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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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短編小説(異世界恋愛・ホラー以外)

魔王軍にて、追放聖女は無双する ~魔王軍の末席に加えられたのは、大嘘吐きの腹黒悪役令嬢でした~

作者: 三羽高明

「初めまして、魔王様。クラリーネと申します」


 魔王城にある玉座の間。魔王はそこで、一人の捕虜と対峙していた。


 穢れを知らぬ金の髪と瞳。色の白いその娘を、壁際に控えている臣下たちは呆然としながら見ている。それは魔王も同じだった。


 娘はそんな事には構わず自己紹介を続ける。


「この度、聖王国を追放されました元聖女です。不束者ですが、どうか魔王軍の末席に加えてくださいませ」


 ニコニコと笑う元聖女。恐れなど知らぬようなその姿に、魔王はどこか寒気を覚えていた。



****



 魔王が治める魔王国は、現在、ある聖王国と交戦中であった。


 聖王国は首都に大規模な温泉地を持ち、美しい海を臨む国だ。しかし、欲の深い聖王はそれだけでは満足できず、魔王国の領土を狙い、戦争を仕掛けてきた。


 そして、この戦争で魔王国は劣勢に立たされていた。


 魔王国の住民は、魔王を含め大半が『魔物』と呼ばれる異形の姿をした生き物で、人間などとは比べ物にならないくらいの魔力を持っている。


 そのため、普通に戦えば、聖王国側に勝ち目はなかった。だが、彼らには『聖女』という切り札があったのだ。


 聖女とは、稀有けうな力を持つ乙女の事である。すなわち『浄化』だ。


 聖女が一度ひとたび祈れば魔物はことごとく膝を折り、終いには煙となって消えてしまうのである。その姿を見た魔王軍の兵士は戦意を喪失し、なすすべもなく聖王国軍に蹂躙されていくしかなかった。


「宰相よ、どう思う」


 玉座の間から退出した魔王は、宰相の魔物に尋ねる。宰相は「そうですなあ」と唸った。


 現在の聖王国の快進撃は、『聖女』の力あってのものである。それなのにその聖女を聖王国が追放するなんて、どう考えてもおかしな話だ。


 その事について、元聖女クラリーネはこう説明していた。


――聖王様は乱心した末、わたくしの聖女の力が偽物だとおっしゃったのですわ。そして、わたくしから聖女の証であるペンダントを取り上げ、わたくしを戦場に置き去りにしてしまったのです。


「ふむ……」


 宰相は頭を掻いた。


 聖女には、浄化以外にも予知の力や災害などの自然現象を未然に防ぐ能力がある。そのため、平時より尊ばれ、代々王族に次ぐ地位を与えられてきた。


「魔王様、恐らくこれは罠ですぞ」


 しばらくして、宰相が硬い表情で言った。


「あの小娘は聖女などではなく、聖王国からの工作員です。魔王様を暗殺しようとか、内側から我々をかく乱してやろうなどと考えているに違いありません」


 クラリーネが油断できない人物であると直感していた魔王は、宰相の意見に賛成し、ある命令を下した。


「よし、それならばさっさと片をつけてしまおう。刺客を送り込んで、あの娘を殺すのだ。……念のため、刺客は人間を使え。万が一という事もある。魔物を送り込んで浄化されてしまってはたまらないからな」


