それを考えていた。心の癒し、というには少し不足した、痩せ我慢だと、私は結論づけた。
私は今日も黒のシャツで、お嬢に顔向けするにはだらしないと、タキシードを与えられた程だった。
私の帰り道には工場が多く、機械の駆動の為、様々な音を立てては、汗の代わりを流し、外よりその流れを見ていた。
だが、帰り道を挫折し彼女の下に向かう。私はそれ程に渇望しているのだから。
いつしかの約束は果たせぬじまいも有り得る。私は完遂出来ずに終わった事数多く、今度こそという準備が備わっていた。
恋人の色を眺めては、花の色である白がやはり良いだろうと、私はその手の専門性を持つ友人に見繕って貰ったのだ。
彼女の脚が動かない為に、着替えは手伝いありきと躍起になったが、看護師に退出を命令された。
追い出されてはお嬢と遭遇、多少罵倒されながら私は上の階へ連れていかれた。
その日は生憎の雪、あの夏から数ヶ月、気取り、大人ぶった帽子と母親の贈り物であるコートを受け取り、愛用していた。
私は雨の中、少し不穏な空気を感じた。だが、それを私へ勇気を与えた主が物怖じせず払拭する。
「あめゆじゆとてちていさかや。」
急激な悪寒が走った、だが、彼女の冗談と分かると急に安堵した。だが、少し酷い扱いだと抗議の姿勢を示す。
「私は私で、一人でやっていくよ。」
「分かっているじゃないか、あのバツイチ処女も連れてきたぞ。」
「それじゃあ私が名付けたみたいになるじゃないですか。」
「信頼してるさ、ギャングに多少間抜けな子分がいる理由が分かったしな。」
「貴女のなら多少の罵倒は甘んじて受けましょう。真理をついたものでしょうし。」
「賢明な判断だ・・・と。私が今日連れてきたのは恋愛相談ね、アプローチ方法を求めに来たらしいの。経歴が経歴だし私に相談する時点で辞める宣言に近いし、ボディガードじゃなくてメイドね、御屋敷のメイドが一人じゃ忙しいから増やそうと思ってたもの。」
彼女は後ろから恭しい生娘、二十代後半の少女とも言い難い女を呼ぶ、だが、私には無性に可愛らしく、そして色気がある様に思われた。
道中の話をし、外見に関して魅力を絞り、性格面の問題や職場関係を整えたりをした。興奮させる、という点で無条件に男を寄せ、選ぶという形式を組める様にして、成功するかは度外視の詐欺紛いの事をしてしまったと多少不安になる。お嬢がどうこう言わず笑いを堪えていたのがどうも気になるが、今は構わないと切り捨てた。
「どうして笑っていたので。」
「いや、ねぇ。純粋に手腕としちゃ凄いわよ。メアリーのお馬鹿さん、ふふ。」
「方法は外道ですね、確かに。私が行えたならしただけで、必要無いからやってない、ってだけですよ。」
「もし、私が本命ならどうやってアプローチするの。」
「来世に賭けるのが良いでしょう。」
「あら、私は高嶺の花なのね。」
「ええ、従者と主人の恋愛はファンタジーがファンタジーに心打たれた気の迷いかと。」
「貴方からされたら、解雇かしらね。」
「おや、交際期間は短めでしたか。」
「単純に引き離したいだけよ。」
「逃げるとは言わないというのが貴女らしい。」
「・・・そうね、無意識にもそう考えたわ。」
「おや、珍しい。少し高揚しなさっている。」
「触るなよ、意地を見せるのは身分の高い人々の仕事だ。」
「私は他者に話しません、そっちの方が気分が良いのです。」
私はそう言って、手を離した。暖かな感触が失せて気分が悪くなった。私は冬場の中、少し離れてしまう気がして、どうも気分が悪くなった。
私にはあまり代謝能力が無く、冷えがちであった。その為、私は手を自らの息で温める時に誰かが寄り添ってくれる。
秋であるのに秋の句が読めない。秋湿りと締めるものの、酷い作品だと捨ててしまう。
前を見ては腕を横に、肘を曲げて片側を水平に、火縄銃を覗き込む様に見た。
私は見捨てられた時の感触を未だ忘れていない。その心の傷を必死に塞ごうとするが、多少の空腹も忘れられない。他者の悪意が向く恐ろしさは何度も見たのだ。
ただ、学べども学べども、目的は見当たらぬ。私は彼女の下半身不全を見て、僅かな失望とまだ見ぬ医療の未来に希望を見出した。私の脳裏にある、有り得ぬ未来を望んでいた。
私は、あの女遊びが不幸に思えた。あるべき姿をねじ曲げた、童話のお姫様を奪い、別の喜劇としてしまった感触があった。私の心臓にはまだ氷柱は刺さっていない。それだけが私をここに留める理由となっていた。
レムが背中に飛びつき、お嬢と入れ替わる様に出てきた。彼女は私の心臓を味わうべく、正面に回り、少しコートを開けて中に押し入る。
「むふふ、暖かい。」
何も言わず、彼女が離れない様に抱き、それに彼女も応じ、肩と脇下にそれぞれ手を通し、私を抱いた。
私は少し、独り言を言いがちな性分だが、最近は一人でいることが少なく、独り言にならないのだ。それ故に私は愚痴を零す隙間も無く、また別の理由でストレスも軽減された。
彼女が私の肌、首周りに少し触れては、暖をとる。
「喜んでるんだ、悲しげな顔をしているのに。」
ふとした瞬間、一時の呆然の覚めと同時に、今の意を問うた。だが、よく分からないと拒絶される。
冬は活動が止まる季節と一般的に言われている、私は冬眠はしないものの動きは減る、だが、暖かいと思う事はあまりなく、寒さを凌ぐというのが第一の行動である以上、あまり自分の意志はなかった。
「・・・そうなのか。」
私は死にゆく自分を実感し、改めて彼女に触れた。彼女も私と同じくまだ暖かい、だが、それこそ死に向かうというものなのかと確信した。
「私は地であり、君は天である。」
私は城を築いた、お前は星を齎した。
天に遍く星は、私に暦を与えたのだ。
帰り道に彼女に会えず、二日後の話だ。私の渇望は既に断たれ、意味を成していなかった。
熱を感じながら、私は近代哲学の本を読み、自分の世迷い言を本格的なものに妄想を用いて丁稚上げをしていた。
私は物質に熱を与えられた生物に過ぎないと、死ねばそこいらの物質と大差なく、生きていても物質を見下せる立場に立っただけである。
私は感情を通し熱を感じていた、高揚していた。だが、鼓動や運動は、ある意味での死である。
私はそう考えて以来、すっかり冷めてしまった。死を実感すると、こんなにも無駄だと思ってしまうのか。そう思っていた。
私はそのままに足を崩して雪の中、突っ伏してしまった。どうも疲れていたらしく、蕎麦湯の一つや二つ、忘れずに飲んでおけば良かったと最初からないものを強請っていた。
そんな中、メアリーの影が私に少しだけ見えた。彼女は私の崩れた足を労りつつも、私を引き摺る様に連れていくのだ。
私は、漸く心労を思い知る。勇気はあれども警鐘は強く、私は妙な心配にいつも惑わされ、妙に当たるせいでよりそれを悪化させていると言われた。
考え過ぎ、というのが現状の結論である。
私は落ち着きの為に毎日の茶は欠かさないものの、愚痴を隠す事を禁じられ、痛みが機能し心にストッパーが掛かる状態になるように言われ、その通りにしていた。
少し、私の過去を紐解く事にした。だが、それには勇気以上のものが必要であり、私は妥協し、自分の口からは話さなかった。
どうせいつか、伝わらずともヒントに成り得るメッセージを残すのだ。復讐心で汚したくはないと、後悔を避ける。
私は知る知らずはどうでも良いと思っており、迷いも大してなかった。だが、よそよそしい対応に一段階心を閉ざす事となった。
そうだとは思っていなかった、という今までの中にないジルヴィスターの友人らは、有象無象の一つの様に思えてきた。私はかなり後に、人間不信であると知り、その時調べていた私の親友達が懐かしく、対応が変わったら、今のままでいられるか、万が一、差別的な対応をしてきたらと・・・私は不安で仕方なかった。
私の渇きを癒せるのは彼女だけで、背中によく触れていてくれた。私の多少広いが頼りない背中、絆創膏を数箇所貼り、古いものは捨てる。
寒い為、お湯で濡らしたタオルで少しづつ和らげる。酷い傷がそこにあり、彼女の心配で、腕を強く握られる。
だが、彼女を我欲からこれ以上望む、という事は無く、寧ろ私は傷を隠したがったのだ。背中から腕に及ぶ傷である。醜いものとして当然であり、痛々しいと忌み嫌われた傷である。
そしてもう一つ、どうやら私が隠す理由はそれだけではないらしく、彼女は無理をせず、元に戻した。流石に乱暴であったと、古傷は跡だけで、治す必要は無いとされた。
彼女と言葉を交わす事があっても、不思議と私は呆然としていた為か、彼女に少し抓られる。目を見ては、私の心に一気に詰め寄った。
「私、貴方の恋人だもの。」
背中合わせの中、彼女は心拍を少し漏らしながら私に宣言した。私もまた、心拍を漏らし、彼女に一つ言った事には。
「瀬奈、瀬奈、私の最愛の人よ。」
私はこの時に繋がった感触があったが、どうも認識の違いもあったらしく、それを未来で思い知る事になる。だが、この時は二人が寄り、暖かに冬を過ごした、それだけの話だと私は記憶していたのだ。
恋と愛の決定的な違いとは、瞬間火力と継続時間の違いと私は思っている。恋は余韻を含むものの愛は一生継続する事もある、だが恋は気の迷いの様に愛を打ち砕く時がある。
私は知識というのを活用する事はあまりなかった、彼女がいる限り、私は目に見た全てをそのままにしていた。だが、それは具体例ばかり、本質に辿り着くにはまだ遠いのだ。だが、知識はどうも使う事を憚らせる性質がある。例えば、知らないと侮辱されるとか、知っていると詳しいと褒められると同時に、細かい奴だとか、変人だとか言われるのだ。知識の活用は時に勇気を持ってこそのものであると、私は確信した。
本を漁るのが一時期億劫になっていた。私が後悔する出来事ものが減り理解された、であるが為に私は寝るという事が随分としやすくなり、暇も少し前から増え、顔色が多少改善された。
私は目覚めの良い昼寝をやめ、彼女に触れる。少し血の気が引いた為か、一度はあらぬ方向に触れてしまう。
少し不貞腐れた顔を見ても尚、動かない手に触れる。細かい所作に目をやりつつも、目を離さないと、彼女も自然とそうしていて、少しした頃に笑いあった。
私はここしばらくが人生の絶頂期であったと確信しており、それが終わってからは落下が数年続く事になった。
私が少し彼女の顔に触れると、それを両手で持たれる。私は触れてはならないものに、優しく止められた。二度目は無いと言われる様に。
それが納得いかないと思いつつも溜飲を下げ、彼女の肌を断念しようと思うと、心配されたのか、手を両手で包まれる。
これは、誰の声かと、彼女に何か思う事があったものの、私の自問自答だと切り捨てた。少し彼女に謝り、私はまた話を続ける。
私の手は、震えていた。これは恐怖ではなく、怒りによるもので、誰に向いたものかと問われれば、自分に向いたものであると答える。私は自分を敵対視していて、その複雑怪奇が彼女の前では顕になる、それが私は嫌で嫌で仕方ないのであった。
私は起きた頃にはレムが介抱していた、傷を治す際に何かがあったそうで、私は気を失った。私の血の気が引いた顔は、随分と冷たいらしく、服を脱いでまで彼女は温めるのを行っていた。寒気は無いものの、恐怖が収まらず、思考の一つもまとまらない。きっと、彼女は全てやってくれると私を堕落させ、また、自分の無力さを知らせるのだ。
私には腹違いの姉がいた。外国人である。私の姉として良く触れ合ってくれて、私を良く導く。今は亡き姉ではあるが、美しく、外見はジェシカが同じ外見をしているのを見ては、多少感動を覚えた。
警戒心が強いというのが代表的な印象で、心を許さない限り触れもしない。扉を開けた時に警戒していて私が被害を受けるのは伝統となっていた。
大した思い出は無い、可愛がってくれたものの、すぐに消えてしまった。そんな姉である。
私はレムの散歩に同行していた、市外であるため、校則的には良くないのだが、以前より疑問に思っていたルールなどなんのストッパーにもなりはしなかった。
整備された歩道が長々と続き、交差点を越えると古く汚いスーパーがあり、そこで区切られていた為か、道が新しいものと古いものに分けれたのだ。
彼女が一歩前に進むというのが、私の古い記憶を呼び起こす。あの忌むべき記憶を、心が求めるのだ。
ある意味では、マゾヒスティックな思考だ。交差点を超えても、私は心臓の痛みが止まず、記憶は責め立てる。
私は彼女が少し座ったのを、見計らっての事かと思ってしまった。だが、彼女は彼女の思考があると、その心は押し殺し、閉じ込める。祟りだと、自分を納得させるにも精神的疲労を要した。
精神的成長は反省より覚悟から始まる、私は思わぬ過去に転んでしまう、足りぬ人間であるのだ。
少し届かぬ未来に足をかけると、拒絶されるかのように痛みが走る、私は不相応なのか、問うても問うても答えが来る事はなかった。
私が他者の感情を聞き取れない様に。私に分かる事では無かったのだから。
それを打ち破るのは私に非ずと、彼女は腕を強く引いた。交差点を抜けてすぐ、彼女は私に危険だと言いたいらしく、座ったもののすぐに立ち、駆け寄ったのだ。
自己嫌悪はますます加速する、絶望と失望が胸を覆い、どうにも出来ないと堕落する精神の中で、私は涙を僅かに流していた。
彼女は私を心配して椅子に座らせ、膝枕で寝るように要求した。それに応じて、少し嬉しそうな彼女の顔が多少故知らぬ悲しみを和らげる。
そして真冬、雪は無いものの寒い晴天の中、語りを聞かされる。彼女は私との出会いを語った。物語を話すのに、彼女は一度、キスをする所から始めた。私の凍った心でさえも、強く動かす命の魔法。私はこの時に他者との交わり、子供故に大人に変わるという成長する事を考えては、死を実感する。
私は語らいを聞き、彼女の嬉しさを知り、憂さ晴らしとしては良いものになった。慰められた心は変わらず高揚したままで、話初めからずっと、そのままであった。
言い換えようのない思いが私を支える。今までの感情の返礼は感情の共有によって支払われた。ただし私には返す感情が無いと迷うが、違うよとレムは言う。私はそれが聞く事を完遂出来なかったのだ。
彼女は私に触れるのだ、私は怯えもしない彼女に惚気けると、少し彼女は微笑む。
彼女は私に問う。身を寄せ、張り付き、離れない様にしてから、私の奥底に隠れた未熟さを彼女は認めている、故にこうして私を癒すのだ。ヒトは必要以上を手にしがちな性質を持つが為に、この越えてはならない壁を越えようとする。好奇心で壁を越え、現実に失望するのだ。
女遊びを絶やした私はげんなりと、順序的に言えばげんなりとなってしまった事が起点である。私の在り方はいつも誰かに歪められる、細かい区分で見る様になって以来、大多数が有象無象に思えて、誰かに依存してしまうのだ。私は精神的な磨耗があり、感情の渇望をしているのだと思い知る。
