第58話 畏怖すべき青き竜
第四位階中位
「嘘……」
エリザさんの呟く声が妙に頭の中で響いた。
それはきっと、現実を認められないからだろう。
だって、おかしいじゃないか。
あたしは何も感じなかったんすよ?
チートスキル『忍びの心得』を持つ、リベリオン最優の斥候である、このあたしが。
同じ方向に向かって走っていた筈の仲間達が、狩られている事に、一切、気付かなかった。
……いや、100歩譲って気付かなかったのは良い、一番の問題は、2人も人を担いでいたとは言え、隠密スキルをフルに使っていたのに、この竜はあたしを待ち伏せしていた。
それはつまり、この青い竜は、視覚以外に正確に獲物の位置を捉える手段があると言う事。
それもおそらく嗅覚や聴覚では無い、対処のしようが無い感覚機能。
——背筋が凍り付いた。
世の中にはこんな化け物がいるのかと。
同時に気付く。
この青い竜は、赤い竜よりも少し大きい事に。
つまり、あたしが勝てないと確信したあの赤い竜は、成体では無かったと言う事になる。
そうなると、この青い竜も成体では無いのかもしれない。
少なくとも、この青い竜があの赤い竜よりも強い事は間違いない。
「……」
「……」
青い竜は観察するかの様にじっとあたし達を見詰めていた。
その間に、あたしの覚悟は固まった。
あたしはリベリオンの中でも特に強いメンバーだと自負があるっす。
でもぶっちゃけ、戦力や諜報力は変えが効く物でしかない。
対してティア姐さんとエリザさんは、戦力としてもカリスマ性としても指揮能力としても、変えの効かない人達だ。
この2人を同時に亡くすのは、それ即ちリベリオン崩壊のお知らせっす。
——2人を逃す為に、あたしが囮になる。
チートスキルを使ってほぼ戦闘不能の2人は、あたしの分身に担がせて、最も速いあたしがこの竜を引きつける。
それがあたしに出来る唯一の事。
そうあたしが決意したその時——
「……美しい」
——ティア姐さんがそんな事をのたまい申した。
馬鹿っすかっ!? 馬鹿っすねっ!! 刺激しちゃダメじゃないっすかぁ!!
あたしが内心大慌てで硬直していると、竜はそんなあたしを見て、嗤った。……様な気がした。
次の瞬間——
——ドンッッ!!
物凄い衝撃音が鳴り響き、竜が視界から消えた。
大地に空いたクレーター。
それを見た瞬間、ようやく竜が跳躍したのだと理解した。
——ゾッとした。
見えなかった。
竜が何をしたのか。
どう動いたのか。
何も見えなかった。
——見逃されたのだ。
プレッシャーから解放されたからか、へなへなと地面に座り込む。
ふと、視界に映ったのは、上を向いていたティア姐さんが倒れている仲間に顔を向ける所。
……もしかして……今のが見えてたっすか?
……もしかして……ティア姐さんあたしより速いっすか?
……兎に角、助かったみたいっすね。
「ふぅ」
「どうやら誰も——」
エリザさんが何かを言おうとした瞬間、それはあたしの目の前に突き立てられた。
へなへなと座り込んだ足と足の間。
深く息を吐き、前屈みになっていたせいで、それはあたしの前髪をちょっとだけ斬り落とした。
「——ぴぃっ」
「あ、私の剣だ」
それは、ティア姐さんの愛剣。
赤い竜に突き刺さっていた筈の魔鋼の剣だった。
剣の柄にティアーネと掘ってあるから間違いない。
ただし、剣身の色がメタリックな灰銀色から燃え盛る様な真紅に変わっており、まるで赤い竜の力を吸ったかの様な異様な気配を放っている。
……って言うか、ちょっと漏れたっす……泣きた——
——ドォォンンッッ!!
……突然、それは降って来たんす。
鋭利な牙。
尖った二本の鋭角。
輝く真紅の甲殻。
意思の籠らない黄色の瞳。
——竜の頭部。
今度こそ本当に漏らしたっす……。
◇◆◇
エリザに一人で見張りをして貰いつつ、倒れて動かない仲間を運んで行く事で、どうにか牛車まで撤退する事が出来た。
倒れていた仲間達は全員が意識を失っているだけで、生きていた。
やはり、私が青い竜に感じたモノは間違いでは無かったのだ。
——青い竜は敵じゃない。
それは鬼面の少女に感じた物と同じ感覚だった。
魂の奥底から響く謎の直感。
まるで長年探し続けていた物をようやく見付けた様な、不思議な感動。
何故か執拗に頭に残るのは、あの少女が持つ銀色の髪の毛。
そこに宿る、銀と言う色そのもの。
……或いは私も気付いていないだけで、転生者だったのかもしれない。
「……」
ふと、子供の時に見た夢を思い出す。
そこにいたのは″わたし″。
共にいたのは誰か知らない銀色と、何か分からない黒色。
楽しかった様にも思うし、悲しかった様にも思う。
あの夢が最後どうなったのかは分からない。
けれど、何かとても大切な物が次々と砕け散り、黒く染まって行った事だけは覚えていた。




