第209話 其は大地に潜む者
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第六位階?
——世界に孔が穿たれた。
いや、その様に錯覚したのだろう。
それは漆黒よりも尚黒く、邪気の柱の中にありながらも、その存在がはっきりと感じられた。
——それは絶望。
視界が揺れた。
世界が震えている。
だが……それだけじゃない。
——僕の体が怯えている。
肉体と魂魄が剥離する様なこの感覚には、覚えがある。
屍の女王に死の牙を突き立てられた時と同じだ。
原理を考察するに……あまりの恐怖に僕自身が死を望んでいる……?
……或いは、世界そのものが局所的に歪む事で肉体と魂が乖離しそうになっているのだろうか?
そうと考察している間に、 7つの小さな音が鳴った。
見ずとも分かる。
七精勇者達の人間の方が、邪神顕現の余波に耐え切れなかったのだ。
気を失って倒れたのは、精神または魂魄の防御反応だろう。
なまじ耐えられる分、精霊帝や黒霧達の方がダメージが大きい。
幸いと言って良いのかはイマイチだが、今この数瞬の間は邪神が放つ邪気のほぼ全てが空へと向かっているので、地上付近は比較的被害が少ない。
歪みが少ない内に、黒霧達含む全員を撤退させておく。
黒霧が何か言いたげに口を開いたが、それを待ってやれる余裕が、僕には無かった。
——風が吹き抜けた。
僕1人だけが立つ荒野に、黒く冷たい風が走り抜ける。
それは翼を広げていた。
——迸ったのは気配だ。
それはただそこにあるだけで、僕の心をこうも乱すのか。
ふと、気付いた。
僕は今——死に掛けている。
冷静に状況を分析している僕は、きっと遊技神が排除し切れなかった銀の侵食を受けた僕。
精体は鈍麻し、ただただ世界を演算する。
成る程、大神止まりと言うのも頷ける話だ。
意思無き刃で真は穿てまい。
此処で意思が押し負ければ、切り札の限りを尽くしても、僕はアレに勝てないだろう。
絶望は六眼を開き、世界を睥睨する。
一対の邪眼が、僕を捉えた。
邪神竜・アジ・ダハーカ LVーー
紛う事なき邪悪なる神。
奴はその邪眼を小さく歪めると、開かれた大翼を閉じる。
鋭い竜爪を生やす四肢を、山と比肩する巨体を縮める。
——これは溜めだ。
「は、はっ、はっ……」
呼吸が浅い。
本来なら息をする必要は無いのだ。意思を強く持った弊害か、却って思考が乱れている。
いっそ弱い意思など捨ててしまえば良い。
焦りが心を更に乱し、メニューの操作が覚束ない。
そんな僕を嘲笑うかの様に、邪神はその巨体をゆっくりと縮め——
——金の残滓が瞬いた。
ほんの僅かな光が輝き、乱れた心を鎮める。
——声が聞こえた気がした。
暖かい心が。
「ふぅ……」
一つ息を吐いて、僕は切り札を選択し——
——そして絶望は産声を上げた。
◇
——それは正に終わりの顕現。
終末の津波が大地を喰らい、大気を揺らす。
黒に塗り潰されて行く視界を見据え、僕は終末を確信した。
しかし……そう。考えてみればそれは至極当然の事。
これ程の脅威を前にして、それが封印されている間に、それに備えない者など居ないのだ。
そう、彼等は最初から居た。
僕がこの世界で目覚めたその瞬間から。
——世界は揺れていた。
それは恐怖からか?
否、それは憤怒だろう。
世界を犯す邪神を前に、世界が無防備である筈が無い。
黒き奔流を前に、彼等は姿を現した。
地上の殻を突き破り、無数の青白い光が天へと伸びる。
光の群れは邪気の激流を受け止めた。
星霊の守護者・オピオネウス LV?
星霊の使徒・オピオニダイ LV600
星霊の使者・オピオステル LV300
半透明な青白い大怪蛇。
——彼等は大地の底にいた。
間違いない。彼等は地脈そのものだ。
あくまでも推測だが、邪神発生の免疫機能として彼等は魂を持つのかもしれない。
少なくとも、地脈の時点では感情の様な物は感じられなかった。
大地を突き破り現れた無数のオピオニダイは、折り重なる様に集まって——結晶化した。
結晶のトリカゴに捕らわれた邪神は、同じく檻の中にいる2体のオピオネウスと戦いを始めている。
檻の地上部では、大地が歪んで生まれた無数の負の化身とオピオステルの群れが激戦を繰り広げているが、戦いの余波は強固な檻によって完全に遮断されていた。
ゴゴゴッと大地から異音が聞こえた。
次の瞬間、地面を突き破り、僕の目の前に大怪蛇が生えてきた。
その身は蛇の様でありながら、顔は竜。
尖った双角は後ろへ伸び、その下から2本の長い触覚の様な物が生えている。
青白い肉体には夜空の様に星々が煌めき、その口腔は強い重力場によって漆黒に染まっている。
星霊の使徒・オピオニダイ LV588
精悍な、いや、つぶらな黒い瞳と見つめ合う事コンマ5秒。
直感的に思い至った。
きっと彼がクランゼル王国の地下を流れる地脈に居たのだろう。
つまり、僕が遠慮なくチューチューした相手である。レベルが若干低いのは、そこだけ集まっていた地脈の魔力が薄まったからか。
「……え、と……こんにちは?」
邪神顕現の余波で世界がやや暗くなっているが、時間的にはお昼時だ。
僕の挨拶に気を悪くした訳では無いだろうが、彼はふいっと横を向くと、流れる様に宙を舞い——
——空間を突き破った。
その次の瞬間には、やや移動した所で空間が破れ、オピオニダイが現れる。
……何かを重力場の口に咥えて。
「痛だだっ!」
控えめに言って痛いのレベルでは無い状態にある男はそんな悲鳴を上げ、オピオニダイ君はその男をペッと僕の目の前に放り出す。
そのまま大怪蛇は僕の周りをぐるりと囲み、トグロを巻いて停止した。
一方ペッされた男はゴロゴロと転がった後、体操の選手が如く華麗にスチャッと立ち上がると、やや長い髪をさっとかき上げ、白い歯を見せて微笑んだ。
「ふははっ、さっきぶりであるなっ」
ディアリード LV?
ディアリードだった。




