第40話 猫かぶり、人かぶり
第八位階下位
小動物達の動きが落ち着いてから暫し待ち、その時は来た。
こんこんと言う軽いノックの音。
それは来たぞと言う警告以上の物ではない。返事を待たずして扉は開いた。
「失礼しますわ」
入って来たのは、いつぞやに見た金髪サイドポニーの少女。ルーシェレア・キルシア。
レベルは200少々だが、持っている杖や服はそれに見合わぬ高位の代物。
実力不足で使い熟せてはいない様だが、単純な戦力だけ見るとレベル300にも届き得る。
その後ろにいるのは、ジョディ・キルシア。武装は精々精霊金属で、レベルは80少々。実戦闘力は100を越える程度だ。
ルーシェレア・キルシアは、優雅に堂々と歩み、僕の対面に腰掛ける。
「……お時間取らせてしまって申し訳ありません。何分此方も多忙の身、ご容赦くださるかしら?」
「構わないさ。僕も暇ではないが喫緊の用事がある訳ではないからね」
「それは重畳。時は千金とも言いますが、本日は有意義なひと時となりましょう」
「それは君達次第と言う物だ」
「ふふ、然りですわね。対話とは意見のぶつかり合いですもの、その意気ですわ」
内心の焦りをおくびにも出さない威風堂々たる姿は、中々の擬態だ。
付け焼き刃では無い永年の労苦を感じさせる。
ニコニコと笑みを浮かべているルーシェレア・キルシアに、僕は同じ様に微笑んだ。良い拾い物だ。
「それで、迷宮の件で話があるとお聞きしました……どの様な御用件でしょうか?」
「あぁ、端的に言うとね……ここいらの迷宮の支配権とかを貰おうと思って」
ピクリと眉が動く。
微笑みを絶やさぬまま、ルーシェレア・キルシアは言葉を紡いだ。
「……迷宮の統率はあくまでも魔術を行使した物であり、支配と言える程の強度ではありません。精々魔物の生産を抑えたり不活化させられる程度、大きな迷宮には無力ですわ」
そんな設定を語るルーシェレア・キルシアの裏側を傍受する。
『……ちょっと待って、ジョディ……まさかとは思うけど……』
『勘づかれている可能性があります』
『だよねっ、だよね!? ってか本当に誰コイツ、何処の回し者!?』
『これ程の美貌に特徴的な瞳の色、相応に名が売れていても不思議ではありませんが話は聞かない……やはりこの学園の者ではありません!』
『訪問予定や記録は!?』
『報告にありません、警戒網を突破して侵入した物と考えられます、警戒を!』
『ううー! 何でこんな忙しい時に……!』
焦りも警戒も殆ど表に出さないその様は、やはり永き時を生きたが故の貫禄だ。
微笑みを貼り付けたまま、ルーシェレア・キルシアは僕へ問う。
「……そう言えば、まだお名前を伺っておりませんでした。私はルーシェレア・キルシア。当学園の学園長をしております。貴女は?」
「僕はユキのツキ。旧ルベリオン王国の新たな支配者さ」
「……そ、そうですのね」
おほほと引き攣った笑み。眉はピクピク歪み、その演算力を必死に思考へ割いているのが分かる。
『ユキのツキ、ユキのツキって言った!? しかも新たな支配者って!?』
『こう言う時こそ落ち着きましょうルシア。ユキと言えば例のインヴェルノの事ではありませんでしたか?』
『そ、その筈。スノーとユキは同一人物で、インヴェルノ様の容姿は事前情報と一致してる。あんなに強いのはそうそういない筈だから……あれ? 第三位階じゃん!』
『第三? ……となるとただの妄言……いえ、使いである可能性もあります。何にせよ、慎重に情報を引き出しましょう』
裏での瞬間的な話し合いが終わり、改めてルーシェレア・キルシアは口を開く。
「……インヴェルノ殿のお仲間でよろしいでしょうか?」
「インヴェルノは僕の妹みたいな物さ」
大前提の安全を確保する為、核心を付く一言を放ったルーシェレア・キルシアに、僕は軽い調子で応える。
実の所分裂した様な物だから、妹でもあり娘でもあり、何だったら同一人物ですらある。
ただそれはあくまでも肉体的な性質の話で、魂的には肉体に合わせて因子を配合し構築された物なので、赤の他人とも言えるし娘とも言える。
