第35話 天界へ向かおう
第八位階下位
さて、それでは全軍で天界へ突撃!
……と、言いたい所だが、先ずは敵情視察を行なう。
何と言っても、一千年前、レベル800クラスの熾天使、アシュリアがいた勢力であり、賢神グリエルと同格の大聖シルフィアーネが頭を張っていた勢力。
一千年でようやくレベル800のローネリアから得られた情報で全てを結論付けるのは早計が過ぎる。
間違いなくディアリードも関わっている現状、熾天使達でさえ知り得ない伏兵が密かに胎動していてもおかしくはないのだ。
と言う訳で、先ずは僕が秘密裏に潜入する。
調査十分と判断した時点で、襲撃を開始しよう。
◇
転移をするとバレる。
転移によって生じる歪みは大気中の魔力を乱し、溢れ出た空間属性魔力と共に波となって周辺へ広がる。
一定の感知能力を持つ者達は違和感を感じるし、更に高度な感知能力ならば直ぐに気付かれる。
しかし天界は閉じられた世界なので、転移以外の侵入方法が無い。
ではどうするのか?
転移時の空間とエネルギーの歪みを別の歪みで相殺し、それを繰り返す事で外部への影響を最小限に抑え、おまけに極僅かな微風ですらない波へ不可知概念を付与して感知を妨害し、最後に痕跡を不自然なき様消す。
コレで完璧な隠密転移が可能だ。
……でも今回は、アルケー達の定期報告に紛れ込むだけで問題ない。
定例にはやや早いが、そんな事はお土産を山盛りにし、天使達を管理するドミニオンに袖の下を通す様にして総軍の兵士を都合する様頼ませれば、万事問題はない。
怪しい事は更に怪しい事で上書きである。
事前情報によると、ドミニオンは腐敗しているので問題ない。
教国の中枢から、アルケーの第一翼とその麾下と共に、山盛りの肉や果物、野菜を持ち込む。
天界に行き渡る程の量は転移陣の都合上無理だが、今までの一山と比べると十山くらいはある。
それらを麾下の天使達に運ばせつつ、入り口に向かう。
広い通路の先にいたのは、2人の天使。
総軍の下っ端門番だ。
「お前達」
「「はっ!」」
アルケー第一翼の呼び掛けが来る前から跪き、頭を垂れる。
「これらを聖別しておきなさい」
「「直ちに!」」
下っ端の天使達は、雑用なのに目を輝かせている。おこぼれを期待しての事だろう。
山盛りの荷車を直ぐに引きに掛かった。
護信軍の天使がポイっとワンセットの食料袋を投げ捨てる。
ドサっとそれなりの音を立て、袋は白い床に落ちた。
「好きに使いなさい」
「っ、よ、よろしいのですか!?」
「ふっ、いらなかったら戻しておくのよ」
蔑む演技の上手い護信軍の天使ちゃん達は、態と落とされた袋を大事そうに抱える総軍の天使ちゃん達を囲み、くすくすと嗤っている。
内心はともかく、元々彼女等はそんな感じである。
一方の総軍天使達はと言うと、聖別と言う作業がどの程度の物かは分からないが、複数の荷車を前に、2人で処理を行おうとしている様子。
特に応援要請とかをしていないのは、与えられた取り分の重量を軽くしたくないからだろう。
代わりの者を立たせなくて良いのだろうかと思うが、総軍も総軍で歪んでいるのだ。
そんな歪みだらけだから、密入国者を許すのである。
改めて、天界を見回す。
広域から感じられる気配から見て、やはり天界はフィールド制限が無い。
広さは、ざっくり大陸一つ分に満たない程度と言った所で、その開拓度はおおよそ3%程度である。
その開拓されている街などのエリア以外は、白い雲や雪にも似たモコモコした大地が広がっており、天使達の食料たる白い石は街の近く、天界の中心地に近い場所に群生している様だった。
然もありなんと言った所である。
また、天界にはあちこちに既に侵入していた僕因子が蔓延り、密やかに天界の大気を侵食していた。
じんわり慎重に進められた僕侵食は、主に情報収集の為の物で、即座に天界をひっくり返せる様な物では無いが、やろうと思えば熾天使以外の全てをひっくり返せる程度ではある。