存在するものの、喪失感だけがそこにあった。
彼女の話の続き、繋いだ手を通じ、言葉を響かせる。発端ではなく本質に辿り着くべく、彼女に私を好む理由を問うた。
男女の差異を気にしないというのは彼女あってのものと多少は心得ている、だが、彼女の好みという本質はそんなに軽々しいものでは無いのだと。
私は男女の付き合いが初っ端から深い物で、それが珍しく、本来はもっと崩れ易く、薄く積み重なった礫岩の様に思っていたのだ。そうぼやくと少し不満だったのか、デコピンを一度受けて話を再開する。
彼女は私の自己評価の低さを指摘しているが、上げても痛い目を見るだけだと調子に乗っていない限り上げるつもりは無い。
彼女は私に今一度自分の大切さを解かれる。
いつか自分が姉の様にならない事を願って、と。
私の本性は、既にこの時、見破られていた。
私は自分の母以外の話を聞かれ、ろくでもない思い出だと言われ、確かにと賛同出来るが、どうも自分には重いもので、夢を折られた気分さえあった。共感の喜びと、封じた思い出或いは忌み嫌う記憶への悲しみがその形を成すのだ。
私は一体何を求めていたのか、一時の迷いが愛になった頃に、私は本当に彼女を愛していたのだろうか。分かるまで置いておく疑問として残したのだ。
身に余る幸福が、私の罪であった。そう知ってはいたものの、手放すのも辛いし、愛されているのも事実であった。
所詮はと、自分の経験がそうはならんと語るのだ。私は何を受け取ったか、覚えてはいるのだ。
レムに告げた言葉を思い出す。
「I love you.」
それは誠に裏切りであろうか。私は彼女へ感情を返し、嘘もついていない。私は鐚一文渡せぬ身、母一人にお嬢の支援を受け取っても、多少マシになっただけで、金では心を満たされない。必要量に上限が追いついていないのだから。
私はその覚悟で彼女に向き合うつもりだと、今日も病院へ進む。
最も、その日に彼女の余命を聞き、私は絶望した。
彼女とあるべき姿を見直した。私は慎重に、そして優しく彼女と話した。その時の彼女は、未来を夢見る乙女の姿をしており、私は心温まった。
だが、罪悪感を全く隠した私に対し、彼女は攻撃どころか、変に怯えるのだ。寧ろ私にやましい事を隠すかのように。
私は暖かい心のままに落ち着く、多少綻んだ顔にお嬢が落書きしようとしていたが、大人しくする事にした。かいた事には、Sir! yes sir!とあった。
彼女に少し感謝を思いつつ、反省し、洗い、拭った。
そして、彼女の一言を思い出す。
私のあの子は未亡人、未亡人という名誉を挽回するなら隠すのが一番よ。だから、タキシードとかを着て誤魔化すの。と。
縦ひ国有りと雖も、玉座に座れぬ王は営みを成せず。
彼にはジルヴィスターという知恵あり、レムという理解あり、メアリーという慈悲あり、パトリシアという峻厳あり、シャーロットという勝利あり、今は私にある栄光あり、この病院を支える者らという基礎あり。
彼女と私の城は、それらによって成り立つものであった。
私は彼女に見られて、彼女は私を憐れむ目で見たのだ。だが私は遂に知るのだ。
なんて興醒めな、私は彼女を助けた筈だ、見返りは所詮ただの見返りだったのか。隠すべき憎悪が少しづつ現れる、私は尚も悩むのだ。
怠れば良かっただろう。
私が彼女と会ったその終わり、扉越しの悲しみに染まった嘆きを聞いたのだ。
私はそう単純な問題と思えず、今一度、彼女を許すべきだと、傲慢になるのだ。
私はシャーロットと会って、言葉を交わした。数十分、話し続けた所、私は聞かれた。彼女は私を疑っていて、私を心配していた。だがそれはシャーロット然り、私とジルヴィスターの出会いが偶然なのかを聞いた。予想を肯定された私は、少し安心した。
その偶然は幸運だとしたら、事態が深刻な彼女において、時々街で見かける人々でさえも走るのは当然なのにどうして彼女が慌てない事があるだろうか。私を好きそうな人と会わせ、私が彼女に向けた愛情を削ぐためだと思ってしまう。彼女は愛情を恐れ、その後に怯えたのだ。
彼女は話題に触れて、少しづつ話を発展させる。
「・・・悲しいね。」
「その慈悲を、私ではなく彼女に向けてはくれないだろうか。」
「私、握った手を話す方が辛いの。」
「・・・ありがとう。」
私は照れすら感じない、状況が状況故だろう。しかし、それは感謝しない理由にはなり得ないと、誠意は示す。
「私の好きな人は目の前、だから、本当は・・・。」
「・・・分かっているよ、だけど、もう少し後だ。私が目を開く頃になったら、その時まで待ってくれ。」
「私、貴方とせいこうしたいもの。」
「馴れないなら祖国の言葉が良いんじゃないか。」
「えんぎが良いでしょ。」
「適切ではないが・・・確かにな。」
彼女と笑い、私の蟠りは晴れた。しかし、彼女の思いは叶わないし、私は目を閉ざすのだ。
ちょっとした気の迷いだ、私は彼女の新たな趣味を、日々堪能する。
芸術は良い物だ、だが、不快でなくてはならない。感性だのバカバカしい、小説で評価されるのは現実に忠実かどうか、普段から逸脱し過ぎると売れるものとしての評価となり、過去の文化という現在に似通ったファンタジーに負けてしまう。幻想や夢を人々は欲するのだ。そうあっても、そうなっても含まれる多少の現実、そこの罪悪感を味わう為に。
私はそれを後でしか分かり得なかった。現実から目を逸らした、逃げたとも言えるが、本質的には現実の中で希少な幸福を見つけてしまったから。
私は地面を見ない、下を向かない。今だけは、そうさせないでくれと、私は願った。
彼女は、白いワンピースと細かく見る為に用意したが使わなかった為に頭の上に置いたままの眼鏡、汚さない様にと結った髪が後ろ姿からは思われた。
そこにある景色と、一切れのパン。貰おうとしたら、見抜いたかの様に手の甲に『食べるな』と書かれた。どうやら、彼女ははなしたくないらしい。
私はその手を握った、少し嬉しいのか、彼女は首の方に動かし、もう片方の腕も欲しいのか、肩を差し出した。私はそれに応じ、肩に腕を乗せた。少し肩から滑らせ、豊満な胸に当たるが、少し恥じて、笑い合って、芸術作成に戻る。そして、彼女は聞いた。
「どうして邪魔な事ばかりするのに、邪魔だって思わないんだろう。」
「それは、身内だからですよ。家族だったり、恋人だったりは、特別に思えるのです。殺人事件という言葉が知った誰かが被害者だと、重みが違うでしょう。」
許せる間柄を超えた、知っていながら飛躍し、口説く。私達、恋人だね。と期待していた言葉を期待するのだ。
だが、私の知る良い女程、彼女は甘くなかった。私は彼女から認められているし、恋人関係である。だが、彼女は少し戸惑いがあり、納得していないのか、私には疑問として残った。
彼女は私に触れて言った。
「そこに絵を書く為に座ってくれる。」
「いいですよ。」
私は手を離し、十歩少し進み、大きい病院らしく上に設置された庭の済み、私は車椅子の為に設置された道外れに座った。
私の肩は少し緩み、フェンスを背に、彼女とは別方向を見た。
しかし、彼女は滅多に目を合わせなかったのだ。
彼女は私に距離を置くようになった、それ以来少し私に陰りが生まれた。
私は彼女の近くに座ったが、背中を向ける。素肌に触れるほど、嫌がった。私はそれを分かり得なかった。
私は身内では無かったのか、そう思うのを私は露骨に避けた。
芸術の残りがあった、放置された絵であった。私はそれを見て、少し思う事があった。だが、不快な気持ちになって、すぐに去った。
初めて彼女が部屋ではなく、外にいるのを見たが、あまりにも不快だったのは、場所のせいかもと私は考え、一刻も早く、あの愛せる場所へ戻りたいものだ。
私のある日は、傷の中に落ち込んだ。
彼女はとある男に迫られていると、ジルヴィスターに言ったのだ。個人名指しで、私ではないというのはすぐに分かり、嫌われた、という事ではなかったのだ。
ある意味では、当然である。彼女は素晴らしい存在だ、私に文句を言わせようものなら、文句が出ない事と言うだろう。ジルヴィスター、メアリー嬢、パトリシア嬢。人物の戦力を見極める様に、彼等に聞いた。医療関係で、精神関係の医者の子だと聞き、医者の不養生だと少し鼻で笑った。
問題は私の愛する人の父親に関してだ。私は一度もあった事が無いが、金銭的余裕が補償されているのかどうかが不明で、ネグレクトの状況下にあるとされ、母親は離婚、浮気が原因で、浮気相手は取っかえ引っ変え。痕跡を消すための工程でかなりの金額を飛ばし、娘には目もくれないそうだ。下半身不全の娘なぞ、受け取っても金銭的な面や衣類等の処理を考えると難しいし、浮気した人との子に愛着を持つのもまた然り。だが、彼女の外見と内面の良さは有効活用出来る。
それが今回、彼女をその精神医の息子に渡すという条件で何か組んでいるとの情報が来た。
病院側に聞く所には、カウンセラーらしいが、今回の場合、父親が勝手に受け渡したとかそんなものだろうと言う疑う事をあまりしない医者、別の医者は今の看護師で知る人はいない、私達の同期で、最近は仕事以外が横暴だから止めておけと言っていて、例の看護師は家族に聞いたらしく、彼女曰くそこ人は精神病院に勤めていたがそこがピンク病院だと。
ピンク病院と言ったら基本的に医者と看護師の間に多いが、患者を相手にする人は殆どいない。そういうものらしい。
酷い二毛作経営だと罵れば、性癖にあまり口出しをしても意味無いさとメアリーは呆れる。お嬢は彼女の方に目をやりつつ、手の平では微笑む様な嘲笑を見せているだろう。
彼が話を続けた所で、医者側の情報、看護師の情報、資本家からの視点と色々探る。そして、何となく全体図が見えたと、お嬢は今回ばかりは彼女に譲り、そして代わりを任せた。分かってはいるが、追加の情報もあれば良いなと夢を見る。
「良心だが、腐ってるな。救ってやろうという傲慢さが滲み出ている。振ったらキレるタイプだろうな。」
「私達が数年間いても一度も見た事ない、なのに今更。私的な情を混ぜていなければこうはならない気がする。」
「お前が言うか。」
「性癖には口出しを控えた方が良いと・・・。」
「放っておくと少数派は多数派を弾圧し出す、趣味を持ってる奴が厄介かどうかで決まるものを気にかけてどうするんだ。」
「いやぁ、恥ずかしい思い出しか出てこないんで控えてもらいたいだけで・・・。」
「それなら良いか、気にする程でも無いし。」
そんなぁと漏らすと頬をつねられる、話を進めているものの顔が痛い。
「んー、取り敢えず彼女なら知ってるかもしれないから、行ってみるのはどうだ。」
「じゃあ行ってみましょうかね。」
「話し合うなら全員で、例の看護師と医者は手が空いてないらしいから無理ってさ。」
私達は彼女の部屋に進んだ。
階段を登ると、例の看護師に出会した。彼女はナースコールが入って向かっているらしい。通常なら一人位だが、彼女の事となると私の知らない、分からない点で危険性が高いのか、先に一人向かっていると、一本、指を伸ばして扉を指した。扉を開けるのに苦戦している様で、シャーロットが居ないため、私とジルヴィスターが強引に開け、お嬢に壊した際の弁償はどうするか、アイコンタクトで聞いた所、出世払いと言われた。
将来への安心感と共に、私は絶望の扉を開く。
横スライドのレールを外れた板を蹴飛ばし、ロープで引っ掛けられた扉を開ける。私はその爽快感と共に、彼女を見やった。
誰とも知らぬ青年が、そこに注射器を数本握って、眠った彼女を見ていた。彼女は無理に動かされたのか衣服が一部引っ張られていたかのように乱れていたのだ。
私はそ奴を振り払い、椅子を投げる事座る場所を顔面へ強打させるべく素早く踏み込み、両手で投げる。二歩三歩と進んでは、叩きつける音を響かせ、腹部に肘で一打、首をへし折る勢いで締め、私の死角からロープを投げては顔に絡みつく、抵抗する隙を与えない後方の私の味方であった。私はロープの片方を掴み緩んだ首にまで巻き、道着代わりにして投げ技を強行、殺意を含むそれで椅子を取ったテーブル上に叩き付けた。
私は彼女の傍に戻り、彼女を揺さぶって声で問う。だが彼女の眠りは深く、生きている事しか分からないと思っては、激しい悲しみを抱きつつ、焦りが押し寄せ、何度も揺らすのだ。
希望を探った、そして見つけた。私の愛しき彼女は、目を開いたのだ。
そして、開かれたのは目だけでは無いと、今知った。
「貴方は・・・誰なの。」
一瞬の動揺も、悪い冗談だと。
「私だ、愛しき貴女の恋人だ。」
私は、次の瞬間に訳の分からない事態に遭った。
彼女は、酷く忌み嫌う様な目をしていた、私は突き放された、あの、机を投げた時の力を振るわれて。私が力負けしたのは、突き放された事への絶望からだ。
嫌と、聞こえた。看護師らは、驚愕の表情を見せ、後方の味方は耳を疑った。
来ないで、貴方が私を滅茶苦茶にしたから、こうなったって。私が立てないのはそういう理由があったからでしょう。と。
お嬢が私の手を引いた。私の体を無理に引き、動かない体を何とか動かしていた。目から光が消え、顔を隠す。触れられた手が力めない程に力を掛けられていた。どこか哀愁を感じる握り方であった。
お嬢は外で、私に言った。
「・・・ここには戻らない事、約束よ。」
私は目が覚めた頃には、知らない場所にいた。
中途覚醒時健忘という症状だったらしいが、私は忘れられた事しか当時は分からず、どうにも出来なかった。
燃え尽きる様な日々であった、あの頃の情熱が去ったのか、私だけがただ一方的な愛情を持つ、酷い絵面になった気がしたのだ。
彼女の気の迷い、自分が信じている程に自分らしくなく、途方に暮れていた。
私はこの日を境に、少し、口数が減ったのだ。私への励ましも虚しく、消えてしまった。
傷の中で、姿を見せなくなった。家を知る者は聞いて来るが、私の声は掠れ、目は淀み、動きは鈍い。そんな様で、私は立つのも難しい程であった。
世を儚しと思う心は、光射す方へと進む。酷い差異でありながら、私はきっと死ねまいと黒く染まるだけであった。
約束ではあるが、それ以上にはなり得ない。私はその状況に相変わらず打ちひしがれた。誰かに背中をさすられようと、夥しい吐き気が襲うのみであった。
慰みの言葉が機能せず、励ましの言葉に嘲笑する。どれだけ喜ぶべき事も、根本に彼女が居らぬ限り、私は全て冗談と信じた。
この時に私がそばにいて、記憶を思い出すまでいてあげれば・・・。私は助けれた。中途覚醒時健忘は二十四時間以内に回復が見込めるもので、私が彼女を信じきっていた、ある意味では神聖とさえ思っていた、それが私の罪である。
ただ、遠い場所に行った頃、私の感情が凍結されかけた頃に、私はその虚無に慰められた。
