第28話 束の間
第四位階中位
プラリネの戦士の護衛で賢者の結界を抜け、里へ入った。
里の入り口、森と里との境目で、がくりと膝を付きそのまま地面に倒れ込む。
「はぁ……はぁ……」
次々と襲い掛かって来る敵を前に、休憩する隙なんて無かった。
ようやく、一息付ける。
周りを見ると、ドラジェの皆も同じ様に座り込み、息を整えていた。
此処は安全だ。
そう思えばこそ、グオード様とドーラ様、戦士の皆が心配になる。
今私に出来るのは、休み、直ぐに戦える様にする事。それから——
高く登る太陽へ祈る。
「どうか……グオード様とドーラ様に、良き陽の導きをお与えください……!」
◇
怪我人の治療に飛び回るプラリネの皆さんを見ながら、診療所で治療を受けた。
じくりと疼く肩を撫でる。
これは傷が残るねーと、軽い感じで言った薬師様の言葉に、元一王族として思う所はあったけど、それを振り切る様に肩を握った。
私はドラジェの戦士だから、この傷は、皆を守った誇りの証。
……それと同時に、未熟の証。
恥と捉えるべきなのか、誇りと捉えるべきなのか、未だ戦士として未熟な私には分からない。
プラリネの秘薬、水薬の蒼蜜と塗布薬の蒼粉で急速に癒えて行く傷を、私はただ、受け入れる様に抱きしめる。
「ユーシア」
「っ」
その声に、はっと顔を上げる。
見上げた先にいたのは、ドーラ様とグオード様。
人間用の大きなベットから降り、お二人の手を握る。
「よくぞ御無事で……!」
「貴方こそ、ユーシア」
「良く皆を守ってくれた」
小さな手で、力強く握り返してくれた2人に、私も答える様に、力強く笑い。
「当然です、私も……ドラジェの戦士ですから……!」
次の瞬間、視界が真っ暗になった。
「ユーシア!」
「ど、ドーラ様ッ?」
「っとと」
血の匂いに混じる花の様な甘い香りから、ドーラ様が顔に飛び付いて来たのだと分かった。
ドーラ様に支えられていたグオード様がよろめくのを手で感じつつ、どうしたら良いやら慌てる。
「帰る場所を失い、迷い子の様に日々を生きる貴女を、どれ程こうしたかった事か……!」
「ドーラ様……」
「グオードから話があったのですね!」
「はい!」
「私達の養子になると!」
「はい?」
「え?」
グオード様を見下ろすと、グオード様はパッと視線を逸らした。
「……いや、性急かと思ってだな、先ずは部族の戦士とし——」
「——5年も掛けて性急な物ですか」
「……はい」
そのままくるりとドーラ様は振り返り、微笑んだ。
「……私達の養子になるとグオードから話があったのですね!」
「……は、はい!」
えも言われぬ何かを感じ、私は直ぐに頷いた。
コンコンッと音が響き、入り口へ振り向くと、そこにいたのはファニエ様。
軽く壁を叩き、呆れた様に、肩を竦めている。
「……一家団欒中に悪いけど、例の話、しましょうか」
「……あぁ、直ぐにでも」
「……急ぎですからね」
仄かな温もりが離れるのに少し寂しさを感じるのは、私が弱いからなのだろう。
◇
「もう一体、もしくは複数いる、ね……確かなの?」
「あぁ、間違いない。少なくとも一体は確実に隠れているだろう」
一通りの経緯を説明し、最後にグオード様は信じられない様な事を言った。
あの化け物が……複数いる……。
あり得ない話では無かった。
災厄の日、黒い魔物は津波の様に押し寄せていたから。
「あんたがそこまでやられる程なら、相当な手合いね……」
ボロボロになったグオード様を見ながら、ファニエ様は口元へ手を添える。
「……まぁ、安心して良いわよ。此処は賢者様の結界で守られているからね」
ふふんと誇らしげに笑むファニエ様。
その笑みに、私は危機感を覚えた。
それはグオード様やドーラ様も同じな様で、顔を見合わせた後、じっとファニエ様を見据えた。
「……伝令を出した方が良い。賢者様のいらっしゃるルテールの里へ」
「避難の準備もするべきです」
深刻な表情で告げる2人にファニエ様は眉根を寄せた。
「あんた達ねぇ……偉大なる森の大賢者、エイジュ様がお作りになられた結界が……破られるとでも言いたいの?」
「……俺は、その可能性が高いと見ている」
「……本気?」
「「……」」
無言で頷く2人に、ファニエ様は、その珍しい黒髪を指で梳き、目を瞑った。
暫しの沈黙の末、ファニエ様は目を開く。
「……分かった。今すぐ避難の用意をさせるわ」
「「っ……」」
「何驚いてんのよ……言っとくけど、緊張感のある避難訓練なんだからね!」
「あぁ、ありがとう、ファニエ」
「ファニエ……」
「ちょっとっ、ドーラッ、その抱きつき癖をやめなさいよ! もうっ、急ぐんでしょ!」
「そうでした」
「まったく、第一あんた達は根拠が薄いのよ。そりゃぁ皆指示は聞いてくれるけど、大義があるなら嘘をついてでも根拠を提示しなさいったら」
ファニエ様はぶつぶつと照れ隠しをしながら、ドーラ様を押し除ける。
その微笑ましい光景に透けて見える強固な信頼が、少し、羨ましくて——
——カシャンッ!
その音は、唐突に響いた。
まるで甕を落としたかの様に軽く、しかしやけに、響く音。
「……冗談じゃないわ」
ファニエ様の呟きは、続く何かが割れ砕ける音に呑まれ、消えていった。




