第41話 聖域へ入ろう
第八位階下位
軍事地区の物資庫で、普段働かない護信軍の天使が、直々に応対している相手こそが、光羽だ。
割とプライドの高い天使達が、跪いて物資を捧げているのは、一見して普通の天使だ。
光輪があり、白翼があり、やや豪華な白い制服を着込み、白い仮面で顔を隠した天使は、無言で物資の入ったマジックバックを受け取る。
特別何かがある訳ではなく、大天使でもない、レベル50程度の、そこそこな強さの天使。
その正体は、一目で分かった。
天使人形 LV53 状態:隷属
——ゴーレムだ。
天使は死後、高純度シュガーと光輪を遺す。
この天使は、その光輪をベースに、高純度シュガーで肉体を形成された、再誕した天使。
それも、無理やり復活させた事によって生まれた、天使の紛い物である。
悲しきかな、分類上ではフレッシュゴーレムの一種。
本来光輪がゆっくりとシュガーを集め、固有因子を適合させ、生前とほぼ同じ肉体を形成させる物だが、おそらくこのエンジェルドールは、光輪の内部データを参照した何者かが、適当な高純度シュガーを用いて再誕させた物と考えられる。
フレッシュゴーレムと復活した者の明確な違いは、生存にコアが必要か否かである。
ちゃんと生きる為の準備が整った器に魂を入れれば、完全な復活が可能だが、内臓がしっちゃかめっちゃかだったりしてそのままでは生きれない者は、ゴーレム同様コアを頼りに活動する。
これは低次の領域における定義でしかないが、ともあれ、この天使はそんな生きる準備が出来ていない器を持って誕生したフレッシュゴーレム天使なのだ。
更に付け足すと……天使の再誕方法は魂の再定着なんて考えてない代物で……端的に言うと復活までのスパンが長過ぎて、死んだ天使の魂は大体の場合既にどこかに行ってるから、復活した天使の魂は別の物。
おまけに光輪に全ての情報が入っている訳ではないので、なんか自分は天使らしいぞと言う自認と生前のスキル、技術の一部を持った別人が誕生する。
まぁでも、理論上天使の魂はやがて天界に帰って来る筈だし、別の天使が誕生すれば天使の勢力が増える事になるので、天界を一種の生物、超個体であると考えたら、個人の死なんてどうでも良い事なのかもしれない。
ともあれ、光羽の正体がただの木偶人形だと分かったので、早速聖域に乗り込んでみようか。
◇
マジックバックを懐にしまい、何故か徒歩で聖域に戻る光羽に付いて行く。
程なくして、聖域に到着した。
そこは、軍事地区同様に壁に囲まれたエリア。
光羽と熾天使以外は原則入る事が許されず、強靭な結界で常に覆われている、天界の中枢。
——神の御座す場所。
あちこちに仮面で制服の光羽達が徘徊し、ネズミ1匹通さない徹底的な警備がなされている。
位置的には居住区や軍事地区よりもかなり高く積み上げられた場所にあり、その壁の中にある聖殿は、飛ばないと見る事が出来ない。
そして当然ながら見る事も許されないと言う徹底振り。
神秘は秘密に宿る物だが、これはそう言った意図もあるのだろう。
即ち、この聖域と聖殿とは、星辰炉の一種である天界と言う世界に作られた星辰炉なのだ。
神秘性を高める為か、光羽と言う物言わぬ人形を用い、熾天使自体もそうそう降臨しない……その他大勢がダメダメであるが故に、聖域には期待してしまうが、果たして——
物資を持った天使の後に続いて聖域に入り、明確に空間に満ちた魔力の質が変わったのを感知した。
この聖域は信仰と結界により、魔力濃度がグンと上昇している。
並大抵の生物が、魔界の魔力に当てられて変質してしまうのと同じ様に、天界の魔力もまた変質させる程の濃度だが、この聖域はそれに輪をかけて濃度が高い。
広く取られた聖殿への道、整えられた庭を見回しながら歩み、そのまま聖殿に入る。
すると、また一段、魔力濃度が上昇した。
熾天使には随分住みやすかろうが、並の生物は勿論天使ですら、何らかの異常が発生し得る濃度である。
まぁ、天使の場合は光輪が何とかしてくれるので、凄い成長しちゃうだけかもしれないが。
そんな高濃度聖、光属性の領域を見回しながら進むと分かった事が一つ。
……おそらく庭と聖殿の制作者は同じ人物だろう。
細部のデザインもそうだが、何より込められた魔力の固有属性が概ね同じだ。
この気配は、シャルロッテ結晶を守る施設からも感じられた物なので、熾天使の中に裏方特化の人物がいるのだろう。
まぁ、ローネリアから得た事前情報から当たりの付く話ではあるが、きっちり全て確認するのが今回の僕の仕事である。
広い聖域の広い聖殿を進む事暫く、少しだけ、大気中の魔力の質が変わった。
構造を見回したり気配を探ったりした結果分かった事だが、どうやらこの聖殿は、概ね左右対称に作られている様だ。
中央の円形エリアと幾らかの共用エリア以外に、円形エリアに翼が生える様に6つのエリアが存在しているらしい。
その翼それぞれが居住区画であり、そこに住まう者達こそが、光翼または光の六枚翼と天使達に呼ばれる、熾天使達なのである。
魔力質が変化したのは、翼の領域の一つに入ったから。
感じられる気配は、各種建造物を作った者と同じモノ。
即ち、一意専心シャルロッテ結晶を英霊製造機に作り替えた、一種の天才がいるエリアだ。
おそらく、金属等の物資を主に運用するのがその熾天使なのだろう。
それ故に物資庫はそのエリアにある。
そのまま光羽に付いて行く事少し、物資庫前に到着した。
物資保管庫と書かれた強固な扉が付いているが、光羽はそれとは真反対の扉の呼び鈴を鳴らした。
何やら軽やかな音が鳴り、暫く後出て来たのは、熾天使。
ルーイリア LV788
長い白髪を一纏めにした、緑色の目の天使だ。
身長はそう高くないが僕程ではなく、小柄で薄い体付き、生気も薄い白い肌。それを包む白衣。
彼女は光羽が持って来たマジックバックを見ると、死んだ魚みたいだった目を輝かせた。
「お、おおー……! 来た来たー!!」
マジックバックを受け取るや、中に手を突っ込み、インゴットを全部引っ張り出す。
「お? 凄い……! いっぱい……!!」
今回は多めだった物資に、子供と同じ様に喜んで、金属を抜いたマジックバックを光羽に放る。
直ぐに魔力の手を伸ばし、反対側にある物資保管庫の扉の鍵を解錠した。
「しまっておいて」
指示を出された光羽は一礼した後、保管庫の中へと消えて行った。
一方僕は、大量のインゴットをホクホク顔で念力で運ぶルーイリアの横を歩いて、部屋の奥へ進む。
さぁ、資料室は何処だ?




