ごく短い大人の童話ーー魔法が好きなの?
女の子が本当に欲しかったものは、いったい何なのでしょうか?
東の方角に向かって、1人の女の子が旅をしていました。
女の子は、少し特別でした。なぜって、ちょっとだけだけれど、女の子は魔法が使えたのです。それなので女の子は、魔法が大・大・大好きでした。
といってもそれは、花のつぼみが開くのをちょっと早くするとか、明日の天気を当てるとか、お母さんもほめてくれないような小さな魔法だったのです。
そこで女の子は、もっとすごい魔法が使えるようになるために、大魔女のところへ行こうとしているのでした。
女の子が歩いていると、一頭の犬と出会いました。きれいな小麦色の毛並みが、ふさふさと輝いている犬です。
「やあ、お嬢さん。どこへ行くの?」
女の子は、胸を張って答えました。
「東の大魔女のところ。私、ちょっとだけ魔法が使えるから、もっと魔法ができるようになるために、大魔女の弟子になるの」
「へえ、それはすごいね。僕には何もないよ。ただ僕を待ってる人間の友達がいるだけさ」
犬は感心したように言いました。女の子は嬉しくなりましたが、何かがちょっと引っかかりました。
犬と別れて歩き続けていると、1羽の鳩に出会いました。よく見るような灰色の羽毛と、よく見るような黒い瞳の鳩です。
「よお、お嬢ちゃん。どこへ行くんだい?」
女の子は、胸を張って答えました。
「東の大魔女のところ。私、ちょっとだけ魔法が使えるから、もっと魔法ができるようになるために、大魔女の弟子になるの」
「へえ、それはすごいな。俺には何もない。ただ俺を待ってる群れの仲間がいるだけだ」
鳩は感心したように言いました。女の子は少し嬉しくなりましたが、何かが引っかかりました。
鳩と別れて歩き続けていると、1匹の子猿に出会いました。美人とはいえない赤ら顔で、片足が変に曲がっている子猿です。
「あら、お姉さん。どこへ行くの?」
女の子は、胸を張って答えました。
「東の大魔女のところ。私、ちょっとだけ魔法が使えるから、もっと魔法ができるようになるために、大魔女の弟子になるの」
「へえ、それはすごいわね。あたしには何もない。ただあたしを待ってるお母さんがいるだけよ」
子猿は感心したように言いました。女の子は、もうあまり嬉しくありませんでした。
とうとう女の子は、東の大魔女のもとにたどりつきました。ですが、女の子はがっかりしてしまいました。
黒々としたペンキで、「大魔女の家」と書かれた木の札がさがっていたのは、こぢんまりとしたレンガの家だったのです。
力のある大魔女なのですから、さぞかし立派な場所に住んでいるのだろう。そう思っていた女の子は、ちょっと当てが外れた気がしました。
しかし、せっかくここまで来たのですから、魔法の1つも教わらないで帰るわけにもいきません。せめて1つだけでも、お母さんをあっと言わせるような魔法を、身に付けなくてはならないのです。
女の子は勇気を出して、「大魔女の家」の扉をノックしました。
ちょっと間があって、扉を開けて出てきたのは、1人の女の人でした。その姿を見て、女の子はまたがっかりしてしまいました。女の人は、黒いとんがり帽子もかぶらず、黒い服も着ていなかったのです。
「あなたが大魔女さんですか?」
女の子が尋ねると、女の人は答えました。
「ええ。何かご用?」
あまりにもそっけない口調に、女の子はひるみましたが、勇気を振りしぼって言いました。
「私、ちょっとだけ、魔法が使えるんです。でもお母さんもほめてくれないくらいの、小さい魔法なんです。大魔女さん、私がもっと大きな魔法を使えるようになるために、私を弟子にしてください」
大魔女は、女の子をじっと見つめました。そして、言いました。
「私の弟子になるための条件は、ただ1つ。それは、魔法が心から好きであること。あなたは、魔法が好きなの?」
女の子は喜んで、「はい!」と答えるつもりでした。それなのに、言葉が出てきません。女の子の両目から、ぽろぽろと涙がこぼれました。
女の子は大魔女の家を飛び出すと、しくしくと泣きながら、どこへともなく歩き去りました。
女の子がいなくなると、大魔女は玄関の扉を閉め、テーブルにとまっている相棒のカラスに話しかけました。
「あの子は救われないよ。洗礼を受けずに死んだ赤子の魂が、永遠に川辺をさまようように」
女の子はどこまでも、いつまでも、そして今も、泣きながら歩き続けています。