表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

クレーンゲームのワンコイン宝石のカプセルを開けたらおせっかい系仙女なお姉さんが現れて「私は役に立つわよ!」とひたすら主張してきて癒される話

作者: シャガ

 人の声と筐体のサウンドが入り混じって騒がしいゲームセンター。

 いまどきは、宝石もクレーンゲームで買える世の中である。ワンコインの宝石といえど、宝石。コイン投入口に硬貨を入れ、アームを動かし、やがて獲得口に落ちてきたカプセルを拾い上げる。

 俺はカプセルをぱこんと開けた。手のひらに転がり落ちてきたそれを見て、……黄土色じゃん、と落胆した声を出す。茶系の色の濃淡がまだらに交じり合うその石を見て、えーなにこれもっと赤とか青とかキラキラなのとかツルツルなのとかさ、とつい思ってしまう。

 これ、何て石だ? カプセルの内側にくちゃっとへばりついていた、説明の紙を取って広げる。そこには一応、という態で明朝体のフォントで4文字だけあった。

 姫川薬石。

「なんて読むんだこれ」

 と、呟くと。

「――ひめかわやくせき」

 ……は?

「ひめかわくすりいし、でもよくってよ」

 聞き覚えがないがよく通る高い響きは、背後から明らかに俺に向けて声を発していた。振り返ると、にこにこと爛漫に笑みを浮かべた長髪の女がそこに佇んでいた。

 俺の顔が引きつる。変な女だった。まず何が変かというと、服装が変だ。手が見えないほど袖の長い緩やかな上着に、下半身の線や靴の形が全くわからないほど幅の広いスカートを履いてる。七夕の織姫みたいなかっこ。

 そして何より、ちょっと浮いてる。

 そしてもっと何より、喧騒のやかましいこのゲームセンターで、俺以外に誰もこの女に注目してない。

 ……俺にしか見えてない?

「夢か」

「――現実よ!」

 せめてもの救いを求めて低くつぶやいた俺を、その仙女は秒で喝破した。


「その石に宿る仙女よ」

 と、自分の素性を名乗る女の姿も声も、俺だけがとらえているようだ。……はあ、と曖昧な返答を返し、悪い夢から逃げるように踵を返したけれども、俺が歩けば当然のようにふわふわと浮いたままついてくる。えっ、憑りつかれた?

 ゲームセンターを出たところで、仙女が宿るという黄土色の石をじっと見下ろす。――即座に俺の魂胆を見抜いた仙女が、

「粗末な扱いをしたら、祟るわよ!」

 と慌てたように言ってきた。そりゃ怖い。そりゃ困る。ぶん投げようかと思った石を握り直す。

 独り言をぶつぶつ言う怪しい若者だと思われても困るので、歩き出しながらスマホを取り出して耳に当てた。これで、声を出しても怪しまれない。俺だけに見えるという仙女――俺より微妙に高めの目線に浮いている――を見上げる。

 俺と同じくらいで、二十歳をちょっと越したくらいだろうか。なかなかきれいな、お姉さん系だ。表情は豊かで、めまぐるしくよく動く。

「……え、まさか家までついてくるの?」

「私は癒しの石。必ずお役に立てるわ。ぜひ連れ帰って、存分に使ってちょうだい」

 まじか。ついてくるのか。仕事帰りの息抜きのつもりで寄ったゲームセンターで、とんでもないものしょいこんじまった。

「ちなみに、お風呂がおすすめよ! 温浴効果が高まってあったまるわ」

「いや、俺、シャワーで済ませるし……」

 お湯ためる水道代もったいない、とぼやくと、むーんと不満げな顔をされる。そんな顔されても、手取りの少ない一人暮らしの新入社員なんだ、俺は。そんなゆとりのある家計ではない。

