No problem.
連れてこられたのは、騒がしいビル街の狭い隙間の路地。目の前には薄汚い重厚な扉。
いかにも怪しい、マフィア映画で見たぞこんなの...。
ついてきたことを後悔し、今すぐ逃げ出したかったが、隣に立つ日富恵海が道中の車内からずっと満面の笑みをこちらに向け、ガン見してくるのだ。よく分からないが、逃げたくてもその隙がない。
そうこう考えている間に、男が鍵を開け部屋に入った。
部屋の中はまるで図書館のようで、背の高い本棚に入った大量の本で囲まれていた。
「ちょっと散らかってるけど、そこのソファーにでも座って。」
男は足元に散らばった書類やゴミのようなものを避けながら、窓際のソファーに座り煙草に火をつけた。
向かい側のソファーに座ると、コーヒーを三人分持ってきた日富恵海が僕の隣に座った。
しばらく沈黙が続き、男が口を開いた。
「さっき言ったように、今ちょっと厄介な事件が起きていてね。俺らの調べでは、君は今のところ、その件の重要参考人ってわけ。」
「僕、何も知らないというか...。えっと、まずあなた達について知りたいというか...。」
男が煙草を灰皿に押し潰しながらため息をついた。
「俺らは一応探偵みたいなもんだ。普通の奴らが信じないような事件を扱ってる、訳ありのな。」
「それって...お化けとか、さっき言ってた吸血鬼とかですか?」
「お化けじゃないですよ!私たちが追ってるのは人間です!」
日富恵美が、興奮気味に身を乗り出した。
「人間といっても普通じゃなくて、ちょっと変わった人間!所謂、超能力者とかそういう人間のようなそうでない存在、人間を超えたもの、人間を辞めたもの、そういうの専門の探偵です!」
なるほど、やっぱりおかしいこの人達。超能力者なんかいるはずないのに。
―――と昨日の僕なら思っただろう。
実際、今も完全に信じた訳ではないが、昨日のこともあったし・・・。
それになんとなく、2人が嘘ついているようには思えなかった。
「それで、なんで僕が関係あるんですか?全く心当たりがないんですが...。」
「それは俺らにもよく分からない。ただ、君が昨日見た少女、あれが君の前に現れた以上、放ってはおけないんだよ。」
やっぱり。昨日のあの子が関係あるのか。というか、それ以外思いつかなかった。
でもなんでこの人、なんで知ってるんだ?僕が昨日、その少女を見たって。あの少女はいったい何者だ?
「で、今日から君にはここで俺らと働いてもらう。さっきも言ったけど、拒否権はほぼ無い。詳しいことはエミリーに聞いてくれ。問題ないな?」
そういえばさっき、殺されるとかなんとか言われてたんだ...。半分脅しのこの選択に、僕が出した答えは、少しの恐怖心と胸の奥からじわじわと湧き上がる好奇心から出たものだった。
「問題、ないです...。」
僕の答えを聞くと、男はニヤリと笑って立ち上がり、奥の部屋に入っていった。
そのあまりに不敵な笑みよりも、目をキラキラと輝かせながらこちらを見つめる、日富恵海と2人きりにされたことのほうに気を取られていた。
さて、僕はどうすればいいのだろうか・・・。