所詮レベル2桁の天使程度、僕の因子一粒にすら歯が立たないので、天界はもうおしまいだった。
……まぁ、取り敢えず念の為、濃いめの僕因子がいる所に赴き、獲得している情報を手動で回収しておこう。
レベル800の感知特化がいる可能性を考慮した立ち回りが、現状のベストである。
先ずは熾天使がいると目される本拠地から最も遠い場所、天使達の街からだ。
下界門なるこの施設は、天使達の軍事地区と居住区の間付近に存在する。
事実上街のほぼ中心であり、逆侵攻のリスクを全く考えていない配置だ。
ドーム状の施設から出て、早速居住区に移動する。
最初に見えて来たのは、宿屋っぽい施設だ。
建材は見た所、天界の雲みたいな物と石を組み合わせた物。
この内石は、例によって天使の材料である。
食料だけに使われるのかと思ったが、普通に石材やそれ以外の使い方がなされているらしい。
と、思ってよく見てみたら、どうやら天使の材料とはほんの少々異なる物だったらしい。
成分的にはほぼ同じだが……天使の材料と比べると、やや雑味が薄く、活性度が低い。
味も甘味が分かる程には劣る。
言わば、天使の材料の材料と言う段階なのだろう。
よって、甘い方をエンジェル・シュガー。その前段階の方をエンジェル・ストーンとでも呼んでおこう。
雲の方はと言うと、此方はエンジェル・ストーンよりも更に雑味が薄いと言うか、より純粋な光と聖の属性を持つ、半物質に程近い代物だった。
どうやら、これが最初に発生し、その後信仰から力を得てストーンへと変じ、そこから更にシュガーになって天使になる様である。
この雲の方は、観測上半物質化した粒子の塊であり、コレと言う形状を持つ物では無いが……。
「ふむ……」
見回した所、天使達はコレを主に布に類似する物として利用しているらしい。
天使の服や布団等に使われており、それ等は繊維状に形状を変形させていた。
これはエンジェル・クラウドが妥当か。
どうやら、このエンジェル・クラウドは他の属性だとまた違う物になってしまうが、光や聖属性を込めるとある程度望んだ形に形状を変える事が出来る様である。
込める量によって硬さも変わって来て、個人属性の光や聖属性が馴染むと、形が固定される様だ。
布にも鉄にもなる粘土と言った所か。
建材はこのクラウドと砕いたストーンを混ぜて加工された物。
より少ない労力で硬い壁を作る涙ぐましい努力の成果である。
軍事系の施設は込める魔力も多い様で、硬さには明確に差があった。
「ふぅむ……」
宿屋の壁際に置かれた椅子や机の骨組みを触り、部位毎の強度の差とそこに込められた職人の想いを読み取ったりしていると、人がやって来たので避ける。
椅子に座った天使は、他の通行人達がシンプルな服装ばかりの中で、フリルやリボンが多く、それなりにおしゃれな格好をしていた。
何より、天使達は皆美形ばかりだが、その中でも特に顔が良い。
そういった着飾った顔の良い天使達は、宿屋の壁際にはちらほら散見される。
何をやってるのかと思ったのも束の間、総軍所属の天使らしき者がやって来て、座っている天使に謎の紙切れを数枚渡して、連れ立って宿屋に入って行った。
「ふーむ……」
天使達も悪魔達の様に、基本的には病気などしないし、半精霊体を物が故に事故死も無い。
故に環境は人とは大きく異なり、その形成された社会も人とは大きく異なる。
グラシアの悪魔達は、アロカントが提唱した信用創造でお金が出来るのだわ! 論をローネリなりに解釈して、価値ある金属による物々交換の域を出ない貨幣が流通していた。
ローネリア達強者がコレには価値があると宣言する事で成り立っていた貨幣制度である。
一方天使達はと言うと、先程の紙切れこそが、天界における貨幣なのだろう。
街の手前に時間を掛けてもいられないので、早速居住区の路地裏の地下に集まっている僕因子を回収しに行こう。