 住んでるアパートまでたどり着き、部屋に入っても当然一緒に入ってくる仙女に、俺は早くも諦めがついてこう聞いた。

「名前も、その、ひめかわなんとかなの?」

「――そうよ!」

「長いな。……じゃ、『姫さん』」

 ぱっ、と仙女の顔がうれしげに明るくなる。

「あなたのお名前は?」

「……祐介ゆうすけ

「祐くんね! まあ、順応性が高くて助かるわ!」

「まあ、ラノベとか好きだし……」

「らのべ?」

 あぁ、その知識はないんだ。


 翌朝。

「私は役に立つわよ! ぜひ使ってちょうだい、ちなみにおすすめはお風呂!」

「――姫さん、俺あと5分で出勤なんだよ!」

 ばたばたしてるのに朝からキンキン声でまとわりつかれて、うんざりしながら鏡の前でネクタイを結ぶ。

「あら。祐くん、お仕事なのね?」

「これは置いていくから!」

 鏡から振り返りざま、部屋の中央に置いた座卓に、こんっ、と黄土色の石を置く。

「職場にまではついてこないでよ、じゃあ行くから!」

「祐くん、お風呂……」

「はいはい、そのうちね!」

 姫さんの鼻先でばたんと玄関扉を閉める。駐車場まで降りてから恐る恐る後ろを振り返ると、仙女はついてきてはいなかった。やはり、石のあるところにしかいられないらしい。じゃあいいやと安堵して、軽自動車に乗り込み発進した。


 俺はまだ職場ではまだまだペーペーで、勝手がわからなくて些細なミスしては叱られて。新人でもお構いなく残業も当たり前の忙しい職場だ、定時を大きく過ぎてくたびれきって退勤する。帰路でコンビニに寄って適当に総菜を買って、よろよろ帰り着く。駐車場に車を停めた時点で、あ、と姫さんの存在を思い出す。億劫なような気持ちを持て余しながら、部屋へ向かった。

「――祐くん、おかえりなさい!」

「……ただいま……」

 いた。座卓の側にぺたんと座り込んで、輝ける笑顔で俺に声をかけてきた。ゆうべから朝の様子を思い返すに、お風呂は、お風呂は、とまとわりつかれるのかな、と考えるだけでうんざりしたけど、仕事疲れでぐったりしてる俺の様子を見た途端に姫さんは口をつぐんだ。座卓にコンビニの袋をどさっと載せてから、ふと気づく。

「あ」

「え?」

 俺自身は昨日ゲームセンターへ行く前に牛丼屋でかっこんだから、会って一日経って初めて姫さんの食事に思い馳せる。

「姫さんて、何か食うの? ごめん、全然気にしてなかったわ」

 聞くと、姫さんは曖昧な笑みを浮かべてゆるゆる首を振った。

「大丈夫よ、お布団もいらないと言ったでしょ。祐くん、気にせず食べて」

 寝床についても、姫さんはゆうべ必要ないと言って空中で丸まって眠っていた。客用布団なんて上等なもんはない部屋だからそれはそれでよかったが。

「……じゃあ遠慮なく」

 楽しみでも慰めでもなく、ただただ補給のための食事をもそもそと取る俺を、姫さんは黙って見つめていた。シャワーだけを浴びに浴室に消える俺のことも何も言わずに見送ってくれたので、ちょっとほっとした。久しく湯船に湯は貯めていない。その夜はそれだけで眠った。


 次の日も、出勤して夜遅く帰ってきた俺を姫さんは待っていた。おかえりなさい、と昨日よりは落ち着いた柔らかな声で迎えてくれて、この人昼間どうしてんのかなと思いながら幾分和らいだ気持ちで「ただいま」と返す。そしていつも通り座卓にコンビニの袋を投げ出す。ああ、今日もくたびれた。業務とか、人間関係とか、この仕事向いてねえんじゃねえかなっていう気鬱とか。たまにはぼーっとしてテレビ見てゲームとかしたい。ごろごろしたい。でも明日も朝早いからそうもいかない。シャワーも浴びないと……。

「ねえ、祐くん」

 ぼんやりしながら温めたカレーパンを頬張ろうとした俺に、そっと姫さんが声をかけてきた。

「それ、一口、頂けない?」

「……これ?」

「一口だけ」

 恐縮しきりといった様子でそう繰り返す姫さんに、じゃあ、とカレーパンを差し出す。姫さんは、口を開けてみせた。えっ。

「私、手に取ることができないの」

 あーんして、ってこと?

