第124話 朝飯前
第五位階下位
黒霧に指示を出し、リベリオンのメンバーにはお好きな朝食券を配布、砦に詰めていた兵士には粗末な食料を配給した。
ティオロアが地の底に沈めた砦は、一夜の内に埋め立てと再建を終え、事前に回収しておいた兵士達の私物や武具兵装、食料、馬などを再設置した。
完全に元通りとは行かないが、新品清潔でおまけに緊急時の防御結界や疲労を僅かずつ回復させる機能まで取り付けたので、文句はでないだろう。
更におまけで地下室を拡張してスノーブラックの簡易の支店も付けてある。
あまり儲けは出ないだろうけど、そもそも大した労力では無いので問題無い。
一番の目的は、スノーブラックの兵を出撃させる為の中継地点にする事なので、支店はあくまでもおまけである。
そんな諸々の指示と情報共有を行った後、最近大所帯になって来た身内が起きてくるのを待ちつつ、新しい情報の確認と整理を行う。
◇
雑多な情報群の中から比較的重要な情報をピックアップする。
先ずはクランゼル王国。
歴史の生き証人であるクラディとゼーレから聴取を行い、更に王国書庫から得た情報を統合すると、クランゼル王家は正式なクラディとゼーレの子孫では無い事が判明した。
要はクラディとゼーレの養子が王になっていたと言う事だ。
勿論それは意図的になされた事であり、特にクーデターなどの陰謀があった訳では無い。
結界を守る為に、結界を解除出来ない人間を側に置くのは至極当然の事と言えよう。
結界の解除方法を知っているのは極限られた一握りの者だけで、それは賢神グリエルの弟子達であり、つまりは情報を漏らしたのは鎚、槍、弓の仙と研究者達である。
……まぁ、負の力にレベル200以下で停滞していた程度の生物が抗うのは少し難しいと言わざるを得ないので、そこを責めても仕方ないのだ。
これから強くなって行けば良い。
……ただちょっと問題があるのは、クランゼル王家にも薄いながらクラディとゼーレの血が継承されている点だ。
簡潔に纏めると、結界の情報を秘するあまり何をやってはいけないのかなど必要な情報すらクラディ&ゼーレの時点で搔き消え、王家と公爵家で婚姻が結ばれたと言う事だ。
まぁ、邪神の断片を討ち滅ぼした今となってはどうでも良い事である。
今の王家は封印の要としての大役も無く、仮に今すぐ王家の人間が死滅しても裏にいたスノーブラックが表に出るだけなので、気楽な物である。
町の視察にも気軽に行けるし、なんなら迷宮にも遠征出来る。
精々今まで頑張って来た分楽しむと良いさ。
続いてクラット公爵家。
此方は、悪魔に倒された当主アーヅィスと病床の夫人キーラをリベリオンの名義で治療した。
その分リベリオンから報酬の天引きをしてあるので、此方のダメージはゼロだ。
公爵家も助かる、リベリオンは地位の高い人と繋がりが出来る、スノーブラックは心象が良くなる。
正にwin-win-winである。
また、クラット公爵家から一人娘と転生者1名を志願兵として徴兵した。
2人はまだ成人していないが、町の子供だって十を数えれば奉公に出るし、村なら動けるようになれば畑の手伝いを始める物だ。
実際ミラも街の運営や食事、謁見などのマナー、詩や歌、踊りなどの教養を身につけているし、それに戦いが加わるだけの事。
ミーシャに至っては幼い時分から侍女として働いているし、休暇にはミスリル装備で身を固めて迷宮に潜っていた事もあるらしい。
2人の意思が固いと見るや、アーヅィスは大金を持ち出して来たので、有り難く頂戴してその分の特別扱いをしてあげる事にした。
意外だったのは、ミーシャにもミラと同額の援助をした事だろう。
或いは公爵はミーシャの事も我が子の様に可愛がっていたのかもしれない。
そもそも何故かナーヤの弟子達は戦闘狂な部分があるので、命を懸けて戦う事に大した抵抗はないのだろう。
彼女等2名は、戦闘カリキュラムを受講し訓練と魔道具の性能確認をさせた後、迷宮での実戦を経験して貰い、最終的にはリベリオンの増援として優先的に配備される事にする。
次、ウィゼル公爵家。
此方は、リベリオンのメンバーの1人であるカルミラが、ウィゼル公爵家の血を継ぐ人間である事が判明している。
分かりやすく纏めると、先先代の当主が侍女にお手つきして産まれた子の孫がカルミラなのだ。
彼女はクラディが転生時に獲得したユニークスキルを上手いこと継承しており、クラディの血を引く者の中では最も血が濃い様であった。
それ故に、先代の公爵夫人が子等の地位を危ぶみ、聡い子であったカルミラはそれを察して12の折に自らウィゼレト従士爵家を出奔した。
少しお節介を焼いて、カルミラを追い出した形となった先代夫人に話をしに行った所、彼女は別にカルミラを追い出すつもりは無かったと分かった。