私は休みの間、年末年始に紛れていたせいか、誰もいないせいか、誰とも会わずかなりの距離を歩いた。私が本命だから、女遊びを許していた程の信頼は既に無い。僅かな希望は絶望に塗り替えられ、嘗ての希望も既に見当たらないのだ。
私は数日後まで動かなかった、一応だが、彼も暴力に身を落としたと警察を動かすと良い結果にはならない、廃人の感情で話す事はまともに出来やしないし、誰も近寄らない。
私が何を思っていたのか、振り返るのも痛みが伴う。靴下は濡れ、鉄臭い脚のままいつまでも歩く。
冬だが木漏れの星空が見える。足首が片方、使い物にならなくなり、私もここまでかと、悪い夢だとは思えない現実に、苦悩を重ねつつも、全てを投げ出せるタイミングを見つけてしまった。
草に木、燃えてしまったらどれほど楽だろうか。私の冷たい心にはそれが一番の僥倖であった。
山の道中、神社のある、知った場所。祭りすら行われない場所だが、秘境と言うには、少々現実的な場所であった。
情熱の下がりが止まない為か、私はそう寒く思わなかった。
私は誠に情熱にあるのか、炎の音が聞こえ、疑った。どうしてだろうかと悩むが、既に答えが浮かんでいた。
火と木が、私の今迄だったが、今は失われるそれを何とか凌いでいる様にしか思えず、私は守られている様で、守られていないのだ。
私は道中で、誰も見つける事は出来ない。私が私自身で動けない場所なのだから。
だが、転機はやがて訪れる。
私は一晩、眠っていた。私は一晩の眠りで現実からは逃れられないと苦しむのだ。人は頑強である、故に私は脆弱さを通り越してしまった。
私の情熱は悲しみから怒りへ代わるが、私の非と思う事がそれを冷めてまったのだ。
昔のある日の事が、少しづつ思い出せなくなった。自分を死に至らしめようとする記憶だ、害として捨てられるのも当然だ。
目に光無く、私は空を見ず。私は目を開けども、日を拒絶した。モザイクがかった閉じた世界が、なんとも、たまらなかった。混沌において秩序無し、夢において疑問無し。私はその世界に逃げ込む様になった。例え死んだとしても、すぐに時を戻せるそこなら、私は満足出来た。女一人満足させれず、忘れられて別れた、そんな人間である以上干渉なんて、全く御免だ。
心臓に極度の痛みが、延々と走る。涙が辛さを物語つつも、現実を変えれる切っ掛けにはならなかった。
私は情熱を抱えて僅かな勇気に、同時に私は苦痛を耐え忍ぶ。
許してくれ。
あの場所に、二日後、私は戻った。
旅の終わり、私は彼女は飛び降りたのを失意の中で見たのだ。
妙に閑静で、涼しき夏の出来事だ。
私はその日以来、正気の心は未だ持っていない。
私の絶望から少し、あの悪意が私を黒くし、縋るべき藁を貪り、食ったのだ。
腹が減った、胸が虚しい。
思い返す程、救いようのない状況下で割り切れることも無く。
ジェシカの話では、記憶を取り戻し、やった事への罪悪感でお前を拒否すると。彼女がそれを一度通告した。
それに走る事も覚束無い中で、私はどんな障害をも超えてみせると進む、一瞬の克己心だ。私は不意な風でさえも試練となりうるが、まだ先に進む。
だが、彼女は落ちてきた。真上から、彼女の窓際に飾ったキャンパスを倒し、その音で気付いた私が見た瞬間から。目が合ったが、彼女はどんな表情をしたのかは分からない。
無理に引き留めて私のそばから離さないでいられた。
目の前で助からないと確定し、体温も感じない。
明確に人の死に触れたが、今も納得はしていない。
思い出はあった、だが、それ以上の現実を目にして私の足はくすみ、倒れ、這いずり、血を僅かに浴びた。足が頼りにならないと、腕の血が怒りに任され止まらない。私は彼女に手を引かれ、失うまいと離されなかった。だが、その力はすぐに失われる。思いを完遂し、果てたのだ。
彼女の声が、静かで優しい声が聞こえない。
私の頑固さが、強い精神と共に、決定的な弱点と、一度でも嫌い、混沌とした中で沈む。
一度見たから、私は分かる。彼女は助からないと。
誰かが駆けつけても、AEDは不可能と拒絶する。
手術も失血により不可能、そうあっさり決まったのだ。彼女の下着は、血が付着している。これが処女の喪失だとは、伝えられなかったが、後で知った。私が何かする前に、例の看護師は私を眠らせた。薬なのか、武道なのかは分からないが、最善だと言える。・・・私はその夜、精神病院の空きを借りた。それでも、腕や胸に今後数年は残る傷がついたのだ。その時に、私は一時、薬指と小指を麻痺し、数年間使い物にならなかった。
二週間、私は寝るのが大幅に短くなり、億劫になると共に一晩は初の夜更かしを迎えた。
彼女は私に、数枚の遺書を残した。しかし、私は止まらぬ涙で、まともに読む事が出来なかった。今だけならまだしも、今後も正常な思考において道理の通じない、歪んだ考えの持ち主に成り果ててしまうのだが。
私は信じていたものが尽く崩れ去り、本来の私が姿を見せる。それも、痛みや苦しみでより荒んだ姿で。
私は遺書が一枚、かみの絵に手をかけた、やぶれた後、そのタイトルが『初恋』と書かれていた事に気付く。だが、私は相変わらず泣きじゃくったのだ。
葬式に行く事もせず、私は彼等の前から姿を消した。あの中には私と彼女のバイブルが多くあったが、それも失われた。
私は暗く、呆けて生きていた。思い出す度に気分が悪くなり、嘔吐した数は最早覚えていない。
私の失意は誰かを埋める事で守れる、あまり周囲に関わりの無い人や、男をファッションにしている嫌われる女が落ち込んでいる隙に付け入ったり、虐げられる人に絡んだりと、満足感を味わう為だけに恋愛をしていた。
あの快感は二度目の無いもの、最早戻れぬ時代と、私は知るのだ。
私の思いはいつも同じ相手に向いていた、だが、それも歪んでしまった。ジェシカはあの日から見なくなった。なんだかんだで居てくれた彼女が、警戒心が絶望に変わってから見なくなったのだ。
そんなある日、レムが泣きながら私を探し、僅かに見える足や、衣服をボロボロにしているのを見た。だが、私は愛情を恐れた、復讐した相手は生きている、それが彼女に降りかかると思うと、逃げる事が何よりも良い答えだと、信じて転びながらも走った。
幸い私は耳が視覚出来なければ驚きさえ捉えれぬ程に弱い、離れていれば尚更、声は私に届かずに住んだのだ。
レムがこの私を少しでも見て、泣き崩れたら私はまた同じ轍を踏むのかも、そういう恐怖が頭を過ぎる。
私は、彼女の最後を思い出し、振り返れなかった。
私はレムの疲れきった顔を見掛けた、失意の果て、
あいを無くした可哀想な彼女。
未だ私は死を克服せず。私には人を愛する覚悟はないと知る。
愛を忘れてくれ、そう願った。
「Love you.」
会えなくなった人々を求める真似など、私に出来るはずもなかった。私が人一人守れないのだからと、自分の命を気に掛ける事無く、どうしようもない程に歪んだ現実を、私は見捨てれなかった。
自分可愛さ等既に無い、なのに惰性で生きている。
私は何故生きているのか、死んでしまった方がまだマシだというのに。
教えに傾いた私、御伽噺信仰は身を落とすと知った。信じたとしても救われず、罪は悪化の一途を辿る。
贖宥状を持たず、あの子が例え煉獄に落ちても、救えはしないのだ。それでもお前はあの座を求めるか。どれだけ大きい借金を背負ったとしても、お前はその座を求める意味は無い筈だ。お前は人の死地で何を思っている。
だが、私は救われない。
私はそれでも生きていた、尚も生き続けていた。
くだらない正しさを求めいつまでも私は生きている。誰も救えない、救われたいとも思えない。救われたらどうなるかと、自己嫌悪が進んだ。
私はレムと遭遇するのを避けるどころか、私は姿を見せずに生きている。
相変わらず腐った生き方だ、死んでいるも同然じゃないか。
私は切れた耳の冷たい部分に触れ、覆い、暖を得る。しかし私の体がより冷えるだけで、何も得れはしなかった。時間があるからと、考え事を繰り返す。遂には私の考えも至り、慰める方法は無いと割り切り、世界がモノクロトーンに見えた。私はあの日から全く変化が無いのかと、あの日の思いは色褪せているのかさえ分からなくなった。
壊れる前の、僅かな希望が私を変質させて原型を壊してゆく。
嘗ての私は不要であったかと、僅かに物寂しくなるが、私は新たな私を歓迎しよう。古い私は、感情を与えられただけの私は折れた、接木されるのは当然だ。
私は火に神秘性を見出す事が多かった、便利な道具としての側面もあり、同時に精神的な支えであった。時に私はそれに手を伸ばし、酷い火傷に襲われる事もあった。その前の死に手を伸ばしてしまうのだ。地獄と言って想像するのは赤と黒、カーマインより遥かに黒く、酸素に触れた血の如き色。
暖かさが失われないのもまた良かった、私が誰かで得ていたものがそこでは得れたのだ。
私は生きている以上、熱を得れるものの、神の様に生命を吹き込む事は出来ない、死んだ人間を抱いて、ヒトの神秘に嘘だと断言出来る様になってしまった。
私は真実を知った時の様に、過去を見ていたのだ。
心に触れたかの様に、急激な痛みが走る。あの頃の思い出がいつまでも流れ続ける。
古き慣習にはサティーという未亡人が自殺するという風習があったが、それは平等の時代で逆が起こり得るだろうか。私はそれを見たかの様に、冬の中、子供の兎が自ら飛び込んだ。不思議と腹が減っていた頃の話だった。
「・・・木の兎が、生贄になった。」
病を消して、食われに来た。
私は、それで一変す。
修羅の生き方の門出であった、火は消え、視界が意味を無くす。黒洞々たる夜があるばかりである。私の行方は、誰も知らない。
私は死の味の中で、寒気が残った。身を蝕むそれは寒気であり、凍りついて眠りそうであった。感覚器官は少しづつ麻痺していると、錯覚が起きる程に。
僅かに熱い感触が、目覚めを誘った。凍てつく体が変わった。
私は死で極限状態にまで追い詰められ、漸く目が覚めた。勇気凛々、乾坤一擲、天衣無縫の本心を明らかに、あらゆる臆病を無に返そう、今、この一時だけがそれを許す。
私は使命を果たすのだ、死者の為に、何よりも、生者の為に。
志は喜び、今の情は怒。
容赦無く、迷いも要らないと、私は進み出した。
これが新たな私が生まれる過程であった。
私は傷だらけのまま、失血死しなかったのが幸いと言える程に傷の付いた身体のパーツを隠せる服を選んだ。私は醜さを隠せる、きる物を探した。
最初にレムを探す、包帯を巻いた脚では走る事が覚束ないままで、私は寒い空間でさえも着々と歩くのだ。二度としてやるもんかと、地面を根差したあしである。少ししたら脚が痛くなった為、多少は緩めたが、転ぶ事は無かった。
私は簡単な事だと聞き耳を立て、目星を付ける。忌むべき記憶は自然と出てくる、希望は振り向かない癖に、絶望は勝手に追いかけてくる、一種の理不尽だ。
ほら、私の背後に現れる。いつも通りじゃないかと。
今日ばかりは理不尽に感謝しつつも、次会ったら覚えておけと捨て台詞を吐く。
これはあくまで空元気、一時の迷いにして一時の許し、終わった頃には絶望の味、一夜の夢をどこまで歩く。
だから、苦痛の前こそ苦痛に挑め、私の行いが休む事を許す訳が無いのだから。
さて、街道問答の始まりだ。場所は神社から少し離れた場所だった。
レムの帰還が、私の生きる喜びとして大きな支えになった。彼女の顔を見直し、私は空を見上げた。
彼女は辛そうな顔が多少緩み、私に泣きつく。
喜んでいる中で、私に聞いた。
「今までどこに行っていたの・・・ばか。」
「森の中で転寝、心変わりがあって、今しかないと思った。」
「許す許さないなんて良いから・・・帰ろうよ。」
「少し、忘れるなよ。私の愛は多いんだ。」
彼女は見ていた、抱き合う姿を見て、すぐに来た。だが私は甘んじて受けよう、それが逃げた事への贖罪である。・・・とは言ったものの、拍子抜けだ。私は何もされなかった。私はああなっても仕方ない、と助言したのだろう。
お嬢が嘗て私に言った事だ。それを忘れていないから、一歩進もう。
「私、瀬奈の思い出を忘れちゃった。」
彼女を私は激しく抱く、相手は勿論シャーロット、私の激戦の末に信頼出来ると確定した相手にして、私に愛情や恋心を年がら年中持ち続ける、いい子だ。娘の様に感じる、少しお転婆な可愛らしい子である。
そんな子に、私は縋るのだ。彼女も横暴さを見せず、私の見せない姿を晒す。
傷口が思い出したストレスで開く、怒りの名残りだ。
私は彼女に寄りかかり、声を出さずに泣く。出る声もまともに無い、数十時間何も飲んでいないから当然である。
誰もいない街道に、三人。
私は八つ当たりとして言う、だが、彼女等は知っているからこそ、辛いものがある。私が正気である内にこうしなければ、私に未来が無い様に思えたから。
私はこうして、再会を果たしたが、翌日納得いかないと数時間正座という結果になった。
私は怒られてからはまた少し覚めた、一時の迷いであるからか、穏やかな気持ちの萌芽が生まれた。
忘れていなければ、きっと私は誰でも良かったと悔いているところだろう。
起きた事が事だ、忘れなければ路頭に迷い、いづれ死ぬ。それよりかはマシだからと、正当化する。私は嫌気がさす事もなく、のうのうと生きていた。
定期的に掘り返されては怒られるが、それすらも私の癒しであった。復讐心が浮かばないのは、相手が相手だからか、と私は悩むのもすぐに止めてしまう。
どうせ悩む必要は無い、私は振り返れないのだ。
悲しむ時だけ悲しみ、そうでない時はそうしない。
お嬢が問う事に、私への労いが含まれていたり、心の空白をそれとなく埋めておいた。
恐れが消え、怯えだけになると、清々しい基準になる。未来は不安だが、未だ知らぬ世界はネガティブになりにくい。
怯えと恐れの違いについて、また問われた。
確かにほぼ同義の言葉で、動作的なものか感情的なものかの違い程度にしか思えない。感情的なものは考え始めた頃のもので、予備動作に近い驚き等が存在するから過去の出来事を指すだろうと考えた恐れ、怯えは動作的・・・と言っていると、お嬢がそれは未来を想像した過去とするとどちらもダメだろうと。反論も出来ない。
彼女は顔面にキッチリ、私も推測出来る時で書いた。
バカ、と。
愚かと侮辱されるのは、好ましくない。しかし、私は別の点でこれを言われていると知る。ある意味では褒め言葉だとお嬢は言った。思い出すのは辛いが、こんな風であったと、私は笑う。
レムが久々に私の膝の上に乗る、少し痩せたのか、以前より軽い、あまり健康的とは言えない体になっている。私の傷も当分は治らないし、数日でかなり体重が減った。少し位ヤケ食いが起きるかと思ったら、お嬢が唇を上下で摘み許さなかった上に、私が買ってきたドーナツの中で、一番好きなポン・デ・リング、次点のフレンチクルーラーを食べられた。