 カレーパンを一口分だけちぎって、そっと姫さんの口元にもっていく。姫さんも前のめりになり、ほやんとしたかすかな触感と共に、カレーパンが消える。

 そして、すとん、と姫さんが畳の上に降り立った。――実体を伴って。

 何が起こったのかとぽかんと見上げる俺に、姫さんはにこっと笑った。

「一口分だけ、動けるの。祐くんにお茶を入れてあげる」

 そういって、いそいそと台所の方へ行った。引っ越しの時に母親に持たされたはいいもののついぞ使ったことのない急須と茶葉を持ち出して、姫さんがとぽとぽとお湯を注ぐ。手慣れて、悠然として美しい仕草だった。急須をゆうらりと揺らした後、湯飲みに注いだ。

「はいっ、どうぞ。あぁ、時間切れ――」

 とん、と座卓に湯のみを置いた直後、またふうわりと姫さんは宙に浮いた。……どうも、と一応声をかけて、熱い湯のみを手に取る。

 一口すする。ちょっと目を見開いて湯飲みを目の前に掲げて見つめる俺に、姫さんは誇らしげに胸を張った。

「美味しいでしょう? お茶をまろやかにする効能もあるのよ」

 お茶の味の良しあしなんか考えたことのない俺でも気づく、特別な香味だった。

 ――私、役に立つでしょう? 姫さんは、かみしめるように囁いた。


 毎日の総菜だけの味気ない晩飯も、うまいお茶を一服するようになるとほっと気の緩む時間になった。姫さんが俺から頂戴するのはほんの一口で、実体化できるのはせいぜい十分程度。急須と湯のみを扱う時だけ袖口から見える手は、しなやかで白い。

「俺になんかできることないの」

「ていうと?」

「うまいお茶のお礼に」

 そういうと、姫さんはちょっとはにかんだように笑った。

「お風呂――」

「水道代もったいないから却下」

 いつもの調子で俺が断じると、姫さんはちょっと頬を膨らませたあとに、そうねえ、と宙を見上げ。――寝る時は、私を枕元に置いて、と姫さんが囁く。

「祐くん、たまに悪い夢を見ているから」

 確かに。よく覚えてないけど、なんとなく夢見が悪い時がある。

「……なんとかしてくれんの?」

 まかせて、と姫さんが胸を叩く。それじゃお返しじゃないじゃん、と思いつつ、俺は言われた通り、石を枕元に置いて眠った。床にじかに置いて、姫さん気を悪くしねえかな、と今更に思い当たったけど、おやすみ祐くん、と柔らかに促された途端にくるまれるように眠くなる。夢も見ずに眠った。


 次の日、すっきりとした目覚めの俺とは対照的に、おはよう祐くん、と声をかける姫さんはちょっと顔色が悪い。窓辺で膝を抱える姫さんを見下ろしながら、何その顔色、と言いかける俺を遮るように、姫さんはにこやかに言った。

「祐くんは、がんばってるわねえ」

 もっと私が、癒せてあげたらいいのに――。穏やかだけど、口惜しげでもある声。

 姫さんが朝からお風呂お風呂とねだらないので、出勤時間まで少し余裕がある。スーツを着てネクタイを締めた俺はすることもなくなったので、屈み込んで姫さんに視線を合わせた。

「……姫さん、ゆうべはすげーよく眠れたよ。姫さんがなんかしてくれたんだろ? その、食後のお茶はうまいしさ。……じゅーぶんだよ、あまり無理すんなよ」

 血色が悪く見える姫さんの頬のあたりにそっと手を伸ばしたけど、触れることなく手はすり抜けていった。あぁ、と落胆したような息を漏らしたのは俺と姫さんのどちらだったのか。何か食ってれば、さわれたのかな。

