…………いっちゃだめ
あまり人に言った事はないが、俺には霊感ってヤツがある。
霊感がある人なら解ると思うが、真に霊感がある人間は、霊感があるなんて言いふらさない。うんざりしているからだ。
俺もそうだ。見えても無視する。例え友人の新居に招かれ、そこで洒落にならない悪霊を見たとしても口に出さない。
あいつらは基本、存在を無視すれば無害だからだ。
ルポライターを生業とする俺が、取材の為に地方に居着いた時。その最寄りの駅に、その子はいた。
駅構内を走り回るその小さな女の子は、どう見ても幽霊だった。向こう側が透けて見えるのだから、疑い様も無い。
その少女は人を見つける度に笑顔で右手を差し出した。握手を求める様に。
しかし、見えていない人間がそれに応じる事はない。
そして、見えている人間なら尚更それに応じる事は無い。ろくなことに成らない事を知っているからだ。
当然、俺も見えないフリをする。
その駅を使うようになってしばらくたったある日の事だ。ホームで電車を待っていると、一人の暗い顔をした女の後ろに、幽霊の少女が着いて来ていた。
あの少女がホームまで来たのは、俺が知る限り初めてだ。嫌な予感がよぎる。
まさかあの女、少女の握手に応じたのか?
しかし、よく見ると様子がおかしい。少女はいかにも心配そうな、不安そうな顔で、女の服を引っ張っている。
……………………なんだ?
そんな風に見ていると、電車が来るアナウンスが流れ、暗い顔の女はホームに立った。白線の外側に。
「あの女まさか!? 」
その女が電車に飛び込む気だと悟った俺が動こうとした時、必死に服を後ろに引っ張ってそれを止める少女に気がついた。
『…………いっちゃだめ! …………いっちゃだめ! 』
幽霊の少女が必死に服を引っ張ったからか、女が電車に飛び込む事はなく。女は後ろに倒れる様に座り込み、大声で泣き始めた。
人が集まり、駅員も来る中で電車に乗り込んだ俺が見たのは、決して応じられる事のない握手を、泣き叫ぶ女に笑顔で求める少女の姿だった。
あの出来事の後。俺は同じような場面に二度も遭遇した。そのどちらの場合も、少女は飛び込もうとする人間の服を後ろに引っ張って止めていた。
『…………いっちゃだめ! …………いっちゃだめ! 』
そして、応じられる事の無い握手を求めるのだ。
俺は、あの少女に興味を持ち、調べてみた。少女の名前は伏せるが、あの子はこの駅で亡くなっていた。誤って電車に飛び込んでしまったのだ。
少女は母親と一緒に遊園地へと行く途中だった。そして、少女の母親もすでにこの世には居ない。
少女を失った一月後に、行くはずだった遊園地のすぐそばで、…………自殺したのだ。
少女は地縛霊と言うヤツだ。自分の力ではこの場を離れられないのかも知れない。あの握手は手を繋いで、行きたい場所があるのかも知れない。
と、するならば、行きたい場所とは母親と一緒に向かうはずだった遊園地ではないだろうか。
そこまで思い至った俺は、ある朝、初めて少女とまともに目を合わせた。
俺が見える事に気づいた少女は、満面の笑みで右手を差し出した。
この少女を遊園地に連れて行けば、少女は成仏できるのかも知れない。
そう考えていた俺は、少女の手に、自分の手を重ねた。
『いっしょにいこ! 』
そう言って少女が走り出す。手を繋いでいる俺も、少女とは思えない力に引きずられて走った。
駅の構内を駆け抜け、階段を下り、ホームへ駆け込む。
あまりの力と速さに、一度手を離そうとしたが、手が離れない!
「間もなく、電車が参ります」
ホームに着いた時、電車が駅に入って来る音がした。少女はかまわず走り続ける。止まろうにも止まれない。
「何やってんだ、あんた! 」
「きゃーーーー!! 」
焦燥感のある声を上げる人達を見ながら、俺は思い出していた。
電車に飛び込もうとする人達を止める少女の声。
『…………いっちゃだめ! …………いっちゃだめ! 』
あの時の俺は気づいて無かった。少女の口は、もう一つ言葉を発していなかったか?
『ひとりでいっちゃだめ! ひとりでいっちゃだめ! 』
この少女は、自殺を止めようとしていたのではなく。どうせ死ぬのなら自分と…………。そういう意味で、手を差し出していたのではないのか?
それに気づいた時には、すでに俺の体はホームを飛び出して線路の上にあった。
俺が最後に見たのは、すぐ目の前まで迫り来る電車と、それをバックに満面の笑みを見せる少女の姿だった。
…………少女は笑って言った。
『いっしょにいこ! 』