幕間 和澄千里は剣を捧げる 二
第三位階下位
「……その……あの……」
「よしよーし」
私が泣き止んだのは、結構な時間が経ってからだった。
女の子は私が泣き止んでも撫でるのを辞めず、私は恥ずかしいやらちょっと嬉しいやらで声を掛けられずにいた。
女の子の可愛い服は、私が女の子を押し倒してしまったので今も尚土に汚れてしまっている。
それが申し訳無くて、覚悟を決めた。
「あの! ……ありがとう……もう大丈夫よ」
「ん? そう? 分かった」
「ぁ……」
女の子は起き上がり、直ぐに私から離れてしまった。
立ち上がって服に付いた土を払うその子は、見た目からして私より年下。そして何より……可愛いかった。
「お姉さん、名前は?」
「……」
「お姉さん?」
「……え? ……あ、えっと和澄千里です」
女の子に見惚れて反応が遅れてしまった。
その上、何故か自然と敬語を使ってしまう、余りの可愛さと綺麗さ、気品に、まるでお姫様と会話している様な気になってしまったからだ。
「ふーん……和澄、ね……。僕は……鈴守だよ、よろしくね」
「は、はい、よろしくお願いします」
ニコリと微笑んで自己紹介するお姫様に、私はまたしても見惚れ、どもってしまうのだった。
◇
「あの、ほんとにありがとう、何だか救われた気分だわ」
「そうかい、それは良かった。ところで聞きたい事があるんだが……」
鈴守さんの聞きたい事。
どんな無理難題かと警戒していたのだけれど、道に迷っただけらしい。
「暇にかまけて猫を追い掛けてみたら道に迷ってしまってね……」
「ふふ」
何処か神秘的な鈴守さんが、そんな事をして困っていると言うのが可笑しくて、ついつい笑ってしまった。
「……まぁ、そのお陰で君に会えたのなら、寧ろ良かったのかな?」
「っ……!」
唐突に、ニコリと可愛らしい笑みでそんな事を言われてたじろいでしまった。
カワイイ、凄くカワイイ。
「……君、まだ元気じゃ無さそうだね……そうだなぁ、この時間なら……うん、決めた。行こ」
「え、え?」
悩む様な素振りを見せていたカワイイ鈴守さんは、急に私の手を掴んで引っ張った。
柔らかくて小さな手。鈴守さんは手すらもカワイイ。
「君に良いものを見せてあげる。僕を鈴護り神社まで連れてって」
否やは無かった。
◇
鈴守さんの手を引いている間、高揚感が心を占めていた。
姫を守る騎士になった様なつもりで……。
私が泣いていた時間が長く、神社に着く頃には日が暮れはじめていた。
今度は鈴守さんが私の手を引いて歩き出す。
鈴護り神社は山の上にあって、山の中はちょっとした森になっている。
鈴守さんはその森の中をすいすい進み、開けた高台に辿り着いた。
そこから見える風景はーー
「……綺麗」
夕焼けに染まる空、遠くには夜の帳が下り始め、緋色と藍色で染められたその空と街は、幻想的で美しく、切ない。
「……ね、綺麗でしょ?」
そう言って、鈴守さんは私の前に歩みでた。
その光景は
まるで一枚の絵画の様に
ーー美しかった。
「ほんとに……綺麗だわ」
鈴守さんは太陽の様に暖かくて……月の様に美しい……どんなに手を伸ばしても届く事の無い……え?