そんな答えに対し裏では……。
『くぅぅ……情報錯綜してるぅ……』
『本当は青い髪に銀の瞳だったと言う事ですね。しかし戦闘力は低いのでは?』
『インヴェルノ様は神器を持ってたのよ? 力を隠す事なんて簡単に違いないわ!』
『敵対は得策では無いと?』
『良いこと? 今の状況はね、ユキだかツキだかの手札が分からない以上、インヴェルノ様が目の前で抜刀している様な物だわ』
『それは……』
ゴクリとジョディ・キルシアが生唾を飲む。
此方は見た目こそルーシェレア・キルシアよりも年上だが、場数が少ないらしい。
「……インヴェルノ殿の姉君であるならば、私共は公的にも個人的にも最大限のおもてなしをさせて頂きます」
「あぁ、それは結構。気持ちだけ貰っておくよ」
「そ、それでは此方の気が収まりませんわ」
要約すると、賄賂渡すからお目溢しして。もしくは敵じゃないよアピールだ。
裏の会話も勿論その方向で進んでいる。
『とにかく、敵対は厳禁。敵と思われるのも駄目。嵐みたいな物だわ、静かに通り過ぎるのを待つの!』
『ですがルシア……彼女は迷宮の支配権を要求しています。それはルシアの身柄を差し出せと言っているに等しい、それでは……』
『多分大丈夫! 本当に此方を害そうとしてるなら、悠長に話し合いなんてしてない筈! 叩き潰すのが面倒だからか戦闘が嫌いだからかは分からないけど、悪い様にはならない。と思う!』
『憶測ばかりではないですか! そんな曖昧な物にルシアを賭けられません!!』
『じゃあ皆殺しだよ! 一か八かなの!』
『そうとは限らないでは無いですか!』
『その可能性が高いんだからしょうがないでしょッ!!』
うむ。勿論恭順の方向で話が進んでいる。筈だ。
だがまぁ、多少助け船が必要かもしれない。
増してや彼女等は生きた年数に対して戦闘経験が少ない。
何せ、ルーシェレア・キルシアは推測だが少なくとも獣人3人組の半分以上は生きている筈。なのにレベル200代と言うのは、一種異常ですらある。
彼女等には経験が必要だ。
そして、この状況は心を追い詰めるのに最適である。
即ち、これは必要な事だ。
僕は微笑み、徐に言い放つ。
「死か従属か」
放たれた威圧に、2人がビクッと震える。
それに構わず、僕は言葉を並べた。
「常々、僕はそう聞いて来た」
この場合の死とは喪失だ。魂が肉体から零れ落ちる死ではなく、根源の消失でもない、あるのは抵抗の余地もない個性の喪失だけ。
騒ぎが大きくなっても困るので、遠隔からこの応接室を隔離した。
「それは身中の虫を排除する為であり、そして本質的に僕はその対象を必要としないからだ」
実の所、保護対象を増やすよりも餌にして力を蓄える方が良い気もしている今日この頃。
神の迷宮では駆逐しているし、その他の迷宮も駆除しているのは、抱える物を減らす為なのだ。
もう既に想定される外敵と保護対象、範囲の戦力バランスが厳しくなり始めているし……食べちゃう?
そんな気持ちと共に殺気を放ち——
「改めて問おう——死か従属か」
直後の行動は素早かった。
放たれた殺気に反応し、ジョディ・キルシアは前に出て剣に手を掛ける。
一方ルーシェレア・キルシアは、ジョディ・キルシアに倍する速度で前に出るや、流れる様に土下座した。
「っ」
「従属でッッ!」
「よろしい」
本当はズバーンッとやって来てくれた方が僕としては嬉しいが、そこら辺は後からある程度矯正できるし、取り敢えずはこれで良いだろう。
それに……彼女はこの世界において、非常に稀有な存在だ。
下手をすると1,000年は生き、しかし飛び抜けて強くなる事なく、弱者であり続けた。
それは臆病だからだろうし、運が良かったからでもあるだろう。
場数や修羅場こそ少なかっただろうが、それでも避け得ぬ災禍を弱者として生き抜いたのだ。
その結果が、この状況判断だ。
僕は微笑み、下げられた頭を撫でる。
よしよし、ここに詰まってる情報、全部吐き出して貰おうか。