 魔王の命令は直ちに実行された。控えの間に待機させていたクラリーネのもとに、武装した人間が派遣される。


 魔王と宰相は執務室で、刺客からの任務成功の報告を待った。


 そして、ついにドアにノックの音がする。


「あっ……」


 魔王と宰相は同時に声を上げた。執務室に入ってきたのは、クラリーネだったのだ。肝心の刺客は、彼女の後ろを間の抜けた笑顔でついてきている。


「魔王様、何だか殺気立った方がいらっしゃったので、わたくしが少しお相手しておきましたわ」


 元聖女はクスクス笑っていた。


「わたくしの力、あまり見くびられては困りますわ」


 クラリーネの微笑みに魔王は総毛立つ。何と恐ろしい娘だろうか。きっと彼女は、人を腑抜けにしてしまうような能力も持っているのだろう。


「ねえ魔王様、わたくしの実力はお分かりになったでしょう? 是非ともわたくしを魔王軍に入れてくださいな」


 半ば脅しのような口調。彼女は魔王軍に入り、自分を捨てた聖王国に復讐しようと考えているのだろう。


 元聖女の力を目の当たりにした魔王と宰相は、震えながら彼女の要求を呑むしかなかった。



****



 かくして、クラリーネは魔王軍の一兵士となった。果たしてどんな動きを見せるのやら、と魔王は気を揉む。


 だが、すぐにその心配は吹き飛んだ。


 彼女が同行した戦場では、聖王国の兵士はたちまちの内に力が抜けてしまうらしく、こちらから攻撃しても反撃一つしないで逃げ回るだけなのだ。


 そんな事が続き、魔王軍は面白いように勝利していく。そしてとうとう、聖王国の首都まであと一歩というところに来た。


 首都攻略を目前に控えた日の夜、魔王軍では盛大な宴が開かれていた。そこで兵たちが口にするのは、聖女の事ばかり。それは魔王も例外ではなかった。


「クラリーネよ。この度の働き、まことに見事であった。引き続きよろしく頼むぞ」

「その事ですが、魔王様。少し提案が」


 クラリーネは悪戯っぽく笑った。連勝に気を良くしている魔王は、ほろ酔い気味で顔を綻ばせながら「申してみよ」と言う。彼女に対する警戒心など、とっくの昔に失くしていたのだ。


「いくらこれまで順調に勝ち続けてきたからと言って、次は首都です。聖王国側も、それなりに必死に戦うでしょう。そうなれば、多少の被害が出るやもしれませんわ」


「ふむ、確かにそうだな」


「そこでわたくし、とっておきの秘術を使いたいと思いますの。これが成功すれば、首都は瓦礫の山と化しますわ。ですが、その術に味方を巻き込みたくはありませんから、一時的に聖王国領から軍を引き上げて欲しいのです」


「そんな事か。構わんぞ」


 すっかり彼女を信用している魔王は、すぐに許可を出した。その軽率な判断に、宰相は慌てて魔王を諫めたが効果はなかった。


 クラリーネはある日付を指定した。その日までに聖王国領から撤退せよとの事らしい。魔王はそれに従った。


 突然の魔王軍の撤兵に、聖王国側は訝しみつつも喜んだ。兵士たちは自分たちに恐れ戦いて魔王軍が逃げていったのだと豪語し、気の早い聖王は勝利宣言を出そうとした。


 そんな聖王国を悲劇が襲った。


 休止していたはずの火山が噴火し、それにつられるように地震が――いや、地震につられて火山が噴火したのか。ともかく、未曾有の大災害が起こったのである。海に近かった首都は津波の被害も受けた。


 三重の国難により首都は壊滅した。そんなところを占領するのは、赤子の手をひねるよりも簡単な事だった。


 圧倒的な勝利を収めた魔王は、クラリーネに感謝し、彼女にたくさんの褒美と高い地位を与えた。宰相も今回の件で彼女を見直し、その事に反対しなかった。


 それに、クラリーネがこんなにとんでもない力を持っている事が分かった以上、下手に扱うのは得策ではないと考えたのだ。



****



 戦勝記念の宴が終わった夜、新たに与えられた魔王城の最高クラスの自室へと帰ったクラリーネは、多好感に包まれていた。


(着の身着のまま戦場に放り出された時はもうだめかと思いましたが、こうして地位も財産も手に入ったんですもの。わたくしの演技の才能も捨てたものではありませんわね)


 聖王がクラリーネを追放したのは、乱心した末の事ではない。クラリーネには、そもそも聖王国側が求めるような聖女の力はなかったのだ。


――いいかい、クラリーネ。聖女となったからには、このペンダントを肌身離さず持っていないといけないよ。


 母から聖女の地位を受け継ぐ時に言われた事を、クラリーネは思い出していた。


――あなたも私も、特別な力なんて本当はありはしないんだから。それでも聖女でいられるのは、この初代聖女様が残してくれたペンダントのおかげだ。


――分かっています、お母様。初代聖女様は特異な力の持ち主であり、当時の聖王様から高い地位を与えられたけれど、その力は子どもには受け継がれなかったんですよね?