「……え?」
「……ん?」
気付くと、鈴守さんは私の手を握っていた。
無意識に伸ばしていたらしい私の手を、鈴守さんは何でも無い事の様に掴み、引っ張った。
「あ」
「おっと」
余りに自然に手を伸ばし、私を引き上げるその姿に、足が竦んだ。
その神秘的な光景に、可愛げの無い私は入っては行けない。それはただの異物でしか無いのだから、と。
そのせいで、私は躓いてしまった。
そんな私を鈴守さんは直ぐに助けてくれた。
またもや頭を抱き抱えられ、胸元に顔を埋める事になったが、
余りに申し訳無くて
触れては行けない物の様な気がして
私は直ぐに顔を上向けた。
ーーあ……
目があった。
その瞬間に心臓がトクンと大きく鼓動した。
『太陽の暖かさに照らされて、月の優しさに見守られ、騎士の腕に抱かれる』
ふと、好きだった物語の一節を思い出した。
あの後お姫様は騎士を見上げーー
「『もっと近くへーー』」
ーー恋に落ちるのだ。
「ーーこっちの方が良く見えるよ? ……ん? ……千里? おーい……まぁ良いか、幸せそうだし」
◇
その後、よく分からないけれどポワポワした気持ちで手を引かれるままに進み、気付いた時には家の自室にいた。
はっきりと覚えている事は二つ。
鈴守さんが悪戯っぽく笑って言った、『僕、男だよ』と言う言葉と、明日のあの時間帯に秘密の場所で会う、と言う約束。
その日の夜は眠れ無かった。
眠りたく無かったんだと思う。
月に見守られていたから。
「あぁ、恋……してたんだ……」
それは哀しくて……
「あぁ、恋……してるんだ……」
それは嬉しくて、切ない。
眠れない、眠れる訳が無い。鈴守さんが見守っているのだから。
「うふふ」
◇
その後、しばらくの間、稽古には行かなかった。
会えない間はポーッと鈴守さんの事を考え、あの時間になると、騎士とお姫様の逢瀬の様にあの場所に行き。
色々な話しをし、時にはダンスを教えて貰い、鈴守さんの暖かさに包まれる。
至福の時間。
ある時、鈴守さんに私の剣術を見て貰いたいと思った。
はっきりと言って、私と鈴守さん、何方が姫かと言うと分かりきっている。
このまま鈴守さんの事を好きでいるには、何時迄もお姫様気分に浸っては居られない。
私が鈴守さんの騎士になるんだ!
そう決意した私は、稽古を再開する決意を固めた。
鈴守さんを呼んで、宮代拓哉を倒し、告白する。
そう決めたんだ。
◇
「やぁ、今日はお邪魔させて貰うよ」
「え、ええ、いらっしゃい」
鈴守さんが来る日になった。
この日の為に1人で稽古を再開し、しっかりと準備を進めて来た。
後は宮代拓哉に勝つだけ、私の中でけじめを付けて、直ぐに鈴守さんに私の想いを伝える……それだけなのに、凄く緊張している。
鈴守さんには母屋で待つ様に言って、私は道場に向かった。
此処に来て怖気付いたのだ。
万が一負けたら? それを鈴守さんが見て居たら?
宮代拓哉に鈴守さんまで取られてしまうかも知れない、それだけは耐えられ無かった。
だからこそ安全策をとった。
道場に入ると、師匠は居なかった。
門下生の人達が何人か居て、その中に宮代拓哉も居た。
それなりに見ない間に、キレが良くなっている。
「……なぁ、千里……この前は済まない」
「気にして無いわ」
私に気付いた宮代拓哉は、唐突に謝って来た。
それに対して私は剣を向ける。
「そうか……だがそれだと俺の気がすまない」
「そう、それなら全力で相手しなさい」
「……分かった」
本気の戦いが始まった。
◇
激戦だった。
宮代拓哉は腕を上げていた。
けれど、私はそれと対等に戦えた。
凄いのは鈴守さんだ。
ダンスの様に舞い踊り、技と技術のみで立ち回る。
剣を交え、逸らし、時には脚や拳をも交える。
そんな激戦を制したのはーー私だった。
「はぁ、はぁ……負けた……か」
「はぁ、はぁ、はぁ、か、勝った!」
心が高鳴った。
疲れを忘れ、直ぐに駆け出した。
鈴守さんに会いたかった。
「……居ない……」
如何してか、母屋に鈴守さんは居なかった。
何処を探しても見付からず、でも鈴守さんが勝手に帰るとは思えなかった。
俯きながら考えていると、ふと音が聞こえた。
音源は……お祖父ちゃんの個人道場。
まさかと思い駆け付けた先に、鈴守さんとお祖父ちゃんはいた。
稽古をしている、だけど師匠の相手はお姫様だ。
止めなくちゃ! 助けなくちゃ!
パニックになり掛けた私は、勝てる訳が無いのに師匠と鈴守さんの間に入るべく師匠の動きを見、そしてーー
「…………嘘……」
互角だった。
いや、それはただの願望。
互角ですら無い。
あの最強だと思っていた師匠は息を荒らげ、今まで一度も見た事が無い程の剣技で鈴守さんへ攻撃している。
鈴守さんはその鋭い致死の攻撃を、息の一つすら乱さずに、避け、逸らし、あまつさえ適当に反撃していた。
「おぉ、すげぇな浩三さん」
背後から聞こえた宮代拓哉の声に、振り返った。
麻痺した思考の中で、私が思った事は……鈴守さんの方がずっと凄いじゃ無い。と言う、ただの事実。
何か言葉を発する前に、私はまたもや凍り付いた様に固まる事になる。
「ほんとにすげぇよ……ユキと此処まで戦える何て」
「……え?」
ユキ……?