「俺には?」

「え?」

「俺には、何かできることないの」

「私に?」

 自分を指して心底びっくりしたように言う姫さんに、俺が大真面目に頷く。なんかちょっと照れるけど。

「そう……そうね、日中は祐くん働いてるから難しいものね。じゃあ……晴れた夜には、月に当てて欲しいわ。特別な石は、浄化を必要とするから」

 言われて、窓際に寄ってカーテンの隙間から外をのぞいたけど、あいにくの曇りだった。

「わかった。――晴れたらな」


 昼休み、スマホで天気を検索した。今夜は晴れだという。月齢も調べた。ちょうど満月だ。月光に当てるって、ベランダの手すりに石を載せる感じでいいのかな。……小さいから落としそうだよな。

 帰ってきた。仕事帰りに寄った百均で買い求めたごく小さなミニクッションを見せると、姫さんは飛び跳ねるようにしていたく喜んだ。人間でいう座布団だ。これを下敷きにすれば石を床に置いても心が痛まない。

「姫さん、今日はこれ全部食べちゃって」

 俺が温めたカレーパンを鼻先に突き出すと、姫さんはきょとんとした。

「月光浴? の間? 黙ってるのも変じゃん。でも、俺だけ喋ってるの見られたらもっと変だろ」

 初日にそうしたように、スマホを耳に当ててたっていいけど。

 なんだろうな、堂々と話したいんだよな、姫さんと。

 俺と姫さんは食事を終えて、実体化した姫さんがそろりとベランダに足を踏み入れる。ミニクッションと石を持った俺もそれに続く。――満月の明かりが、少し眩しい。

 手すりにミニクッションと石を載せて、こんな感じ? と聞く俺に姫さんは笑顔で頷き、伸びをするように両手を広げた。

「ああ、いい気分よ! 久しぶりのお月さまだわ!」

 気持ちよさげな声。気の済むだけ伸びをした姫さんが、ふと俺に向き直る。

「祐くんは、毎日がんばっているわねえ」

 と、あんまりしみじみした調子で言うので、俺も反応に困る。

「まあ、こんなもんじゃないの。社会人なんて」

「しゃかいじん」

 姫さんがいつなんどきから生きてるか知らないけど、

「いつの世も、働かざるもの食うべからず、だろ? 食ってくためにはこんなもんだって」

「それはそうだけど、休養も必要よ? 特におすすめなのはお風呂で……」

「あーあーはいはいはい」

 聞き飽きたとばかりに俺がおざなりな相槌で畳みかけると、もう! と姫さんは頬を膨らませる。

「こだわるね、姫さん。そんなに効能あるの?」

「抜群よ!」

「はいはい、じゃあ、いつかね――」

 夜の静かで涼やかな空気の中、姫さんはだいぶリフレッシュできたようだった。こんな晴れた夜、たまには月に当ててやらないとなと思った。

 でもそう思っただけで、ちっとも果たせずに俺は繁忙期に突入した。


 忙しいとは心が亡くなると書く、とはよく言ったもんで。朝早く飛び起きて、そのくせ深夜の帰宅も当たり前で、またも食事はただの補給と成り下がって、機械的にシャワーを浴びてばたんと寝て……という日々が、ひたすら続いた。

 優雅にお茶を一杯、という時間もなくなった。だから姫さんは――俺がかろうじて意識を向ける余裕がある時に限ってだけど――常に所在なさそうにそこに佇んでいた。祐くん、とおずおず呼びかける声を聞こえないふりしたのも何度目か。それか、素気無く「ごめんもう寝なきゃ」とさっさと切り上げる。食事のほんの一口を惜しんだんじゃない。お茶一杯喫する時間すらも、眠ってしまいたかったからだ。

