掌話 紅騎士、参る
第七位階下位
「君の名前はアルフラム。よろしくね、アルフ君」
我等が王は蒼き瞳に淡い光を纏わせ、微笑みを浮かべた。
差し出されたあまりに小さな手に、俺の手を重ねる。
「ふふ。……しばらくは軽く慣らしておくと良い、その剣、君ならいずれ、自在に使い熟せる様になるだろう」
頭を垂れる。
それは俺にとって、儀式の様な物。
『必ずや、期待に応えると誓おう。我が王に賜りしこの名と、剣に懸けて』
ーー期待に恥じぬ、騎士として。
我等が王、ユキは満足気に一つ、頷いた。
◇
与えられた剣を背負い、延焼の危険性が低い湖の迷宮に移動した。
木陰の岩に腰掛け、改めて剣を見定る。
銘はレヴァンティン。鞘はセラナトゥス。
暗がりの中で陽炎を纏い揺らめく剣。
鞘の封印があって尚、握った柄を通して凄まじいまでの力を感じさせる剣。
これが王の作った渾身の一振り。
ーー世界を灰燼に帰す炎の剣。
それを模した物だと言っていたが……もし俺が人の身だったら、間違いなく頰を引きつらせていた事だろう。
この剣には間違いなく、国を一つ消し飛ばす程の力がある。
大抵の人間にとって国とは世界そのものだろう。その点で言えば、この剣には世界を灰燼に帰すのに充分な力があると言える。
それだけの膨大な力を持つ剣。それを封印している鞘もまた凄まじい。
セラナトゥスと銘打たれたこの鞘は、俺の体を構成している金属よりも格上の金属で精製されている。
名を、ヒヒイロカネ。
神代の火を司る神の鋼。
いずれ俺もヒヒイロカネに至るだろうと、ユキは言っていた。だが……果たしてそれは本当なのだろうか? 今こうして見ても、俺とセラナトゥスには隔絶した力の差がある様に思えてならない。
セラナトゥスは俺の中に存在する火の宝珠と同じか、それ以上の力を持っているだろう。
『……ふぅ』
格上の武具となるとどうにも落ち着かないが、俺達がユキの元にある限り、俺達はどこまでも高みへ登り続ける。
この武具はやがて必ず、俺の愛剣になるだろう。
ーーだから愛称を付けよう。
俺と共に歩む、相棒として。
……しかし、鞘にも名を考えるのは初めてだな。……ふむ……。
『……セラ。と呼ぼうか』
『分かりました』
…………。
『……そ、うか。これからよろしく頼む』
『此方こそ、よろしくお願いしましょう。我が主』
流石はユキと言ったところか。意思を持つ鞘とは……はて、これは俺達と何が違うんだろうな?
折れたナーヴァ。砕けたザンサ。溶けたガナディア。今はもう失われた彼等からも、意思の様な物を感じた事はある。
だが、ここまではっきりと意思を示す武具は……もはや俺達と同じ物だろう。
それならばーー
『ーーアルフで良い』
『……ですが』
『俺とセラは対等だ』
『…………分かりました。では、アルフと』
それでいい。
……しかし、セラがこれ程の意思を持つとなると……。
『……レヴァンティンも意思を持つのか?』
俺の問いに、セラは少し言いずらそうに応えた。
『……えぇ……この子は、強い破壊の意思を持ちます』
『そう、か』
『私はこの子の力だけでなく、その意思をも封じる役割も与えられているのです……』
そう語る彼女は、何処か悲し気でーー
『ーーレヴァンティンにも愛称を付けようと思う』
まるで家族を憂う様に言葉を紡ぐセラへ、ついそんな言葉が口をついて出た。
最初から愛称は付けるつもりだったが、セラの細かな思いを知る前と今とでは、その言葉の重みが違う。
セラが何を憂いているのかは良く分からないが、それでも、セラにはレヴァンティンに対する複雑な想いがあるのを感じていた。
この先どう転んだとしても、セラがレヴァンティンを愛称で呼ぶ事は、きっと良い事に繋がる筈だ。
何故なら、あのユキもまた、多くの配下を愛称で呼ぶからだ。
それには必ず、とても良い、確かな価値がある。
『愛称……ですか……』
少し困惑した様に呟くセラ。
俺は少し頭を悩ませ、たった今思い付いた案を言ってみる。
『そうだな……レン……レンでどうだ?』
何処と無く男っぽい、しかし涼やかな名前。それは世界を灰燼に帰す炎の剣をイメージしての事だ。
俺達配下にとって、力とは即ちユキの事。それ故、男性的なイメージを持たせつつ、ユキの様な流麗な雰囲気を感じさせる……我ながら中々良い名前じゃないだろうか?
『いえ、レティと呼びましょう』
『……レンは駄目なのか?』
『はい。……貴方の考えている事は分かりますが、それならば創造主様に少し似せるよりも、合わせるべきでしょう』
……それもそうだ。どうやら俺には武器は男という思い込みがあったらしい。
ユキが力ならば、それに合わせて呼ぶべきだったか。
『それに……創造主様は仰られました。男性は闘争に優れ強い肉体を持ち、女性は情動に富み精強な精神を持つと。……私はレティには女性的であって欲しいと……』
言葉の途中で黙り込んでしまったセラ。
その心中にどの様な感情が渦巻いているのか、俺には分からない。
だが、レティと言う名が悪いとは思わない。
例えその名が本来求められるべき闘争を抑制する事になったとしても……その時は俺が強くなれば良いだけの話だから。
『それじゃあレティに決定だな』
『……はい』
……今はまだ、セラは俺の事を信じ切れないかもしれない。
だが、いつか必ず、セラが何の憂いもなくレティと喋れる様にしてみせる。
その為にもーー
『セラ。レティと話がしたい』
ーーレティと接触しなければならないだろう。