何かに皹が入る音が聞こえた。
振り返った先では、人形になってしまったかの様な無表情で師匠を圧倒している鈴守さん。
感情が抜け落ちたかの様なその様は、私では到底敵わない程の強さを見せ……騎士になると言う決意に皹が入った。
宮代拓哉は鈴守さんをユキ、と呼んだ。
鈴守さんがユキだったんだ……。
長い戦いの決着が着いた。
ユキの圧勝、師匠は息を乱して地面に膝をつき……
「……やるね、楽しかったよ?」
◇
気付くと、自室の布団の中で泣いていた。
何で泣いているのか分からない。
何か大切な物が壊れてしまったかの様な、或いは、大切な物が壊れてしまわない様に心を閉ざしているのか。
とにかく、その涙は悲鳴だった。
何処か冷静な自分がいて、もう立ち直れないかも知れないわ。と困っている。
現実逃避する様に、宮代拓哉の言葉は鈴守ユキの真似だったのね。と考える自分もいる。
或いは、もう戻らない過去を思って夢想に耽る自分もいる。
頭の中はぐちゃぐちゃで、涙は一向に止まらない。
◇
どれ程の時間が経っただろうか?
ふと、頭が撫でられた。
誰が来たのかは直ぐに分かった。
優しく撫でるそれは、鈴守さん。
私はそれを拒む言葉を言おうとした。
それはきっと、とても酷い言葉で、言ってしまえば最後、私は本当に立ち直れなくなってしまう言葉だ。
しかし、それは遮られていた。
今までに無いくらいに強引に、私はまた、鈴守さんの胸元に顔を埋められていた。
「よしよし、千里は良い子」
突き放そうとどんなに力を込めても、鈴守さんは……ユキは離れなかった。
必死に突き飛ばそうとし、頭を撫でる手を叩いて払いのけ、強引に頭をずらした時に、見てしまった。
ビクッと体が震えた。
見えたのは、真っ赤に腫れ上がって血が滲むユキの腕……私がやった。
「良い子、良い子、よしよし」
痛いだろうに、痛かっただろうに。
優しく、暖かいまま、ユキは……鈴守さんは、変わらずにそこにいた。
私はまた、鈴守ユキの胸元で泣いた。
大声を上げて泣いた。
◇
目を覚ますと夜中だった。
直ぐ目の前には、壁に背中を預けて眠る鈴守ユキの姿があり、それを窓から差し込んだ月の光が照らしている。
散り散りになっていた心は一つに戻り、その日、私は、本当に諦め切れない想いと言う物があるのを知った。
「鈴守……ユキ……」
私があんな事をしたのに、それでも一緒に居てくれた人。
「……『愛しています……永遠に……貴方と共に……』ユキ……」
騎士のセリフを詠み、騎士と同じ事をする。
眠るユキの唇に……そっと……
◇
私は決めた。
例えユキが私以外の人を好きになっても、何時迄もユキを支え続けると。
それが私に愛を教えてくれたユキへの恩返し。
可愛いらしくて美しいお姫様、ユキを、支え、守る剣になる。
◇
……結局の所、私はユキが居れば良かったのよ、現金な物だわ……。
あまつさえ、あんな……ユキに……するなんて。
今思い出しても、本当に…………ナイスだわ! あの時の私には良くやったと褒めて上げたいくらいよ。
あの後は何だかんだあって、ユキがシェアされる事になってしまったし……ほんと、あの瞬間だけは間違い無くユキは私の物だったわ。
はぁ、本当に……ユキの……は、甘くて……美味しくて…………結局一晩中……えへへ
『む……うぅん……ぅん?』
『あ、ユ、ユキ、お、起きたのね』
『うぅん……? 千里……? うん……?』
『ど、どうしたのかしら?』
『…………何か口の中に違和感が……』
『っ!? き、気の所為じゃないかしら!?』
『ううん? うううん……? 気の所為?』
『そ、そうよ! それより朝御飯! 食べて行く?』
『うーん……んくっ』
『っ!!!!???』
『……食べて行こうかなぁ』
『そ、そう……! そうした方が良いわ……!!』
和澄千里:泣き虫、頑固、プライド高い、常にピリピリしている、夢みがち。
↓↓ユキミン摂取後↓↓
和澄千里:冷静、達観、柔軟、変態、肌艶↑、髪質↑、乙女度↑、変態、変態。
※ユキミンは高い中毒性があるので、用法、用量を守って健全にご利用ください。




