第16話 vs.ディヴァロア
第??位階
森の主は困惑の坩堝にいた。
彼の絶対強者は、ただ平穏を望み森を荒らす者にのみ怒りの鉄槌を下す、森の賢王なのだから。
故にこそ、身を焦がす激しい怒りと憎しみに違和感を覚えた。
しかし、平穏を愛する彼だからこそ、慣れぬ強烈な害意の支配に抗う事は出来なかった。
己が内に猛る憎悪のまま、雄叫びを上げる。
敵は直ぐそばにいるのだ。
自慢の大角に光を灯し、あらゆる外敵を打ち払って来た突進で木々を粉砕する。
通り抜け様、壊れ弾け飛ぶ木々を見て、彼はただただ森を破壊する己に違和感を感じるのであった。
◇
敵は森で見かける事のある木の生物。
それに囲まれる様にして、何かの幼体が立っていた。
銀色の体毛に青の瞳を持つその幼体は、此方をじっと見つめている。
森の主の動きを縛る憎しみは、その幼体へと向けられていた。
いよいよ持って、強い違和感が彼の絶対強者の心を満たす。
木を切り倒した。
——許そう。
生き物を殺した。
——それは理故に。
森に大破壊を齎す者。己が身へ降りかかる火の粉にこそ、怒りを振るうべきなのだ。
この幼体が何をした?
——己が怒りを買う様な事はしていまい。
この幼体に何が出来る?
——所詮幼子なれば、木を切り小さき者を殺せたとて、森を犯す事など出来よう筈も無い。
——湧き出る憎悪は己が意思によるモノでは無い。
森の主は理解した。
敵は己が身を操る何者かであると言う事を。
しかし、幼子の辿る未来は変わらない。
どうあっても、森の主を縛る憎悪を打ち払う事は出来なかった。
遍く外敵を粉砕した必殺の一撃は——
——小さき幼子へと放たれた。
◇
それは驚愕と言う感情。
彼の絶対強者は絶対強者であるからこそ永らく感じていなかった、それ故に大きな感情であった。
——幼子は生きていた。
己が必殺と『不壊の岩壁』に挟まれ、赤き血を吐きながらも、その瞳には不屈の意志を宿し。
己が必殺を耐えられる程の力を持ちうるモノなど、森の主は四肢と同じ数だけしか知らない。
森の奥にある大樹の友か、山の頂に縄張りを張る3つ首の大蛇か、或いはその麓で大蛇を見張る同胞か、はたまた森へと攻め入って来た小さき緑の者共の長か。
到底、小さく幼き者に耐えられる筈は無かった。
故に知る。理解する。
幼子が放つ強き光に弾かれ、そして見た。
——その光から現れ出でた異形の姿を。
夜の闇より尚深き漆黒の鋭角。陽の光を受け輝く純白の豪角。
森の主の永き生の中で一度も見た事の無い、鮮烈なまでに明るい蒼と、禍々しくも美しい黒き大翼。
四肢は獣、胴には蜥蜴の鱗を鎧が如く身に纏い、3本の銀尾には同色の炎を纏わせている。
獣とも蜥蜴ともとれない鋭い牙を生やした口からは、血の雫が滴り落ちているものの、その青き瞳は幼体のまま変わらず、深き叡智を宿していた。
——分かってしまった。
己が身を操る憎悪が招いたのは、理不尽の権化たる絶対強者。
小さき者達が森の主たる己に道を譲る様に、彼の異形が進む道を阻んではいけなかったのだ。
——然りとてそこに悔しさは無い。
この美しき異形には翼があるのだから。
己が願い、届かぬと知り、尚も見上げる遥か遠い空。
その空へと至れる力強い大翼が。この異形には存在する。
なればこそ、麗しき異形の糧になるのも良いかもしれぬ。と。
森の主の心を満たすモノは、大翼持つ蒼銀の獣への尊敬、憧憬、そして、己が必殺を受け切った美しき獣への賞賛。
憎悪と怒り、尊敬と賞賛。
激しい意思の相違は今、身に打ち込まれた憎しみの楔を、その身を縛り上げる怒りの鎖を、一つ、また一つと打ち砕いていった。