これ以下は順位も特につけていないと、溜め息混じりにオールドファッションを食らう。
だがお嬢は流石にと思ってか、ちぎって口に入れてくる。西洋化ね、と良い顔をされて、あまり良い気分にはならなかったが、一先ず落ち着く事にした。
メアリーを見ていると、鏡を見ているのかと思う事があった。 人に準える時、私はより容赦なく行えたのだ。
酷く似ているそれを私は誤魔化し続けれるだろうか、気持ちを隠し続けれるだろうか。
ほんのくだらない悩みから物事は始まった。
私の心は、大切な人を懐かしみながらも、ゆっくりと彼女に嫌われ、運命も信用ならないと、希望を捨てた。一時的に自分の気持ちは満たされたが、それ以上は有り得なかった。
欲望が最初に歪んだ、夢が次に潰えた。希望を失い、愛情がからっきしになった。
破滅が、破滅が欲しい。
こんなクソッタレな世界は、一分一秒とて、生きながらえる事さえも拒否した。
嗚呼、まだ余っているではないか。
私の過去で、世界の未来。彼女等は私に執着すべきではないのだ。
黒い光が、私には見えた。私の一生を貫いた、と。
そういう風にあたりが強くなる事があるのだ。私は変な解釈がどうも今を指すだけでないように思われ、後でどうなるのかと気になるものだ。
私は、僅かな偶然に見込まれた。
彼女に瓜二つな女だと、魅了された私はすぐに彼女との友好関係を取り付けた。
同時に怯えた、得体の知れない存在としてどうも相手取るのが心苦しい。後悔であり、喜びであり、畏怖であり・・・。私は混沌とした気持ちにそれを押し当てられた。
熱は冷め、私は僅かな支えと共に生きている。
私は同時期に、復讐心のままに、相手を追い詰め、家庭を壊し、名声も崩した。何をしたかも覚えていないし、どういう顛末になったかも、聞いたものでしかない。
達成感は無いが、多少自分を肯定出来た。本当なら、肯定出来ずに死んでしまった方がマシであったと今も思う。復讐心は現実に自分を留めてくれる、強い意思だと、覚めてから思い知った。
それでは、私の第二の後悔の始まり、そしてその顛末を語ろう。
私は彼女に心酔した、やり直しとは違うが、贖罪を伴わない、最後のチャンスに近いもので、私は慌てつつも彼女との仲を着実に良くしていた。だが、私はいつもの失敗をして良い状況下でない為、警戒は念入りであった。
一度失敗して、リカバリーを取るという結果に終わり、望む程ではないが仲が深まった。
名を瀬菜、捨てられた初恋の記憶は人の死の記憶と共に呼び覚ます。
あっさりと今迄が覆される瞬間であった。
甘いものを取られてへそを曲げた私は、目を覚ますのに少し時間を掛けてしまった。私は間違いを正すべきか問うが、答えるのを拒否された。間違いは気付いたが、どう扱うべきか、間違えた私が察せるとは思えないと言うと、それも間違えているわ、と難癖をつけられた。
彼女が去り、私は一人になる。寝たと勘違いされたのか、少し私は彼女を追った所、二人で対談している所を見た。ジルヴィスターも匂いに釣られたのか、私は相棒と上下で見ていた。
補聴器だと上手く聞こえないが、要旨は聞き取れるものの、言葉の節々で誰の言葉かを把握しなければならないと思うと、少々難しい。
アナーキーな会話だと思う、聞き取れた内容はざっと以下の通りだ。
彼はどうなのか。
頑強な精神だが諦めた様にも思える点か。
見ているのが多少辛いのもある。
だがあれでも良いだろうに。
まさかああなるとは思うまいて、ただ、いずれ越さねばならん壁を先に消せたと思えばマシだろうに。
一生物の傷を治さなければ、また後悔するだろう。
掘り返すのもその行動に該当するから動けないんだろう。
時間に悩むのは相当な幼さを持つ、精神の未成熟さだ。経験則的な思考なのに経験を消し去ったかの様な危うさがある。
だが本人が記憶を嫌っている、それさえあれば戻るだろう。
以前からもそうだったから聞いている、同じ様な事が過去にあったという事だ。
やはり、家族か。
間違いない。
母親は何故彼を探さなかった、死んでしまっても良いのか。
嫌っているんじゃないか。
敬愛はされているのにか。
付け入ってるだけよ、仕方がないじゃない、境遇が不憫としか言えないの。だけど彼は別でしょう。
それには賛同だな、方向性は決まったのなら段階的に決めるか。
私は嫌気のままに外へ出て、少しバスを利用し北まで来た。電車の廃線を横目に、スマートフォンと財布を持ち、飯を探しに来た。
静かな古い商店街、営業時間外だから廃れている様に思えるが、私はこっそりついて来たレムをむげには出来ないが、孤独さが背後に居ても拭えなかった。
私は今、川辺の石垣の上、いつもここにいるジジイが死んだと聞いたが、椅子が残っているのでそこに座っていた。
橋が隣にある程度の場所で、私は椅子に座り、レムと話していた。大きい川だが、そそり立つ壁の上に家があるせいか、擬洋風の所狭しと並んだ建物が私をここに追いやった。
当然の事かの様に椅子の上ではなく、私の上に座った。
だが、不快な出来事が起きた。
中型犬、それも野良犬が数人の大人達に追いかけられて、川に飛び込んだ、犬は果物を口に咥えながらも、それを守っていた。更に遠い場所に子犬がいると彼女が指摘する。人の魔の手がやがて追い付き、犬の命が終わらせられたのを、あの犬は見ていた。子犬が助けようと進んだが、どうでも良いとか、可愛らしいと見過ごした瞬間に噛みついた為、道具を用いて仕留められる。
嗚呼、なんて・・・。
見たくないとその場を離れ、枢仕掛けの人形が多数、見える様に飾ってある裏道に来た。私は規則性のある動きと、規則性のタイミングをズラした他の仕掛けが印象的だ。いつ見ても同じシーンにはならない、少しの時間なら見ても面白い枢だ。
枢の歯車が外れ、倒壊し、人形共が暴れ狂う。
腹が立った、何が見れるかと思えばこんなものかと、そそくさと去った。
少し離れた階段の中に一つ突出した切り株のある寺に来た。彼女がここ、静かだから。と日曜日の昼頃、私達は飯も食わずにここにいた。
季節外れの話題を振られた。コートについてだ。
私の片腕を動かして繋いで、言ったのだ。
「もう、冬だね。暖かい。」
私のコートの僅かな隙間に手を入れられた。
「スカートの方をどうにかしろ、最短で温める方法だ。」
「可愛いでしょ、好きなんじゃないの。」
「・・・嗚呼、夢がある。」
「コート、気に入ってるの。」
「代用が出来ないだけだ、機能が他にあるならもっと温かいものを選ぶ。・・・私は剣でお返しする。そういう行動に迷いを持っているだけだ。」
「強い仲間内に居れるの、嬉しい。」
「ああ、そうだな。・・・ふふっ。」
「気付いたなら、いっか。」
「・・・レムは、私を愛しているか。」
「勿論だよ、一時の迷いだなんて、言わせないから。」
「空席に内乱が起きないのも寂しいものだ。」
「穏やかでしょ、事が終わるのは。」
応えず、笑った。私はそれをまだ知らないのだ。少し挑戦気味だが、旅も悪くないと思った。
翌日、また相棒と覗き見をする。
私は話が進んだ為に、答えを知った。
お嬢はきっと抱き締めてくれる、それも覆い隠す様に。メアリーはきっと抱き締めてくれる、それも傷口を舐める様に。
私だけが趣味が悪いと首根っこをシャーロットに引っ張られる。相変わらずの力で、私を軽々と持っていった。
少し言葉に欠損を感じた私もいたが、触れないでいようとスルーし、彼女は私を抱いて言った。
「私、大きいから、寿命、短いの。」
身長凡そ180オーバー、中学生にしても、女子にしても大きい。最終的には190後半まで背が伸びる。
故に、彼女は命の灯火が短い。情熱は人一倍だが、その分灯火は大きい。
私の前で死んだ、あの事件が二度と起きない様にと願ってしまったから。
私はまた手を離すまいとするが、すぐに外れてしまった。近付く事もままならない、私がいつしか、やった事だ。
自分が、彼女を殺してしまったと。今、自覚した。
情熱の切れ目は無関心から、夢は起きたら忘れてしまうのが一般的だ、だが、私は覚めた時の僅かな記憶と共にある。いつもの目覚めだ。
私は悔いが無い様に向かうが、向こうは段違いに足が速い。届かぬ手が震えた。
傷口が開きっぱなしだと誰かが治してくれる、私は痛々しい足を見たいとは思わないが、それ以上に見たくもないものがあった。
それが私を誘い惑わす、容赦無く殺してやりたいが、それも無理な話だ。
私は復讐心というものに唆された。お嬢も当然だと良い、間違っていないと。
復讐とは起きるべくして起きるもの、返してやらねば人は進まじ。
私は剣でお返しする。
私は焼ける思いで考えた、私に与えた最大の贈り物の意趣返し、或いは呪詛返し。
おんあびらうんけんそわか。
祈ってから物事は始まった。
私の純粋な思いは少しづつ歪んでいき、最後には原型を保てなくなった。頭を抱え、痛みに耐え、腹を煮やし、爆発に耐える様な様であった。
元は恋心の挫折である、それよりも膨大な感情が恋心に支えられる。愛情と恋心か、と目覚めた様にボヤいた。
復讐の顛末はごくあっさりとしたものだ。
復讐心のままに、相手を追い詰め、家庭を壊し、名声も崩した。何をしたかも覚えていないし、どういう顛末になったかも、聞いたものでしかない。
私は怒り狂い、邁進し、飾り気の無い凱旋をした。
先ず私は目的の証拠を見つけ、自殺をした問題の処理に際し書類を混ぜ込み、行いを明かし、一人一人を先導し、自殺にまで追い込んだ。
自殺したと聞いてからは、情熱は冷えたが、穏やか、というものをしみじみと感じていた。
偶像を壊し続ける異教徒の気持ちが分かったのが、この時の事であった。
死んではならない、誰かの為に価値がある限り生き続ける。私は今日もシャーロットを探すべく、相棒の助言を受ける。だが刻々と変わっている、死に場所に近い、終わりを求めていた。
私は生きる事にとっくに失望している、命綱一本が腐るまでは、この世に形を保つだろう。それ故に、絶やしてはならないのだ。私は彼女が居なくなれば、また大きい損失だと頭を抱えるだろう。
私が気付いたのは、これが愛情由来の行動という、ここで転機の様なものに出会したのだ。
諦めるな、壊れるな、私の命に大した価値は無い。復讐者の罪はどこまでいっても罪であり、価値を失った事に変わりは無い。
だが、私は終わらせた。天罰は願わじ、私は許しを乞うのみ。
メアリーを見ていると、鏡を見ているのかと思う事があった。 人に準える時、私はより容赦なく行えたのだ。
酷く似ているそれを私は誤魔化し続けれるだろうか、気持ちを隠し続けれるだろうか。
ほんのくだらない悩みから物事は始まった。
そういう風にあたりが強くなる事があるのだ。私は変な解釈がどうも今を指すだけでないように思われ、後でどうなるのかと気になるものだ。
私は、僅かな偶然に見込まれた。
彼女に瓜二つな女だと、魅了された私はすぐに彼女との友好関係を取り付けた。
同時に怯えた、得体の知れない存在としてどうも相手取るのが心苦しい。後悔であり、喜びであり、畏怖であり・・・。私は混沌とした気持ちにそれを押し当てられた。
熱は冷め、私は僅かな支えと共に生きている。
達成感は無いが、多少自分を肯定出来た。本当なら、肯定出来ずに死んでしまった方がマシであったと今も思う。復讐心は現実に自分を留めてくれる、強い意思だと、覚めてから思い知った。
それでは、私の第二の後悔の始まり、そしてその終わりまで、少し話そうか。
私はその偶然が驚愕で、プラスの感動があった。
溺れる様に私は彼女を求め続けた、悪意の前に私は情熱という古い感情を持っていた。造形はまるで同じ、いつもの様に精神を打ち直そうと思ったが、何かが私を留まる様に誘導した。
私は、自ら歯止めを掛け、狂い始めた。
私は彼女に心酔した、やり直しとは違うが、贖罪を伴わない、最後のチャンスに近いもので、私は慌てつつも彼女との仲を着実に良くしていた。だが、私はいつもの失敗をして良い状況下でない為、警戒は念入りであった。
いつも通りの筈がいつも通りにはならない、感情の起伏が薄い上に希望という掴みやすいものも無い。
死に際の彼女を見た様な、あの気分だ。
私は改めようとしているのか、それともどこかに反省を忘れたか。私はシャーロットを追う、寄り道をしていた。
一度失敗して、リカバリーを取るという結果に終わり、望む程ではないが仲が深まった。
名を瀬菜、捨てられた初恋の記憶は人の死の記憶と共に呼び覚ます。
あっさりと今迄が覆される瞬間であった。
だが、私は失敗した。
一つ、教訓だ。今の私だから言おう。
友好関係は長期に渡るものの場合、恋愛に対しては効果どころか逆効果だ。
紙粘土は時が経つ程固くなる。衝撃を与え、そこから変化をつけなければいけないのだ。
だが、そう思うと言う事は、感情を欲するのでは無く、女という物質を欲している欲望の始まりだと自覚すべし。
私は今迄、一度たりとしても行わなかった事をした。嘘を言ったのである。濡れ衣を着せられた事のある私は、数度重なった時に、最早その連中は許さじ、生かす事も拒絶し、殺せるならば、約束である殺しが許可される例外があれば、私は彼等を肉一片たりとして逃しはせぬ。憎悪と怨恨は潰えず、殺しを望む。
ただ、私は急ぎ過ぎた、それと同時に得体の知れない恐怖が私に不快感を与えた。
私には、彼女以外居なかった、私の全ては、あそこから始まり、終わったのだ。
私は死に物狂いであった、だが、もう無理だと、破滅を願った。
私は解決した、愛する人の悩みを全て拭い切ってしまった。
悲しみも、喜びも無い、穏やかな気持ちになった。
そら、白い樺の花が流れて来た、ごらん、きれいだろう。
段々と遠くなって、突然、連絡がつかなくなった。
私は辛いとも、悲しさがすぐに蒸発する。身の内側は怒りで焦がされるが、誰かが脳裏に焼き付く限りはその感情を爆発させる事は出来ないのだ。
私は彼女を怒らせたのか、何によるものでもなく。自己嫌悪も例外ではないが、非は自分にあるとしても多少は勘弁してもらいたいものだ。
思い出を失った為か、不思議と愛着を忘れた頃だ。私は怒りを忘れ、心穏やかになった。
私の心は、大切な人を懐かしみながらも、ゆっくりと彼女に嫌われ、運命も信用ならないと、希望を捨てた。一時的に自分の気持ちは満たされたが、それ以上は有り得なかった。
欲望が最初に歪んだ、夢が次に潰えた。希望を失い、愛情がからっきしになった。
破滅が、破滅が欲しい。
こんな世界は、一分一秒とて、生きながらえる事さえも拒否したい。
嗚呼、まだ余っているではないか。
私の過去で、世界の未来。彼女等は私に執着すべきではないのだ。
黒い光が、私には見えた。私の一生を貫いた、と。