侍従の耳がある所でどうしたものかと呟いてしまった事を今も後悔していると言っていた。
そんな訳で、密かに先代夫人のお祖母様と取り引きを行い、救助報酬の増額や土地の紹介や支店の宣伝を行って貰った。
ついでに、彼女の趣味である魔石集めを利用した商売をしてポケットマネーを過分に頂戴し、その分カルミラとその友人達に支援を行う事で合意した。
クランゼル王国の次は、エルデホート港公国。
ここで得られた情報には、重要な物が幾つもある。
先ずは雑多な情報から。
先の戦争で帝国軍によって占拠された村の住民が発見された。
私はてっきり港町のホーデンまで逃げたのかと思っていたが、彼等は海岸沿いにある洞窟の中に逃げ込んでいたのだ。
洞窟の入り口は巧妙に隠されており、その奥にはちょっとした隠し入り江や人が数百人住めるだけの広い空間があった。
保存食なんかも隠してあったらしく、正に隠れるには打って付けの場所だった。
そんな洞窟が自然に出来たのかと言うとそんな訳は無く、そこは元々アクロニスの隠れ家だったのだとか。
そこには人間の他にアクロニスが討たれて逃げて来たアヌニスや卵があり、仲が良いらしい村人達と静かに息を潜めていた。
彼等を発見したのは、迷宮探索や帝国軍の残党探しなんかに出させていた人形軍団。
武装した人影に怯えている村民や威嚇する蛇の群れへ転移した黒霧の端末が斯く斯く然々説明し、帝国の脅威が去った事を伝えた。
彼等やアヌニスとその卵は、黒霧の元で一度教育を受けて貰っている。
その過程で、とある重要な情報を得る事が出来た。
その重要な情報と言うのが、ナイオニス大清流に関連する物である。
そもそもナイオニス大清流とは、ナイオニスと言う巨大な蛇の魔物が川になったとする民間伝承が起源となる名前らしい。
そして、語られる話の中には、川の上流にナイオニスの瞳と呼ばれる何かがあると言う話がある。
数少ない御老人達はそれぞれが祠だとか泉だとか言っていたが、その中にかなり聞き覚えのある単語を交えた話があった。
曰く、ナイオーネで出来た水神の像がある。と。
うむ……それだ。
ナイオーネと言えば、水属性の神霊金属の事である。
ナイオニス大清流と言う名前の時点でナイオーネの存在を示唆している様な気がしていたが、語らいの中にその名が出た時点で、少なくともこの大陸の何処かに神霊金属が存在している事になる。
誰かに取られる前に確認しに行く必要があるだろう。
続いてエルデンシア大公家の家系について。
結論から言うと、エルデホート港公国はアルバ大陸からやってきた氏族が発展した物で、神獣アルバンシアに仕える巫覡だった様である。
公家の人間であるアルベルト青年が使うユニークスキルは、神獣が巫覡へと授けた加護の名残らしい。
要は風精から加護を得たメナと一緒である。
次、エルデホート港公国西の町。
実はこれが一番深刻な情報である。
町自体は大した事も無い城塞都市。
そしてその町で主に信仰されている宗教が、女神教。
——女神アシュリアを信仰する宗教である。
女神アシュリアが住むとされる山は、一般的にはアシュリア聖神山と呼ばれ、その周りの森がアシュリア大森林と呼ばれている。
その地形は大雑把に言えばドーナッツ型をしており、町があるのはドーナッツの東、比較的緩やかな谷間の目前なのだ。
かつて実際にアシュリア様を見た画家が描いた絵と言うのを、ちょこーっと忍び込んで見て来た所、やはりルベリオン王国の地下にあった像と同じ物だった。
背後に剣と本と天秤を浮かせる女神だ。
シスターアルメリアに聞いた所によると8枚翼との事だが、絵の女神は6枚翼だった。
……良く見たら光輪に2枚小さな翼がくっ付いていたが……果たしてそれを8枚翼と言って良い物か微妙だろう。まぁ、確かに翼は8枚あるけどね。
さて、そんなアシュリアの話であるが、イヴ情報によるとそのドーナッツは『円環聖域結界』と言う術らしい。
アシュリアは長い時間を掛けて地形を弄り、その地に自分がいなくなってもしばらくの間は六王結界を維持できるように整えたのだとか。
ここからが深刻な話である。
女神教の信心深い信者達は、女神アシュリアのおわす山の袂まで参拝に行っていたらしいが、近年町の領主が谷の整備を行おうとしていた様なのである。
信者達も女神様への参拝がしやすくなると喜んで協力し、町の皆でニコニコと『円環聖域結界』を削っていた。
当然やめさせた。ついでにイヴに確認を取りつつ谷を埋め立てて結界を補完し、代わりにトンネルを開通させた。
空がごっそり空いた谷よりもトンネルの方がマシだろう。
後日アシュリアとは話をしに行く予定だ。