 姫さんの顔色がまた悪くなっている。多分俺の眠りを安らかにしようと健闘してくれている証だ。追いつかないんだ、忙しすぎて。

 姫さんの頑張りにも関わらず、くたびれきってるのに浅い眠りに舌打ちしながら寝返りを打つ。姫さんの曇る顔を見て、胸が痛まないわけじゃないんだ。姫さんも不幸だよな。もっと相手のしがいがある人間が、あのクレーンゲームを操作してたならよかったのに。……いっそ解放してやりたい、どうすればいいんだろう――

「そう思うなら……」

 夢うつつに。慈しむような、慰めるような、甘いささやかな声がした。

「本当にそう思うなら、一度でいいの。祐くん、お風呂に入れて?」

 きっと役に立つわ。立って見せるわ。あなたを、癒してあげたいの。

 静かな囁き。甘く懇願する女の声。俺はうっすら目を開けて、うん、と微かに頷いた。きっとよ、と念を押す声と共に、姫さんの手がそっと俺の目元を覆うようにかざされた。実体化してないのに、何かが触れた気がした。俺はやっと、深く眠りに落ちた。


 ちゃぽん、と多量の水がないと出せないその音を、久々に聞いた。休前日の夜。俺はどれぐらいぶりか、たっぷりとお湯を張った湯船につかる。手のひらには黄土色の姫川薬石。少し前に、なんだか恥じ入るような顔をした姫さんが珍しく食べ物をせがみ、俺の手から温めたカレーパンを受け取り時間をかけて食べきっていた。

 そして――先に入って待ってて、と俺に促した。


 えっ。

 ということは。

 ……えっ。


「姫さん、それ着てないよりえろい……」

 まさかの予想が当たってしまった。うすぎぬ、っていうんだろうか。うっすら肌色の見える薄い布をまとった姫さんが、しずしずと浴室に踏み入ってきた。湯着ゆぎよ、と叱るように言うその目元がほんのりと赤い。何てきれいな血の色。もちろん実体化しているそのつま先が水面を破って湯に沈んでいくのを、俺は恍惚と見入った。

 一人暮らし用の賃貸の風呂の広さなんかたかが知れてる。どんなに身を縮めても水の中で互いの足が絡む。姫さんのしなやかな白い脚。

 そういや姫さんは出会った直後からよく言ってたっけ。姫川薬石は入浴において覿面に効果を発揮して、よくあたたまって湯冷めしにくくなると。

 水越しで揺らぐ姫さんの肢体を見下ろす。――そりゃあそうだろ。そりゃあったまるだろ。むしろあったまりすぎて鼻血も呼んでくるだろ。

 姫さんが言葉少なに、どう? と俺に聞く。俺はこくこくと頷く。返事になってない気がするけど――最高だ、という気持ちを込めて。

 姫さんはちょっと所在なさげで、その不安定さにもとてつもなくそそられた。欲情にも似た気持ちに駆られながら、俺は一つ気になって聞く。

「姫さん、俺が何番目?」

「え?」

「誰のもとに来ても、こうして一緒に風呂入るの? 癒すためなら?」

 そう思うと、胸がちりちりする。

 姫さんはつかの間ぽかんとしていたけれど、やがておかしげにくすっと笑った。お湯の暖かさに上気した頬に刻まれたその微笑は、この上なく美しかった。

「祐くんくらい忙しくて、疲れている人は初めてよ。こんなこと、そうしないわ」

 そういわれたら少しほっとした。その安堵が伝わるなり姫さんはまた笑って、俺にしなだれかかるように身を寄せてきた。お湯の暖かさと人肌の温もりが混ざり合って、俺は心地よくため息を吐き出す。

「……姫さん」

「うん」

「またこれやって」

「癒された?」

「めっちゃ癒された」

「まだ私を置いてくれる?」

「ずっといてよ」

 ひた、と姫さんの頬に触れる。俺を見上げるつぶらな瞳。

「こうして、さわれるままでいて。俺が姫さんの飯代も稼いでくっからさ」

「まあ」

 求婚されてるみたい、と姫さんは笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