私はシャーロットを見つける事が今の傷物の自分を癒すに最適とした。だが、お嬢は私を止めた。
一週間だ、最早無理だという確信や、他者が情報を入手出来ていないまま、傷つかない様に私を抱擁する。
そして私に言ったのだ。
「・・・愚かね。」
コートを脱がして、私に触れた。そして・・・。
私は少し、意識外の温もりを味わった。
友好関係は解体された。それでも手元に五千以上はあるが、私は見ていられないらしい。
状況の聞き方次第だ。確かに私は悪いが、一時の血迷いでは許されないのか、再び失うという一点だけの恐怖が蘇る。
恐らく、私への恐怖だろう。いつしか私も標的となる、そういう思考の下そう思われたのだろう。
私は自分を拒否した。自分の心を封じた。そういう風にひたすら考えたものの、遂には出来なかった。
メアリーは、快楽を通し、私の涙を枯渇させた。彼女は私のそれを許さないとした。だが、私の心は既に枯れていたのだ。
生物らしく、人間らしく、感情を以て振舞おうとも、分かる人には分かるらしい。膝の上に頭を導かれ、今日も涙を流す。
私の惨状を見て、戻る人々もいた。
強い精神たる我が心は、今だけはと泣く事を続ける。今はまだ忘れていないから、許してくれ。
私は茶と抗鬱剤を時間を開けて使用した。
私は知った古本屋のバイトをタダでしていた。金稼ぎには興味が無いが、本はいつでも面白いと、山奥の観光地にある街道で、本屋の娘っ子だのと呼んでいる彼女と交流していた。
嘗てのツテやコネで新しい万引き対策や装置を試験的に試していた。小説と漫画という文化の最先端、ファンタジーと歴史で形成されたそこは現実で見れないものや現実であるのに夢を見れたりと、私は嘗ての薄い思い出を復元していた。
我が実父の血筋は武家の中では大名の側近、そこそこの地位があり、彼女とはそこで繋がっていたりと、奇縁で笑ったのだ。
古い友人も時々顔を出しては、私の傷の様相を良く思わなかったり、笑ひ罵り、お茶を酌み交わし、ある意味では以前より幸せで穏やかな暮らしであった。病院の匂いは無く、仄かな花の香り、紅葉を踏み分ける楽しみのある場所だ。
私はソーセージと酢漬けキャベツのザワークラウトの相性をジルヴィスターと話していた頃だ。
塩の味が際立つ度に、私は懐かしい思い出を掘り出してしまう。脳に多くの血が、熱を思わせたのだ。
私はパッと渾名を考える。適当なもので、悪くないと思えるもの。
「・・・静、物部静だ。」
別段意味は無い、女王がどんな宝石を着けたとて、化粧が良ければそちらに目が向くだろう。
私は彼女に穏やかを求め、基本的に見た目を否定しない上に、安定した精神等、敵のいない私には必要なものだと気付いた。
不思議だ、私は未だこんな気分は体験した事が無い。人の渾名を考えて与えただけだが、私は名前さえも愛おしいと感じた。
「おや、随分と喜んでいるらしいな。」
「ああ、気分がとても良い。」
私は立とうとしたが、片手には何の感触も無く、空振る。静は笑った、そんなに滑稽だったかと問えば、僕も嬉しいのさと言った。
本棚整理を手伝い、冷やかし客の迷惑を直す。二階の本棚も丁重に扱い、気付かない人も多いからか、すぐに終わってしまった。
私はふとした後悔に襲われた、時々起きる事ではあるが、衝撃は相変わらず衝撃だ。
「こら! サボらない。」
「母親の真似かよ・・・けっ。」
「そんなに似ていたの?」
「私の頭の母親像ではな。」
「そうなのかぁ・・・。」
私は彼女に腕を引っ張られた。階段に座っていた私の隣、肩を枕に腕を抱く。
「君は勇敢だよ、だけど逃げ出さないのは蛮勇。話を聞く限りじゃ、その方が良いのかもしれないけどさ・・・。僕は君の友人、それ以上の関係。気付いているんだろう? 男女関係が本当は下らない事だって。君と彼女の個人的関係を世にあるもので縛るのはどうかと思うけど、今はもう戻せない、だから君は君を騙してでも生きるのが、僕のアドバイスさ。」
「私は君が思っている様な人間ではないよ。」
「でも、君は少しでも前に進んだだろう?」
「・・・ああ、進まなかったら私は死んでいたよ。」
「君は空白を許さない、そんな人間だよ。僕だって本を読みたい衝動がいつもあって、本で空白を満たしている。形は違えど、君と同じ事実だけが残った人間さ。」
「私はそうだろうな、栄光の終わりに衰退が始まり、大して生き長らえれないよ。」
「もし君が永遠の命を手にするとして、それはどんな形だい? 人間の脳は150年で腐るのに生きようと思うかい?」
「自分と他人の視点から私は存在し、アプローチの距離が違う。私は既に永遠の命を手に入れたも同然だよ。」
「どうして断言出来るんだい?」
「ならどうして君は今『女の平和』なんてものを持っているんだい?」
「・・・恥ずかしいから、期待しちゃダメだよ。」
「いつでも歓迎だよ。」
彼女は顔を逸らし視線を中々動かさないまま下に降り、のれんをくぐって行った。
翌日もいつもの場所にいた、屯している中で、腕に違和感を持ちつつも、眠りから覚めた。
「おはよう、随分長い昼寝だったね。」
「ああ、うん。特に夢も見なかった。」
彼女は近付いて私の隣に座った。
「鈍さが無くなってきた・・・君の主人とやらの言っていた事も解消されたんだね。」
「生まれつきじゃないか?」
「そうでもないよ、君は耐える為に持っていた感情や性格を捨てた、前進しているけど、今は好ましくないね。」
「守る手段・・・。」
「そうさ、恋愛関係の度に、重度のものに限って君は死に至る程の状況に陥る。・・・君は誰かを泣かせた事はない?」
「心当たりが無いと言うのは後で嫌な予感にしかならない、だからNoと答えるよ。」
「素直でよろしい、とか言えば良いかな。」
「私は良いと思うぞ。」
「それで、君は今どうにか出来る問題の中で後悔してしまうであろう問題はあるかな? 一回吐いてみると良い、今解決したい問題だけ処理してみる、そうすれば少しは自分を責めなくなるだろう。」
「答えは既に出ているさ。だが、私の足じゃどうにも難しい。」
「今は、そうでもないよ。僕の考える限りじゃ、君の腕の痛みは意味の無いものでは無い筈だ。・・・わわっ、それでも判断が早いね。はい、夏だから気を付けてね。」
「恩に着る。」
私は店を出て、探しものを求める。タイムリミットまでは余裕があるが、心の余裕はあまり無かった。
シャーロットは私から離れられない、否応無しに求めている。理由について、少ししか触れた事が無いが、彼女は私の何かを嫌ったか、それか、罪悪感かで行ってしまったのだろう。
そして漸く、私は辿り着いた。
「会いに来たよ、シャーロット。」
少し涙を見たが、すぐに拭われてしまった。私は彼女の思いを聞き出す為に近付くが、彼女は私を嫌っているのかと、あの忌まわしい記憶が顔を出す。
急速に顔色を悪くした私は、彼女に現に戻された。
「お願いだから、私の前で死なないで・・・。やだよ・・・帰って来てよ・・・。」
私が忘れた記憶に問い掛ける。それが私にとって思い出に感情移入しただけで私は救われない。寧ろ追い出されている気がした。
苦しむ様にと私は足を崩した。シャーロットにあるまじき足腰の弱さ、身長は私より20cm以上高く、アスリート同士の子で、握力は私の倍以上ある程だ。
あの日の足を思い出した。靴下を赤に染めた日の事だ。私は少し頭を上げ、彼女の胸の上から、私は言った。
「痛みは、生を実感する最高の手段だ。」
彼女の涙をより強くし、続けた。
「私の今の熱は、全て君へのものだ。」
活気を取り戻したかのように、路地裏で誰も居ない、真昼の暗がり、私は彼女に上下を逆転され、乗られて言われた。
「大好きだから、この前の分、一発殴って良いかな。」
「・・・悪い冗談だ、殴るのだけは勘弁して欲しい。特に君は。というかお互い様だろうに。」
「でも、変に悪く思うよりは良いんじゃない?」
「・・・あはは。本当に、悪い冗談だ。」
「じゃあ、子供らしい、やろうとした事は捨てる。」
彼女は私にキスをした。そして、言った。
「これが私の望み、少し不平等だけど、理想はもう少し後でね。」
「大胆・・・だな。」
「貴方は、許す?」
「覚えていても仕方無いさ。過去の反省も大事だが、未来の幸福がそこにあるのに、どうしてそれを優先しようと思うか。」
「約束、待ってるよ。」
「ああ、このくだらない喧嘩も終わりにしておこう。」
「うん。」
私は手を握られた。しっかりと足を地面に指していて、背筋が普段のものになった時、彼女に少し倒れた。今度はしっかり支えられ、胸の辺りで抱かれた。
翌日の昼間、私は彼女らに出会ったが会話の内容が僅かに聞こえ、少し外で続きを聞いた。
「彼は純粋よ、彼女は本命だし、自分に自信を持って欲しいから浮気して、色んなものを得てみるのはどうか、と問われて浮気しているの。結局彼は心変わりする事は本当に無かったわ。」
「勤勉だねぇ、貞操観念は教育したのかい?」
「彼はかなりの数の交友を持っているけど、この条件下でもトラブルちょっとだけ、それ以外は解決。基本的に起こらないわ。」
「僕も彼とやってみたいなぁ、本だけじゃつまらないし。」
「スケベね。」
「僕は宝石を手放せない性格でね。きっと彼を取り合う事になる。」
「目指すものが違いますから、そうはなりませんことよ。」
「ローマ皇帝の真似事かい? それとも易姓革命?」
「友人のものを奪おうだなんて、普通は思わないでしょう?」
「人間は嫉妬ありきだ。」
「・・・反省でも、贖罪でもありますけどね。私も非が無い訳ではありませんから。」
「彼が責めないから?」
「誰かが罰してくれるからこそ、自分は自分を応援出来るもの。誰かの前で苦しむ見苦しい行いなのに、私は欲している・・・。」
「ああ分かるとも。若々しい君は、無罪でも罰されるつもりだろう?」
「舞台に立つ友人の為なら、私の優先順位は高くありませんから。」
「命乞いで終われるなら、君の出番は無いさ。」
「自己犠牲を気持ち悪いと思った事が、私にとっての恥ですわ。」
「本当は彼に、と心の底で思っているんだろう? 罰にしろ、命乞いにしろ。」
「それは軽率ね、彼は好きだけど、逆だから。」
「確かに、救いようがないからね。」
私は何人の話をしているのだと、店に立ち入った。
少し彼女を連れ出し、私は川辺に座る。
私は自分のペンを落としそうになり、貰い物であれば尚更と川に転がりかけたのを足で受けた。
見捨てられたペンのゴミがそこら中にあるのを私は見た。
何が豊かさの為かと気分を悪くした。
私は火を手に握り、最後まで聞いていなかった。
道を踏む、あの山を目指し、高みへと少しづつ。しかし私は階段を昇る所で妥協し、そこで見直した。
「王侯将相いずくんぞ種あらんや。」
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。・・・君は、彼女の言いたい事を分かっているんだね。」
「あの時言ってしまったら、後戻り出来なくなっただろう。」
「彼女についてはどう評するんだい?」
「目標を果たすまでは、完璧主義であれ。」
「僕は早く気付いたけど、君は?」
「全く、私自身が探る事を拒絶している気がする。」
「意地悪だけど、教えてあげられないかな。」
「信用はしている、探ろうとする程馬鹿じゃないさ。」
「・・・少し、僕の見解を話して良いかな。」
「ああ、良いとも。」
「大人になる為に、欠けているものを直そうと思っているかい?」
「・・・私の場合、難しいさ。」
「確かにね、だけど、君は少し子供らしい言動のままだ。」
「物を拾うのに問題があったか。」
「そうじゃないよ。」
「・・・。」
「私の言動を見て思う事、あっただろう?」
「ああ、分かったよ。」
「・・・もう一つ、覚えておくと良い。便利と幸福は違うよ、それが今回の君への報告だ。」
「・・・?」
彼女は先に帰り、一人が嫌なら彼女を呼ぼうと言われたものの、親の後を追うように私は彼女の足跡に従った。
私は夢の中に落ちた、感情の高揚は全く起きず、深い眠りに落ちる。
そして、私が予測はしていたがかき消してしまった為に聞けなかった会話の内容を想像する。
救いようがない、私の今の方向性、及び嘗ての方向性では不可能と言える話題だ。
変化を考えた、だが、ごく自然に変わり過ぎた為か自分の中での変化が分からない。酷く歪になった気がするのだ。
私は一体何をしたいと思っているのか。誰にも問えないどころか、疑問として解決しようとさえ思わない。だが考えが停滞した頃に、漸く起きるのだ。
最愛のものを悉く捨て去らなければならない。第一の追放の矢だ。他人のパンがいかに辛く他人の家の階段の昇り降りがいかに辛い道であるか身に染るだろう。
私は言葉と知識を伝にものを探る、私は多神教の真似事に囚われはいないか、私への信心は変質してしまったものではないかと。
ただ、私は気付くのだ。どの状況であっても、私の叩き付けられたり、与えられた言葉の、未来の問題点に。
間違った事象を少し明かしただけでも、醜さは数倍に膨れ上がる。私はそれによって歪められた、己のみならず、私に仇成した人々を除く人物の墓暴きに等しいのだ。
聖書を偽書とし、神話を御伽噺とするのは正しいのか。幾ら歴史上の事実とて、神聖ローマ帝国で『いつかフランスに解体される。』と言っても信用されないだろう。
私はこの好奇心が抑えられないのだ、隠す行為の向こう側に何があるのか、私は本来の理性で成り立つ自分に反し、考えに望む。
私の過去は悲惨なものだというのは覚えているが、その過去を巡礼し振り返る必要が生まれた。
私の道程及び姿は褒められたものじゃないと自覚していたが、本当にそうなのか、私自身に問うた。
それが自己嫌悪の正体であり、今私を突き動かすどうきであった。
私はメフィストフェレスに時間に関して囁かれた。寝てはならぬ、戻ってこれなくなるぞ。
夢の中で何かを取り戻すというのは、親子愛とは質が違う。ピグマリオン王の真似事は私には出来ない。その敷居の違いが私にも適用され、自分にも矛が向いているというのに、どうして犬やペンに向かない訳があろうか。
私はあの本屋に向かった。珍しく誰も居らず、鍵が掛かっている。私にも鍵を渡されていて、病気になった時の為、と一日一回は見に来る。
まだ暗い朝の事、彼女はこの時間に起きて、準備をして、昼に店番を私に任せて寝ている。鍵の音は私が反応する程度には大きい、特徴的なものであった。
だが私は家側の鍵は無い為、電気を見かけて放っておき、店番に回った。声はかけたが、怯えの帯びた弱々しい返事しか聞こえなかった。
私は一日一回、そろそろ百を超える数になる日記を出す。棚下の箱から出して、書き続ける。
「・・・久しぶり。」
寒気がした為、顔を上げる。
「なんだ、メアリーか。漸く終わったのか。」
