閑話 朝のちょっとした運動
「よぉ、タク。やろうぜ」
そう言って、戦場光輝は俺に木剣を投げて寄越した。
得物を軽く振るい、調子を確認する。
「まぁ、ちょっとくらいなら、な」
少し乗り気じゃなくそう答えた俺に、コウキはニヨニヨと嫌な笑みを浮かべて歩み寄る。
「な、なんだよ、気持ち悪いな」
「おいおい、気持ち悪いとか酷いな……」
コウキは苦笑いしてそう言いつつ、俺の耳元で囁いた。
「……我等が姫殿下にフラれて傷心かね?」
「……OK。軽く撫でてやろう」
ふざけた事を抜かすコウキに、迅斬と幻剣を重ね掛けした踏み込みの拳を押し当て、不意打ち気味に押し退ける。
……ユキは育てるのが好きで、今日はココネちゃん達が来てるしな。断られる事くらい最初から分かってたんだっつうの。
「ははっ、そう来なくっちゃな!」
「試合は剣一本か?」
「タクは二本で良いだろ、そっちの方が訓練になるからな」
「そりゃどうも」
となるともう1本欲しい所だが……よし。
「おーい、チサト、剣貸してくれ」
ちょうどチサトが木剣を持ってたから、声を掛ける。
チサトは嫌な顔一つせずに、木剣を渡してくれた。
「悪いな」
「良いけど……やるなら程々にね? 私はチアキさんと組み手してるから」
「おう、サンキュー」
チアキはチサトの事好きだからなー。親近感あるとか言ってたな。
木剣を二本持ち、改めてコウキと向かい合う。
「それじゃまぁ……遊んでやるよ」
「はは、胸を借りるぜ、タク」
ニヤリと笑うコウキの笑みは、戦闘狂のソレ。
たかが軍師と思って舐めて掛かると痛い目見そうだな。
◇
振り下ろされる斬撃は重い。
二刀で戦う場合、一撃の重さではどうしても勝てない。
双剣は攻めるに易いが守るに難しい。
なら攻め続ければ良いのかと言うと、実際のところそう簡単な話ではない。
致命打を与えられなければ勝ちとは言えないからだ。
それは例えば、戦う為の腕を落としたり、立ち回る為の足を斬ったり、はたまた死に直結する頭を割ったり胴を絶ったり喉を掻っ切ったり等々。
とてもじゃないが、コウキの剣を片手で受けつつ、もう片方で有効打を与える事は困難だ。
仮に受け流して隙を作ろうとしても、そもそもコウキの剣術は護身から発展している物で、大きな隙は決して見せない。
ならば、やる事は一つ。
ーー肉を切らせて骨を断つ。
それしか勝ちの目は無い。
守備に徹し、時折攻勢に出たフリをしつつ、その時を待つ。
重い斬撃。
その中に混じる蹴り。
全身でぶつかる様なぶちかましからの鍔迫り合い。
そして、その時は訪れた。
それは大上段からの振り下ろし。
態と隙を見せて攻撃を誘う、通常であれば仲間が近くにいる事を想定した、軍師であるイクサバ家の、暗殺者と戦う為の剣術だ。
コウキのそれは、自己流で磨き上げたのだろう。
隙だらけに見えて、その実要塞の如く。
何処から打ち込んでも防がれ避けられる。
その斬撃を、敢えて受ける。
片方の剣で受け、流すと見せかけて、途中で剣から手を離した。
コウキの斬撃は真っ直ぐ俺の腕を断ち切る軌道で迫る。
目を見開き、動きが鈍ったコウキの首へ、俺の一突きが迫りーー
「はーい、そこまでー」
ーー両方の剣が、白くて小さな手に止められた。
俺とコウキの間。
手を伸ばせば届く狭い空間に、いつのまにかユキが潜り込んでいた。
剣はユキの細い指に摘まれ、其々の剣身に細腕が添えられている。
「2人とも熱くなり過ぎ」
涼しい顔でそう言うユキ。
それを見下ろすコウキは、目どころか口まで開いて呆然としていた。
「特にタク。ここはアナザーじゃ無いんだよ?」
「……あぁ、そうだった」
コウキとはアナザーでしか顔を合わせて無かったからなぁ……昨日も徹夜してアナザーやってたし……やべぇな。ユキが止めてくれなかったらマジで殺してたかもしれん。
剣を下ろしながらも、今更肝が冷えた。
「ジャッジは相打ちの引き分けで、それじゃあ僕はーー」
「ーー待った」
ユキを遮ったのは、コウキ。
「俺は指揮官だ。俺には死ぬ事以上の敗北は無いっ。……当主、俺の負けにしてくれっ!」
そう言うコウキの顔は、酷く悔しげに歪められている。
対するユキは、変わらぬ表情でコウキを見上げる。
「それは大局的な話だよね? もっと言うと……僕と戦う事を想定してるでしょ。でも今回はもっとずっと局所的だ」
そこでユキはニヤリと人を見下す笑みを浮かべ。
「悔しかったらもっとマシになってから出直して来ると良いよ」
と、そう言い放った。
◇
それじゃあ皆、早く汗を流してーー朝御飯にしよう。
そう言ってユキは身内を連れて行った。
後に残ったのは、俺とユキの事を詳しく知らないメンバー。
ぼーっと剣を見下ろしていたコウキが、ポツリと呟いた。
「……なぁ、タク……さっき物理法則おかしくなかったか?」
そんなコウキの問いに、マガネことオウリとセイト、クリアことレイナが追随する。
「側から見ていても何が起きたのやら分からなかったが……」
「ピタッと止まった様に見えたけどね……やっぱりユキさんは凄い」
「びっくりしましたぁ。ユキサンハ魔法ガ使エタンデスネェ」
ミヨとマヒル、ミサキとケイは目をパチクリさせてコクコク頷いている。
尚、よく知らない筈のマヤは『……ユキならやると思ってた』などと深々と頷き、ユキについて行った。
俺が残ったのは、解説の為だ。
「まぁ、俺なりに状況をざっと解説するとだなぁ」
先ずは剣に添えられていたユキの手だ。
剣を振るのと同じ速度で体を動かし、剣に手を添える。
その後段階的に衝撃を受け止める事で、手に掛かる負担を限りなくゼロにした。
ユキが良くやる《らしい》手口だ。
更に、地面を見ると、砂利が半円を描く様に押し退けられている。
おそらく、俺の突きとコウキの振り下ろしから得たエネルギーを体内で相殺し、その負荷を減衰する為に回転したんだろう。分からんけど。
良く見ると、砂利は最初の踏み込み位置と最後に立っていた終着点が一番深く退けられてる。
この事から、ユキは俺たちの斬撃に体重を掛けて威力を減衰させつつベクトルの操作を行ったと推測出来る。多分。
ここまで説明すると、皆一様に口をポカンと開いて固まった。
「…………マジ?」
「あくまでも推測だっつの……もっと複雑な何かが起きていても俺は驚かない」
ユキの体は人外魔境だから。
程なくしてマガネが再起動する。
「理屈は分か……らないが何となく分かった。それを実行するには……一体どれ程の研鑽、知識、反射神経が必要になる」
その口調、語気は、ただ一様に、そんな事は有り得ないと語っていた。
だから俺は暢気にこう言ってやる。
「……直に慣れるさ……んな事より風呂行こうぜ、汗が流石に鬱陶しい」
朝日が照る夏の真っ盛り。
祭りは今日から4日間ある。
肩肘張ってたら持たねぇぞ。





