第1話 攻略者達のプロローグ
我らが神は神座に微笑む。
腰まで流れる輝銀の御髪。
幼き容貌は無垢なる白き衣に包まれ、紺碧の瞳には深淵なる叡智が宿る。
目も眩む美しさを備えた、非の打ち所なき、完全なる主人。
「さぁ、始まるよ」
見下ろした世界では、今まさに、一つの伝説を締めくくる、最後の戦いが始まろうとしていた。
◇◆◇
雨が吹き込む、薄暗い通路を進む。
かつては豪奢であっただろう、黒ずんだ絨毯。
白亜であった筈の壁と柱。
漂う土と黴の臭い。
最早もはや見る影の無い、残骸と成り果てた、かつての栄光。
轟々と吹き荒れる風が、怨嗟の嘆きとなって、城内を木霊していた。
——ようやくだ。
ようやくここまで来た。
——思い返せば長い旅路。
銀妖を名乗る魔王の出現と、世界への攻撃の開始。
故郷の村を襲った魔物の撃退。
都市を襲撃する魔王軍との激戦。
古の聖剣を探す樹海の冒険では、行き違いで森の民と衝突し、朽ちた聖剣を打ち直せる岩宿の民を探す為、険しく広大な聖峰を登った。
魔王軍の裏をかく為の危険な山道の踏破。
その先で待ち受けていた四天王の一人との戦い。
そうしてようやく辿り着いた、魔王城での大将軍との死闘。
——皆の歩く音が聞こえる。
光珠教会の聖女。
魔塔の魔女。
森の民の弓聖。
岩宿の民の重戦士。
皆、最後の戦いに向けて、覚悟は決めている。
——今は亡き仲間を思う。
幼馴染との約束の指輪。
師匠に貰った短剣。
友に託された夢。
もう戻らない物を背負って——前へ。
長い通路の果て、巨大な扉が音もなく開かれた。
——粘つく風が吹く。
それは獲物を飲み込まんとする、巨獣の顎。
決意を胸に踏み込んだのは玉座の間。
高みから見下ろすは——銀の威容。
一つの国を滅ぼし、人々を苦しめた、銀妖の魔王と言うに相応しい巨躯。
「皆、行くぞ……!!」
魔王との最後の戦いが、世界の趨勢を決める決戦が、今、始まった。
◇
「これでっ、終わりだ……!!」
振り下ろした聖剣が、鋼の肉体を持つ魔王の、露出した核を穿った。
魔王の半壊した巨躯が、轟音を立てて地面に横たわる。
「はぁ、はぁ……」
本当に倒したのか?
第二第三の核があって、すぐにでも動き出すんじゃないか?
荒く息を吐き、呼吸を整えながら、動かない魔王を見下ろす。
——何度死を予見した事か。
あの時弓聖の矢が無かったら?
重戦士の一撃が魔王の動きを止めなかったら?
魔女の防御魔法が、聖女の治療が無かったら?
——考えただけでゾッとする。
魔王軍大将軍を優に超える、正に魔王に相応しい武威だった。
だが……それも、終わった。
「はぁ、はっ、はは——」
仲間達へ振り返る。
その、喜びを湛えた笑みを——
「僕たちの、勝——」
——ズドンッと激しい音が鳴った。
立て続けに二度、同じ音が響く。
仲間達の顔が——絶望に歪んだ。
——振り返る。
「……嘘、だろ……?」
そこには、銀妖の巨躯が三つ、並んでいた。
◇◆◇
見事な戦いだった。
追加で送ったゴーレム三体を前に、勇者達はその命を燃やす勢いで戦い、二体までを討ち倒した。
通算三体分の魔王を倒して見せたのである。
その健闘を讃え、僕は惜しみない拍手を送る。
配下の子たちもそれに続いた。
勇者パーティー全員の経歴を見る限り、皆一様に中々の生い立ち。
聖剣はかつてこの世界が危機に晒された際に、本当に魔王を討ち倒した実績を持つ逸品。
その旅は、多くの苦難と悲しみ、同等の喜びと希望に彩られ、数多あまたの出会いと別れを越え、悲願を果たした救世譚。
——紛う事なき正真正銘の伝説。
惜しむらくは最後の最後にしか手を入れられなかった事か。
天然物としてはこれ以上無いくらいの上出来だが、やはりもっと手を入れられる余地はある。
聖剣の守護者を配置したり、聖峰に聖獣を配置したり。特に勇者の帰りを待つ親しき人がいないのがいただけない。
更に付け足すなら、本物の銀妖の魔王が金属の精霊で、勇者たちではどうやっても倒せない敵だった点も問題だ。
まぁその時は銀妖の魔王の覇業譚が手に入るので、そう大きな問題ではないが。
そんな事を考えつつ、鳥籠に囚われた銀妖の魔王を見下ろす。
天然銀の肉体を持つ妖精のような姿をしたそれは、さっきまでキーキー言って暴れていたが、今は籠のど真ん中に転がって沙汰を待っている。
鋼の精霊という中々に希少な性質を持つ彼女は、既に所属が決まっており、現在は教育待ちだ。
「さぁ」
僕は両手を広げ、配下たちを見下ろした。
「この英雄譚、欲する者はいるかな?」
所詮は瑣末な英雄譚とはいえ、神話を補強する手助けくらいにはなるだろう。
僕の問いに、相応しき者たちが手を挙げる。
この英雄譚を迎え入れるのに矛盾も無いし、迎合するのに準備も不要だ。僕は微笑み頷いた。
「ふむ、良いだろう。この世界は君達に任せたよ」
神々とそれに連なる者たちが、急ぎ世界の支配と救済に動くのを見届ける。
さて、それじゃあ、次の世界を見ていこう。
何せ、世界は数えきれない程存在する。ぼーっとしていては、救えるモノも救えないのだ。
そうと思った次の瞬間、僕の視界がブラックアウトした——ウルルだ。
神の領域に踏み込んだ今も、狼の姿の時は獣ケダモノに成り果てて、僕をべちょべちょにするのだ。
世界を救う毎に君が来るとさ、皆来ちゃうからさ、もうちょっと控えて欲しいなって。
「控えtわぷ——」
「わふ?」
気づいてないふりやめて?