「・・・寒くて寒くて・・・はぁ、人の肌は暖かい・・・。」
「お疲れ様、何か用か?」
「・・・少し、話しても良い?」
「ここに座ると良い、温まるだろう。」
私は席を譲った。彼女に寄り添い、久々故か少しスキンシップは強めに行った。
だが彼女は続ける、そんな事もお構い無しで。
「病院でよく寝ていたよな、そこも家であるかの様に。」
「今は違うがね。何回か失敗をして、最終的な結果を喜ぶ為になんて私は言える訳ないだろう。」
「私はあの後色々調べたよ、家族に関して、とかね。・・・哀れで、見ていられなかったよ。」
「人間の当然で、本能さ。有無を言わさず、私に束縛を強いる、いつもの事じゃないか。」
「悲観は生き方によっては身を滅ぼすだけだ、誰かの為に生きるならまだしも、自己肯定が失われたら最早生きる事はできまいて。」
「そうだな・・・面倒な生き方になっちまったもんだよ。・・・どうかしたか?」
「いや、何となく願望が定まった気がした、前から思ってはいたがこれがベストだと思った。・・・どうせすぐに気付くさ。」
「私にも聞かせて欲しいが・・・。」
「その自己嫌悪が和らぐなら、言ってやらんでもない。」
「・・・いや、待ってくれ。」
「じゃあ待とう、あの場所でまた考えれば良いさ。」
「そうだな。」
私は気にかけずに進み、振り返りもしなかった。
「神は味方してくれるのか、楽しみだ。」
私の思う場所とは少し、違うらしい。
私は姉が自傷行為を行っているのを見て、慌てて止めては傷口を舐め、治そうとした覚えがあった。
もし、生贄の理屈が現世にもあるならばと、変に幻想を願った。
不思議と私は共通点を確信し、感謝した。
あの森で私は神社の石垣に近寄り、木の場所を思い出す。きっと、メアリーが見たら予想違いで落胆するだろう。自然の傍に座り、目を閉じた。死んだかの様な座り方になった私は、少しづつ冷えて、瞼を重くしていた。
さて、世は儚いと言っても儚いが故に変えれる。私は無い記憶を埋めるべく夢を現実に寄せて考えていた。映像に補正をかける様に歪みを整える。
私の失われたものの模造品がある、楽園にも等しい場所だ。私が嘘を言うのに躊躇いを無くした原因でもある。
彼女はここにしかいない、私は私の理想とする偽造品で、最後まで再現出来ずにいるのだ。
失念しているのはいつものことだ。
嘘偽りの一切を排する・・・。
それが私の一線を超えてしまいそうであった。私は理想を捨て去り、この楽園を燃やさなければならないのだ。
無欲と言えば聞こえは良い、私しか被害は受けないのだ。だが、これを壊して私は私のままであり続けられるのだろうか。
私は欠けたものをすくい上げるために何度も探すのだ。
嘘を明らかにするという事は、私はこの自分にかけた洗脳を解き、どうしようもない現実に戻る事になるのだ。私が生きれた現実を一部捨て、大半を空想に染め上げ、何とか支えている世界にだ。
記憶を何度も探る、気分が忽ち悪くなる。善行が数百あって、やっと一つの欠点で生まれるストレスを我慢出来るのだ。
私は考えた、一瞬自己嫌悪を止めかけたが、また自己嫌悪を深めた。どうしてこうも気分が悪くなるのだろうか、自分が他者を巻き込んだからだろうか。
嫌な思い出を言語化するのは気分の悪さに他ならない、抽象的であっても苦しいのだから、でしゃばってほしい筈がないのだ。
私は涙した、そろそろ心も限界であった、残骸に等しい彼女の思い出を捨てる事が全く出来ないのだ。
自分の傷を舐めた、鉄の味が別の思い出を呼ぶ。それこそ夢にあった思い出で、姉の思い出であった。
ほぼ消えていた思い出だが、形を思い出す。あの、ジェシカに似た姉だ。私が一番の家族とする姉は、いつも優しかったのだ。私は彼女を見なくなってから、模倣する様にはなったが、あの体や心が愛おしいのだ。私を抱いて慰めてくれる人間が失われたショックは涙の償いであった。
私がどれほど傷付くのも所詮は喜劇でしかない、自分が最優先にされるのは当然なのだ。だが私はそうでもないという点で高尚なものかどうか、自分の優越感がまた危険に思われるのだ。
だが物語は唐突に進む、私は衝動的にものを排し、物語として思い出せるものが少ないのだ。
思い出が少しづつ変化する、閉ざした目は開くことはなく、貧しい胃の中が私を壊す。
記憶が急激に失われ、何をするべきなのかさえ薄れていく。私はまた、あの時の様に失い、自分でさえも失うのかと確信した。
私はまた冷え込む、次も空元気かと、少しうざったらしく思える程に、忌々しい情熱も走る。
だが次は敵意も混ざっている、現実への回帰は怒りの頂点のままに私の内面を燃やす。破壊し尽くして虚無感に襲われて、漸くそれに気付く程の怒りだ。
まだ私は失われる、意識が欠け、誰も咎める人は居らず、私は変貌を遂げるのだ。
苦痛を終えた所で、元凶が僅かに残っているとあの復讐心に苛まれる。私は何にも止められないが為に、意識など無いも同然であった。だが自分が自分で無くなった時、初めて自覚可能な同情という気持ちが湧き上がった。
自己嫌悪が和らぎ、もう良いかと諦めた私は取り残され、突然かつ漠然とした殺意に襲われる。
殺した血は私を酔わすだろう。私は私を許せるだろうか。ジャンの救いよ、再びあれ。
だが、私はそうはいかなかった。
きっと逮捕もされない、以前もそうであった。
私の武士の血は、刀の鞘を捨てさせる。
「私の愛しき貴方・・・。」
首を切った。血で穢された。私は最早限界に至り、壊れた。だが軌跡は一線となった。怒りが一瞬のみ去った私には、よいさえ与えられなかった。
眠らずに殺意が迸る、明るい日差しだ、前の見えない暗い夜空と違うのが私への当てつけに思えた。
私に古いものは要らない、新しいものは幻想ではない。居らぬ神に祈る意味がどこにあろうか。
誰かへの信用の証であり、苦しんでいた救いようがない人への救済である。しかし自分だけは相変わらずそうしない事が、歪な考えに思えた。
天国に来た気分であった。
侮辱も無く、敵意だけが向いている。それが気分に収めた理由であった。
私は仇名にCを添え、本当の名前の座を奪った。
私の本名は相変わらず分からないが、こちらの名前の方が私は愛着が持てた。意味があるだけでなく功績が備わっているからだ。
私はお嬢から姓を受け、彼女を家族に組み込む。私はこの夢の世界を仕切り、夢であるからこその独自を築く。それが私の神秘であり、秘密である。
私は消えつつある過去を排し、新しい場所に進む方が良いのだろう。それほどに苦痛であり、涙するものであるからだ。
偽りを施した過去は、今までの臆病な私は解明しないだろう。価値観的にはこれ以上のものは無い。だから、好きな人を失った私を明かすのは止めてくれ。思い出の箱を整理して、執着を無くす。箱では収まらない程に膨大な本の数々は、私の人間性でありながら、失敗の数々でもある。勇気は残酷で、多様性のあるものだ。
私は過去を思う事を止めた、後悔でさえ忘れてしまうのが良い、私は最早終わりなのだから。
私は今日まで生きてみたが、今ある未来の価値が分かる。勇気ある死であり、永遠に続くであろう苦しみに終止符を打ちに行くのだ。
私は失望し続ける。
受け入れて、吐き出さずに。
進んで行く私の歩みに一切の迷いは生じなかった。
忌まわしい記憶は不思議と鮮明で、長く感じる。それを思い出した時だけ、私は記憶力の良さを嘆く。
私はポケットを探る。
紙切れが幾つか入っていたが、私は何が書かれているのかと、ノートの切れ端かもしれないと、古く脆い事を嘆いた。それはふとした違和感でもあったのだ。
私はメアリーに見つけられ、暗い森を抜けた。切れ端を調べる事は無かったが、彼女の心配は私の位置にあったのだが、それは説明して終わらせたものの、説教は根深く、手を握られ、白い私のものが赤くなる程であった。
私が向かった木の枝が触れていた部分は特に触られ、頬でさえも彼女の手に渡る。彼女もまたお嬢と同じ種の情を持ち、それに庇護される。
塩と香水の味がした。
「そのポケットの紙を元に戻し、形にしてみなさい。」
私は言う通りにした、そして忌々しい記憶を思い出すのだ。そして私は何も無い喉の底から、吐き出した。紙は繋がれ、私の間違いを正した。私が一人描かれた絵であった。
「・・・私は、貴方の過去を知ったもの。だから、立ち上がりなさい。・・・心優しい貴方は、時に自分にさえも優しいのよ。言葉で責め続けているけど、自分で既に考えついている言葉を繰り返しているだけなの。」
私は忘れた姿を思い出し、苦悩しつつ、処理し、撫でられつつ、嗚咽に変わる。
そして私は問うのだ。
「不幸と対面した所で、いつもの悩むだけの感触を繰り返すだけだ。」
「すぐに分かるさ、その痛みを知れるのは誰よりも理解している・・・自身だよ。」
「やめろ!その名前で呼ぶな!私に与えられた名があるというのにどうしてその忌み名で呼ぶのだ!」
「オリオンの名は侮辱に等しいが、その人生を俯瞰し侮辱出来るものがあるか?」
「私の人生は侮辱されるべきものであった、後悔がこれ程あるのは、自分の失敗の数々であるのに・・・。」
「過去は嘆けば唯の重荷だ、嘆かせる為ではないし、涙に一つの目的が定められた訳でもない。」
「・・・お・・・。」
「ふふっ、やっと呼んでくれた・・・。」
私は因縁を一個果たし、少し心を埋める事が出来た。
さて、私は少し大きく感じたメアリーの元を離れ、捨てるというものに歯止めが掛けられた。私は忘れたものを整理しつつも、その中には私の悩む時間というのがあまり存在しないという問題があった。何となく口説き、何となく恋愛をする。それに悪いものは感じるが、特に罪の字が思い浮かびはしなかった。根が善人というのは私が考える限りではプラスたりえないもので、よく知っている。
彼女に遭遇する事で私は恋愛感情の終止符を打たなければならない。はいかいいえは後で聞いて聞けるとしよう。
「シャーロット・・・。」
「ねぇ、私はどこなの?」
「・・・。」
「私は貴方と共にいたいのに、どうして離れちゃうの・・・。」
「それは、愛情ではなく恋に過ぎないからさ。・・・これも一時の迷い、すぐに目が覚めるさ。」
「そんな訳ない!忘れたくない!この感情は貴方にしか向けれないもの。」
「・・・私も、同じ気持ちさ。」
「・・・どうしてなの・・・。」
「私は優先すべきことがある。」
「行かせない、どうせ苦しむんでしょう?」
「優しいな・・・、だけど、これは私の過去への冒涜になってしまう。後で良い、後で良いんだ。・・・君が代われる唯一の人だと確信しているからこそ、私は後回しにする。」
「・・・ありがとう。でも、後で怒るから。」
「それがまた嘘なのか、という話か。」
「・・・愛が、恋によって忘れられた事。」
「忘れた覚えはないし、過去を忘れようと変えた覚えもあるさ。」
「それが駄目なの。」
「・・・ちゃんと振り返っておくよ。」
「成功すると、いつも堕落する。」
「ぐぅのねも出ない、耳が痛いよ。」
「どうしてこんなに興味が無いの、貴方は。」
「それは思い違いじゃないかな、信頼出来る相手、理想たる相手を語ろうとは思わない。ちまよってしまうのさ。・・・あそこまで暴力的な出会いだったからこそ、信頼が置ける気もする。」
「・・・分からないよ。」
言葉が言葉を消す殴り合いの中で、彼女最後に言った。
「私が変わったら、私を好きになってくれますか。」
激しい苦痛が伴う思考が脳裏で囁く。これの答え次第では、私はより大きいものを失うのだろう。私もその言葉を言いかけていたのだから。だが、過去が認めるのを拒否した。これだから過去は嫌いなんだ。言葉選びに差がある話し方だが、ここだけは同じであった。思いも、いつも通りの形をしていた。
彼女と二度と言葉は交わせなかった顛末でも良いか、そういう気の緩みがあった。憤りを全うした喜びよりも、チャンスが残されていると確信した中で進歩出来なかった後悔が重いだろうか。
桔梗を見掛けた、あれを見ると別れを告げられた気分になるのだ。私は変な言葉遊びに自分の成長と自分の姿を思い出した。
「申し訳ない、私は、あの時には二度と戻れはしない。」
私は首を痛めた、虫刺されが引っかかっては、火傷の後の様になっていた。
彼女が崩れ去る音がした、そして、私はあの愛しき彼女の名を。
「瀬奈さんには、かなわないなぁ。」
涙は止まらない。
彷徨い歩き、狂って戸惑い、私は最後の場所に辿り着いた。
普段は祭り会場として機能する小さい境内と高い高低差を持つ、小さい神社だ。
奥の方に、闇と山、林という不気味極まりない場所がある。オオスズメバチや、熊も存在する危険な場所だ。
だが、私にとっては些細な事と、踏み込んで行ったのだ。
私は以前、この様な話を聞いた。神に自転車が欲しいと願ったがそれを得られなかった為、自転車を盗み神に赦免を乞うた。私は許しを乞うべく山を登る、血が流れようと、上に登る。私は、彼女を信じた。極限状態の最中、現実を忘れ、過去見るべく山を歩いた。十余の創を被って、私の脚は一本の道でも耐え難い。今はここのみ道がある。
シャーロットが惜しいと少し躊躇う、だが進まない理由にはなり得ない、あの日を思い出し、辛い事があっても、彼女はきっと私に会いに来る。今一番信用出来ない自分自身よりかは、遥かに信頼出来ると。
神社の社に着いた、私のしゅうちゃく点にも思える。厳かで静か、だが光が漏れている。
鶯張りを踏み、影を落とし、扉に手をかける。
「・・・なんて懐かしい匂いだ・・・。」
そう語る彼女の名はジェシカなのか、姉なのか、巫女服で神酒を呑むのを見たものの分かる筈が無かった。
「・・・!・・・!か?」
苦痛だ、なんて酷い苦痛なんだ。未だに私はそれを耐えられない。何を言っているか、分かる度に苦しみに繋がる。だがあと少し、あと少しなのだ。
「・・・私の・・・姉・・・?」
「ああ、そうだよ。」
彼女はジェシカという存在を纏っていたのか? 私はそう考えた。渇望の果ての話でありながら、私は現かどうかも分からない世界で夢を果たした達成感に見舞われる。
思い出したかった事の辻褄が合い、記憶が一部修復された。彼女は死んだあの日の歳のままで、今の私より年下かと思われる。私はいつしか彼女を超えていた、しかし、超えたものがプラスのものだけではなかったからか、私は苦痛に苛まれた。
「ここまで来た・・・かなり追い詰められているな。・・・手助けが足りなかったか。・・・どうやら私じゃないと駄目な役目らしい。」
彼女は覚悟し、深呼吸の後、私に太腿を貸して、寝かせる様にして言った。
「基徒花十、ユートピアを作り上げたのに不満があったか?」
これが私の名前であり、私の向き合うべき過去だ。