――そうだよ。初代聖女様はその事で、自分の子どもが非難されるのが耐えられなかったんだ。だから、自分の力を結晶化してペンダントにして、子どもに持たせたんだよ。


 それは、クラリーネの家系に伝わっている秘密だった。


 初代聖女の子どもだけではない。その孫、ひいてはひ孫も大した能力を持たずに生まれた。代々の聖女はそれを、我が子にペンダントを譲る事で誤魔化していたのだ。


 そんな事が何代も続いた。時には初代聖女と遜色ない力の持ち主が生まれる事もあったが、大半の聖女たちは、ろくな能力の持ち主ではなかった。


(それはわたくしも同じ……)


 だが、それでも今までは問題なかった。ペンダントがある限り、クラリーネは『聖女』でいられたのだから。現に、戦場でも何度も活躍し、クラリーネは聖王たちに感謝された。


 しかし、それは長くは続かなかった。ペンダントに込められた魔力が底をついてしまったのだ。


 今までは魔力切れを起こしそうになる度、強い力を持つ子がタイミングよく生まれ、彼女たちが魔力を補充する事でどうにか凌いでいた。

 

 だが、戦争によって大量の力を使ってしまった結果、ついに魔力の残量がゼロになり、ペンダントはクラリーネに、ある『予知』の光景を見せた後で消滅してしまったのである。


(あの時は、どうしようかと思いましたわ……。だって、わたくしに出来るのは人の心に少し干渉して、相手の気分をほぐす事だけなんですもの)


 しかも、その能力が効くのは人間限定である。魔王軍の大半は魔物なので、こんな力は持っていても大して意味はなかった。


 クラリーネは、自分が力を失ってしまった事を、いつまでも隠しおおせるとは思わなかった。


 それならば先手を打った方が良いかもしれないと考え、クラリーネは聖王に、代々の聖女の力の秘密を話した。


 もちろん、自分が唯一使える『気分を解す』能力を行使して、相手の怒りを買わないようにするのは忘れない。


――わたくしが力を失くしてしまった事が分かれば兵たちに動揺が広がるし、魔王軍もこれ幸いと攻めてくるかもしれません。この事は、皆には内密にしておく方が良いと思いますわ。


 クラリーネの提案を聖王は受け入れた。


 だが、その後に取った彼の行動は、クラリーネが予期していないものだった。


 聖王はクラリーネを戦場に置き去りにし、「聖女が魔王軍に殺された」と喧伝して回ったのである。要するにクラリーネの事を、兵士たちを焚きつける駒に仕立て上げたのだ。


 どうやらクラリーネの能力では、その場で処刑されるのを防ぐ事くらいしかできなかったらしい。役立たずになってしまった聖女は、捨て石にされたのだ。


(今まで国のために何度も力を使ってきたのに、こんなのあんまりですわ。……あんな人たち、復讐されて当然です)


 魔王軍の捕虜になったクラリーネは、一芝居打って何とか魔王に認められる事が出来た。その中でも大きく効果を上げたのは、やはり最後の『大災害』だろう。


 実はあれはクラリーネが起こした出来事ではない。そんな力をクラリーネは持ち合わせていないのだから当然だ。


 あれはペンダントが消え去る直前に『予知』した事柄だった。自分が見たものを聖王国に伝えていなかったクラリーネは、それを利用してやろうと思ったのである。


 その目論見は成功し、この魔王国でのクラリーネの地位は確固たるものになった。


「この国では、いつまでわたくしの嘘が持つかしら?」


 クラリーネは用心深い。自分の秘密が露見した場合の事もきちんと考え始めていた。


 再び切り捨てられないようにするためには、更にしっかりした地位が必要だ。もっとこの魔王国の中枢に絡み、皆からなくてはならないと思われるような――。


「王妃、なんていいかもしれませんわね」


 クラリーネはうっそりと笑うと、早速この思い付きを実行に移すべく、軽やかな足取りで部屋を出て行った。

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