第59話 生きてたリーダー
第四位階中位
ガダゴトと心地よい揺れを感じる。
暖かい風が吹き抜け、濃い森の匂いが鼻孔をくすぐった。
「……ん」
重い瞼を持ち上げると、見えたのは見知った牛車の幌だった。
上体を起こして辺りを見回す。
牛車の中には仲間達がいて、いつもの様に楽しげに話をしていた。
漢数字で二と書かれた札が下がっているので、この牛車は『アルタイル二号』だろう。
暖かい日差しが差す牛車の中、俺は夢を見ている事を自覚した。
ガダゴトと揺れ、優しい風が吹き、暖かな日差しが差す。
とても穏やかなこの時間が、どれほど貴重で尊い物なのか、今更になってようやく理解した。
「……あ、起きたんだ」
唐突に背後から聞こえて来た声に振り返ると、ちょうどリエが牛車に乗り込んで来る所だった。
思えばリエとはリベリオン創立前からの付き合いだ。
初めて会ったのは、俺が駆け出しの頃、小村のゴブリン退治で——
「——……ちょっと、聞いてる?」
「あ、あぁ、すまん」
そうそう、リエは気が強い奴だった。
それで誰よりも仲間思いで……攫われた友達を助けに単身ゴブリンが潜む森に乗り込んで行ったんだ。
リエのチート能力は『無縫の癒し手』。
魔力の供給とリエの体力が続く限り、部位欠損すら癒せる可能性があるチートスキルだ。
当時十歳だった幼いリエは、ナイフ片手に骨を断たせて肉を切る戦法でゴブリンを殺して回った。
遂には囲まれてボコボコにされ、犯しに掛かるゴブリン達にそれでも抗い、引っ掻いたりゴブリンのアレを噛みちぎったりしてたんだった。
ゴブリンの悲鳴のお陰で俺とエミリーが間に合い、リエは助ける事が出来た。
結局あの件は攫われた何人かの村娘が乱暴されて、随分後味の悪い依頼だった。
「——クサーらしき物を鬼……聞いてないでしょ」
「うん? 臭い鬼?」
「はぁ……副作用かしら? ……確かにあの回復は異常……私のスキル……無理だ……」
何かリエがブツブツと言い出した。
何を喋っていたのか良く分からないが……臭い鬼がなんだって? ……まぁ、夢ならそんな物か。
そう言えば——
「——リエにちゃんと御礼を言った事って無かったっけ」
「え?」
思えばリエの女とは思えない程の度胸の良さ、思い切りの良さには散々世話になった。
リエがいなければ死んでいた様な事態には何度も遭遇したし、その度に礼は言って来たが……戦いではリエがいるから怪我を気にせずやれた事も多い。
その度にリエに負担を掛けていたが、その事で礼を言ったのは殆ど無かった様な気がする。
「リエ、今まで俺らの事を支えてくれて、ありがとう」
「う、な、なななっ」
所詮は夢。どうせ届かない。ただの自己満足。
しかし、顔を真っ赤にしたリエは、正にリエそのものの反応で、まるでこれが夢ではないんじゃないかと言う妄想が頭をよぎった。
「……そ、そんな事言われなくても……これからもずっと支えてあげるわよ」
顔を真っ赤に染めたまま、リエはリエらしからぬ言葉を呟いた。
「お、おぉ、リエ氏がデレた」
「貴重なシーンでござる」
「一枚絵キタコレ、イベントスチルであります!」
「……やっぱり夢、か」
「……ふ、ふふふ、その寝惚けた思考を叩き直してやるわ。大丈夫。取れても治るから」
「ユウイチ殿も罪作りな男でござるなぁ」
「キミト氏、頑張れ」
「キミト兵長の氏は無駄にしない! 撤退するであります!」
「へ? 何故に二階級——」
◇
「悪い、目が覚めたよ」
「全く、殴ったうちの方が痛いなんて大概おかしな世界よね」
「拙者は後衛なので普通に痛かったでござるが……美少女からの殴打はむしろご褒美でござろうか?」
ぶん殴られてようやく夢じゃない事を理解した。
だって、痛ぇし。怖ぇし。夢じゃないだろ。
「悪いな、キミト。巻き込んで」
「いえいえ、拙者もユウイチ殿が無事で嬉しい所存。この程度の痛みは痛みの内にも入らんでござる」
キミトは良い奴だ。
さっき逃げ出したノリヒコもテルオミも良い奴だ。
転生者は皆見た目が良く産まれて来るが、この3人はむしろ前世の女性に臆病な所が無ければ既に結婚してても不思議じゃない。
ともあれ……そうか、俺は生きているのか。
そう思った瞬間、何とも言えない感動が俺の体を動かした。
目の前にいる2人を纏めて抱き締める。
「わ、ちょっと」
「およ?」
驚く2人を他所に、思いが言葉になって溢れる。
「生きてて、良かった……!」
「……そうね」
「……そうでござるな」
あんな傷、普通なら助からない。
俺を治してくれたのはリエだろう。
「リエ、ありがとう。お前がやってくれたんだろ?」
「……その事なんだけど」
「?」
◇
「銀髪鬼面の転生者か」
「えぇ、これがその時貰ったエリクサーの瓶とアーティファクト」
差し出された2つのアイテムを見る。
どちらも雪の結晶らしき装飾があしらわれており、おそらくはどちらも迷宮産か、或いは生成系のチート能力による物だろう。
「貸し1つ、か……リエはどう思う?」
「……アレと敵対なんて考えたくも無いわね。もし『帝国派』だったら……うちは革命は不可能だと思う」
「だよなぁ……キミトはどうだ?」
「拙者は実際にあった訳では無いので何とも……しかし『帝国派』に行動が読まれていたのだとしたら1人では来ないでしょうし、仮に来たとしてもユーイチ殿を助ける必要は無いと愚考するでござる」
「だと良いんだが……最悪を想定するにしても最悪過ぎて何にも出来ないからなぁ」
どうにかもう一度接触出来たら良いんだが……。
「とりあえず……」
「「……」」
「……エミリーんとこ行って来るわ」
「……そうね」
「心配してる様でござったからな」
とりあえずは手近な問題から片付けなくちゃな。