「ジェシカは私の偽りさ、そうすれば少しはマシになるだろうと思っていたが・・・考えが甘かったな。正直に言わなければならない職業上、嘘は苦手だ。別にここで神託が出来る訳ではないし、警告してやれる程度のものでしかないさ。」
頬を撫でてくる彼女の手は暖炉に近付けていたせいか暖かい。私に手を当てた所、冷たかったのか手を離さない。
「・・・もう少ししたら、じっくり話すか。」
私を暖めるべく、彼女は太腿より上に来いと指で示した、少し重かったのか、一瞬バランスを崩して、嬉しそうな顔をしていた。
彼女はオリーブの汁を啜り、飲み干した後、私に目を向けた。
「知識というのは現実を固定化する、多種多様な現実を守る為には狂い果てるまで現実に没頭し現実を別の何かで再現するとか、逆に何も知らないままでいるべきだ。ブラック企業の社員は芸術になり得ない、そういう事だ。私もそうなってしまったのだよ。」
「天才じゃないのは、辛いな。」
「努力で叶うのは努力の範疇、それがどれだけ大きくても、万能には程遠い。無理に縋るのは止めておく様に。叶うチャンスがあれば掴み、失敗したなら次を待て、待つのも努力だ、急ぐ事は努力ではないよ。」
「・・・手にかけたよ。」
「母親か・・・来世はマシである事を祈ろう。」
「・・・。」
「気に負うな、何度も自殺ばかり試みたあの女の事だ・・・その為にユートピアを作ったんだろう?」
「・・・?」
「まだ思い出せないなら良いさ、間違えを少しでも多く正す為に私はいるんだ。・・・恐れと怯えだな、多分突っかかっていた点は知覚と直感、それの差異だ。人の無意識に干渉するかどうかをメインに考えるのは難しい。畏敬の念というワードもある。・・・だが、それは時間的なものではない、もっと潜在的なものだと気付いて、尚誤魔化したりしなかったか? 」
「・・・知覚出来るから恐れと思ったんだが・・・。」
「まぁそうだな、どっちも単純だから三人称からは見えやすい。例えば・・・。」
「あの子は、私を本当に好いていたのか。」
彼女より先に私は話を切り出した。それを皮切りに、悲しげな声が聞こえた。
「お前が好きだったから、彼女はあの行動が出来た。結局は無意味だったがな。」
「・・・はは、あまり人の死を侮辱するなよ。」
「そちらこそ、あまり人の生を侮辱するなよ。」
「私がいつ侮辱したと。」
「いつと言った所で、そう言う人間は否定するのが常套句さ。私は、知っていたけど、失敗したけど、嬉しかった。笑いは本質的に・・・誰か言ったそうだな。」
「やめだ、降参降参、戦後処理だの物品要求だの何でもしろ、どうせ失う物はこれ以上大きくならねぇんだ。」
「物を渡されても困るだけだ、もっと抽象的が良い。・・・例えば、私との思い出とかさ。もう少し記憶を探って、私を楽しませてくれ。」
「・・・私が告白されたのは、最初で最後の一回きりだった。」
「いいね、他に何かある?」
「・・・私の数少ない家族だ、私に警告するのはいつも姉だ、そして家族を罵り、本来の形を教えたのも・・・。私の憧れでもあった。」
「いいねいいね、私も高揚してきたよ。魔法をかけられた気分だ。」
体温が少し伝わる、私は触れられると全身が内側の発熱だけで発火した、胸はまだ痛いままであった。
「気分が良いから、私からも話そう。・・・痛いかい?・・・少し呼吸を整えてから、話そうか。」
私の目をまた隠す為に腿を貸した、そこに寝かせ、目を塞ぐ。
「弟相手に何言ってんだって思う様な話だけどさ・・・負ける為に挑んでるんだろう、分かっていて、尚、普通の人間に馴染もうとする姿・・・私を無理にでも普通にしたがる、そういう所が私は好きになった。見てられない惨状をどうにかしたいと、気付いた頃にはもう遅く、私は僅かな希望に託した。さが、それも失敗し、未来は自分で操作出来ないと知ったよ。」
頬に何か感触が伝わり、痒いと思った。だが何かある訳でもない。
「・・・ごめん、私、助けられなかった・・・そうやって悔いたのに、僅かな接点に甘んじて交流した。今日はここに来ると知って最初からいた、きっと、ここに死にに来ると。未来は変わった、それとも最初からたまたま当たってただけの偶然が、この時外れたか。・・・私は今日で最後・・・。」
彼女は私の一部として流れている。食った物はいづれ失われるが、味はいつまでも失われない。覚えておくのは難しいが、忘れて苦しむよりかは遥かに楽である。
「理想主義者たるお前、皆を平等に扱ったけど、不遇な立場から二度目を迎えて、どうだった?」
覆いを除けて光が差し、赤くなった彼女を見た。
「・・・ああ、どうしてここがこうなっているのか、理由が分かったよ。」
「それは少し私を馬鹿にしているよ。」
「その時の私が馬鹿で、覚えていなかったのが原因だ。」
少し不満げな表情になっても話を続け、自分を嘲る様に言うとより顔を酷くする。詫びつつ、私は少し抱擁を要求した。彼女の肢体はそう大きくない、それが私を苦しめる。だが、思い出せたから良いじゃないかと囁かれ、私はその苦しみを残しながら断ち切った。
「来客がいてね、お前の後をつけてきたらしい。・・・じゃあね、私の事を思い出してくれて、ありがとう。どうか健やかに。」
彼女は押された背中に加勢し、より大きく前に出す。私は進まざるを得ない状況下に陥ったが、株価が暴落した気分ではなかった。
私が思い出したのは父母の良い記憶と、姉について。その父母の因果は既に終わっているのだ。
家族を求める私の憧れは既に埋まり、私は彼女らの元に向かおうとした。
「・・・やぁ、君はどうしてここに?」
「来客の迎えと、憂さ晴らしさ。」
「何かあったのかい?」
「一の喜びと数多くの悲しみだよ。警戒意識も薄くなったからおめおめ顔を出せるだけだ。」
「僕のは君を追って来ただけだ、体が怠くて動かないんだが、何かあるかい?」
「もう去ったから存分に寝ると良い。場所は広いし座布団もある。」
「うん、ついて行くよ。」
彼女は私の背後に回る、倒れる様でありながら、意識的に凭れかかっている気もした。武家にしては小さく素封家にしれは大きい、女中の管理が必要な広さの中で桜が咲き、儚くも散って床に乱雑な並びで置かれているのを見た。
「桜は好きかい?」
「大嫌いだ、文化祭目当てに学校に通うのと同じ程度の愚行だ。」
「僕と桜だと、どっちが好き?」
「桜だ。」
「どうして?」
「遠からぬいつかに出会えるからさ。」
「・・・君は、まだ・・・ううん、じゃあ、遠からぬいつかに出会える僕はどうだい?」
「君だな。」
「・・・懐かしい?」
「仮に、思い出したとして嬉しい思い出か?」
「君の心は痛めるが、僕は嬉しくて役目を果たし終えた気分になる。」
「冷えているから早く座り、蕎麦湯でも飲むと良い。」
「ありがとう。」
部屋に進み、扉を閉め、座布団が変わっているのを見た。私の思い出は蘇らないのだから、聞いてしまうのはどうか、妙な突っかかりがほんの少し、私を迷わせる。彼女に纏わる記憶だ、というのは覚えている。
だが最早迷いも不要かと、私は捨てる目的で来て得ているものの方が多い、今更犠牲どうこうを騒ぐのはどうなのか。やけくそではない、寧ろ考えたからこそこうなった。
「君はどうしてここに来た。私の後を追うのは危険である事に変わりない筈だ。」
「え・・・あ・・・それは・・・こっちも同じ気持ちだから・・・かな?」
「何を期待している、私は彼女の様な精神の強さは持ち合わせていない。」
「・・・辛いだけの追憶を拒否するのかい?」
「期待するなと言ったんだ、動揺しうる理由があるなら言った方が良いさ。」
「拒否するよ。私の動揺は記憶と共にあるからね。」
「諦めたのか?」
「失敗例は多くある程参考になる、僥倖にも一度成功すれば良い勝負で諦める訳が無い。」
「・・・じゃあ、私の為に言えるか?」
「無理だ、嘗てない程に君を傷付ける。」
「私の日記こと、あのノート群があったよな。ペースを計算してみたが上限をだんだん上げていったとはいえ数が多い、それに関しては?」
「・・・見たの?」
「多少は。」
「それでも思い出せない?」
「ああ、私は完全に忘れていたか、引っかかりが無かったか、だな。」
「そう・・・。」
彼女は涙腺を緩め、精神を壊して、絶望の中で語る。これが彼女へどれだけ辛い思い出になるか、私はハッとする事を祈り、耳を傾ける。彼女の思いまで、洗いざらい伝えられた。手を握られる、懐かしい感触もまた、私に来るものがあった。
「君のベアトリーチェだよ、君の忘れた、ね。・・・思い出してくれるなんて、感激だよ・・・泣き顔は見られたくないから、このまま、じっとしていてくれるかな。でも君の恋人にはなれない、私はすぐに死ぬよ。・・・また後でね、十年後位に、会おうね。」
愛しきベアトリーチェがそこにいたのだから。私が忘れてしまっていた思い出で、一人取り残されていた。夢は最早死ぬまでの飾りとして見るものでしかなくなった。
「諦める訳にはいかない、死ぬ訳にも。情と欲は摂理であり、使命という生きた者が明日を生きる者へ託すものだ。まぁ、記憶は相変わらずだ。」
私は自発的にキスをした。
「ありがとう、懐かしい味だなぁ・・・。もう一つ聞きたいんだけど、どうして君はその教えを選んだんだんだい?」
「・・・特に意味は無いさ、私の背中を預けれるならなんでも良い。だが、兼愛という概念一つに突き動かされた。これが人の繋がりで、隠された一つなのではないか?と思ってね。・・・天国に彼女はいるだろうか。」
「・・・む、君はそう思うかい?・・・私は天国ではなく、ここで、あの向かいの茶屋でお茶したいよ。・・・地獄の無い場所は、君の無意識から来たのかな?」
「過去の私の事だから、君も知っているだろうに。」
「・・・むぅ、そんなのじゃないよ。」
「君の為さ、記憶は結局いつまでも戻らないだろう。だが、別に問題は無い。・・・自分で自分を変えるのは他人を変えるよりも簡単だ。」
「・・・僕、少し見くびっちゃってた。」
「思い出せないが、まだ進めるさ。」
「忘れちゃうかもだけど、まだ進めるよね。」
笑い合ってさよならと告げて、別れた。
桜散る庭を見に再び廊下に戻る。来客案件を片付けては、彼女の話を聞きに行く。
「・・・見られたくなかったよ・・・私の顔をまた見に来るなんて、良い度胸をしているじゃないか。」
「情熱さ、感情の熱血性、略して情熱。チームで勝たなきゃ意味は無い。」
「さっきは人の泣き顔は見なかった癖に、私のを見るのか。」
「私の所に来たのは信頼出来ないからか?」
「同じ事を二度言ってやれる程時間は無いよ。シャーロットへの信頼からこっちに来ただけだ。」
「本当にそれ一つが理由か?」
「目的も混ざってないとは言えないな。」
「ほら、やっぱり。」
「教えるものとして、聖霊の力も少しは借りるさ。」
「・・・私の事か?」
「そうだと嬉しい、良い聖霊じゃないか。」
「私を皮切りに、か。」
「物騒に聞こえるな・・・それと・・・一つ説教しておこう。勘違いするな、私は見た目で判断する性格も持ち合わせているだけでさして興味は無い。内面の方が面倒だ、外見は良いかどうかではない、その相手を魅力的と思えるかどうかだ。欠点は些細なものだし、魅力的が変わっただけで美しいじゃないか。」
「煽て上手もいい所、これだから女遊びなんかに手を出すんだ・・・。」
「・・・それに関しては申し訳ない・・・。」
「・・・嬉しいよ、姉だったのに、恋人とか、妹になった気分だ。」
「もし、そうなれたらどうする?」
「すぐに姉の座に返り咲いてやるとも。」
「これだから・・・信用出来るんだ。」
「来客に文句をつけるのは感心しないな。」
「すまない・・・褒める為と調子に乗ってしまった。」
「恥ずかしくて感謝への対応が遅れただけだよ、言わなくとも分かっているさ。」
彼女は私から目を外し、庭を見た。
「・・・自分の口から聞かせてくれ、最も辛かった瞬間を。」
「自分が人を傷付けた瞬間は人の死よりも辛い。返り血の黒さが私の本性を引き摺ってくる。・・・それがどうにか出来ないかと悩んでいる。」
「じゃあ、私から魔法を教えよう、魔法といってもくだらない、お呪いに近いものだ。」
彼女は立ち上がり、私の背に立ち、腕を私の首に巻く。囁き声が聞こえた。
「・・・。」
「・・・!」
彼女は胸を抑え、涙を流しているのを見た。言葉は確かに聞いた。だが、それよりも大事な話ものがある。そう私は助けることを目論むのだ。
だが、それを最後に突然の別れが訪れた。
げんざい、彼女は告げた。
「さらば、愛しいお前、あのお前を見捨てぬ奴は、森の外にいる。私はお前に二度と会わないだろう、そう願う。」
彼女は桜と共に散る。死体も持てずに終わる。
「・・・使命を、果たし終えたか・・・。」
私は涙を流していたが、妙な嬉しさがあった。
「・・・もう少し・・・いてくれたって・・・良いじゃないか・・・。」
だがそれも束の間、私はかなり長く涙を流し、痛む胸を抑えていた。別れであり、私の終わりでもある。だが私は言うのだ。
「どうか、健やかに。」
私は、地面を見ていた。空の彼女を想ったが、私には私という最も見直すべき存在があるのだから。
愛嬌も既に失せて月下の美女等の姿を、私は求め駆け寄った。
彼女は、私に問うた。
何故君は急ぐか、具合でも悪いのか、と。死こそ勿れと言うと雖も偽善より悪辣なれば、我は精神的に殺す果と成り果てた。
「ああ・・・ああ・・・ああ・・・。」
漏れる様な音だった、苦痛としては最上級のままで、痛みに苦しむだけの顔であった。
「どうしたの・・・?」
「大切なものを失った。」
自分の行いから目を背けて言った、悪辣だ。精神の支えたる一個が消え失せた。その事実は変わりない。どうあっても、それが私の心に突き刺さるのだ。
どうあっても生きなければという精神では、苦痛止まりの生き方になってしまう。私の精神は少しの間引きに耐えられないのだ。一瞬の勇気や甘言が私を狂わせた。記憶の与えるものは決して良いものではなかった。
罪悪感は身を縛る、惰性を起こし、硬直させる。
だが、その呪いは一時的な解消なら可能である。
私は生きる、だが、あの積極的な死よりは情熱的でないものだ。
彼女は私の首を締めた、だが、手にかけた訳ではなく、それ程までに激しい、同情と慰みの抱擁であった。エクスタシーと両立された心の空が深く押し込まれる。
「・・・頑張ったね・・・偉いよ・・・偉いよ・・・もう傷付きたいなんて思わないよね・・・。」
遂に、私の心は解された。
私は私以外のシャーデンフロイデや、道徳の理不尽に傷付けられていた。
それも、同情される事への救われた事と同時に、今も残り続けるうざったらしい感情が不快な痛みを残す。
「私は、そういう身体だけが曖昧に、ちぐはぐに、合わないけど・・・愛してくれたし、愛したいと思った、私はそれで十分だよ・・・。今だけ少し、君の一番にさせて・・・私だって、出来るんだから!」
