第54話 純白の翼
第八位階中位
度重なる火焔が空を焼き、迸る竜威が大気を蝕む。
衝突は天界を揺らし、幾千の光が弾けた。
——強い。
竜の核を十全に使う竜の天使が、これ程までに強いだなんて。
……思いもしなかった訳ではない、きっと強いのだろうと、そう思っていた。
ただ、それを振るってくる敵がいるだなんて想像だにしていなかった。
異端なのはあたしだけで、それが知られれば迫害されるに違いない。そんな自己憐憫に浸り、殻に閉じこもった振りをして、全てから目を背けていたのだろう。
……いや……違うか……これは……後悔だ。
そう、この天界において、明確に異端なのはあたしだけで、それが他の天使に知られれば、あたしは迫害されていた。
だから明かせなかったし、閉じこもっていた。
天使たちが苦しむ姿に目を瞑り、嘆く声に耳を塞いでいたのも、あたしの選択。
約束の日へ、逃げるように駆け続けても、いつか追い付かれる。
分かっていた。気付いていた。
もっと、別の道があった事を。
幾千の光が弾けた。
衝突が天界を揺らす。
迸る竜威が大気を蝕み、度重なる火焔が空を焼いた。
——勝ち目は無い。
もしあたしが、竜の核を十全に扱えていれば、或いは結果は変わったのかもしれない。
あたしたちは……きっと……行く道を——
◇◆◇
追い込まれて行く。
格下である筈の堕天使に。
なんと無様で、愚かな事だろう。
私たちが捨て置く事を良しとした者達に、私たちは攻め滅ぼされる。
……きっとそれは、宿命だったのかもしれない。
一千年に渡り、自分なりに積み上げて来た研鑽は、最早無意味。
剣技を極めれば、きっと皆を助けられる。そんな浅はかな考えは、更なる研鑽と力によって、踏み潰される。
……最初から分かっていたんだ。
——道は数多に続いていたのだから。
確かに……続いていたんだ。
——ローネは選んだ。
道は違えた。
それはきっと、正しかった。
約束の日など、最初から——
◇◆◇
殺意が迫る。
愛する家族が、冷徹に、私を見下ろしている。
——罪があった。
今となっては最早、数えきれない程の罪が。
だから、進まなければならない。
約束の日と言う、希望へ向けて。
その犠牲を無駄にしない為に、そして何より、偉大なあのお方が、あの子が、帰って来てくれる事を信じているから。
だけど、そう……。
ローねぇを見上げた。
その黒く染まった翼を。
きっと、私たちは知っていた。
私たちが見殺しにした亡霊から、逃げ切る事はできないと。
積み上げた屍に意義は無いのだと。
あの子が帰って来る事など——
断罪の光が迫る——
◇◆◇
——声がする。
皆の苦しみが、嘆く声が、悲しむ声が、深い眠りの奥底で。
山と積まれた屍、消える事無き怨嗟、迫り来る亡霊。
きっとボクたちは、間違っていたんだ。
それでも、ボクたちは間違っていない。
偉大な主が、あの子が、ボクたちに残してくれた希望。
——約束の日。
それを信じる事は、間違いなんかではないから。
ボクたちの間違いは……そう——
伝えなければならない。
過ちは正さねばならない。
深い闇の底で、輝きを見上げ——
——鮮烈な蒼い瞳と目があった。
◇
「っ! ……」
目を覚ます。
周囲に満ちる液体は、ルーが配合した治療系の薬品だろう。
これ幸いと全てを吸収し、力に変える。
何かと目があった気がしたけど、特になんとも無いので、気のせいだったのだろう。
そんな事より、急がないといけない。
ルーには悪いけど、ケースを突き破り、聖殿の天井を貫いた。
即座に、皆の救援を行う。
放った閃光はローネの光を打ち払い、竜型の天使君を押し退ける。
堕天使の剣戟は、ボクが直接打ち払った。
「「「イディ!」」」
ボクを見上げる皆に、ボクは心を届ける。
「顔を上げて!」
苦しんで、嘆いて、悲しんで、そして立ち止まろうとする皆へ。
「まだ、ボクたちは戦える!」
例え、その結果が、滅亡であったとしても——
「——ボクたちの翼は、まだ主を信じてる!!」
立ち止まって朽ちるのでは無く、誇りをもって前のめりに果てよう。
それが、ボクたちの誓いだった筈だ。
「さぁ!!」
皆が立ち上がる。
純白の翼を広げて。
……それに、なんでかなぁ? そんなに悪くない結果に終わる気がするんだよね。
ボクたちが死んでしまったとしても、ね。




