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東方咀毒異変  作者: 彩丸
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後ろの正面

 八雲邸にこの日、西行寺幽々子と四季映姫・ヤマザナドゥが訪れていた。各々従者を連れていた事も有って、幻想郷中の生き物に緊張が走った。烏天狗も襖の一枚向こう側に群がり、固唾を呑んだ。

「閻魔様がお見えになるのも稀有な事。議事録は私の式に取らせますので、さっさと議題に入りましょうか」

 八雲紫が彼女の式である八雲藍を引き連れて奥座敷から姿を現した。口調だけでなく立ち居振る舞いからも、八雲紫は高慢さを醸し出していた。

「そうですね。この時点で既に物申したいところですが、清算は後にしましょうか。閑話休題、この数十年で幻想郷総和での霊魂が漸減している事はお二人とも知っていますね?」

 小野塚小町が彼女の上司の斜め後ろでほっと胸を撫で下ろした。彼女にして見れば、その場の雰囲気よりも四季映姫・ヤマザナドゥひとりの機嫌の方が余程重要なのだ。

「聞けば三途の河に訪れる霊魂の数自体が減っているとのことです。その事に関してお二人は心当たりは有りますか?」

「無いわねえ。妖夢にも霊を間引く様な指示は出した事が無いし」

「右に同じ。境界を越えて外の世界へ出て行く魂が無い訳では無いけど、それはまた別件。多くて年に二人程度よ」

 閻魔様の懐疑的な目にも、八雲紫は毅然とした態度で応えた。言葉の無い押し問答。その一瞬の間を置いて、四季映姫・ヤマザナドゥは溜息を吐いた。

「現代の博麗の巫女・博麗榊に至っては、この話を切り出して初めて騒ぎ立てる始末」

「あの子一代の問題ではないから伝えていないだけよ」

 その言葉に四季映姫・ヤマザナドゥはまた物言いた気な目で八雲紫を睨み付けた。

「そんな事してないで本題に入ったらどう? まさか私に説法並べる為に来た訳じゃないでしょ?」

「……そうですね。これは明らかに異変です。今明らかにしたと言っても良いでしょう。直ぐに元凶を突き止め、対策を講じるべきです。博麗榊にもこの事を伝えて――」

「それは無理ね。だって――」

 八雲紫の言葉を遮る様にして、姫海棠はたてと射命丸文が部屋に押し入ってきた。勢い良く開かれた襖はそのまま壁に衝突して木片と成り果てた。

「人里で異変です! 人里に薄紫の結界が張られていて、人も妖怪も倒れていて、そして……」

 矢継ぎ早に情報を口にしながら、射命丸文は隣で肩で息をしている同僚の携帯電話を取り上げて卓の上に投げ置いた。

 博麗霊夢と古明地こいしの並んだ後ろ姿が映されていた。

「藍! ここまでの情報を全て纏めたら榊の元に駆け付けなさい! 幽々子と閻魔様と小野塚小町は各々の所管へ! 妖夢と天狗二人は私と人里へ向かうわよ!」

 怒号。或いは焦燥。賢者の声は一帯に居合わせた人妖全てに緊張を齎した。

 博麗霊夢は百年以上前に死んで以降、一度も転生していない。

 幻想郷でも一部の人外にしか知らされていないその事実が、将又画面越しでも嫌悪感を掻き出される程に禍々しい結界とその中で立っている地底の妖怪少女の姿が八雲紫を本能から震えさせた。

 これは異変だ。

 遅れて来た共通認識は賢者の命に意見する事すら抑え込ませた。

「博麗の巫女には向かわせないのですか?」

 唯一人、閻魔様を除いては。

「半人前もいいとこ。あの子の為すべき事は精々、私の式を補助に付けて、その時が来るまでに博麗大結界の扱いを理解させる程度よ。博麗霊夢が異変の中心にいる以上、最悪の事態も考えておきなさい」

 逡巡。四季映姫・ヤマザナドゥは席を立ち、八雲紫に背を向けた。

「戻りますよ、小町」

「えっ? は、はい。えっと、それじゃあ、お邪魔したよ」

 小野塚小町は四季映姫・ヤマザナドゥに何かを小声で問うている様だったが、残った面子には欠片も届かなかった。それでもやはり、猜疑心というものは伝染し易いらしかった。烏合の衆が憶測を元に騒ぎ立てる。それに感化されたかの様に草木までもがざわめき出す。

 そんな中にあって魂魄妖夢は、状況を把握し切れていないにも拘らず、静かだった。

「それじゃあ妖夢も、夕飯までには帰って来てね」

「はい」

 魂魄妖夢は立ち上がった。芯までしゃんとし、

表情も至って平静。天狗たちも一瞬面食らう程に。

「それじゃあ、藍。後の事は頼んだわ」

 八雲紫も立ち上がると、右手に持った扇子で自身の直ぐ隣の空を切った。横を向いて寝ていた人が目蓋を開く様に、何も無かった空間が縦長にぱっくりと開いた。その向こう十数メートル先の景色には姫海棠はたての携帯電話の画面に映っていた結界で塞がれている人里の外郭が映されている。その景色の中に八雲紫が入って行くと、それに続く様にして指名された三人もスキマを潜った。目的を終えて、スキマはすっと閉じた。

「緊急事態につきお屋敷までお送りする事も出来ずに、申し訳ありません」

 八雲藍は手元に広がる巻物に、先の天狗が見せた画像を筆で描き出している最中だった。

「大丈夫よ。ここでお留守番していて上げるから」

「え?」

「お茶菓子は心配しなくても大丈夫よう?」

 八雲藍が筆を置き、息を一つ吐いた。

「ではお言葉に甘えさせて頂きます。先の会合用に羊羹を用意していたのですが映姫様も帰られてしまったので、今お出ししますね」

「良いわよお、自分で取りに行くから。貴女も急がないとでしょう?」

 八雲藍は巻物を畳み、勝手場へと向かった。

「良いのですよ。紫様が腰を上げられた以上、全ては杞憂に終わるのですから。それにいざという時には天狗もいますからね」

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