ただ、私の精神を、自主性を殺した。
彼女はそうしたのだ、私が僅かに見えたあれを見せまいと。
そうして私は、やがて目を閉じた。
「I love you, "but" love you.」
彼女は語るのだ。
「貴方が私の全てだった」
彼女の恋心は終わりを告げ、変わった、そして、僅かに共通点のあるスカートを靡かせ、私の方に向くのだ。手を差し伸べて、彼女は告げる。
「Can I get Amen in my future?」
「Day is gone like wind.」
それを聞き、手を取り、私は立ち上がる。
孔雀の卵、それが私にはお似合いらしい。
そして私は最後を飾り、手を差し伸べた。罪悪感以上の一時を。・・・さて、これからどうしようか。全く考えていなかった。
幻覚の様に覚めてしまった、私は紙切れを持っており、未だ生きている。結局一人が一番惰性には合っていた。あの頃の様に、私は所詮一人なのだから。
天と地はそのとき一つになったと私は考えている。
私は一人、蟻のようにその林に近付いて、やがてその中に呑み込まれてしまった。
暗き中で私は考えた。
ああ、ようやっと終わったよ。
数多くを失った結果、何も得る事は無いだろう。
勇気も、無意味だった。
満ちて、満たされ、満たして、満ち足りて、満たされなくて。そういう過去を以て、私は獣へと成り果てた。
欲望と勇気を持ち、正気を捨てた結果だ。
これからは無欲で臆病に、過去に縋らずに行きた方が良い様に思えた。
これ以上、私は幸福になれない。そして同時に、これ以上の不幸は無い。そういう安堵が僅かに残る。
「何も無い、草原だけの景色はここまで美しいのか。存分に走り出したいものだ。」
運動嫌いらしからぬ、彼の気分。
孤独で、寂しい場所だが、悲しみも、苦しみも無い。黄昏た草原であった。
薄皮一枚、残りがどれだけの長さになるだろうか。
私には見当もつかないが、覚束無い足取りも数時間で治った。
私の未来は、黒く淀み、生きているか死んでいるかも分からぬ。
過去に縋って、罪悪感を感動とし、悪辣さに笑う。自傷行為であり、微笑ましくもない、私に馴染んだ悪意ある笑いであった。
これが私の数年にして、破滅への道程である。
そして、私は晩を迎えた。
屍を前に流す涙とは誰のものか、私は知ったのだ。
葬式は死者の為、何よりも明日を紡ぎ、果てる我々の為に。私は負っていた為に気付けなかった生きる義務を自ら見つけた。
私は進んで生きなさいと背中を押される、誰か良く知る人間だ。だが、私は振り向かない。背中に残る感触は気付かせるものではなく、進ませるものであるから。
後日譚である。
ともかく飯が美味かった。
米に、良い塩味が加わった。
途中で箸が止まる。
それが嬉しさによるものなら、彼女のおかげだ。寂しさによるものなら、彼女のおかげだ。憤りによるものなら、彼女のおかげだ。後悔によるものなら、彼女のおかげだ。
美味い、虚しいが、美味い。
私が食い終わると、彼女が私を立たせる。払い、去る。偶然にも如月の話だ、私は携帯にののしる様が届いていた。
だが、優れたものはとうに捨て、忘れ難く、信じ難い、そこで私の情を馳せたる詩は終わった。
あと抗鬱剤だ、忘れない様にしなければ。
どれほど変えられても、自分はすぐに壊れてしまう、故に壇上で待つ。
聖書を携えた私は信仰心と共に生きる、私は人の罪を無くしたがおぞましい気持ちは消えない、罰というのは自分が自分に課すものとなったとしても、このザマだ。
失敗であったか、当然か。そう私は見過ごした。会えない相手を求めている私がいる、それが一番の理由だ。
不思議な偶然も一時の喜びに過ぎない。聖油を死人に塗り、教会内に納める。そういえばと、ピピン三世から塗油式は王位に就く儀式になった、彼はこれで血統に代わるカリスマ性を手に入れたが、彼女の場合はどうであろうか。安らかな顔が私にとって、多少の救いとなる。
葬式というのはある意味で、死者の為ではなく生者の為の儀式だ。聖書を読み上げ、その眠れる愛しい人を預かる。
少し考え、また少しと何度も繰り返す。私が何をしたかと考え直すと、大した事をしたようには思えなかった。私はいつも通りに戻っただけで、これ以上は無かった。
そうだろうなと涙する、だが改善には至らない。私は誰の為でもなく、自分の為にしたい事でさえも他人依存であった。
だが、私はその生き方を変えはしない。
聖書、聖霊、唯一神、キリスト。それらの信仰で他人の因縁を解消し、新しい中でもいると言うのならまた笑い合う。
「シスター、私だけでは足りないから数人呼んでくれないか。」
「私だけで十分、支えとしてもう片方は持ってください。」
「うん、じゃあすぐに済まそうか。」
彼女はあの後から私にずっと一緒だ、他とも会うが、彼女の精神の強さは相変わらずで、婚約云々は無しだが、四六時中一緒で、離れる方が珍しいまでになった。
「物部静、と。これで終わりだ。鉄の指輪・・・はそのままで。」
「お疲れ様、はい、葡萄酒。」
「アルコールの類は今夜二人で、ね?」
「・・・うん!」
「・・・もう少しお淑やかにね、元気なのは嬉しいけどさ。」
「失礼致しました。では後程。」
私はノートパソコンを下から出し、研究を描く。魔法を発見して以来、ユートピア計画は大きく進展した。記憶の修復に時間がかかっていた理由は多過ぎたという問題もあった。時に研究、時に説を話し、過去の反省を元にペンネームの伊阪 証を用いて時々小説を書く。表向きは田舎の聖職者だが、多少の寄付と国からの金だけで無償で運営するのは難しいか。お嬢からの支援があるから問題は無いが、それでも最大限やりくりして、多少は返さねばと思う。
「こんな旧式に頼るのも問題だ、土地なんて買おうとさえ思えないな。」
私は別の仕事仲間であるレムを前にそう言った。
「そうだね、翻訳もしておくからアップロードしておいて。」
「あ、はい。」
「そんなに急がなくて良いから、ゆっくりね。」
「分かっている、終わるまで掃除を任せて良いかな?」
「いいとも、それじゃあまた。」
彼女は裏手の倉庫に向かう、それを見送るとまた下に目を向ける。
「・・・孤児院の方は良いとして大学教授との対談もあるな。教授に授業を押し付ける準備もしておこう。」
「なにしてるの? 神父さん。」
「ん・・・? ああ、すまない。気付いていなかったよ。少し本を書いていてね、中古の本に飽きたなら後で追加しておくよ。」
「ううん、面白いけど神父さんの方が良いの。だからまた覗きに来ちゃった。先生も来てたし。」
「三十分も早い、お茶を淹れる人員はいたか?」
「いないから淹れたよ。」
「偉い偉い、すぐに向かうから知らせておいてくれ、私はもう少し準備が必要だから待っていてくれ。」
「うん!」
隣の扉を開けて進む子供に転ぶなよとだけ残す。元気なのは良い事だ、私も少しはあったが薄い分、彼女らがどう生きるかと疑問に思う。
「・・・私の生き方も大きく歪んだな。」
私が私に課した許しを請い続け、助ける事が出来ない相手に謝意を告げる。しかし誰も答えはしない。
出会うという願いはいつまでも叶わない、それが私のせいかどうかは知らない。だがそれでも私は構わないと思える理由があった。少し変わった、そして血迷った理由である。惰性で生きるという事は、そうなって当然である。
「・・・さて、どうだろうか。」
蹴破られる穏やかでない音を聞き、驚きもせずに振り向く。それが狂人だと思った、魔法の類は特に人を狂わせて惑わす。そう警戒しながら相手の顔を見ると良く見知った、私の愛する人の類似品だ。すぐに目を下に戻したが。
「・・・君は君自身を責める事を恐れている。私も然り、優しいからな、君は。」
私は椅子を回しつつ文句を漏らす、今もきっと向いている。一度しか見向きしない私に涙ながらに言った。
「どうして、悲惨さを隠したの。」
「感情は知っていたが、私の耳は感情を聞かない。聞こえもしない。悲惨さを恐れていて話せる訳が無い。・・・また一つ、案件が増えたか。」
「・・・違うの・・・私、失敗しちゃって・・・。」
「私の悲惨さに何を思ったのか?」
「凄いと思ったけど、同時に酷いと思った。」
「心が痛むよ、仕方ないさ。・・・それでここにいたいのか?」
「・・・うん。」
モンテカルロの穏やかな日に、静かな一発が決まった。私はエクスタシーの暴走を抑えつつも、彼女の屈辱を眼前におく。
「プライスレス! ・・・良い被虐だ。だが覚悟はしておけ、私は禁欲主義ではない・・・だが、君に限っては私を前に生きるのは辛いだろう。・・・もし君に彼女との因縁があるというのなら、言いなさい。」
「ない。」
「私の過去とか、それだけかい?」
「そうよ。」
「報われたな、良い感じに。」
「・・・だって、約束だもの。」
次の瞬間、私は腹を抱えて笑い転げた。しばらくそのままになりつつ、終わってから話を再開する。
「教育が必要だ、二年はやってもらおう。」
「受ける。」
「そうこなくっちゃあなぁ。」
「でも・・・私は・・・もう・・・。」
「過去の事を後悔するのは無謀だよ、見返すべき時に見返してみると言い、私は過去の事なんてさして覚えていないし。」
「・・・貴方にも非はあるよ。」
「うん、そうだな。だが少し、待っていて欲しい。今は別の清算があってね。それでもいいかい?」
「・・・良いよ。」
「ありがとう、君の勇気には感謝するよ。」
「好きになる為に来た訳でも、好きだから来た訳じゃないよ。」
「それで良いさ、私はもう飽きたよ。彼女等以上の求めるのは気が引ける。」
「・・・むぅ。」
「ヤキモチか?嫉妬か?」
「私は一回限りの本気の恋愛が空振っちゃったから。」
「・・・ふふっ・・・そうか。」
私はパソコンを閉じ、前に躍り出た。ただ彼女の前に立つ。
「・・・なんて阿呆らしい。青春を手に入れるのに調子に乗ったな。」
「・・・。」
私は彼女の恋愛観を喝破し、最初からやり直す様に言った。私は特殊とはいえ失敗である。それ故に言った。
私の好みは相変わらず、悪意の如き加虐心が唆される魅力がないと相手に求めてしまうのだ。言葉巧みを打ち直し、夢に引き込み、失わせないように囲い続けるのを見ていた。産まれた時からの本性だろう。精神的欲求も嘲笑う、眼鏡をかけても尚変わらないのだ。ただ、私の全てはどうにか出来るかと、私の在り方を捻じ曲げてしまった。愛らしく、優しく、静かで、数えたらさして多い訳でもない女であった。死んでからは、私の足に鎖を巻き後悔としても、リテラシーとも言えるものになった。そしてそれは信頼でもあった。機械の様な重厚さがある程、骨身に染みる。外の恐ろしさの為に孤児院を立て、あの城を再現する。そして前に床に座した彼女は、生に近い死を見せた。
傷だらけの顔を少し傷を塞ぎ、取り繕う。あの死の眼前とは違う、穏やかな気持ちだ。少し抱き締めて、触れたら冷たいが、私が抱き締めて少し暖めると、彼女は緩んだ。小さかった、身長が小さい様に思った。胸は良いのだが、それが余計に私を不安定にさせる。私の自慢になれるだろうかと、私は不安より先に、心が踊った。
「愛した場所に、逃げよう?」
↓
「Can I get Amen in my future?」
「Day is gone like wind.」
に変更しました。
原本に修正点としてアウタルキーとアリスタクラートを間違えるというアホな事があったので書いときます。多分ここに写した時に修正どころか差し替えた気がするので一応載せときます。
分かりにくいと判断して鉄の指輪のくだりを入れておきました。ヒントは第一次世界大戦。
コートの関係の事はこの物語が衣類の厚さによって身分の差を浮き彫りにする為に付けました。詳しくは拝金主義の四話辺りで語る予定。
主語がやたら多いのは時間の経過を表しています。分かりずらかったらすまぬ。
それぞれの信仰宗教と出身地についての詳細
基徒花十 ローマ=カトリック(薔薇十字寄り) 日本
シャーロット ローマ=カトリック フランス
レム ローマ=カトリック ルクセンブルク
メアリー プロテスタント(イギリス国教会) イギリス
パトリシア プロテスタント(イギリス国教会) ブリテン島
物部静 ローマ=カトリック 日本
ジルヴィスター プロテスタント(カルヴァン派)
キリスト教って自慰禁止のイメージがあるけど女子は寧ろ奨励されてるのって知ってた?私は信用ならなくて嘘だと思ってた。『エクソシスト』見直すかぁ・・・。
母親からどうやって上着を渡されたかに関して。
やや強引に着ていくよう言われた。これ聞かれた時書いてなかったっけ?と焦ったので後で確認しておく。
基徒きゅんは基本的に下を向いている為相手の動作を見ていません。背景の映像とか集中して視界にあまり触れてなかったりとかに注目する癖があります。なので相手を見ているという状況がどういう事かも見てみると良いです。
次の『キング・ピグマリオン』とか『外れた車輪』で書けるかどうかは分からないですけどそこら辺で創造主と被造物の関係や子作りの根本について触れるかもしれない。
『私は何故、強く恋人を求めるのか。恋人というのは自分のパートナー、男としては女であり相手、子作りの為である。上位の生命体に子作りは不要である。私に失望はあったものの、どういう訳かそれを続けていた。これは弱者の証明だろうか。』『創造主は被造物を愛して作る、しかし、それは始めだけだ。被造物は創造主を愛してるかどうかは知らないが、被造物が創造主を愛してくれると信じて創造主は作っている。私の彼女は、きっと愛してくれるだろう。』
みたいなのを書く予定です。
孤児院と少女的なヒロイン達。基徒花十自体はロリコンです、正しく言うなら好きな相手の将来を捉えきれず将来の姿が頭の中では欠けていて、それを基準に判断しているからです。レムやシャロは言うまでもなく、パトリーのイタズラ好きやメアの悩みと言った面がよく現れます。一方で母親はスルーするといった行動もしており、よりロリコンが強調されています。時間の経過を恐れているので基徒きゅんは数年したらより臆病になってます。多分。
古本屋は少し旅行で寄った香嵐渓がモデルです、本を売りつけてくるオヤジがいるので気を付けろ。母親が二千円位の本買わされてた。侮辱ではないが『ファイナルソード』よりは価値がある気がした。
完成まで時間が掛かるので新情報の会場、レムの母は女優という設定があります。そして仕事が忙しいので料理が得意、という事実準拠の設定があります。
ここでの死や殺しは何となく以下のイメージが多いです。
死→無駄になる、損をする
殺し→革命、処刑
自殺→後を追う、失敗
感情が強い時にしか起きないから実質古典の和歌だにぇ。
外れた車輪及びテセウスの船で三部作にして一旦終わらせる予定。